第25回

「私とマネジメントシステムそしてISO」の第25回目です。トヨタ生産方式のカンバン、ジャストインタイム、人偏のついた自働化、について話をして来ましたが、トヨタに関してもう一つ印象に強い話が創意工夫改善制度についてです。

◆ 創意工夫改善制度

昨年、セイコーエプソンの方から聞いた話では、2018年現在、セイコーエプソンでは大変残念ながら「創意工夫提案制度」は廃止されてしまっていると聞きました。1960年代当時、大変活発に活動していたことを懐かしく思い出しながら、振り返ってみたいと思います。但し、当時の例規集はすでに手元には無く、制度を含めて正確な話は出来ませんが、私の記憶を頼りに話を進めさせて頂きます。

1960年代当時、トヨタ自動車の豊田英二会長は、インタビューで次のように述べています。「日本の労働者の特徴の一つは、自分の手だけで無く、頭も使うことである。わが社の社員は、年間150万件の提案を行い、うち95%は実施されている。トヨタでは、改善への関心が、職場での雰囲気となっている。」こうして、トヨタは世界のトップ企業に昇り詰めましたが、当時アメリカの使節団がトヨタを工場見学に訪れたとき、アメリカの大企業(例えば、ボーイング社)のトップが一番衝撃を受けたのが、現場の従業員が改善に参加していることであったそうです。
「創意工夫提案」と言うが、一般的には「改善提案」がその内容であり、1つの提案による大きな効果より、全員参加での協力、コミュニケーション、結束つくりを目的としていました。もちろん改善提案に対する、節減時間、品質向上、費用削減、安全性向上、努力度などは客観的に評価され、その結果は奨励賞、提案賞、7級~1級と表彰、褒賞をする制度でした。個人での提案、グループでの提案のどちらも可能な制度でした。そして、次のような事務局が置かれ、私共技術部門は、予備審査を行い、点数を付け、委員会へ説明、質問回答をする役目で、結構の時間と労力を要する仕事の一つでした。

㋑受付:総務部
㋺予備審査:技術部門
㋩審査:創意工夫提案委員会

この創意工夫提案については、私には思い出深い話があります。

① StaffのKさん
彼は、スタッフは改善するのが仕事であり、2重に報酬をもらうのはおかしいと主張して業務上での改善の業績はいくら勧めても決して提案しませんでした。
② 班長クラスのAさん
彼は、班長の職位にあり、やはり改善することが業務上の仕事になっていましたが、提案件数はいつもトップグループに入っていました。
③ 係員のHさん
彼女は、平日は、その日の業務の中から必ず1件以上の改善点を、休日は、前日、一昨日の仕事の中から1件以上の改善点を、夕食前に探し出していました。これを1年365日実行し続け、年間提案件数365件を達成するに至りました。その結果のご褒美として、セイコーエプソンの米国現地法人:Epson Portland Incへ提案報告の出張を命じられました。喜びと共に、EPIで苦手の英語の報告に大変苦労したとの後日談を聞いた覚えがあります。
④ 職位係数、 
職位によっては「改善そのものが仕事である」というジレンマを克服するために、職位係数なるものが考えられました。これはセイコーエプソンが考えたのではなく、たぶんトヨタからのアドバイスだったのではないかと思います。組織の役割、職位などにより改善する可能範囲は、極端に違ってきます。評価の算出事例を覚えている範囲で記してみます。

(a)【部品を外注会社から購入】から【自動化による内作化】に切り替えた場合、
部品単価7円→0.5円に減少、月使用数180万個(製品月20万個生産、1製品に9個の使用)従って、 

  ・費用削減額は、1170万円/月
  ・品質は変化無し
  ・安全性も変化無し
  ・努力度、上評価、(試行錯誤の繰り返しで、数ヶ月も掛かった)
  ・職位係数、班長クラスの為、×70%

結果、私の記憶では、2級評価だったと思います。

(b)【フライス盤加工軌跡変更に依る、バリ取り時間の減少】の場合
発生個所8か所→4か所、標準時間1.2時間/lot→0.6時間/lot、月200lot従って、

  ・節減時間は、120時間/月
  ・品質は少し向上
  ・安全性も変化無し
  ・努力度は中評価(どう動作させれば、バリ発生が防げるかを、色々なフライス盤の過去Dataを綿密に調べあげたもの)
  ・職位係数は、係員の為、×80%

の結果、5級だったと思います。

(c)【切削フライスの、超硬→ダイヤモンドに切替え】の場合
1000個/本→10000個/本、価格/本は、500円→3000円、月生産数は20万個、従って、

  ・費用削減額は、4万円/月
  ・品質は変化無し
  ・安全性は少し向上
  ・節減時間は、少し向上(切削フライスの交換時間が削減)
  ・努力度は、ほんの少し
  ・職位係数は、係長の為、×60%

の結果、7級だったと思います。

以上の例の通り、改善提案1件毎調査し、委員会の審査を経て決定し、例規集に規定された報酬を支給しておりました。
先に述べた通り、当時トヨタでは年間150万件の改善提案が有り、その95%は実施されているとのことでしたので、当社の年間10万件とは比べ物になりませんが、多くの人が改善に参加して、常に職場環境を変化させようとしていたことは日本的経営の成功体験であると思います。

当時よく言われたことは、1年も職場環境が同じということはありえない、常に何かが変化していなければならない、というトヨタ生産方式の格言でした。当時のセイコーエプソンも、従業員が提案を通じ、「改善」に参加するように全力を尽くしていました。提案制度は、経営システムの不可分の一部を構成しており、作業者の提案の数が監督者の実績を判断する重要な基準と見なされていました。一方、監督者の上司は、監督者達が作業者に多くの提案を出せるように手を貸すものと期待していました。

改善活動を推進する企業は、殆ど品質管理制度と改善提案制度を2つを併せ持っており、QCCの役割は、「改善」を実施する為の集団である、と考えられてもいました。日本企業の際立った特色の1つは、作業員から極めて多数の提案を引き出すこと、そして、会社側はこれら提案を真剣に考慮することであり、提案制度が全社的な「改善」戦略に組み込まれていることが当時の優良企業の条件であったと思います。
提案制度のもう一つ重要な側面は、提案が一旦実施されると、それが標準の改定に結びつく所です。例えば、作業者の提案で装置改良が行われた場合、本人はその新標準に誇りを持ち、喜んでそれを遵守します。反対に、もし上司から会社が決めた標準を押し付けられた場合には、本人はそれ程喜んで従おうとはしないかも知れません。こうして、従業員は提案を通じ、職場の「改善」に参加し、標準の改訂に重要な役割を演じる事ができました。

当時の日本のTop企業の提案件数と効果金額を記憶の中から概数を記します。
  ・1983年:キャノンは39万件の件数、経済効果は193億円
  ・1985年:松下電器は600万件、日立製作所は460万件、

以上

※「私とマネジメントシステムそしてISO」は少しの間お休みになり、その間番外編として「私の英国赴任のきっかけ」を公開いたします。「私の英国赴任のきっかけ」終了後、「私とマネジメントシステムそしてISO」が再スタート となります。