044-246-0910
ISO審査員が知っていると組織の背景を理解するに有益な情報をお伝えします。昨今の「人的資本開示の義務化」の動きについて説明していますが、この動きは人々の働き方に大きな変化を及ぼしますのでキャリアコンサルタントの方も知っておくと良いと思います。
日本型の雇用慣行、人材戦略により、日本企業は安定性・均質性が高い雇用コミュニティを構築し、そのコミュニティから生まれる擦り合わせやチームワークといった強みを活かして成長を遂げてきました。しかし、現在では、その安定性・均質性の過度な高さが、かえって急速な変化への適応を困難にしている側面もあります。
グローバル競争の激化、デジタル化の進展を背景に、中長期的な企業価値向上のためには、非連続的なイノベーションが重要な要素となるといった事業環境の変化、個人の価値観や働き方の多様化といった変化の中で、従来の日本型の人材戦略を継続し、安定性・均質性を追求し続けるだけでは、イノベーションを通じた新たな価値創造につながる可能性は低く、多様な個人が意欲をもって、如何に活躍できるかが大きな課題となっています。
日本では、新卒一括採用や終身雇用、年功序列日本型の雇用慣行、人材戦略により、多くの企業が、個人を囲い込むような雇用コミュニティを構築するとともに、ポテンシャル重視の新卒一括採用、終身雇用を前提に、「メンバーシップ型」といわれる雇用慣行をつくりあげ、成長のドライバーとしてきました。
同質性の高い品質の効率的な提供が主目的であった事業環境においてはメンバーシップ型にはメリットがあった一方、事業環境が急速に変化し、非連続的なイノベーションが頻発するとともに、個人の価値観・ニーズも多様化する中で、変化に対応した人材の育成・獲得や、従業員の専門性の向上等の観点で課題も顕在化してきています。
雇用市場の在り方については、各社の経営戦略に適した人材戦略を策定・実施していく中で、経営判断していく必要があるが、個人が自律・活性化し、企業と対等な関係になっていくことを考えれば、囲い込み型ではなく、企業と個人が、互いに選び選ばれる、多様性のあるオープンな雇用市場を推進していくことが求められます。
こうした雇用コミュニティの中では、人材の国籍や属性も多様になるとともに、中途・経験者採用、兼業・副業の推進や受入れ、ギグワーカーやフリーランスの活用も増え、多様な価値観や専門性を持つ人材で雇用コミュニティが構成されるため、個人のモチベーションのドライバーも多様になります。こうした、多様な価値観や高度な専門性を持つ人材にアクセスし、獲得・活躍してもらうためは、特に、グローバルマーケットで競争している企業において、ポストに求められる職務内容を明確にし、その職務の遂行に必要なスキルを有する人材の活躍を促す「ジョブ型」雇用の促進が求められます。
現在でも、中途採用・経験者採用では、ジョブを明確にした雇用形態が多いのですが、新卒採用の段階でも、一部の企業では、職務内容を明確にした採用が行われています。例えば、専門性が明確なAIやコンピューターサイエンス等の職種においては、新卒採用の段階からジョブ型雇用を採用し始めています。
「ジョブ型」雇用とは、一般的に欧米では、職務・労働時間・勤務場所について契約で限定された雇用の在り方を指します。
ここから富士通の事例の続きです。
等級の変更 (職責に応じた等級変更)
〇等級の変更(上位変更・下位変更)はジョブ(ポジション)の見直しと併せて随時行われる。あくまでジョブやポジションが基準となるため、経験年数や評価等の要件は一切設けておらず、当該ジョブを担い得るかどうかで判断される。(「リファインプログラム」によるパフォーマンス改善)
〇非管理職においては、評価が一定の基準を下回った場合、「リファインプログラム」という改善プログラムを適用している。担当業務において必要なスキルや業務遂行力を身につけるため、半年間の業務や研修受講を通じた改善目標を立てた上で、取組を行う。上司・部下間での 1on1 ミーティングをはじめとしたコミュニケーシ ョンを通じて成長を支援していく。改善が見られない場合は下位等級への変更対象となり得るが、リファインプログラムを通じてパフォーマンスが向上したり、今後のキャリアを踏まえた会話を通じて他の業務にチャレンジしたりする社員も多い。
〇パフォーマンスの低下以外の要因でも、求められるスキルとのアンマッチが生じるケースもあり得る。そのような場合では、教育プログラムの受講、キャリアカウンセラーの紹介、ポスティングの応募を促すなどの方法で対応をしている。(ポストオフや下位等級への変更時の再チャレンジ)
〇ポストオフや下位変更による社員のモチベーションの維持が一つの課題になるが、 富士通の場合、常に社内で 500 件以上のポスティングの募集がある。したがって、例えばポストオフにより役職から外れた社員であっても、意欲さえあれば別のポジションにチャレンジすることも可能であり、実際にチャレンジして、再度管理職として活躍する社員も多い。(激変緩和措置)
〇下位等級への変更の際は、管理職は等級の変更に伴い直ちに報酬が変更されるが、非管理職に対しては、変更後3 年間、減額幅を一定範囲に抑える緩和措置を設けている。激変緩和期間中に、ポスティングへの応募も含めて再チャレンジを促すことを企図している。なお、ポスティングや本人の希望による下位等級の職務変更も可能としているが、その場合は激変緩和措置の対象外としている。人事部と各部署の権限分掌の内容(統制や管理から社員主体の制度への変革)
〇これまでの富士通の人事部門は、組織間や個人間での公平性を重視し、人事制度の 設計・運用や、人材配置の面で様々な統制や管理を行ってきた。しかし、人材やキャリアの多様化が進む中で、こうした統制や管理が、必ずしも機会の公平性にはつながらない場面も出てくるようになった。
〇そこで、今回の人事制度改革では、思い切って社内の流動性が高まることをポジティブなものと捉えると同時に、社員を信頼し様々な機会を提供することとした。この結果、社員は自律的にキャリアを考え、それに向けて自ら学びを選択したり、ポスティングに手を挙げたりという変化が始まった。(事業部門起点の人材リソースマネジメント)
〇従来の人員計画は、人事部主導で採用人数を決定し、それを各事業本部に割り振るという方法であったが、これを逆転させ、各部署が事業計画の実現に向けて適切な人員数を定めた上で、採用人数を決められることとした。人事部門の役割も、事業 部門の意思決定の支援へとシフトしている。(HRBP の機能強化)
〇事業部門に権限が移譲されることにより、
①部署ごとの戦略に応じた組織設計、
② 要員計画の策定、
③リソースマネジメント(経験者採用による人材獲得、ポストへ の登用、ダウングレードなど)など、
各部署が主体的に取り組む課題が増加する。 そこで、各部署に人事の経験を有する HRBP3を配置し、人事的な視点から各部署の課題解決をサポートする体制を整備した。
※「Human Resource Business Partner」の略で、事業部門における人事や人材開発の責任者をいう。
〇従来も各事業部門に人事担当者を配置していたが、配置・評価・労務管理などの日常的なマネジメントの支援が中心となっていた。そこで、こうしたマネジメントの支援は全社的に標準化・集約化して各職場をサポートすることで、各部門のHRBPが、より戦略的な観点での支援に注力できる体制を構築している。
〇これまでの人事部門には、HRBP としてのノウハウが不足している部分もあるため、人事部門向けの研修などを通じて、ジョブ型人事をより適切に運用するための機能強化を図っている。出典 https://www.cas.go.jp/ 内閣官房 JOB型人事指針
(つづく)平林良人