ISO審査員及びISO内部監査員に経産省の白書を参考にした製造業における有用な情報をお届けします。

■データ流通とデータ品質

デジタル化の進展に伴い、事業活動によって生み出されるデータ量が増大する中で、今後は、企業や業種を超えて各種データを集約し、AI などの新しい技術を用いて設計開発、生産管理などを効率的に行い、付加価値を創出し、競争力を高めていく必要がある。先進的な企業はこのような効率的なデータ活用(データ流通)によって価値創出を図り、競争力の向上や社会課題解決に取り組んでいる。

Apple は、サプライヤーから工場の電力消費量などのデータの提供を受けることで、自社製品のバリューチェーン全体の環境負荷等を的確に把握している。エアバスは、2016 年から、航空業界のオープンデータプラットフォームである” Skywise” の構築に取り組んでおり、2021 年10 月時点で、140 以上の航空会社が加盟し9,500 機以上の航空機が対象となっている。本プラットフォームでは、センサーから取得できる航空機内の各機器の時系列データ、運行データやメンテナンスデータなどの数値データや、技術文書などのドキュメントデータなど、大量のデータを処理し、関係者間で共有できる。これにより、エアバスは航空機の運行・メンテナンス状況を把握し、新しい航空機の設計改善に活かすことができる。また、航空会社は匿名化された航空機の稼働データを共有され、自社の運行サービスのベンチマーク指標として利用することで、パフォーマンス向上及び経営改善に役立てることができる。

企業間のスムーズなデータ流通を実現するには、データの種類やデータの精度など(データ品質)を標準化することが必要である。我が国製造業においても、データ品質の標準化により、災害や事故など非常時に備えるレジリエンス強化や、CO2 排出量の見える化の取組、研究実験データを複数企業間で共有することで付加価値の増大に取り組む動きがみられる。例えば、製パン業界では、加工工程の環境負荷の低減、品質管理の徹底、食のトレーサビリティの確保などのために、業界全体でデータ品質を標準化するための議論を開始している。また、バリューチェーン全体でCO2 排出量を削減するため、ロボット革命・産業IoT イニシアティブ協議会において、原材料調達・製造・物流・販売・廃棄から発生するCO2 排出量の見える化に向けて取り組んでいる。自動車業界では、モデルベース開発などの分野で、企業間で利用するデータの用語の標準化に向けた取組が始まっている。しかし、データ品質を担保するテーマの設定や、企業間の協調体制の整備などは欧米が先行している。例えば、EU では製造業をはじめエネルギー、モビリティなどの業界で共通のデータ流通の技術仕様を定義しようとしている。我が国製造業も、このような国際的な動向も踏まえながら、データ流通やデータ品質の担保に向けて取り組んでいく必要がる。

(デジタル人材育成)
2021 年11 月以降、デジタル田園都市国家構想実現会議を開催し、レベルを問わず、全ての労働人口が、デジタルリテラシーを身に着け、デジタル技術を利活用できるようにすることが重要であるという考えのもとに検討が進められている。その中でも、専門的なデジタル知識・能力を有し、デジタル実装による地域の課題解決を牽引する人材を「デジタル推進人材」と位置付けている。具体的には、ビジネスの現場においてデジタル技術を導入する際、システムなどの全体設計ができる人材や、AI を活用して多くのデータから新たな知見を引き出せる人材などが想定されている。我が国製造業においても、デジタル推進人材が求められているが、(独)情報処理推進機構の調査によれば、企業が求めるIT 人材は、量・質共に不足している。
また、同機構が実施した「企業におけるデジタル戦略・技術・人材に関する調査」では、デジタル技術による変革を担う人材の「量」の過不足感について、「大幅に不足している」及び「やや不足している」の割合は、米国では約4割である一方、我が国では約8割となっている。

さらに、スイスの国際経営開発研究所が公表した「世界デジタル競争力ランキング2021」では、日本の「デジタル競争力」の順位は64 か国中28 位と低迷している。特に「デジタル・技術スキル」が62 位と低く、これが「デジタル競争力」の順位を引き下げる要因のひとつになっている。また、社員の学び直しについて、「全社員対象での実施」の割合は、米国は37.4% である一方、我が国はわずか7.9% となっている。今後の教育課程においては、公立小中学校のデジタル環境整備を行うGIGA スクール構想や、高校における情報科(情報I・II)授業の導入などを通じて、最新のデジタル技術の知識やプログラミングなどのデジタル教育を受けることとなる。一方、現役の社会人には学び直し、すなわちリスキリングが重要である。リスキリングに当たっては、DX 推進のための組織変革に関するマインドセットを理解・体得した上で、さらに専門的なデジタル知識・能力を身に付けることが必要である。

このような中で、経済産業省は、全てのビジネスパーソンに求められるデジタルリテラシーと専門的なデジタル知識の学習機会を提供するため、「デジタル人材育成プラットフォーム」として、デジタル学習コンテンツなどを紹介するポータルサイトを2022 年3月に公表した。ポータルサイトにおいては、基礎的なデジタルスキルを学べる教育コンテンツ及びカリキュラムの紹介や、企業の課題及びデータに基づく課題解決型学習プログラムに加え、地域における課題解決型の現場研修プログラムなど、実践的な学習の場を提供する。加えて、企業などが採用や能力評価を円滑に行えるよう、スキルやレベルを可視化するデジタルスキル標準を整備する。

高度人材の育成・確保を支援すべく、経済産業省は、IT・データを中心とした将来の成長が強く見込まれ、雇用創出に貢献する分野において、社会人が高度な専門性を身に付けてキャリアアップを図る、専門的・実践的な教育訓練講座を経済産業大臣が認定する「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」を2017 年7月に設立し、継続的に運用している。
本認定を受けた講座のうち、認定後の3 年間において厚生労働省が定める一定の基準を満たし、専門実践教育訓練として厚生労働大臣の指定を受けた講座は、開講する企業や受講者に対する厚生労働省の支援制度を利用することができる。2022 年4月までに、「クラウド、IoT、AI、データサイエンス」、「ネットワーク、セキュリティ」、「IT 利活用分野(自動車モデルベース開発分野、自動運転分野、生産システム設計分野)」の各分野の合計で125 講座を認定している。

事例1
(株)デンソーは、日本流の無駄を徹底排除した経営効率の高い自動生産システムを実現する手法をリーンオートメーション(Lean Automation)と定義し、その普及を進めてきた。同社は世界中の顧客にシステム、製品を供給する自動車部品メーカーで、世界35 の国と地域に130 の工場を展開している。東南アジアは国際競争力強化の観点から重要な地域であり、2005 年、同社初となる海外のトレーニングセンターである” DENSO Training Academy Thailand” を開設し、十数年に渡り、現地のスタッフを中心とした人による作業の改善、自動化及びロボット技術の開発、導入を推進してきている。タイでは、近年人件費の高騰や就業労働人口の減少が課題となってきており、従来の手作業主体のものづくりから、高度に自動化されたものづくりへの転換が求められている。自動化を実現するには、ロボットを導入し、設備や生産ラインをシステムとして企画、設計、製作、導入、保守まで行うシステムインテグレーターの存在が不可欠であるが、タイでは圧倒的に不足していた。
このような中、経済産業省の、現地の政府・産業界関係者に対する人材育成などを通じた新興国の制度や事業環境の整備を目的とした「制度・事業環境整備事業」を活用し、同社が中心となって、現地のシステムインテグレーター、中小企業の生産技術者・経営者、大学生などを対象とし、リーンオートメーションを実現できる人材(LASI: Lean Automation System Integrator)の育成を実施している。本取組によって、日本流のリーンオートメーションを浸透させ、現地の自動化エンジニアリングの質の向上、タイの企業の競争力強化に貢献している。それにより我が国でも、ロボットや各種制御機器など、自動化に必要な産業機器の輸出が増え、サプライヤーである中小企業にも好循環が生まれることが期待されている。本プログラムは、現場で使えるスキルを習得することを意識したプログラムであり、リーンオートメーションの基本を理解するための座学を始め、無駄の削減を体感するためのモデル演習やロボットを活用した自動化システムの構想設計、協働ロボット演習、実際の工場でのOJT(On-the-Job Training)を行う。実際に、OJT においては、必要人員を3人から1人とする省人化と、生産能力を150%に向上させる効率化の両立を実現したケースもみられた。
開始当初の教育対象者は、大学生と、自動化設備を供給する企業であったが、2019 年度より、ユーザーである製造業の生産技術・生産・保全部門にも対象を拡大した。また、我が国から日本人専門家をタイに派遣して教育指導を行い、講師となる現地トレーナーの育成も実施している。2020 年には新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大により日本人専門家の派遣が困難となったが、日本からの遠隔指導や、映像教材を作成・活用し、人材育成を継続している。さらに、VR 技術を活用した遠隔指導も検討している。2018 年度以降、タイの都市部だけでなく地方での育成も含めて着実に実施し、2022 年度末までに約1200 名を育成する予定である。また、日本の大学で本カリキュラムを発展させた次世代生産技術者育成の講座が2019 年に開講し、日本の産業界向けにアレジした講座を2020 年より開講するなど、日本のものづくり力の発展や技能伝承にも貢献してきている。今後、タイで開発してきたモデルを東南アジア各国のニーズに合わせて展開していくことで、日本流ものづくりのさらなる浸透、発展に寄与することを目指している。

(企業競争力向上のデジタル技術)
2020 年及び2021 年版ものづくり白書では、製造業を取り巻く経営環境は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大、経済安全保障を巡る国際情勢の変化といった「不確実性」が増しており、その急激な変化に対応するために自己を変革していく能力である「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」を強化する必要性を示した。
ダイナミック・ケイパビリティの強化に活用できるデジタル技術の一つが5G である。
5G を導入して工場内を無線化すると、レイアウト変更や無人搬送車(AGV)の活用が容易となり、「不確実性」に柔軟に対応した最適な生産活動が行いやすくなる。加えて、5G が有する、通信の遅延が小さくなる「低遅延」や大量のデータの通信が可能な「高速大容量」という特性を活かすことで、制御をクラウド上で実行できるようになったり、一括して制御することが可能になる。さらに、「同時多数接続」という特性から、様々な生産設備やセンサーから同時にデータを集めることが可能となる。
また、製造実行システム(MES:Manufacturing Execution System)は、製造工程の把握や管理、製造現場の作業者への指示などを行うシステムである。製造事業者でMES の導入や利活用が進み、製造現場で取得される詳細なデータが、経営資源管理システム(ERP:Enterprise Resources Planning)上の生産計画などの経営資源に関するデータと連携すれば、5G の特性を活かして収集した大量のデータをAI で分析、最適な稼働・制御条件をシミュレーションし、リアルタイムで製造現場にフィードバックすることにより、最適生産を実現できる。このようなシステムを導入することで、製造現場の人手不足や熟練技術者の技能継承、設備の稼働状況の可視化といった短期的な課題に対処できるだけでなく、生産人口の長期的な減少が見込まれる中での生産性の向上や競争力の維持強化といった、中長期的な製造業の課題の解決にもつながる。

令和3年度に(株)野村総合研究所と(一財)エンジニアリング協会が共同実施したMES に関する調査によれば、調査対象のうち約4割がMES を導入済みと回答している。MES の導入や利活用が進まない要因としては、経営層にその重要性が理解されていないこと、導入・利活用の推進部門が存在しない企業があること、人材不足、投資対効果の説明が難しいことが挙げられる。
①業務に応じた個別のシステムの導入、製造現場の見える化やIoT プラットフォームの導入といった実績データの収集・分析を進めるところから始め、次に② 5Gの活用、計画系機能の拡充、ERP などの上位システムとの連携を行い、さらに③データ分析・フィードバック、標準化したMES の全社展開といった3つのフェーズで進めていくことが有効だとしている。

(出典)経済産業省 2022年版ものづくり白書
 ・https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2022/index.html

(つづく)Y.H