ISO 26000というISO規格をご存知でしょうか。
2012年に発行された「社会的責任に関する手引」というタイトルのガイドライン文書です(英語の原文は2010年発行、JIS規格発行は2012年)。ISOの文書では、対象を企業に限定することなく、自治体等の団体も含めた上での対応につなげるためにCSRのC(Corporate)を除外してSRという名称になっていますが、一般的にはCSRという用語で広く使われていますので、ISO 26000はISOが発行しているCSRに関するガイドライン規格という整理で本稿を進めさせていただきます。

CSRは日本語では「企業の社会的責任」という言葉で認識されています。ここで求められていることは、社会に認められるために企業が守るべきこと並びに現状以上にプラスの評価を顧客や市場から受けるために取り組むべきことを明らかにしていく、という捉え方をするのがよいでしょう。その中で特に環境面が強く意識されています。
2000年代前半、エコブームの高まりと共に、上場企業の間では環境報告書を作成、公表する流れがどんどん広がりました。名前の通り、自社が地球環境についてどのような負荷を掛けているか、そしてその対応策をどのようにとっているか、そしてそもそも環境負荷を低減させるためにどのような施策を取っているか、また取ろうとしているか。そのようなことを年に1回、それまで各企業が出していた年次報告書(アニュアルレポート)とは別に出すことが広がったのです。その環境報告書の発行の流れがほどなくしてCSR報告書に発展していったわけです。

ただし、それらの環境報告書がISO 26000に基づいて発行されているというわけではありません。環境報告書は、各社が自分たちで考える大事な視点でもって整理をし、さまざまな利害関係者に向けてメッセージを発信しているものです。ここでいう利害関係者とは、投資家のみならず、取引先そして消費者まで幅広い層を対象としていると捉えておくと良いでしょう。一般の方であってもホームページなどから各社の発行している環境報告書やCSR報告書を閲覧することができますし、また希望者は紙媒体に印刷したものを郵送してください、と申し込むことができます(もちろん各社とも無料で送ってくれます)。
それらの報告書とISO 26000は多くの企業で直接の関係はないとはいえ、ISO 26000は国際社会の動向を考える上で、押さえるべき観点の基本を整理している、と考えておくと良いのです。
詳細は規格文書を見ていただきたいのですが、目次(条項番号のタイトル)を以下に記します。

1 適用範囲
2 用語及び定義
3 社会的責任の理解
4 社会的責任の原則
5 社会的責任の認識及びステークホルダーエンゲージメント
6 社会的責任の中核主題に関する手引
7 組織全体に社会的責任を統合するための手引

このタイトルだけですと、何が書いてあるのかピンとこない、という感想をもたれる方が多いかもしれませんが、もう少し細かく見ていくと、昨今世の中である意味騒がれている、コンプライアンス、ガバナンス、ハラスメント、LGBTといったキーワードとのつながりを感じ取れるのではないでしょうか。以下に一部のより細かい条項のタイトルを記しておきます。

4.5 ステークホルダーの利害の尊重
4.6 法の支配の尊重
4.7 国際行動規範の尊重
4.8 人権の尊重

6.2 組織統治
6.3 人権
6.4 労働慣行
6.5 環境
6.6 公正な事業慣行
6.7 消費者課題
6.8 コミュニティへの参画及びコミュニティの発展

あくまで一例ですが、労働慣行、労働条件の中でも常に気をつけておかなければならない若年者労働については、国際的に見ればとても大きな問題です。学校に通うことができずに働かざるを得ない、というような国、地域もあるわけですから、そのような地域への進出、工場建設を考える際には当然この問題は避けて通ることはできません。世界的に有名なメーカーであってもこの問題で国際的に糾弾される、という事例をご認識の方もいらっしゃるでしょう。義務教育が完全に浸透し、高校進学がほぼ当たり前、と言う日本ではなかなかピンと来ない状況ですが、国内だけを見るという視点で捉えることなく、世界の動向についても問題意識を確実に持っておきたい一つの例です。

そしてCSRを考える上で忘れてはならないことは「持続可能(性)な開発(発展)」というキーワードです。英語では“sustainable development”です。
CSRから離れますが、会計の世界ではゴーイングコンサーンという大事な概念、原則があります。あくまで企業はある年で事業活動おしまい、ということを前提にはしません。事業がうまく行かなくなって倒産というリスクは抱えていますが、前提としては永続です。来年も会社、事業が存続するということに基づいて様々なことが決められています。“sustainable development”は企業単体のことももちろん意識しますが、大きな観点で考えれば地球自体の持続可能性を考慮していることを組織は意識して日頃の活動に取り組み、そして利害関係者にその正しい活動を行っていることをアピールする必要があります。そのために活用されているのが環境報告書であり、CSR報告書です。
“sustainable development”は環境面だけを意識したわけではありませんから、環境報告書からCSR報告書に企業の情報発信内容が変わってきている理由、背景もご理解いただけるのではないでしょうか。

しかしながら、このCSRは特に大企業などではCSR部、CSR推進部というような名称を用いて独立したセクションが設けられるようになった一方、何かの話題としてCSRが取り上げられることはここ数年とても少なくなりました。熱しやすく冷めやすい日本人のメンタリティにも相通じる部分があるのかもしれません。

その一方で、ここ2、3年、CSRに変わってESGという用語が新聞紙上を始め、メディアのあちこちで見受けられるようになりました。アンテナ感度の高い方であれば、ほぼ毎日といってもよいくらい新聞にこの言葉が載ってくることにお気づきでしょう。
ESGとは何かといえば、E(環境:Environment)、S(社会:Social)、G(企業統治:Governance)のそれぞれのキーワードの頭文字を組み合わせたものです。概念としてはCSRと基本的に同じですが、社会、企業統治という言葉から感じ取れる通り、焦点の当て方がCSRより具体化していると言えます。
ESGに関するISO規格があるわけではありません。筆者の知る限り、ISOで文書化しようという動きも2019年央段階ではありません。

しかし世界中でESGに関する関心がどんどん高まっています。もっとも大きく関心が寄せられているのが金融、投資の世界です。
日本を始め世界の多くの投資ファンド(年金基金を含む)では、一定割合をESGへの先進的取り組みをしていく企業に投資する動きが広がっているのです。
報道記事を拾ってきました。下記をご参照ください。

●地域別のESG投資額は欧州が約14兆ドルと2年前から17%伸び、米国が38%増の12兆ドルだった。日本は2兆ドルと4.6倍に膨らんだ。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が17年10月に、株式や債券などすべての資産でESGを考慮した投資を進めるよう投資原則を変更。これに追随する形で日本国内の運用各社もESG投資に相次いで乗り出したためだ。(2019年4月日本経済新聞)

●ESG投資は成長を続けている。運用残高は世界で30兆ドル(3300兆円)を超え、化石燃料からのダイベストメント(投資撤退)に踏み切った機関投資家の運用総額は6兆ドルと5年間で100倍以上に膨らんだとの試算がある。(2019年6月日本経済新聞)

そしてこのESGの概念は、2015年に国連が出したSDGsと大きくつながっています。横文字ばかり出てきて頭に入ってこないかもしれませんが、CSR、ESGそしてこのSDGsはこの先の企業活動を考えていく上では社会人にとっての必須キーワードにおそらくなっていくと思っていますので、是非覚えてください。
SDGsはSustainable Development Goalsの頭文字をとった略称です。17の観点での地球全体の未来を考える上で、各国企業や行政組織が考えるべき、取り組むべき視座を提供するものです。参考までに、17の目標を以下に記しておきます。

目標1 あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ
目標2 飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する
目標3 あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する
目標4 すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する
目標5 ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワーメントを図る
目標6 すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する
目標7 すべての人々に手ごろで信頼でき、持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する
目標8 すべての人々のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワークを推進する
目標9 レジリエントなインフラを整備し、包摂的で持続可能な産業化を推進するとともに、イノベーションの拡大を図る
目標10 国内および国家間の不平等を是正する
目標11 都市と人間の居住地を包摂的、安全、レジリエントかつ持続可能にする
目標12 持続可能な消費と生産のパターンを確保する
目標13 気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を取る
目標14 海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する
目標15 陸上生態系の保護、回復および持続可能な利用の推進、森林の持続可能な管理、砂漠化への対処、土地劣化の阻止および逆転、ならびに生物多様性損失の阻止を図る
目標16 持続可能な開発に向けて平和で包摂的な社会を推進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供するとともに、あらゆるレベルにおいて効果的で責任ある包摂的な制度を構築する
目標17 持続可能な開発に向けて実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する

そしてこのSDGsを強く意識する中で特に企業として取り組むべき観点を環境面、社会面、企業統治面、というアプローチで整理しましょう、というのがこのESGになります。
よって、大きな枠組みとしてはCSRと同じと捉えてかまいません。CSRという概念が生まれ世界に広がった際にも、投資の世界ではCSRファンド(SRI(社会的責任投資)ファンド)というものが出回りましたが、程なく注目度が下がり、最近ではCSR/SRIファンドという言葉はほとんど聞かれなくなってしまいました。

一方で、CSRについては日本では、CSR報告書の継続発行という形で根付いたわけですが、だんだんとCSR報告書という枠組みでは企業として社会的に求められるものへの情報発信が足りない、と言う認識のもと、その枠組み、そして名称は統合報告書に変わっていきました。財務面等まで含む企業全体の業績そして事業推進のあり方を説明し、アピールする文書になっていったのです。
現時点ではESG報告書という言い方がされているわけではありません。但し、環境報告書という捉え方よりははるかに広い部分に対する情報発信が特に上場企業には問われる時代になっています。
繰り返しになりますが、その大きな観点の整理が、環境、社会、企業統治という3分野なのです。

日本では2017年秋口から大手製造業の品質問題(場合によっては品質不祥事という報道のされ方も)が噴出しました。それらのいくつかは企業統治の観点からはやはり問題あり、と感じられる事案もあります。ISO9001品質、ISO14001環境という切り分け方もありますが、より上位概念としてはやはり経営のあり方が問われます。そこに意識を向ける上でもESGの概念及びその切り口はすべての企業人に理解が求められるものです。企業も社会の一員であることには変わりありません。法規制を守り、社会の一員としての責任を果たすことが必須であると共に、持続可能性ということから考えれば環境面を無視して事業を継続することはありえません。
ESGはある意味大きな観点での概念ですが、そこから取り組むべき個別事項は、それぞれの企業が考えて取り組むべきものです。横文字3文字言葉が世の中に氾濫して、何がなんだかわからない、とお感じの方も多いことでしょう。事業継続、企業の永続という観点で考えた際に、環境(地球環境)面、社会面、そして企業統治(コンプライアンスを含んで)という視点で捉える習慣をすべての社会人が身につけておくことがいよいよ求められる時代になったのです。

おわり

(テクノファ 青木恒享)