ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■新型コロナウイルスを契機に起きた経済、労働市場での変化

(1)デジタル化への対応と根強い接触型の経済活動への需要
新型コロナウイルスは、感染拡大の予防策として、例えば生産現場に従業員が物理的に集合して活動を行うことを困難にするなど、人と人との接触を抑制するという特徴を持っていた。そうした特徴によって、可能である場合にはテレワークが促進され、主要なオンラインコミュニケーションツールの一つであるマイクロソフト社のTeamsの月次利用者数をテレワーク普及度の代理変数として見ると、2019年11月時点で2千万人であった利用者数は、2022年1月時点では2.7億人と2年間程度で13.5倍もの増加となった。こうした人々の働き方の変化が資産価格にも影響を与えた可能性がある。

具体的には、新型コロナウイルスの感染が深刻化した2020年以降は、実質住宅価格と住宅価格の家賃比率の上昇ペースが加速した。国別の住宅価格指数を見ても、同様の上昇が幅広く見られている。この間には、中央銀行による金融緩和政策の継続によって低金利が維持されたとの要因もあるが、新型コロナウイルスによる経済への打撃を考慮すれば、住宅需要が強まった要因は、テレワークの浸透といった住宅ローン金利の低下だけではない要因の存在が考えられる。更に、テレワークの普及は、換言すればオフィス需要の減退を示唆することになる。実際に、世界の主要都市のオフィス賃料の推移を見ると、新型コロナウイルスの感染が深刻化してからは、半年前比で見たオフィス賃料の変化率は概ね下落が続いている。新型コロナウイルスによる人々の行動様式の変化は、住宅価格やオフィス賃料といった資産価値にも影響を与えた可能性がある。また、非接触という形で提供する必要性が高まったサービスに教育が挙げられる。

所得分類に基づいた各国において、リモート学習支援策が実施されている国の割合を見ると、高所得国では政策の実施割合が高い一方、低所得国において政策を実施している割合が低位であり、政策を実施していないとの回答割合が5割を上回っている。新型コロナウイルスの感染拡大によって、オンライン教育の重要性が高まっていることを踏まえれば、こうしたリモート学習を支援する政策の実施状況の差異は、ひいては低所得国において高所得国に比較した人的資本の潜在的な毀損が発生していることを意味し、長期的に見れば低所得国の経済成長の抑制につながる可能性もある。さらに、教育と同様に、医療も非接触型で提供する必要性が高まったサービスである。我が国において、電話・オンライン診療が受けられる医療機関の推移をみると、電話・オンライン診療に対応する医療機関数は新型コロナウイルスが深刻化してからは、2020年4月から5月にかけて大幅な増加が見られるが、新型コロナウイルスの感染拡大の第一波が収束した6月には頭打ちとなり、その後はほぼ一定で推移している。また、電話・オンライン診療に対応する医療機関は全体の2割に届いておらず、初診から対応する医療機関では1割に届いていない。オンライン医療の利用動向を他国と比較してみると、米国では外来診療に対して適用されるパートB保険において、外来者全体に占める遠隔診療を利用した割合は2020年で5.3%にとどまるが、特に予防診察を含む保険行動において遠隔診療を利用した割合は38.1%と大きく高まった。また、中国においては、オンライン医療の主要なプラットフォームとなっている平安好医生(Ping An Doctor)について、登録者数などの利用状況や、オンライン診療サービスの歳入などの業績を見ると、新型コロナウイルスが深刻化する以前からオンライン診療の利用が進んでいたことが示唆されている。教育や医療といった社会インフラは、新型コロナウイルスがオンライン化の必要性を高めたとの特殊な要因はあるものの、技術の進歩と人々の需要に合わせた適切な形での提供と、低所得国におけるデジタルアクセスへの困難を緩和するための施策が重要な課題である。

一方で、新型コロナウイルスの感染は、非接触型の経済活動を一方的に押し進めている訳ではない。電子商取引市場の規模が大きい国において、電子商取引が小売売上に占める割合を見ると、感染が深刻化した2020年序盤には同割合の急上昇が見られたが、その後は同シェアが横ばいであるとの動きが共通して見られている。このことからは、小売では消費者が購入するものをある程度は事前に決定しており、オンライン店舗を利用することが合理的であったとしても、実際の店舗での消費体験に対する需要は根強く、オンライン消費と実際の店舗における消費が共存していく可能性が高いことが示唆されている。本項での議論を総じれば、新型コロナウイルスの感染拡大は、その直後に非接触型の経済活動に対する需要を旺盛にし、それによって生じたデジタル化の流れに迅速に対応できた企業にビジネスチャンスをもたらした。その一方で、接触型の経済活動に対する需要も依然として根強く、企業は成長の牽引役としてデジタル化を進展させつつも、接触型と非接触型の経済活動をハイブリッド型に展開する対応が重要となる。

(2)所得面以外にも多様化する労働市場の格差
新型コロナウイルスが労働市場に与えた影響は、どのような側面を見るのかによって異なる。国際労働機関(International Labour Organization: ILO)の推定によると、新型コロナウイルスによって失われた労働時間は、感染が世界的に深刻化した初期段階である2020年第2四半期に最も深刻であったが、その後は労働時間の減少は緩和され、足下では2019年第4四半期対比で5%程度の減少にまで持ち直している。こうした動きは、所得別段階に分類した国の間で共通して見られており、労働時間という側面では新型コロナウイルス影響は特に格差の拡大をもたらした訳ではないといえる。また、15歳以上の雇用率を所得段階別で比較すると、新型コロナウイルスの感染が深刻化した2020年に同率が減少したことも共通して見られている特徴である。同率の推移を見ると、新型コロナウイルスの感染拡大前からの傾向として、高所得国での上昇とそれ以外の所得段階の国での低下がすう勢的に見られており、世界経済をマクロ的にみれば、雇用は主に先進国で創出され、発展途上国では雇用創出が低迷してきたとの潮流が示されている。ただし、そうしたすう勢的な差異を別にすれば、雇用の減少圧力という点においては、新型コロナウイルスは、所得段階別で見たグループに共通して影響していたことが示されている。

一方で、新型コロナウイルスが労働市場にもたらした格差とみられるのは、業種間でみられる雇用減少の差異である。工業とサービス業の雇用を見ると、サービス業よりも工業での雇用の減少率が大きかったことは全ての所得段階の国において共通して見られている。また、特に低位中所得国と高位中所得国においては工業の雇用減少が顕著であり、これらの国では他国の輸出において自国の付加価値が占める割合が高まっていることを踏まえると(サプライチェーンへの前方参加の増加)、グローバルサプライチェーンにおける国際分業体制への参加が活発になってきたことによって、世界的な景気後退の影響が貿易の減少を通じて強く反映されたと考えられる。また、失われた雇用の面からも、上述のように各国の製造業がグローバルサプライチェーンに組み込まれてきた影響が見られる。所得段階別の失業率を見ると、新型コロナウイルスの感染が深刻化した2020年は一様に上昇したが、その影響から経済が回復した2021年においても特に上位中所得国の失業率は上昇を続け、2022年の低下が限定的であることが見込まれている。

2020年のスキル別の雇用は、製造現場の雇用が含まれると見られる中スキルでの減少幅が最も大きく、世界経済が景気後退に陥った中で貿易が減少し、国際分業体制に組み込まれた職種が深刻な影響を受けていたことが示唆されている。長期的な推移でスキル別の雇用割合を見ても、上位中所得国では中スキルの雇用割合の増加が他の所得段階の国に比較して大きいことが示されている。所得段階別といった各国の間での格差とは別に、国内での格差も重要な視点である。この点から、各国において低給与で雇用されている割合を見ると、豪州、ニュージーランド、そして米国では、2020年の低給与雇用率が上昇した。これらの国の間では、景気の悪化に伴い発生する雇用への下押し圧力に対して、企業が一時解雇や再雇用の決断を下しやすいのか、雇用調整金のような政策で雇用を維持するのかといった雇用慣行的及び制度的な違いがあると見られるものの、一部の国で見られる低給与雇用率の高まりは、国内の所得格差の拡大圧力になり得る。高所得国での雇用減少率が比較的低位である背景に、それらの国では雇用対策の手厚い政策支援があったことに加え、それらの国での雇用では求められるスキルが比較的高いことから、景気の悪化による雇用の下押し圧力に対しても耐性があることが考えられる。

特に、コンピュータに関連したデジタルスキルの格差はデジタルデバイドと呼ばれ、所得段階別で見た格差は拡大している。デジタルアクセスの面を見ても、固定ブロードバンド契約や自宅でインターネットがある家計といった指標では先進国と低所得国の間で格差が拡大している。また、デジタルスキルの面でも、標準的なICTスキルを持つ個人の割合は国の間での格差は大きい。このようなデジタル人材についての教育格差が、雇用や所得の格差に及ぼしていく影響も更に重要になっていくと見られる。

(3)経済のグリーン化による資源調達の重要性
各国・地域が講じた新型コロナウイルス対策には、経済のグリーン化を促すという気候変動に対応した施策が含まれていることも特徴的である。経済をグリーン化していく上で、例えば電気自動車の普及にはリチウムイオン電池が重要であり、また風力発電には永久磁石(ネオジム磁石など)を使用する風力発電装置が重要であるように、それらを生産する技術だけではなく、必要な素材となる希金属(レアメタル)や希土類(レアアース)などの重要鉱物の調達が重要になってくる。実際に、気候変動に関するパリ協定において合意された今世紀後半の温室効果ガス排出量実質ゼロの達成を目指すと、リチウムの需要は2030年時点で2010年の25倍以上になるとの試算もあり、その他の重要金属についても需要の拡大が見込まれる。パリ協定における温室効果ガス排出量実質ゼロを目指す動きが世界的に拡大するにつれて、重要になってくるのは重要資源の入手可能性である。

主要な金属の埋蔵量と生産量について、具体例として、電気自動車の駆動において重要なエネルギー源となるリチウムイオン電池の原料となるリチウムを見ると、埋蔵量という面での主要な原産国はチリと豪州であり、両国ともに環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)の加盟国である。一方で、米国政府が大統領令の下で作成したサプライチェーンの調査レポートによると、リチウム電池の生産サイクルについて、特に中流段階における供給能力が特定国に偏在しているとの指摘もあり、サプライチェーン強靭化の観点を考慮すれば、懸念が出てくる。こうした例を踏まえても、重要産品については、それらの供給網について、調達先をある程度は多様化できるのか、国内の技術強化を図ることで調達の可能性を高めることが合理的であるのかといった多様な観点からリスクを分析することが重要である。

(4)長期停滞からの脱却を促すビジネスダイナミズムの重要性
IMFが公表した2020年の世界経済の実質GDP成長率は-3.1%となり、統計が開始された1980年以降では最も低い成長率となった。新型コロナウイルス感染拡大が世界的に影響を及ぼしたことがその背景にあり、このような世界的に深刻な経済ショックが顕在化した場合には、その後の経済回復が遅くなる傾向があるとの長期停滞説の議論が注目される。長期停滞説は、1938年にハーバード大学教授のアルビン・ハンセン氏が提唱した議論であり、米国の大恐慌からの回復が弱く、失業が解消しない状況を長期停滞と捉え、基本的な原因を人口成長率の低下による投資需要の減少に求め、ローレンス・サマーズ氏(元米国財務長官、現ハーバード大学教授)がその議論を継承しているとされている。そうした長期停滞説を踏まえて、長期的な統計が入手できる我が国と米国について、実質GDP成長率と、設備投資に対する需要を示す貯蓄投資バランスを比較していく。

実質GDP成長率に対して大きな影響を与えた経済ショックという観点では、両国に共通な世界的なショックとしては、石油危機(1970年代)、世界金融危機(2008年9月のリーマン・ブラザーズ証券の破綻を発端とした金融危機)、そして新型コロナウイルスの世界的な蔓延(2020年以降)が挙げられる。それらの経済ショックを踏まえて両国の長期的な実質GDPを概観すると、我が国では石油危機の影響と見られるマイナス成長が1974年(-1.2%)に記録したことをはじめとして、実質GDP成長率がすう勢的に低下しており、特にバブル経済崩壊に伴う不良債権処理が本格化する1990年代以降では、実質GDP成長率が低位に留まっている。一方で、米国の長期的な実質GDP成長率を概観すると、大恐慌期(1930年代)や戦間期(1940年代)では成長率の大幅な変動はあったものの、上述のような米国に特有な経済ショックを経ても、成長率のすう勢的な低下は見られていない。そうした経済成長率の対照的な推移は、10年間毎の実質GDPの平均成長率において、我が国ではすう勢的に低下しており、米国では比較的底堅い推移になっていることからも示唆されている。

長期停滞が引き起こされる原因として議論されている企業の貯蓄投資バランスを見ると、上述の我が国と米国で対照的な実質GDP成長率の長期的な推移を示唆する動向が見られる。すなわち、我が国(非金融法人ベース)では、実質GDP成長率が高水準であった1970年代には企業は積極的に投資をしていたが(貯蓄投資バランスにおける投資超過)、バブル経済の崩壊に伴う不良債権処理が本格化した1990年代の終盤以降ではそうした積極的な投資への姿勢が見られなくなっている(貯蓄超過の常態化)。一方で、米国の貯蓄投資バランス(民間法人ベース)を見ると、2000年代の終盤の世界金融危機によって企業が投資に消極的になった時期はあるものの、そうした大規模な危機を除けば概して企業は投資超過になっていることが示されている。そのような我が国と米国の違いの背景には、経済成長見通しに対する期待の差異があることが考えられる。

経済成長見通しに対する期待は、平均的に見て実質GDP成長率がどの程度なのかといういわゆる潜在成長率(潜在成長率は景気を加速も後退もさせない中立的な金利として定義される実質金利や自然利子率とも呼ばれる)が関係していると考えられる。それを踏まえて、我が国と米国の潜在成長率を比較してみると、我が国では近年で潜在成長率が1%を下回っているが、米国では近年で世界金融危機前の水準である2%に回帰する動きが見られている。このように、比較的近年で見れば、世界金融危機(2008年終盤以降)、欧州債務危機(2010年代前半)、新型コロナウイルスの蔓延(2020年以降)といった経済危機を経ても、経済成長見通し(すなわち潜在成長率)が危機以前の見通しへと復元しているということが、米国での投資に対する根強い積極姿勢に影響していると見られる。このように、我が国が依然として長期停滞説が議論するような状況にある中で懸念されるのは、ビジネスダイナミズムの停滞である。我が国と米国において、ビジネスダイナミズムを観測するために有用であると考えられる指標について、両国を比較する。我が国については2010年から2018年を分析対象であり、米国については1980年代から2010年前後が分析対象になっているとの違いはあるものの、両国において主要な指標は概してビジネスダイナミズムの低下を示している。

上述のように、我が国と米国では長期的な視点で見たビジネスダイナミズムの低下という共通の事象が観察されている一方で、新型コロナウイルスの世界的な蔓延による経済危機が引き起こされた中でも、我が国と米国では企業の新陳代謝ともいえる動向に違いが見られている。具体的に、我が国と米国の起業の動向をみると、米国では新型コロナウイルスが深刻化する中でも、2020年の半ば頃からは雇用を前提とした起業が増加し、その後も新型コロナウイルスの感染が深刻化する前に比較して高い水準での推移が続いている。一方で、我が国の登記ベースでの会社設立件数を見ると、2021年4月には登記件数の突出したような増加が見られたが、概して会社設立件数は新型コロナウイルス感染が深刻化する前後で大きな変化は見られていない。

企業の新陳代謝はイノベーションを促すような新たな企業の出現によって促進されるものであり、米国では新型コロナウイルスがもたらした社会生活の変化が、ビジネスチャンスとして捉えられていることが示唆されている。企業は、デジタル化の加速、資源の調達やサプライチェーンの管理といった経済安全保障の重要性の高まり、共通価値(人権や環境)を配慮することの重要性の高まりなど、従来とは異なった競争環境に直面しており、我が国でもビジネスダイナミズムを促進していくための環境整備が重要であると考えられる。また、コロナ前までの長期停滞は、コロナショック後の政府の支援を主な要因として、2021年以降、米国等における力強い回復という形で変化が見られる。財政支出・金融緩和による景気回復は一時的な現象であり、今後は中長期的な潜在成長率に収束していくと見られるものの、外需の拡大によって世界的な経済成長を取り込み、日本経済の成長に繋げていくことは重要である。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html