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■米国経済におけるインフレの実態
前回述べたように、米国経済は回復している一方で、急激な財政出動によって喚起された財・サービス需要の増加がサプライチェーンにおける供給制約を誘引した側面も指摘されている。サプライチェーンにおける供給制約は、世界的なインフレを招いており、とりわけコロナ禍の米国経済においては歴史的な水準でインフレが高進している。さらに、ロシアによるウクライナ侵略によって、エネルギー供給、資源・食料等のサプライチェーンの一部途絶や見直しによって混乱が生じ、資源価格の高騰に伴うインフレ圧力を一層高めている。こうした米国経済で生じているインフレについて、消費者物価の観点から観察した上で、家計の状況や、企業活動の状況について生産者物価を見ていく。
(1)消費者物価指数
①総合指数・コア指数
消費者物価指数について日本、米国、EUで比較すると、EUや日本と比べて米国では大きく上昇していることが確認できる。また、IMFの予測によると、2022年には2021年を超える水準となり、2023年以降に影響が緩和し、2025年に2%へと収束する見通しとなっている。米国の消費者物価指数(CPI)について、前月比の動向を見ると2020年5月以降上昇を続けていることが確認できる。また、前年同月比の推移を見ると、2021年9月以降一貫して上昇率が拡大してきており、2022年3月には+8.5%と、1981年12月以来の水準となっている。その後、2022年4月には+8.3%と上昇率が僅かに鈍化している。
食品やエネルギーを除いたコアCPIについても、前年同月比で、CPIと同様に2021年9月以降上昇率が拡大しており、2022年3月には+6.5%と、1982年8月以来の上昇幅となり、2022年4月には+6.2%となっている。財・サービス別の消費者物価指数を見ると、財の消費者物価指数はコロナ禍で上昇を続けており、2022年4月には前年同月比+9.7%と、コアCPIの同+6.2%を大幅に上回っている。また、サービスに関する消費者物価指数は、コロナ禍前には前年同月比で+3%前後で推移していたが、2021年に入り経済活動が再開される中で、物流混乱や人手不足といった供給制約や、それによる賃金上昇圧力を映じて上昇している。
②エネルギー・食品
次に、上述したコア指数には含まれないエネルギーや食品の消費者物価指数の動向を見ていく。エネルギー、食品の消費者物価指数は国際価格の高騰に伴い大きく上昇している。エネルギーの消費者物価指数については前年同月比+20%を越える上昇率となっている。もっとも、ガソリン価格が前年同月比+40%程度とエネルギー価格の上昇を押し上げている。食品の消費者物価指数について前年同月比の動向を見ると、コロナ禍前から+2%程度で推移しており、コロナショック時において+4%前後上昇で推移した。その後、サービス産業を含めた経済活動の回復を受けて、上昇が一服したが、2021年後半からは上昇が続いており、2022年4月には同+9.4%とCPIを越える水準となっている。
ロシアによるウクライナ侵略を受けて、エネルギーや穀物等の食料が豊富なロシアやウクライナが世界の供給網に与える影響は大きいため、今後、エネルギーや食品の国際価格の高騰を通じて、米国経済に与える価格上昇圧力も高まることが想定される。
③住宅
次に、消費者物価において約3割と大きなウェイトを占めている住宅に関する物価指数について見ていく。住宅に関する消費者物価指数は2021年初めより上昇している。併せて、住宅価格指数を見ると、統計開始以来の水準で推移している。こうした住居に関する消費者物価や住宅価格指数が前年同月比で上昇している背景として、コロナ禍において居住地の好みが変化したことに加えて、歴史的な低金利を背景に住宅需要が過熱していることが挙げられる。もっとも、住宅ローン金利は2021年8月以降上昇しており、住宅価格の高騰と相まって購買意欲を一段と減退させるリスクになるとの指摘もあるが、金利がさらに上昇する前の駆け込み需要で増加するとの見方も存在する。さらに、住宅需要の過熱は木材の需給ひっ迫の一因となり木材価格の高騰を招き、住宅価格をさらに押し上げている。住宅価格の増加率の上昇は鈍化が続いているが、依然として価格上昇は続いており、今後、住居費用の大半を占める帰属家賃が家計を圧迫することが見込まれる。
④自動車
次に、半導体の供給不足により、企業の生産活動や個人の消費市場に大きな影響を与えた自動車の物価動向について見ていく。車両の消費者物価指数として、新車・トラックと中古車・トラックについて前年同月比をそれぞれみると、新車・トラックは2022年4月時点で、前年同月比+13.2%、中古車・トラックの消費者物価指数は同+22.7%と、中古車・トラックの物価上昇がより大きいことが確認できる。こうした自動車における物価指数の上昇を招いている複合的な要因について、OECDは以下の5段階に分けて示している。足下では、オミクロン株の感染が世界的に広がっているが、ASEANにおいては、デルタ株の拡大時における非常事態宣言ほどの行動制限は行っていないことから、行動制限による供給減の影響は大きくない。一方で、自動車製造工程における重要部品の1つである半導体の不足は、今後も継続する見込みとなっており、足下でも、各社が減産を続けることにより、自動車の供給量の減少が続いている。米国内の自動車販売台数について、2020年4月時点における米国の季節調整後年間販売台数はリーマン・ショック時の最低台数を下回る861万台となり、その後、幾分回復したものの、上述した物流の混乱や工場の閉鎖、ロックダウンや半導体等の部品不足を背景に供給量が減少し、販売台数が大きく減少している。自動車の需要は強いことを踏まえると、需給のひっ迫は今後も続く可能性がある。
(2)家計の所得と消費支出
米国の個人消費は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、2020年4月に大きく落ち込むも、その後、大規模な財政措置によって需要が喚起され、コロナ禍前の水準を超えている。足下、オミクロン株の感染拡大によって引き続き経済活動に制約がある中でも、個人消費は底堅く推移しており、貯蓄率もコロナ禍前の2019年平均の7.6%を下回る低水準となっている。個人所得は、2021年9月の失業保険の加算支給の終了に伴う下押し要因が剥落し、増加している。
失業保険の加算措置は、就職意欲を阻害するとの懸念から約半数の州について早期打ち切りが行われたが、こうした懸念について、リッチモンド連邦準備銀行では、失業保険の補填が個人消費や労働市場に与える影響について分析しており、失業保険が個人消費を刺激する点については幅広いコンセンサスが得られているとした上で、労働供給の意思決定への影響については複数の研究例を基に僅かにマイナスもしくはほとんど影響しないとしている。こうした失業保険の加算支給、CARES法や米国救済計画法による個人への直接給付に加え、これらが底上げした所得によって財需要が喚起され、需要主導型で経済活動の再開が進められたほか、インフレや人手不足に伴う賃金上昇の影響もあいまって個人所得は増加しているものの、賃金上昇がインフレに追いついておらず、実質可処分所得については減少しており、2021年4月以降前年同月比はマイナスで推移している。
また、原材料等の供給制約を背景としたインフレや人手不足を受けて賃金は上昇傾向にあるが、2021年に入りCPIが上昇を続ける一方で、平均時給上昇率(前年同月比)が追い付いておらず、実質賃金はマイナスで推移している。
インフレ下における消費者のマインドを確認するため、ミシガン大消費者態度指数を見ると、新型コロナウイルスの感染拡大によって悪化したセンチメントは経済回復が進む状況を映じて改善されてきたが、インフレ率が急上昇した2021年4月をピークに再度悪化しており、2021年10月には2020年4月の水準を下回る71.7となり、それ以降についても下落基調が続いている。収入別の違いを見ると、収入上位の1/3については、2021年に減少に転じるピークが全体よりも遅れており、インフレの影響が相対的に小さいことが確認できる。2022年に入り、全ての層において指数が減少しており、インフレ圧力が強く消費マインドを下押ししていることが示唆される。
(3)生産者物価指数
次に、企業活動におけるインフレの状況として生産者物価指数の動向について見ていく。生産者物価指数は、コロナ禍前には前年同月比+2%程度で推移していたが、経済活動の回復に伴い上昇し、2022年4月時点で最終需要の総合指数が同+11.0%、コア指数については同+6.9%となっている。また、中間財や原材料の動向を見ると、中間財については、2021年11月の同+26.6%をピークとして、2022年4月に同+21.9%、原材料については、2021年4月の同+59.2%をピークに、2022年4月に同+48.1%となっている。背景としては、物流の混乱や人手不足、資源やエネルギーの需給ひっ迫といったサプライチェーン上の供給制約によるものと考え得るが、最終需要、中間財、原材料の生産者物価指数の動向を見ると、より川上の工程ほど物価増減の程度が大きいことが確認できる。
これまでに消費者物価指数や生産者物価指数の推移についてそれぞれ見てきたが、両指数の推移を比較してみると、2021年以降、生産者物価指数の上昇とともに消費者物価指数が上昇していることから、サプライチェーン上の供給制約による影響が価格へと転嫁されている様子がうかがえる。
(財政・金融政策)
これまでにコロナ禍における経済回復の動向や、労働市場の状況、サプライチェーンにおける需給ひっ迫を背景としたインフレが家計や企業に与える影響について見てきた。ここでは、これらのコロナ禍における経済回復を後押しした財政出動や、現下の米国経済において最優先課題となっているインフレと対峙する金融政策について見ていく。
(1)財政政策
バイデン政権は就任当初より、新型コロナウイルス対応、経済対策、気候変動対策等に重きを置いた政権運営を行ってきている。2021年の財政収支を見ると、財政赤字が過去最大となった2020年に次ぐ大きさであり、約2.8兆ドルの財政赤字となった。背景としては、トランプ政権に続き、新型コロナウイルス対策に巨額の措置を講じており、歳出額は過去最大となっていることが挙げられる。一方で、経済の再開が進められたことを受けた、就業者数の増加による所得税の増加や、企業収益が回復したことによる法人税の増加によって、歳入が2020年より増加しており、2020年より財政赤字が縮小したことにつながっている。
バイデン政権は当初、10年間で約4兆ドル規模となる「米国雇用計画」と「米国家族計画」の2つの経済対策を打ち立てていたが、その後、議会通過のために「超党派インフラ投資計画」と「Build Back Better (BBB)法案」として再構成された。前者のインフラ投資計画については、米国雇用計画のうち、共和党も合意可能なインフラ投資に焦点を当て、規模も縮小し、2021年11月15日に成立に至った。一方で、BBB法案については、共和党の支持が得られない中で財政調整措置を使い2021年11月19日に米下院を通過したが、上院ではインフレ懸念等を理由に民主党中道派の強い反対により、成立の見通しが立たない状況となっている。
(2)金融政策
2021年の米国経済においては、大規模な財政措置が需要を喚起したことや新型コロナウイルスのワクチン接種が進められたことで経済回復が進み、失業率は新型コロナウイルス感染拡大前の水準となっており、FRBは経済活動や雇用の指標における強さへの認識を示してきた。一方で、人手不足による賃金上昇やサプライチェーンにおける供給制約を背景としてインフレ率が目標の2%を大幅に上回る状況となっており、金融政策に関して目下の最優先課題はインフレ抑制となっている。インフレの状況について、個人消費支出(PCE)価格指数、食品やエネルギーを除いたコアPCE価格指数の前年同月比をそれぞれ確認すると、いずれも2020年5月以降上昇を続けており、2022年4月のPCE価格指数が前年同月比6.3%、コア指数が同4.9%と目標の2%を大きく上回っている。インフレ率が目標の2%を越える状況について、2021年9月のFOMCの声明文においては、あくまで一過性のインフレであるとの認識を示してきたが、FRBのインフレに対する認識はFOMCの開催を重ねるにつれて、インフレが一過性ではなく継続的であり、かつ大幅に水準を越えたものへと認識が改められてきた。
2022年1月までのFOMCにおいては、インフレの水準や影響を及ぼす期間について言及してきたが、2022年3月のFOMCにおいては新たにウクライナ侵略の影響について言及しており、米国経済への影響は不透明としつつ、原油や他の商品価格の高騰が、短期的に物価上昇圧力となる可能性を示している。インフレを抑制するため、2022年1月のFOMCでは、まもなく利上げを行う状況にあるとして、2020年3月15日以降据え置いてきた政策金利について、2022年3月のFOMCにおける利上げを事実上予告した。このように事前に利上げを事実上予告することによって市場の混乱を未然に防ぐ意図がうかがえる。その後、2022年3月の会合において政策金利を現行の0.00%~0.25%から0.25%~0.50%へと引き上げることを決定し、2018年12月以来約3年ぶりの利上げとなった。さらに、2022年5月には2000年5月以来の0.5%ポイント利上げとなり、0.75%~1.00%へと引き上げられた。今後の米国の経済見通しについて、FRBは失業率に関しては改善基調を映じて見通しを修正してきた一方で、目下のインフレ高進を受けて、PCE価格指数やコアPCE価格指数については上方修正を繰り返してきた。特に2022年3月時点での経済見通しにおいては実質GDP成長率とインフレ率が大幅に修正されている。
実質GDP成長率見通しが、2022年を+2.8%と前回(+4.0%)から大幅に下方修正し、2023年、2024年は前回から変更していない。また、インフレ率を示すPCE価格指数は2022年を+4.3%と前回(+2.6%)から大幅に上方修正。2023年以降もインフレ目標である2%を小幅に上回る見通しとしている。また、現下のロシアによるウクライナ侵略の状況について、パウエル議長は、ウクライナ侵略に関連する出来事がインフレに更なる上振れ圧力を生み出しており、経済活動の重しとなる可能性について述べている。また、そのため、今後も事態の変化や、経済に与える影響に関する分析が進むことに伴い、経済見通しについても見直され得る。このような経済見通しを踏まえて、FOMCの参加者による政策金利の予測を可視化したドットチャートは上方シフトを続けている。ドットチャートの中央値に従えば、2022年に7回の利上げを示唆しており、2021年12月予測(3回)から利上げを急ぐ姿勢が鮮明となっている。2023年は累計で11回と2021年12月(6回)から上方シフトし、2024年には政策金利が据え置かれる見通しとなっている。
これまで利上げ開始後に議論を具体化することとしてきた量的引き締め(QT:Quantitative Tightening)については、2022年5月に開催されたFOMCにおいて、2022年6月1日より削減を開始することを決定した。2022年6月から8月の米国債の減額ペースの上限を月300億ドル、その後は月600億ドルに引き上げることとした。また、政府機関保証の住宅ローン担保証券については2022年6月から8月は月175億ドル、その後は月350億ドルとしている。これは2017年から2019年にかけて行われた量的引き締めよりも速いペースで縮小する内容となっている。2021年11月のFOMCで開始が決定されたテーパリング94は2022年3月に終了し、インフレが高止まりする中で、2022年3月には政策金利の引き上げ、2022年5月には量的引き締めの開始がそれぞれ決定された。ゼロコロナ政策に伴う中国における新型コロナウイルスの再拡大やロシアによるウクライナ侵略によってインフレ圧力が高まり、経済への影響の不透明さが増す中、今後の政策金利や量的引き締めのペース、それらの経済への影響が注目される。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html