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平林良人「2000年版対応 ISO 9000品質マニュアルの作り方」アーカイブ 第5回
◆このシリーズでは平林良人の今までの著作(共著を含む)のアーカイブをお届けします。今回は「2000年版対応ISO9000品質マニュアルの作り方」です。
第2章
品質マニュアル作成のポイント
第1章では,ISO 9001:2000規格の特徴を説明しながら,文書化の基本について述べた。ISO 9001:2000規格においては,ISO 9001:1994規格と比較して文書化の要求の比重が軽減されたが,その背景についてはよく理解しておかなければならない。
ISO 9000とは文書を作ることかと揶揄されないように,必要最小限の文書化が望まれるところである。しかし,反対に文書は必要ないと考えられると,これもまた適切にシステムが構築されない要因になる。
やはり文書は,マネジメントシステムの構築に必要不可欠なものである.適切に作成され,適切に使用されるならば,文書は極めて大きな効果を組織に与えるであろう。
2.1 誰が誰のために作るか
品質マニュアルの作成は,業務に経験のある適正に訓練された者が行わなければならない。品質マニュアルは要点を簡潔に作成しなければならないが,これは誰にでもできる仕事ではない。長い文章を読みたい人間は少ない。マネジメントシステム構築のポイントのみを抽出して,要領よく記述する。こうしたことができるのは,業務を包括的に実施したことのある経験者ということになる。組織の中の業務熟練者によるチームを構成して,品質マニュアル作成を実施していくのが1つの方法である。
手順書は文書の性格上,比較的長い記述,説明にならざるを得ない。品質マニュアルにしろ,手順書にしろ,業務の進め方が記述されるわけであるが,誰のために作成するのか,その読み手が理解しやすいような品質マニュアルを作成するためのポイントを表2.1にまとめたので,留意していただきたい。
表2.1 理解しやすい品質マニュアルを作成するためのポイント
- ① 誰が読み手なのか想定して記述する
- どのような人々に照準を合わせて記述するのがよいのかを明確にする。コンピュータの操作マニュアルの例においては読み手が不特定な場合が多く,この特定は極めてむずかしい。しかし組織においては,品質マニュアルを誰が読むのかは特定できる。読み手は,日常の業務活動の構成メンバーである従業員(担当者,上司,管理者),顧客,取引先,審査員など,ある一定の分野あるいは領域にいる人々である。
この読み手の特定は状況によって相当なばらつきがあり,次の要素によって変化する。 - ● 大企業か,中小企業か:
- 大企業の読み手は相当な数にのぼるが,中小企業の読み手は数が少ない。読み手の数が少ないぶん品質マニュアルヘの記述の対象を絞ることができる。
- ● 教育・訓練の度合いはどうか:
- 読み手が日常どの程度の教育を受けているかによって記述の内容は異なる。文書による指示よりも,業務中の実際の訓練のほうが,標準化の効果ははるかに大きい。組織に定着している業務推進の基本事項(みんなが当たりまえと思っていること)を品質マニュアルに記述する必要はない。
したがって,業務推進の基本事項のどこまでが組織に定着しているかどうかを判断しなければならない。 - ● 従業員の定着度合い:
- 日常どんなに従業員を訓練しても,頻繁に従業員が辞めたり,交替したりすれば業務の基本は組織に定着しない。
- 業務の性格上,従業員が頻繁に交替することが定常的にある場合は,品質マニュアルの記述は詳細にならざるを得ない。
- ② 読み手の理解できる用語を使用する
- 用語の意味するところが明確でないために混乱を与えることが多い。社会一般に使用されている用語と,組織内で使用されている用語の定義が異なることがある。そればかりか,社会一般に使用されている用語が組織内では全く使用されていなかったり,逆に組織内のみで使用している用語であったり,用語の定義に関しては注意を要する。
- ③ 読み手が何を実施すればよいのか,具体的に想定できるような記述をする
- 規格が「……を確実にすること」と要求していたら,どのようにして確実にするのかを記述すべきである。品質マニュアルに単に「組織は,……を確実にする」と記述されていても,実際に誰が,何を,どのように確実にするのかが理解できない。実践的な品質マニュアルを作成するためには,表現の仕方に工夫が必要である。
- ● 箇条書き
- ● 一覧表
- ● フローチャート
- ● 帳票
- ● 図示
- なかでも帳票(フォーマット)図表を上手に工夫すると,簡便で確実な品質マニュアルになるので,研究してみる価値がある。
2.2 どれくらいの詳細さで書くのか
- (1)何を記述するか明確にする
- 品質マニュアルには,規格が要求していることを確立するための方針,進め方を記述する。
品質マネジメントシステム構築に必要な「核となる要素」は,品質マニュアルの記述から落とさないようにしなければならない。 - コンピュータ操作マニュアルの例でいえば,入力の仕方,出力の仕方,ホルダーの開き方,ファイルの開き方,コピーの仕方,消し方,周辺機器(キーボード,プリンター,フロッピーなど)の操作の仕方などを,「いつ」,「どこで」,「どのよう」に行うのかが記述してある.前述したように,いつ,どこでは品質マニュアルヘ,どのようには下位文書に,他の「誰が」,「何を」,「どうして」も含めて記述するのがよい。
- プロセスを分析して,何が重要な事項なのかを明確にして,重要な事項は品質マニュアル及び文書から落とさないようにしなければならない。しかし,重要度は経験的に決まることが多いので,品質マニュアルが成熟していく過程においては時間の経過とともに品質マニュアルの内容,量に増減があるのが普通である。最初はある程度多く記述して,それから時間をかけて絞り込んでいくのがよい。
- (2)どの程度詳しく記述するかを決める
- どこまでの細かさでマニュアルに記述するかは極めて重要である。すべてのことをできるだけ詳細に記述するのか,クリティカルポイント(重要致命点)のみを記述するのか,これは品質マニュアルの性格によって決まる。すなわち,①手順書を含めない,②手順書を含めるかによって,どの程度の詳細さで記述すべきかが決まってくる。①はどちらかといえば大きな組織に多く,②は小さな組織に多い。
- (3)品質マニュアルの見直しを行うこと
- 業務のやり方が変更になった場合(たとえば,効率化の観点から),責任者の承認のもと品質マニュアルを改訂する。また,必須な業務が新たに明らかになった場合,責任者の承認のもと品質マニュアルの管理項目を追加する。
2.3 いつ読んでもらうべきか
品質マニュアルを「いつ読んでもらうべきか」については,1人の社員が入社してから順を追って次のステップに上がるまで,いくつもの段階の,どんな状況下で読むことが必要になるかの例を「いつ」,「状況」,「目的」に分けて,表2.2にまとめた。
この中でコントロールがむずかしいと思われるのは,「業務遂行時」の「手順確認のために定期的に」品質マニュアルを読むことである。せっかく確立したシステムがいつの間にか使われなくなっていくという経験を多くの人がしているであろう。担当者は,正しく業務を実施するために,定期的に品質マニュアルを読まなければならない。
理想的には自分の意志で,決められた頻度で品質マニュアルを読むべきであるが,現実にはプレッシャーがないと誰も決められた通りに読まない。上司は,いかに上手にこのプレッシャーを与えるか考えなければならない。この場合,「上司が品質マニュアルの内容を熟知していること」はプレッシャーを与える有効な条件である。
読み手が読む意欲を持っていない場合は,次のようなポイントに沿って品質マニュアルを読ませるのがよい。
- ① いつ読むのかのルールを決めておく。
- ② 上司がルールに沿って読ませる。
- ③ 読まないと業務に着手できない工夫をする。
読ませるための工夫は対象業務によって異なるが,大切なことは,結果として決められた品質マニュアル(手順書)に沿って,必ず業務が行われているということである。業務遂行時に読ませるポイントは,次の①~④の時である。
- ① 作業実施時。 ③ 課題出現時。
- ② 作業手順書変更時。 ④ ローテーション時。
表2.2 品質マニュアルをいつ読んでもらうか
いつ | 状況 | 目的 |
入社時 | 新人教育の中で | 組織全体の理解 |
配属時 | OJT指導の中で | 自分の業務の位置づけの理解 |
業務遂行時 | 手順確認の為に定期的に | 正しい業務実施のため |
問題発生時 | 部署内,部署間で調整のため | 問題解決のため |
部課長昇格時 | ①責任権限の確認 | 正しい業務実施のため |
②所属内業務の確認 | 正しい業務実施のため | |
手順書変更時 | 社内徹底のため | 最新の状態の維持 |
内部監査時 | ①監査員としての確認 | 監査実施のため |
②被監査者として事前準備に | 監査実施のため | |
管理責任者に指名 | 品質システム維持管理のため | 自分の業務の位置づけの理解 |
役員に就任 | 品質マネジメントシステムへ関与 | 組織全体の理解 |