第7回 ブレグジットBrexit交渉における紆余曲折(3)

テリーザ・メイ首相は2019年7月24日辞任しました。いろいろありましたが、ともかくもメイ首相は孤軍奮闘し、全力を出し切って退路を断たれました。一人悔し涙にくれたことと思います。自ら率いる与党・保守党の分裂に、自分にはそれを修復できる政治手腕がないことに気が付いたのでしょう。

メイ首相は当初、自分は議事堂のバーにたむろするような、必死になって人脈づくりに力を入れるタイプの政治家ではないことを自慢していました。しかし、それは裏を返せば、苦しい時に助けてくれる本当の友人も後ろ盾も少なく、他人を説得する口八丁手八丁の手腕も持っていなかったということになります。2016年の就任であるにもかかわらず、メイ首相をよく知っている閣僚はほとんどいないとさえ言われています。ある閣僚は、「事態が厳しくなればなるほど、メイ氏が近くに置く側近の数は減っていった」と話しますし、別の閣僚は「信頼も信用もなかった」と漏らしています。しかし、保守党は欧州との関係について、何十年も前から揉めていましたから、その決着にはとても1人の首相の手に負えるものではなかったかもしれません。

英国の与党・保守党は、2019年7月23日、党首選の決選投票でボリス・ジョンソン前外相(55)が当選したと発表しました。開票結果によると、ジョンソン氏は対抗馬のジェレミ-・ハント外相(52)に大差をつけて当選しました。ジョンソン新首相は、かねてからEUからの強硬な離脱を辞さないと述べていました。離脱期限の10月末(この原稿が出るころ)に向け、EUや議会との激しい攻防は避けられません。決選投票の結果が知らされると、ジョンソン氏は「EU離脱を果たし、国を団結させる。それが我々の行うことだ」と早口でまくし立てました。

ジョンソン氏の狙いは、メイ政権がEUと合意した「離脱協定案」に代わる取り決めをEUと結び直す事です。満足できる協定が得られなければ経済・社会が大混乱する「合意なき離脱」も辞さない構えで、EU側に譲歩を迫る戦略でいます。EUと新たな合意を得られない場合、離脱する条件としてEUに支払う390億ポンド(約5兆2500億円)の「手切れ金」の支払いも留保する考えを表明しています。ただ、EUがこうした「脅し」に屈することなく再交渉を拒否したり交渉が不調に終わったりすれば、「合意なき離脱」に向かう現実味が一気に強まります。
ジョンソン氏は首相に就任後、組閣を進めましたが、穏健派の閣僚や議員からは、強い拒否反応が出ました。ハモンド財務相は「合意なき離脱は支持できない」と述べ、ジョンソン氏が首相に就く前に辞任しました。ジョンソン氏の強硬路線が下院の支持を得るのも難しい状況ですし、最大野党の労働党だけでなく、保守党にもEUとの互恵関係を守るため「合意なき離脱」に反対する議員は多くいます。

ジョンソン首相は米国のトランプ大統領と相性が良いようです。どちらも自国第一主義を掲げ、かって世界規模で物事を考えてきた両国の指導者とは明らかに違う、現実主義的な政治家がこの時期現出したと思います。トランプ大統領との電話会談では、両氏は英国欧州連合(EU)から離脱した後に自由貿易協定に向けた交渉を始めることで合意した、と新聞報道されました。英国はEUの関税同盟に入っている限りにおいては、独自に他国と自由貿易協定を結ぶ事が難しいのですが、「我々はEUに貿易を妨げられてきた。現状に比して我々は数倍もの貿易が出来るだろう」と両氏は述べて、貿易交渉に期待を示しています。ジョンソン首相はEUと離脱条件で合意出来るかどうかに拘わらず、10月末に離脱すると宣言しましたが、トランプ氏はジョンソン氏を支持することを表明し、「英国は長い間彼を必要としていた。素晴らしい仕事をするだろう」と述べました。

トランプ氏は、関係が冷え込んだ他の欧州諸国の首脳と異なり、ジョンソン氏とは良好な関係を築こうとしています。両氏は「自国第一」の政治信条や奔放な言動など共通項が多いのですが、英国は米国が呼び掛ける中東ホルムズ海峡の安全確保を目的とする海洋安全保障構想にも参加を表明しました。英国にとって米国は、EU離脱後にFTAの締結を目指す最重要の相手国というわけです。ただし、首脳同士の緊密な関係とは別に、英国は貿易交渉が始まれば米国から医療保険分野など新たな市場開放を求められるとの警戒感を強く持っています。
ジョンソン氏は安倍首相とも会談しました。欧州連合(EU)からの「合意なき離脱」も辞さない考えを示すジョンソン氏に対し、安倍首相は「EUとの合意に基づき、秩序だった形で離脱が実現することを強く期待する」と述べました。更に、離脱による日本企業への影響を最小限にとどめる様に要請し、ジョンソン氏も「円滑な離脱となる様努力したい」と応じたということです。

(次号へつづく)