ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。。

■欧州経済の特徴と課題

(1)世界金融危機後とコロナショック後の経済回復過程の比較
2008年の世界金融危機後、欧州経済は、落ち込みから緩やかに回復したものの、その後の欧州債務危機の顕在化により、景気が急激に悪化した。財政健全化に向けた各国の財政引締め政策等の結果、需要が減退し、雇用の悪化や公共投資や民間投資の減少による域内の格差拡大を招き、景気は再び失速し、停滞状態が長期化した。世界金融危機およびコロナショックにより落ち込んだユーロ圏の実質GDPが、それぞれ危機前の水準に戻るのに要した期間について見てみると、コロナショックでは、世界金融危機後よりGDPの落ち込み幅がより大きかったにもかかわらず、危機前の水準までの回復に要した期間は、コロナショック後が7四半期と、世界金融危機後の10四半期と比べ短くなっている。これは、世界金融危機時の経験を教訓に、EUおよび各国政府、欧州中央銀行等が、大規模かつ迅速な対応を実施したことが寄与したものと考えられる。

また、国別に見ると、世界金融危機後は、財政状況の悪化により、ギリシャやスペイン等の南欧諸国の一部では、GDPの回復が遅れた。自力での債務返済のための資金調達が困難となったギリシャはEUやIMFに支援要請を行ったほか、スペインは財政再建に加え住宅バブル崩壊の後遺症の影響も受けた。一方、コロナショックでは、欧州域内外で人の移動が制限されたことで、観光や小売、外食等のサービス産業が打撃を受け、特に観光業への依存度が高いイタリアやスペインへの影響が大きかった。ドイツでは、世界金融危機後は、外需と設備投資が景気回復をけん引し、個人消費が景気を下支えしたことから、他国に比べ早期に回復したのに対し、コロナショック後は、コロナの感染拡大時のワクチン普及の遅れや半導体等の供給制約の生産活動への影響等があり、2022年4月末時点で、コロナショック前の水準まで回復が及んでいない。

(2)EUのコロナショック対応の特徴
EUは、世界金融危機や欧州債務危機の教訓から、コロナショック時には、雇用の維持や企業の資金繰り支援のための大規模な財政・金融支援策を実施した。具体的には、EU国家補助規制の例外的容認や財政規律からの一時的な逸脱の許容といった財政ルールの柔軟化や、5,400億ユーロの危機対応の経済対策パッケージ、7,500億ユーロの欧州復興基金といった政策支援(2018年物価による)により、加盟国に財政出動を促すとともに、加盟国間の格差是正に尽力した。さらには、欧州中央銀行(ECB)によるパンデミック緊急対策プログラム(PEPP)による資産購入や貸出条件付き長期資金供給オペ第3弾(TLTROIII)等の資金供給による金融政策が各国政府の取組を支えた。

(3)各国の財政措置
IMFのデータベースを基に、主要国のコロナショック対応のための財政措置の規模について、コロナショック発生直後の2020年6月時点と2021年10月時点で比較すると、英国、イタリア、フランス、スペインの財政出動の規模は大幅に拡大している。EUでは、ユーロの信認を守るため「安定・成長協定」の財政規律のルール上、加盟国の財政赤字を対GDP比3%以内、公的債務残高を対GDP比60%以内に抑えることとしているが、各国のコロナ対応の財政出動を促すため、2020年3月に2022年度までの一時的な逸脱を許容した。2022年3月2日、2023年の財政政策ガイダンスに関する政策文書を発表し、今後も経済成長に向けた公共投資を維持しつつ、政府債務残高のGDP比が高い加盟国に対しては、2023年から財政再建に向けて徐々にかじを切るべきであるとの方向性を示した。

(4)新型コロナからの復興計画
「次世代のEU」((注)各金額は2018年物価による)
2020年7月21日、EUは特別欧州理事会で、1兆743億ユーロの「2021~2027年多年度財政枠組み(以下MMF)」と7,500億ユーロの復興基金「次世代のEU」の総額1兆8,243億ユーロ(約230兆円相当)のEU復興パッケージに大筋合意し、同年12月10日に欧州理事会で採択した。MMFは、EUの最低5年以上(通常7年間)の期間の予算を規定する計画で、中期的なEU予算全体の歳出上限を設定している。また、復興基金の中核が、6,725億ユーロ(うち補助金:3,125億ユーロ、融資:3,600億ユーロ)の「復興強靱ファシリティ(以下RRF)」であり、コロナショックからの経済復興と構造改革の促進を目的とし、グリーン化やデジタル化への移行といったEUの共通課題に重点的に資金が配分されることになっている。

具体的には、少なくともその37%以上をグリーン化に、20%以上をデジタル化に振り向けることが求められている。財源は、欧州委員会が復興基金の債券を発行し、市場から資金を調達することになっている。償還期間は2028年から2058年までの最長30年で、償還のための新たな財源として、プラスチック賦課金(2021年1月に導入済み)のほか、炭素国境調整措置の導入、排出量取引制度の拡充(対象を海運、陸上輸送、建築に拡大)、国際課税の見直しの「第1の柱」等が検討されている。復興基金は、コロナショックへの対応のための一時的な措置との位置付けであるが、グリーンやデジタル化への移行といった各国の共通課題に基金の財源が活用され、域内の投資が拡大し、経済成長が高まることが期待されている。復興基金による資金提供を受けるためには、各加盟国は、「復興・強靱計画(2021~2023年)」を作成し、欧州委員会による計画の適合性の審査と承認を受けることとなる。

復興基金の補助金の配分状況を国別に見ると、金額ベースでは、イタリアとスペインへの配分が圧倒的に多いものの、対GDP比で見ると、南欧や中東欧の国への割り当てが手厚くなっており、経済規模が小さい国の経済復興や構造転換への支援効果が期待される。RRFのうち、補助金は、コロナによる打撃が大きい国や所得が低い国、失業率が高い国等に傾斜配分される。また、RRFとは別の補助金である「リアクトEU」は、コロナショックにより打撃が大きい国や地域の復興の支援、「公正な移行基金」は、化石燃料依存度の高い中東欧諸国等のグリーン化への移行の支援、「農村開発のための農業基金」は、農業従事者の支援等に充てられ、EU域内の格差是正効果が期待されている。

欧州各国のコロナショック発生時(2019年第4四半期から2020年第2四半期までの期間)のGDPの減少率と、その後の回復時(2020年第2四半期から2021年第4四半期までの期間)のGDPの上昇率を比較する。コロナショック後の低下率を各グループの平均値で見ると、北欧や西欧に比べ、南欧と中東欧で落ち込みが大きかったが、2021年第4四半期までに、EU域内の全ての国で、減少幅を上回って上昇していることがわかる。

(5)EU離脱後の英国の貿易動向
①EU離脱後の概況
2020年1月31日、英国は、EUを離脱したが、EUと英国との間で締結された離脱協定により、緩和措置として同年12月末まで移行期間が設けられ、EUの単一市場と関税同盟にとどまった。その間、EUと英国の将来関係に関する新たな協定の交渉が行われ、交渉は難航を極めたが、移行期間終了間際の12月24日に「通商・協力協定(TCA)」が合意に達した。同協定は、①自由貿易協定(FTA)、②市民の安全確保のためのパートナーシップ、③ガバナンスに関する水平的協定の3つの柱から構成されており、関税および関税割り当てが全品目で撤廃された。

2020年中に、英国側の批准手続、EU側の暫定適用の手続が終了し、2021年1月1日から同協定の暫定適用が開始された。その後、欧州議会の同意を経て、同年4月29日にEU理事会が批准を決定し、同年5月1日に同協定は正式に発効した。一方で、EU離脱協定に付随する北アイルランド議定書の運用については、北アイルランドは英国の関税領域でありながら、EU規則が適用されることになったため、グレートブリテン島から北アイルランドへの食品移送の際に、EUの衛生証明書が必要となり、その結果、北アイルランド内で物流の混乱や商品不足が発生するなどしている。同議定書の運用に関しては、EUと英国の間で協議が続いている。

②英国の貿易動向
英国の貿易の動向を見てみると、対世界では、貿易赤字の状態が続いている。2020年4月のコロナショック発生時と移行期間終了直後の2021年1月に、輸出入ともに前月比-20%を超える大幅な減少を記録したが、いずれも翌月以降回復を見せている。2020年4月以降は輸出入ともにやや減少傾向にあったが、足下では輸入が回復をみせている。

英国国家統計局(ONS)は、輸入の増加については燃料の輸入増加によるものであり、輸出の減少は、歳入関税庁(HMRC)が最近実施したオペレーション上の変更によるものしている。英国・EU間の輸出入は、2020年12月31日の移行期間終了後大きく落ち込んだ。その後、輸出は回復したものの、輸入は輸出ほど回復せず横ばい傾向となっていた。現時点で、EU離脱の影響と新型コロナウイルス感染症の第二波による影響を明確に切り分けることは困難であるものの、英国とEU間の輸出入の落ち込みは、同時期のその他の地域との貿易の落ち込みよりも大きく、EUとの貿易においては、新型コロナウイルスの感染拡大以外に、輸出入業者が移行期間終了に伴って発生した追加的な手続やコストの増加、国境通過に要する時間の増加等の困難に直面していることを示唆している。英国のEU離脱とその後の移行期間に加え、新型コロナウイルスの感染拡大、世界景気の低迷、サプライチェーンの混乱等の影響により、過去2年間の貿易統計のボラティリティがより大きくなっている。こうした貿易の変動が、短期的な貿易の混乱や長期的なサプライチェーンの調整をどれほど反映しているのかを評価することは困難であるものの、ONSは景況感調査(BICS)において、2022年1月下旬から2月上旬にかけて、輸出業者の67%、輸入業者の72%が、追加的な書類作成、輸送費用や関税の変更等で困難に直面したと発表している。

(6)金融政策
①欧州中央銀行(ECB)のコロナショックへの対応
ECBは、2022年3月10日の理事会で、記録的な高水準にあるインフレ率が、ロシアによるウクライナ侵略の影響により一層上昇する懸念から、量的緩和の縮小を加速させる方針を決定した。資産購入プログラム(APP)の終了を早め、購入額を、2022年4月に月額400億ユーロ、5月に300億ユーロ、6月に200億ユーロとし、今後のデータ次第ではあるものの、早ければ7月~9月にも終了することを決定した。また、パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)による資産購入については、以前の決定通り、2022年3月末で終了する方針を改めて確認した。主要政策金利については据え置き、利上げは、量的緩和終了後、しばらくしてから開始し漸進的なものになるとした。4月14日の理事会では、ウクライナ情勢の緊迫化により経済の見通しの不確実性が高まる中でも、インフレ高進が根付く可能性を懸念し、3月会合にて決定した量的緩和策の段階的縮小方針を維持した。資産購入プログラム(APP)の終了時期については、具体的時期は明言せず、6月の理事会で協議する方針を再確認した。利上げについては、量的緩和終了後、しばらくしてから開始し、漸進的なものになるという方針を維持した。ラガルド総裁は、「景気の下振れリスクが大幅に高まった」旨と同時に「インフレ圧力が広がり、物価の上振れリスクが高まり、インフレ期待が高まる兆しに注意が必要」と景気減速とインフレ高進の双方向のリスクに言及しつつ、「不確実性の高い現在の状況を踏まえ、金融政策における選択性、漸進性、柔軟性を維持する」と述べており、景気や株式市場の下振れリスクを警戒しつつ、資源価格高騰による物価の上振れリスクが顕在化した際にも柔軟な対応ができるよう、利上げ開始のタイミングの自由度の確保を図ったものと見られる。

②イングランド銀行(BOE)のコロナショックへの対応
2022年5月4日のイングランド銀行(BOE)金融政策委員会は、政策金利を0.25ポイント引き上げ、1.0%に決定した。2021年12月から4会合連続で利上げを実施しており、政策金利は、2009年以来の水準となった。英国の3月の消費者物価指数は、前年同月比で0.8ポイント上昇し+7.0%となり、約30年ぶりの高水準を更新した。これを受けて、BOE金融政策委員会は、ロシアのウクライナ侵略により、エネルギーや食品を含むその他の商品価格が大幅に上昇していると判断し、インフレ率が2022年4月から6月の期間に8%程度に達し、今年後半には一層上昇するとインフレ率の見通しを引き上げていた。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html