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■世界における民間債務の急増
(民間債務の動向)
(1)民間債務の概況
企業債務や家計債務を合わせた民間債務は、世界金融危機後に健全化が進んだものの、新型コロナウイルス感染拡大後の大規模な政策支援によって、大きく水準が上がっている。国際決済銀行(BIS)は、過去の金融危機の分析の経験から、GDPの成長率を上回る早いペースで民間債務が増加した場合には、金融危機に陥るリスクが高いとしている。特に、民間債務GDP比の長期トレンドからの乖離(債務・GDPギャップ)が9%ポイント以上の場合、3年以内に3分の1の確率で金融危機や大幅な景気後退が起こると予測している。2020年以後、日本、フランス、カナダ、韓国といった一部の国では警戒すべき水準にあることから、経済が正常化に向かう過程における債務の動向には注意が必要である。
(2)企業債務の動向
①企業債務の概況
新型コロナウイルスの感染が拡大する前の2019年末から2021年9月末の期間における企業債務残高のGDP比は、先進国では90.9%から94.9%へと4%ポイント増加し、新興国では103.3%から112.5%へと9.2%ポイント増加した。企業債務は、低金利環境に加え、コロナショックによる経済活動の制限に伴う資金繰り対応等が背景となり、先進国、新興国を問わず、大きく増加している。
G7加盟国を見ると、日本で101.2%から115.7%へと14.5%ポイント増加したほか、フランスで149.7%から164%へと14.3%ポイント増加し、カナダでは116.3%ポイントから124.3%へと8.2%ポイント増加した。BISの区分では新興国に含まれる韓国では、101.3%から113.7%へと12.4%ポイントと大幅に増加し、債務増加をけん引している。これらの国の企業債務は、感染が常態化した2021年9月時点においても、高止まりしている、若しくは減少したものの、減少幅が小さく、依然として高い水準を維持しており、今後の動向に注意が必要である。なお、米国では76.1%から81.1%へと5%ポイントの増加と政府による経済対策もあり、他の先進国と比べて、小幅な増加にとどまっている。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う資金繰り悪化によって、資金調達手段として社債が活用され、一部のG7加盟国と中国において、社債発行額は増加している。特に、米国では、2019年から2021年に、1.2億ドルから1.5億ドルへと1.3倍に増加した。その他のG7加盟国では、日本で2214億ドルから2754億ドルまで1.2倍増加し、カナダでは1405億ドルから1942.8億ドルと1.4倍に増加した。欧州では2020年には発行額が増加したものの、2021年には減少しており、新型コロナウイルス感染拡大前とおおむね同水準に戻った。また、中国でも、同期間に1.2兆ドルから1.6兆ドルへと1.4倍に増加した。
企業の倒産件数は、新型コロナウイルスの感染拡大後も、日本、米国、欧州のいずれにおいても低水準で推移しており、信用保証などの企業金融支援措置が功を奏しているといえる。今後は、こうした支援措置により拡大した企業債務の返済期限が順次到来することもあり、債務の返済動向には注意が必要である。
②米国を中心に進むレバレッジ経営が増大させる金融リスク
企業債務増加のもう一つの背景として、金融危機後に米国企業を中心に活用されてきた、信用力の低い企業向け融資のレバレッジドローンとその証券化商品のCLO(ローン担保証券)の発行額が増加していることが指摘できる。レバレッジドローンは、変動金利であるため、市場金利の上昇とともに債務負担が増大するリスクが存在するほか、借換えが難しくなった場合には、企業の資金繰りに影響し得る。また、自己の資産価値ではなく、買収対象企業の資産価値や将来の収益性を担保にして資金調達して高いレバレッジでM&Aを行う、レバレッジド・バイアウトの占める割合が上昇していることも、企業債務が増加している要因の一つである。新型コロナウイルスの感染拡大が生じた2020年は、一般的に高レバレッジとされる6倍を超えるレバレッジド・バイアウトの比率が、2021年には、リーマンショック後で最も高い58.8%に達する見込みであり、感染拡大で企業活動の見通しが立ちづらい状況においても、高レバレッジの企業買収が行われており、高リスクな買収の比率が高まっていることが見てとれる。また、金額ベースで見ても、レバレッジドローンを活用したM&Aやレバレッジド・バイアウトは、2018年以降は減少傾向にあったが、2021年に再度増加する見込みである。
CLOは、特に米国での発行額が多く、2020年に発行額が一時的に減少したものの、2021年に米国で発行されたCLOは、1,500億ドルに達する見込みであり、感染拡大で景気の見通しが立ちづらい状況においても、発行額が増加している。加えて、CLOの裏付けとなっている企業には、ホテルや娯楽のような、新型コロナウイルスの感染防止のために企業活動が制限されている業種の比率が高い。仮に感染拡大の影響を受けて、企業の格付が低下した場合、こうした業種の企業が裏付けとなっている証券価格の下落を招くおそれもある。企業の信用リスクが高まると、企業債務の格下げが進み、関連する金融商品の価格低下等を通じて金融市場の安定性を損なうとともに、企業の資金調達環境を悪化させるリスクがあり、注意が必要である。
③不動産を担保とした借入れと資産価格下落に伴うリスク
企業債務が増加している一因として、不動産を担保とした借入れの活用も指摘できる。金融危機の影響が一巡してからは、金融緩和による金利低下により不動産需要が刺激されたことで商業用不動産価格が上昇しており、不動産等の保有資産を担保とした企業の借入能力が向上してきた。商業用不動産価格は、米国では、2010年比で2019年末時点の181.4から2021年末時点に212.2へと30.7ポイント増加しており、これは、日本やユーロ圏と比較しても大きな増加幅である。米国では、新型コロナウイルスの感染拡大下において、企業債務GDP比の増加幅は比較的小さいものの、資産価格の急落が生じた場合に潜在的なリスクを抱えているといえる。今後は、金融政策の正常化が進むにつれて、債務の返済に伴う不安が高まることで信用が収縮し、不動産需要も減退することから資産価格が下落するというリスクもつきまとう。2022年4月のIMF金融安定化報告書では、ロシアによるウクライナ侵略と経済制裁による影響は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い蓄積されたぜい弱性を顕在化させ、資産価格の急落につながるおそれがあると指摘されており、今後の動向に注意が必要である。
(3)家計債務の動向
①家計債務の概況
新型コロナウイルスの感染が拡大した時期には、経済活動が制限され、観光業などの対面サービス業を中心に、労働者が失業や給与減額といった状況に直面したことに加え、感染拡大を防ぐため、住居を移転する動きがあり、住宅ローン債務が増加した。感染拡大前の2019年末から2021年9月末の期間に、家計債務残高GDP比は、先進国では73.7%から75.7%へと2%ポイント増加し、新興国では45.7%から51%へと5.3%ポイント増加した。国別で見ると、同期間に、フランスでは62.1%から67.3%へと5.2%ポイントの増加、カナダでは103.6%から108.8%へと5.2%ポイントの増加、ドイツでは53.3%から57.6%へと4.3%ポイントの増加、日本では62.7%から66.9%へと4.2%ポイントの増加を示しており、先進国では軒並み増加した。また、同期間に、韓国では95%から106.7%へと11.7%ポイントの増加、中国では55.5%から61.6%へと6.1%ポイントの増加、ブラジルでは33%から36.6%へと3.6%ポイントの増加を示している一方、インドでは34.5%から34.7%へと0.2%ポイント増加の僅かな増加、南アフリカでは35.3%から34.8%へと0.5%ポイントの減少となっており、感染拡大に伴う影響が出たのは、BISの新興国区分に含まれる一部の国に限定されたといえる。
今後、新型コロナウイルスの感染収束に伴い、住宅ローンの返済猶予などの支援策が縮小されることが想定される。その場合、長期的に家計債務残高が増加傾向にあることに加え、感染拡大下の家計債務残高の増加があいまって、家計の債務負担増加や不動産市場への潜在的な影響が懸念される。
②新型コロナウイルス感染拡大で高騰する住宅価格
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、都市部の人々がテレワークをするようになり、郊外に住居を移転させる動きも進んでいる。こうした住宅需要の高まりは、住宅価格の上昇を後押ししている。例えば、米国では、大都市から人口が流出し、地方都市へ人口が流入することによって、郊外の住宅価格が上昇している。カリフォルニア州やニューヨーク州において人口流出が進んだ一方、テレワークによって職場への出勤の必要性が低下し、フロリダ州のような別荘地への人口流入が増加した。建設資材価格の高騰や建設労働者の不足もあり、郊外のみならず、都市部の住宅価格も上昇している。
今後、金融政策正常化の進展に伴い、住宅ローン利率が上昇すれば、住宅価格が下落し、家計債務に影響を及ぼす可能性もあり得るため、注意が必要である。住宅価格を見ると、金融危機や欧州債務危機の後、低金利環境下での住宅需要の増加を背景に、米国、欧州、カナダ、中国等、多くの国・地域で住宅価格が長期的に上昇傾向にある。新型コロナウイルスの感染拡大後は、失業率の高まり等、所得環境が悪化したものの、金融緩和の影響もあり、住宅ローンの借入が促進され、世界各国で住宅価格が高騰した。
米国では、2000年1月を100とした既存住宅価格指数は、感染拡大前の2019年末から2021年末の期間に、214.5%から276.4%へと61.9%ポイントもの高騰を記録している。カナダでは、郊外の住宅価格指数が、2005年比で同期間に、232.6%から283.2%へと50.6%ポイントの大幅な上昇を見せた。欧州においても、ドイツでは2010年比で同期間に、155.5%から184.2%へと28.7%ポイント上昇し、英国では2015年比で、121.8%から142.4%へと20.6%ポイント上昇した。中国では、2020年を100とした既存住宅価格指数は、同期間に、96.9%から111.4%へと14.7%ポイントの上昇を見せている。
FRBが金融機関を対象に実施している”Senior Loan Officer Opinion Survey on Bank Lending Practices”によると、2015年以降の資金需要が増加した時期において、政府や政府系住宅金融機関が提供する住宅ローンの審査は、おおむね緩和化の方向を維持してきた一方、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化して以降の貸出態度の急激な厳格化は、世界金融危機の教訓を踏まえて、米国において金融機関によるリスク管理が徹底されていることを示唆しており、本来の返済能力を超える貸出は、住宅ローンについては多くはないと考えられる。
③住宅ローン以外の家計債務の概況
家計債務の内訳を見ると、多くの国で住宅ローンが主要な構成項目となっており、米国と日本ではそれぞれ、家計債務の7割と6割強を占めている。住宅ローン以外では、主として、クレジットカードローン、学生ローン、自動車ローンがあり、特に、高等教育機関の学費が比較的高額である米国では、学生ローンも家計債務を増大させる要因のとなっている。米国の学生ローン、自動車ローン、カードローンについては、新型コロナウイルスの感染拡大が原因と見られるような債務残高の際立った増加は見られていないが、長年にわたる低金利状態の継続により債務残高が増加してきており、特に学生ローン残高の増加が著しく、サブプライムローン問題が表面化する前の2007年3月時点と2021年3月時点を比較すると約3倍に増加している。クレジットカードローンと自動車ローンも2000年代後半から増加傾向にある。
日本におけるカードローンも、感染拡大による際立った増加は見られないが、2010年代中盤にかけてクレジットカードローン残高が増加しており、その後減少したものの、依然として2010年代初頭の水準を超えている。英国のカードローンは、2019年末に197万ポンドで、感染拡大に伴う景気後退もあり、2021年11月には200万ポンドを超える高水準の残高となっている。感染拡大によってカードローン残高が急増した英国のみならず、日本や米国についても、住宅ローン以外の家計債務が顕著に増加しており、金利上昇が及ぼす影響には一定の注意が必要である。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html