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■共通価値の重視
気候変動に対する脱炭素化や資源制約に対する循環経済、生物多様性、環境保全といった環境価値、労働や人権の尊重といった社会的価値を始めとする共通価値は、政府の政策面のみならず、持続可能性・社会課題解決・社会価値創造(CSV)の観点から消費者市場や金融市場においても重視されるようになっている。企業は、自社の存在意義(パーパス)を意識し、株主にとっての付加価値のみならず、顧客、従業員、地域社会、政府、自然環境などあらゆるステークホルダーにとっての付加価値を追求することが求められている。若い世代を中心に消費者の多くが社会や環境等への配慮に基づいて商品・サービスの購入を決定するようになっている中で、企業にとって、従来型の企業の社会的責任(CSR)活動という付随的側面にとどまらず、共通価値への配慮を中核事業の付加価値に転換し、新たな優位性構築の手段とすることの重要性が高まっている。共通価値に関連するルール形成に主体的に関与することによって自社に有利な競争環境を構築することも重要であろう。また、投資家によるESG投資の機運が上昇していることから、金融市場における資金調達確保の観点からも、企業にとって共通価値への取組が重要となっている。
(気候変動・環境)
①カーボンニュートラルに向けた取組
近年、気候変動・環境問題への関心は、グローバルで、従来より一層加速する形で高まっており、気候変動への対応自体を企業の中核事業の付加価値に転換する変革の重要性が高まっている。2015年のCOP21でパリ協定が採択され、全てのパリ協定締約国が、温室効果ガスの削減目標を策定することとなった。パリ協定では、世界の平均気温の上昇を、産業革命以前に比べ、2℃より十分低く保ちつつ、1.5℃に抑える努力を追求しており、今世紀後半に世界のカーボンニュートラルを実現することを目標としている。
2050年までのカーボンニュートラルを表明している国は140か国以上となっており、これらの国における世界全体のCO2排出量に占める割合は42%となっている。中国は、2060年カーボンニュートラルを表明しているほか、インドも、COP26において2070年カーボンニュートラルを表明している。また、欧州、中国、インドなどの主要国はガソリン車の販売を禁止し、日本においても、2035年までに乗用車新車販売で電動車100%とするなど、カーボンニュートラル実現に向けた様々な施策を展開している。こうした中、カーボンニュートラルの実行手段に目を向けると、2015年のパリ協定採択以降、EUを中心としてサステナブルファイナンスが世界的に浸透してきている。2020年には、投資総額が35.3兆ドルまで拡大するなど、その関心は非常に高い。
2021年には、再生可能エネルギーといった、既に脱炭素の水準にある事業を対象としたグリーンボンドの発行額も4,992億ドルまで拡大している。他方、債券全体の発行額に占める割合は5%程度にとどまっており、気候変動対策の観点から、「グリーン」のみならず、着実な低炭素化を実現する「移行(トランジション)」へのファイナンスも、サステナブルファイナンスの一環として目を向ける必要がある。脱炭素社会に向けた「移行」(トランジション)については多額の資金が必要となる。EUでは、ファイナンスに係る「タクソノミ-」(分類体系)を策定し、環境的に持続可能な経済活動(いわゆるグリーン)を定義しており、事業会社に対して、売上におけるグリーン比率の開示を義務付けているほか、金融機関に対しても、自らの貸出債権等の金融資産のグリーン比率の開示等を義務付けるなどの取組を行っている。
もっとも、全ての産業が一足飛びに脱炭素化できないのも事実であり、グリーンだけでなく、いかに、脱炭素化に向けた移行(トランジション)を進めるかが、今後、重要となってくる。このほか、気候変動がトリガーとなって新たなグローバル金融危機を引き起こすリスクとして、いわゆる「グリーン・スワン」が注目されており、中央銀行、規制当局、監督当局の新たな金融システム上の課題とされている。「グリーン・スワン」という言葉は、国際決済銀行(BIS)とフランス中央銀行がまとめた論文の中で初めて使用され、「ブラック・スワン」という、従来の知識や経験から予想しがたいが、リスクが仮に顕現化したときの影響が大きい事象を意味する言葉から派生したものである。
当論文の中では、①気候変動対策に伴う市場や社会環境の急激な変化により座礁資産が増加し、投資家に投売りが発生し、金融危機を引き起こすリスク、②気候変動に伴い、金融機関の信用リスク・市場リスクが高まり、短期での資金調達が困難となり、金融市場で緊張が高まるリスク、③気候変動による災害の影響で、金融機関のシステム運用等に悪影響が生じて、オペレーショナルリスクが顕現化する可能性などが挙げられている。また、「ブラック・スワン」と異なる点として、①気候変動リスクが将来顕現化することに一定の確実性がある点、②気候変動による災害はこれまでのシステミックな金融危機より深刻なものとなる点、③気候変動に関する複雑さはより高次にあり、環境、社会、経済へ大きく、かつ複雑に連鎖反応を起こしかねない点が挙げられている。
こうした気候変動リスクの下で、長期的に金融安定を保つべく、中央銀行と政策当局に対して、①不可欠な新しいポリシーミックスの探求と社会的な議論、②気候変動を公共財と捉え、金融システムの手段と改革に取り組むことなどが必要であると指摘されている。
②「循環経済」への転換
また、「循環経済」への転換の必要性が高まっている。世界的な人口増加・経済成長に伴う資源・エネルギー・食糧需要の増加のほか、廃棄物量の増加、海洋プラスチックを始めとする環境問題の深刻化が進んでいる。こうした中、従来の「線形経済」(大量生産・大量消費・大量廃棄の一方通行の経済)に対して、近年では「循環経済」への関心が高まり、あらゆる段階で資源の効率的・循環的な利用を図りつつ、付加価値の最大化を図る経済へシフトすべきだという考えが強まっている。
世界的な人口増加・新興国の経済成長に伴う消費拡大と将来的な資源制約のリスクが高まっており、世界の資源採掘量は約40年で2倍以上に増加(2015年:880億トン→2060年:1,900億トン)し、資源価格の高騰や希少鉱物の安定確保が困難となることが懸念される。また、国内外の廃棄物問題が顕在化しており、新興国での廃棄物量の増加や不適切な処理が見られる。世界の一般廃棄物量は、30年余りで2倍弱(2016年:20億トン→2050年:34億トン)となることが予測されているほか、ASEAN6か国の家電廃棄量は15年で3.5倍(2014年:1,000万台→2030年:3,500万台)となることが予想されており、アジア諸国の廃棄物輸入規制とグローバルでの廃棄物処理システムの機能不全、国内処理システムへの影響が懸念されている。さらには、地球温暖化や海洋プラスチックごみ等の環境問題の深刻化と環境配慮要請の高まりにより、2050年には海洋中のプラスチック量が魚の量を上回るとの推計も2016年のWorld Economic Forumにて示されており、民間主導でグローバル企業を中心とした自主的な取組の加速が見られる。
国際的にも、2022年2月28日から3月2日にかけて開催された国連環境計画(UNEP)第5回国連環境総会再開セッション(UNEA5.2)において、海洋プラスチック汚染を始めとするプラスチック汚染対策に関する法的拘束力のある国際文書(条約)について議論するための政府間交渉委員会(INC)を立ち上げる決議が採択された。日本は、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」の提唱国として、今後のINCにおける国際交渉にも積極的な役割を果たしていく。また、国連は、持続可能な発展に向け、資源効率性向上、経済活動と資源消費・環境影響の切り離しの実現を提唱している。
③脱炭素化に向けた希少鉱物の確保の重要性
近年のデジタル化の進展やカーボンニュートラルの世界的な潮流から、先端産業において、必要不可欠なレアメタル等の希少鉱物の安定供給が、より一層重要となっている。カーボンニュートラルに向けて、省エネを始め大規模なエネルギー転換が必要となることから、そのために必要となる希少鉱物資源の安定的な確保が課題となる。
電気自動車(EV)を始めとする電動車の製造に必要不可欠なレアメタル等の一部は、特定国での埋蔵・生産の偏りが見られ、カントリーリスクなどに起因する供給リスクが存在する。世界銀行が公表した『Minerals for Climate Action』等によると、2050年にはアルミニウム、グラファイト、ニッケルの需要が大きくなり、2020年の生産量に対する需要率で見ると、リチウム、コバルト、グラファイトが大きく、2020年生産量の4~5倍の需要がある。代表的な希少鉱物である「レアアース」は、我が国における、自動車、電気電子機器を構成する重要な部品類製造等に使用されている消費量は年間数万トンに過ぎないが、そこから得られる機能は産業上必要不可欠なものが多い。こうした中、世界におけるレアアースの生産高の推移を見ると、1995年以降、中国産鉱石の世界シェアが50%を超え、中国に大きく依存する形となっており、各国は重要鉱物確保のための政策を強化している。
このような状況を踏まえた各国の動きを見ると、中国では、サプライチェーン全体でレアアース産業への統制を強めつつあるほか、米国でも、トランプ政権時に、敵対外国への重要鉱物依存による国内サプライチェーンへの脅威に対する大統領令が発令されたほか、バイデン政権でも、2022年3月に、1950年国防生産法に基づいて、国防長官に、大容量蓄電池などに使用するリチウムなど重要鉱物の国内生産増に向けた取組を指示する覚書に大統領が署名した。覚書では、大容量電池用の重要鉱物が国防に不可欠と指定した上で、国防長官に対して、重要鉱物の国内生産能力を高めるためのフィージビリティースタディなどの支援や、重要鉱物の国内生産基盤に関する調査内容をまとめた年次報告書の作成などが指示されている。バイデン政権は、国防生産法の活用により、重要鉱物セキュリティの取組を加速させている。また、EUは、域内に加えて、カナダやアフリカ等の第三国との重要鉱物の循環型サプライチェーン構築を企図している。EUは、脱炭素化を推進する中で、EU域内でのサプライチェーン構築を推進し、域内に関連企業を誘致することを計画している。一方、重要鉱物保有国においても、資源ナショナリズムが高揚しており、インドネシアの鉱業法改正による事実上の鉱石輸出禁止措置や、メキシコのリチウム開発における外国企業排除といった動きは、他の資源国にも広がりつつある。
(企業経営における人権への取組)
企業経営における共通価値たる人権への取組について、グローバルで関心がより一層高まっている。人権に対する意識の高まりが国際的に加速する中、サプライチェーン上の人権配慮のコミットメントや取組が不十分とみなされた場合には、不買運動、投資の引揚げ、既存顧客との取引停止など多くのリスクに直面する可能性が存在している。企業にとって、このような潜在的経営リスクを排除し、企業の付加価値を向上する観点からも、サプライチェーン上の第三者によるものも含めて人権問題について適切な対応が必要である。
元々、ビジネスと人権の関係については、2011年国連人権理事会において、「ビジネスと人権に関する指導原則」が全会一致で支持(endorse)された。この指導原則は、ビジネスと人権の関係を、①人権を保護する国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、③救済へのアクセスの3つの柱に分類した上で、被害者が効果的な救済にアクセスするメカニズムの重要性を強調している。本原則は、企業活動における人権尊重の在り方に関する基礎的な国際文書となっている。欧米各国では、「人権保護」と「対外経済政策」を連動させる動きが加速している。米国のバイデン政権は、外交政策における人権重視を掲げ、欧州とも連携して、新疆ウイグル自治区における人権侵害への関与を理由とした制裁を含む措置を実施しており、2021年7月には、新疆ウイグル自治 区での強制労働のほか、人権侵害に関与する事業体が、サプライチェーンに含まれていないか産業界に注意を促す「新疆サプライチェーンビジネス勧告書」を公表した。また、同年12月、中国の新疆ウイグル自治区で一部なりとも生産等された製品や、米国政府がリストで示す事業者により生産された製品は、全て強制労働によるものと推定し米国への輸入を禁止する「ウイグル強制労働防止法」が成立した。同法では、輸入禁止を避けるには、輸入する製品が一部なりとも強制労働に依拠していないこと等を輸入者が証明する必要がある。法律を執行する上での細則やガイドライン(「執行戦略」)を定め、2022年6月に施行される予定である。
欧州では、EUが2021年7月に、「EU企業による活動・サプライチェーンにおける強制労働のリスク対処に関するデュー・ディリジェンス・ガイダンス」を発表した。また、2022年2月には、欧州委員会が一定規模の企業に対して人権及び環境に関するデュー・ディリジェンス(DD)を義務化する「企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令案」を公表した。このほか、デュー・ディリジェンス指令案に併せて公表された文書において、強制労働関連産品の上市禁止に関する立法手続の準備を進めることを表明している。
こうした状況の下、我が国企業も企業経営やサプライチェーンにおいて人権尊重の取組がより一層求められている。実際に、グローバル企業がNGO等から名指しで批判されるケースも生じており、我が国産業界においても、足下の各国の動向等も受けて、大企業を中心に取組を加速する動きが見られる。このような国際的な潮流の中で、日本政府は、2020年10月、「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定した。本行動計画では、日本企業に対して、人権デュー・ディリジェンスのプロセスの導入を期待する旨を表明している。また、経済産業省は外務省と連名で、2021年9月~10月にかけて、政府として初めて、行動計画のフォローアップの一環として、日本企業のビジネスと人権への取組状況に関する調査を実施(「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」)した。調査結果を見ると、回答企業のうち、人権方針を策定している企業は約7割となっているほか、人権デュー・ディリジェンスを実施している企業は、約5割程度にとどまっている。また、人権を尊重する経営を実践する上での課題としては、「サプライチェーン上における人権尊重の対応状況を評価する手法が確立されていない」、「サプライチェーン構造が複雑で、対象範囲の特定が難しい」、「十分な人員・予算を確保できない」との回答が多く見られた。
一方で、人権を尊重する経営を実践した結果、得られた成果・効果としては、「自社内の人権リスクの低減」、「SDGsへの貢献」、「サプライチェーンにおける人権リスクの低減」、「ESG評価機関からの評価向上」との回答が多く見られた。サプライチェーンの範囲が拡大かつ深化している中で、我が国企業においても、人権問題について十分に配慮した上での企業経営が求められる。このような調査結果等も踏まえ、2022年3月、経済産業省は、サプライチェーンにおける人権尊重のための業種横断的なガイドライン策定に向けて検討会を立ち上げた。2022年夏までに策定する国内のガイドラインの整備と併せて、国際協調により、企業が公平な競争条件の下で積極的に人権尊重に取り組める環境、各国の措置の予見可能性が高まる環境の実現に向け取り組んでいくこととしている。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html