044-246-0910
ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。
■先進国の金融政策正常化に伴う新興国経済への影響(その2)
(6)政治の不安定性
新興国経済のリスクを低減するためには、財政収支及び経常収支の改善や早期の経済回復等が求められるものの、失業率やインフレ率の上昇、不十分なコロナ支援策、活動規制等に伴う国民の政治に対する不信感もあり、政策の不透明感が高まっている。政治の不安定性は経済成長に悪影響を及ぼし得ることが指摘されている。政治への不信感の高まりは、政権交代へとつながる可能性がある。また、頻繁な政権交代は、企業の生産性の低下や物的・人的資本の蓄積低下をもたらすとともに、国政選挙の接戦度が高い場合には、投資は減少傾向となり、業種別では、医薬品、エネルギー、運輸、通信産業等が政策変更による影響を受けやすいと分析されている。ここでは、新興国において不安定な政治により経済に悪影響が及ぶ様子について、最近の具体的事例を見ていく。
足下の世界的な物価上昇は、パンデミックからの需要回復や供給制約による需給不均衡によって押し上げられているだけではなく、2022年2月のロシアのウクライナ侵略に伴う資源・穀物等の商品市況高騰によって増幅している。こうした価格高騰は新興国の国民生活に影響を及ぼすものであり、エジプト、レバノン、スリランカでは、食品価格等の高騰が経済社会の不安定化につながることが懸念される。
エジプトは、小麦の輸入大国であるが、約8割を占めていたロシア、ウクライナからの小麦輸入が減少したことで、国内の食料価格が高騰した。2022年3月には、外貨準備高の減少が進んだことから、IMFに支援を要請するとともに、ドルに対して14%のエジプトポンドの切り下げを実施した。
レバノンでは、通貨下落やインフレに対する反政府デモが長期化する中、外貨準備高の減少により償還期限を迎える対外債務の返済ができなくなり2020年3月に初のデフォルトとなった。同年8月には、ベイルート港で約200人が死亡する大爆発が発生し、小麦の貯蔵庫も崩壊した上、レバノンの小麦輸入の約8割を占めるウクライナ、ロシアからの輸入が困難となり、国連に支援を要求した。GDP成長率は2020年-21.5%(2021年は2022年4月時点で未公表)と大きく経済が落ち込んでいる。
スリランカでは、慢性的な貿易赤字に加え、新型コロナウイルスの感染拡大により、観光と海外労働者からの送金による外貨獲得ができなかったことから、コロナ前の2020年1月には75億ドル保有していた外貨準備高が、2022年3月には19億ドルと約4分の1まで減少した。これにより、スリランカは対外債務の返済が困難となったため、2022年4月にIMFに緊急融資を要請した。資源や食品等を輸入できず、計画停電の実施や生活必需品の物価上昇により国民の不満が高まったことから激しい抗議活動が行われたことを受けて、同年4月、5月と2度緊急事態宣言が発出された。
パキスタンでは、2021年11月から前年同月比10%台の高いインフレ率の継続に加えて、通貨安や外貨準備高の減少等を背景に、2022年4月に野党が提出した不信任案決議が可決され首相が失職した。
南アフリカでは、2021年7月、前大統領に法廷侮辱罪の有罪判決が下され、収監されたことに反発し、支持者らによる大規模な暴動が発生した。一部が暴徒化し、派遣された国軍により事態は鎮静化したが、2021年第3四半期の実質GDP成長率(前期比、季節調整値)は、-1.7%と5四半期ぶりのマイナス成長となった。その後は回復し、2021年第4四半期+1.2%とプラスに転じている。
メキシコでは、左派のロペス・オブラドール大統領が、前政権主導で進んでいた新空港建設を中断、別の場所に新空港を開業させたり、電力市場やリチウム開発の国有化に関する内容を盛り込んだ改正憲法案を提出したりするなど、国家への権力集中を強めている。同大統領の政策決定には、大きな政策変更が含まれており、不確実性が高まっていることから、対内投資の減少が懸念されている。
中南米では、近年、メキシコ、アルゼンチン、ペルー及びチリに左派政権が誕生し、2022年には、ブラジルとコロンビアで大統領選が予定されている。これらの中南米主要国では、コロナ禍での社会的不満に加えて債務水準が高まっている中、左傾化が進んでいることから、資源を国有化する資源ナショナリズムの動きや財政規律の緩みが懸念されており、通貨安にもつながり得るリスクが存在している。
世界の経済や政策の不確実性を数量的に把握するための指数として、「世界不確実性指数(World Uncertainty Index、以下WUI)」がある。WUIは、エコノミック・インテリジェンス・ユニット(EIU)の国別報告書の中で、「不確実」あるいはそれに類似する用語が登場する頻度を算出して指数化されたもので、数値が高いほど不確実性が高いことを示している。世界全体の不確実性指数を見ると、新型コロナウイルスの感染拡大により上昇し、2020年第1四半期(Q1)をピークに低下したものの、1990年代に比べ引き続き高い水準で推移している。2021年Q1を底に世界、先進国及び新興国ともに再び上昇基調となっており、コロナ前には先進国の方が高かったWUIは、2021年Q2以降は新興国が先進国を上回っている。主要新興国の国ごとのWUIの動きを見ると、国により異なるものの、新型コロナウイルスの感染拡大で多くの国が2020年をピークに低下した後、2021年頃から再び上昇基調となっており、2022年Q1からはウクライナ情勢も加わって、足下で新興国の各国の不確実性が高まっていることが示されている。政情不安は、ビジネス環境や金融市場をも不安定にし、国家の経済成長を大きく左右することから、新興国には、政治の安定性と政策の予測可能性を高めることが求められる。
(7)商品市況の影響
新興国の一部は、特定の農産品、鉱物資源等のコモディティの主要生産・産出国となっている。例えば、南アフリカは、金、プラチナ、ブラジルは、鉄鉱石、石油、大豆、チリやペルーは、銅、インドネシアは、石油、天然ガス等の鉱物資源や農産品を多く輸出している。経済発展に伴う工業化により、かつてに比べ特定の産品への経済依存度は低下しているものの、コモディティは、国の経済成長を支える重要な役割を果たしている。
足下、コロナショックからの需要回復や供給制約による需給不均衡、緩和的な金融政策が継続したことによる資金の流入、ロシアによるウクライナ侵略等により、エネルギー資源や貴金属、穀物といった商品市況が高騰していることから、新興国の主要な輸出産品について、国際指標の推移を見ていく。
原油価格は、代表的な指標であるニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)のウエスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油先物価格は、新型コロナウイルス感染拡大による世界経済の停滞により、2020年4月に史上初のマイナスの1バレル-37.63ドルとなった後、持ち直して2022年3月には1バレル123.7ドル(終値)と2008年夏以来の高値を記録している。
天然ガス価格は、欧州の天然ガス価格指標であるTTF天然ガス先物価格が、欧州の低気温による需要増や、ロシアによるウクライナ侵略に伴う供給不安により、2022年3月には215.5ユーロ/メガワット時(終値)にまで上昇し、初の200ドル台を記録した。
鉄鉱石価格は、プラッツの国際価格指数である鉄鉱石先物価格(鉄62%、中国向け)が、産出国であるブラジルにおける豪雨や中国の経済回復による需要増を背景に、2021年7月に1トン219.8ドル(終値)と高値を記録した。足下では、150ドル前後で推移している。
金の価格は、ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金先物価格が、2022年3月に一時史上最高価格を更新し、1トロイオンス=2,072ドル(直近限月)に達した。世界情勢が不安定な時に、安定資産として金への需要が高まる傾向がある。
銅の価格は、ニューヨーク商品取引所(COMEX)の銅先物価格が、電気自動車の普及や中国需要拡大を背景に、2022年3月に史上最高値1ポンド4.9ドル(終値)を更新した後、4.5ドル台前後の高値圏で推移している。
穀物価格は、国際指標であるシカゴ商品取引所の大豆先物価格がコロナ禍からの需要回復を背景に2021年後半から急激に上昇しており、2012年の1ブッシェル17.95ドル(日中)の史上最高値に迫る勢いで上昇している。
小麦先物価格は、ロシアのウクライナ侵略による供給量の減少が懸念されることから、2022年3月には、2008年以来14年ぶりに1ブッシェル13.4ドルと最高値を更新した。その後は、11ドル台で推移している。
商品市況が高騰することにより、資源を保有する新興国にとっては獲得できる外貨が増加し、外貨準備高を積み増すことでファンダメンタルズの改善につながる上、投資資金が流入して通貨の上昇圧力が強まる。他方、資源国ではない一部新興国では、2021年春以降から発生しているインフレ対策として、政策金利引上げによる金融引締め策を講じていることから、商品市況の更なる高騰が輸入価格上昇を通じて自国での物価上昇の常態化につながる懸念もある。
(新興国の金融不安による先進国への影響)
(1)日本の金融機関の対外エクスポージャー
既に述べたとおり、先進国では、新型コロナウイルスの感染拡大等を受けた実質ゼロ金利政策が続く中で、高い利回りを求めて資金が新興国へ流入した。こうした資金流入に関して、まずは日本が保有する与信残高がどの程度リスクに晒されているかを見るため、主要新興国に対する日本の金融機関のエクスポージャーについて考察する。
(BIS国際与信統計(最終リスクベース)によると、日本の国内金融機関が保有する新興国向けの与信残高(2021年9月末時点)は、5,845億ドルで、世界全体に占める割合は12%と低い割合にとどまっている。推移を見ると新興国向けの与信残高は増加しており、全体に占める新興国向けの割合も徐々に大きくなっているものの、2010年台後半以降は12%前後で推移している。日本が保有する国際与信残高の割合を債務国別に見ると、新興国の中ではタイ(新興国全体に占める割合18%)、中国(同17%)、韓国(同9%)と地理的に近いアジアの国が上位を占めている。アジア以外の国では、ブラジル(同4%)、サウジアラビア(同3%)、メキシコ(同3%)と中南米の大国と石油産出国が続いている。主要新興国の国際与信の債権国を国別で見ると、タイ、インドネシア、フィリピンなどの地理的に近いアジア各国で、日本のエクスポージャーが高水準となっている。
メキシコ、ブラジル、アルゼンチン等の中南米やトルコについては、日本の割合は少ないものの、スペインの与信の大きさが約3割と際立っている。本節の新興国経済の健全性とリスクにおいて見たとおり、対外債務の返済リスクが高いトルコ、南アフリカや、政府債務の返済リスクの高いブラジル、両方のリスクが高いアルゼンチンは、日本の与信割合が比較的少なく、仮にこれらの国がデフォルトした場合であっても、日本の金融機関が被る影響は限定的であると考えられる。他方、日本の与信割合が比較的多いアジアは、相対的にファンダメンタルズが健全であり、デフォルトに陥る懸念は当面は極めて小さい。ただし、インドについては、日本が約417億ドルと米国、英国に次ぐ第3位の与信規模を有している上、前述したとおり、既に財政赤字幅が大きい中、政府総債務が増大し、2020年のGDP比で90%に達していることから、今後財政状況の悪化が更に進行した場合、インドに対してエクスポージャーを有する金融機関の財務健全性にも影響が及ぶ懸念もあり得るため、今後のインドの財政動向には注意が必要である。
(2)日本以外の先進国による主要新興国への証券投資
続いて、日本以外の主要先進国の対新興国証券投資残高の推移を概観し、先進国に及ぼし得るリスクを考察する。
米国の対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、インド(合計残高の2%)、ブラジル(同1%)、メキシコ(同1%)でいずれも低い水準となっている。3か国の残高とも2020年6月に減少した後、上昇基調となっており、特にインドの増加幅が大きい。
英国の対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、ブラジル(合計残高の1%)、インド(同1%)、メキシコ(同0.4%)と低い水準で、ブラジルの残高は、大きく上下して新規証券投資と引揚げを繰り返している一方、メキシコの残高は徐々に減少している。
フランスの対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、インド(合計残高の0.5%)、メキシコ(同0.3%)、ブラジル(同0.2%)といずれも1%未満で規模は小さい。3か国とも2020年6月に一時的に減少したものの、2020年12月に増加した。特にインドの残高の増加幅は非常に大きい。
ドイツの対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、メキシコ(合計残高の0.4%)、インドネシア(同0.2%)、インド(同0.2%)と割合も0.5%以下と小さいが、世界全体への対外証券投資残高の増加に合わせて、対新興国証券投資残高も上昇基調となっている。メキシコの残高は、他の主要新興国に比べ高い水準を維持している。
イタリアの対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、メキシコ(合計残高の0.3%)、インドネシア(同0.1%)、トルコ(同0.1%)で割合は0.5%以下で、金額も他の先進国と比べると低い。メキシコの残高は急激に増加している一方、インドネシアについては、低い水準であるが上昇基調で推移ししている。
スペインの対外証券投資残高のうち対象となる主要新興国の中で、最も大きいのはメキシコであるが、0.4%とごく僅かとなっている。主要新興国が発行する証券の保有国割合の高い国は、米国の金融政策正常化を受けた新興国経済の悪化によるデフォルトの影響を受けやすいと考えられるものの、主要先進国による対外証券投資残高は、総じて他の主要先進国向けと税負担の軽い国・地域向けが大半を占めており、主要新興国向けの割合は全体の4%程度と限定的である。新興国投資は、コロナ禍により増加したものもあるが、全体としてその割合や金額は小さく、仮にデフォルトが発生した場合でも、その影響は限定的な範囲にとどまる可能性が高いと考えられる。
(3)先進国の新興国への直接投資
短期的な投資目的もあり流動性の高い証券投資に対して、経済規模が大きく安定的な直接投資は、米国の金融政策正常化の動きにより即座に大規模に流出することは考えにくい。しかしながら、仮にデフォルト等の経済混乱に発展した場合には、多くの直接投資残高を保有する先進国に影響を及ぼす可能性もあることから、主要先進国における対新興国の直接投資の状況を概観していく。
日本の対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、タイ(残高合計の4%)、インドネシア(同2%)、インド(同2%)であり、最も多いタイでも残高合計の4%と全体に占める新興国の規模は小さい。推移を見ると、3か国とも増加基調である中、とりわけタイの増加幅が大きい。ブラジルの残高は2013年から緩やかに減少し続け、インドネシア、インドを下回った。米国の対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、地理的に近い中南米の大国であるメキシコ(残高合計の2%)とブラジル(同1%)、インド(同1%)となり、米国全体の残高に占める新興国の規模は小さい。
米国の投資先は、2009年からの約10年間で大きな変動はなく、ほぼ同水準で推移している。
英国の対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、インド(残高合計の1%)、メキシコ(同1%)、ロシア(同1%)と割合は低く、投資残高も日本より低い水準となっている。新興国の時系列データは欠損があるが、インド、メキシコは上昇基調となっている。
フランスの対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、ブラジル(同2%)、ロシア(同2%)、インド(同1%)と割合は低い。2020年は、ブラジル、ロシアの残高が減少した一方、インドの残高は上昇した。ロシアの残高は、2009年から大きく増加している。
ドイツの対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、インド(残高合計の1%)、ロシア(同1%)、メキシコ(同1%)と割合は低い。新興国の中では、過去10年間でインドの残高が急増している。対ロシア向けの投資残高は、2016年以降大きく増加し、フランスと同規模の投資残高となっている。
イタリアの対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、ロシア(残高合計の2%)、ブラジル(同2%)、インド(同2%)と割合は低い。新興国の中では、対ロシア向けが増加基調となっており、フランス、ドイツの投資残高よりは低いものの、ロシアによるウクライナ侵略の動向を注視する必要がある。
スペインの対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、ブラジル(残高合計の8%)、メキシコ(同7%)、アルゼンチン(同3%)となっており、スペインは他の先進国に比べて新興国の割合が高い。世界全体を見ても、英国、米国に次いで、ブラジルは第3位、メキシコは第4位の規模を有している。
先進国による対外直接投資残高は、対外証券投資と同様に、総じて先進国向けが大半を占め、新興国向けの規模は全体の7%程度と非常に小さい。このことから、新興国での事業環境の悪化による資産価値の毀損が生じた場合でも、その影響は限定的な範囲にとどまる可能性が高いと考えられる。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html