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■経済安全保障とサプライチェーンの強靱化

米中対立の激化やロシアによるウクライナ侵略といった地政学的リスクや新型コロナウイルス感染症のような健康リスクの高まりにより、世界の不確実性が増大する中、経済安全保障推進の重要性が高まっている。安全保障の対象範囲が経済・技術分野に急速に拡大し、国家間の競争が激化する中で、企業にとって、地政学リスクや政府の経済安全保障政策の動向を踏まえて、突然の状況変化やルール変更に迅速かつ柔軟に対応できるように、サプライチェーンのレジリエンスを検討することが重要となっている。ロシアによるウクライナ侵略によるサプライチェーンへの影響は、すでに見たところ、ここでは、米中対立による影響を含めて、それ以外の動きを検討する。

(中国の台頭と主要国・地域との経済的結びつき)
中国は、改革開放以来、40年以上にわたって高い経済成長率を維持し、経済面で大国へ躍進したほか、科学技術分野でも世界を牽引する存在となるなど、中国の台頭が顕著となってきている。もっとも、急速に発展した中国のテクノロジーが、軍民融合発展戦略の下で効率的かつ非対称的に軍事能力を高めていることとあいまって、技術覇権を巡る米中対立へとつながり、米国バイデン政権においても引き続き政治的な緊張感が増している状況にある。ここでは、中国の経済・科学技術に関する各種指標や投資動向から、米中対立の経済面での背景を概観する。

(1)中国の経済成長と科学技術分野の発展
日本、米国及び中国の名目GDPの推移を見ると、中国は2010年に日本を抜いて世界第2位の経済大国へと成長し、さらに首位を堅持する米国に迫る勢いにある。日本経済研究センターの試算によると、中国の名目GDPは、2033年に米国の水準を上回ると予測されている。中国は、科学技術分野においても国際的な存在感が増している。イノベーション創出の源泉となる研究開発費総額の推移を見ると、日本の研究開発費はこの20年間、ほぼ同水準で推移している一方、米国、中国はともに年率3.1%、年率14.2%と大きく増加しており、中国は米国に迫る勢いとなっている。研究開発費を対名目GDP比で見ると、2%後半から3%前半の間の水準で推移している日本や米国と比べ、中国の水準は依然低いものの、年率5.1%で上昇している。中国の研究開発費のうち、産業別では、コンピュータ・通信・その他電子機器製造業、電気機械・装置製造業、自動車製造業に対する研究開発費が多くなっている。

技術力の指標となる国際特許出願件数について、世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization、以下 WIPO)の統計を見ると、日本や米国はそれぞれ年率8.2%、2.7%で増加しているものの、中国は、日米を大きく上回る年率23.8%増加し、2019年には出願件数で世界トップとなった。中国の国際特許出願件数を科学技術の分野別で見ると、コンピュータ技術の出願件数が2000年からの21年間で約650倍の1万件超(全出願件数の16%)に急増しているほか、デジタル通信、音響・映像技術など各分野の大幅な増加が見られる。経済協力開発機構(OECD)の統計によると、情報通信技術(Information and Communication Technology、 以下ICT)と人口知能(Artificial Intelligence、以下AI)関連技術においても中国の出願件数は増加しており、ICTにおいては2017年に中国は米国を追い抜いたほか、AI関連技術においても、中国は大幅に増加し、日本・米国の水準に迫る勢いにあるなど、中国がイノベーションのための研究に積極的に取り組んでいる様子が見てとれる。また、科学研究活動の成果である論文について、「量」を示す総論文数(整数カウント法)を見ても、中国は他の主要国に比べて急激に増加しており、2006年に日本とフランスを抜いて第4位、2006年に英国とドイツを抜いて第2位となり、2018年には米国を抜いて世界第1位となっている。さらに、論文の「質」を示すトップ10%・トップ1%の補正論文数でも、中国は急増しており、トップ10%補正論文では、2006年に日本を抜き、2019年に米国を抜き世界第1位に、トップ1%補正論文では、2006年に日本を抜き、2013年に英国を抜いて世界第2位となるなど、量、質ともに中国の科学研究活動での成果が著しい。

(2)中国の対外直接投資の動向
ここでは、中国の対外直接投資動向から、中国と世界の経済的な結びつきを見ていく。2000年以前の中国は、対内直接投資を受け入れ、海外資本を取り込むことで経済成長につなげる投資受入国であったが、2000年以降は、海外資源の獲得、産業競争力強化などのため、積極的に対外直接投資を進めている。世界各国の対外直接投資額の推移をストックで見ると、中国は2010年代から他国を上回る勢いで急増し、2020年にはオランダに次ぐ第3位となった。2015年には中国人民元が切り下げられ、通貨安や外貨準備高の減少により中国政府が対外直接投資を制限したことから、フローでは、2016年をピークに中国の対外直接投資は減少傾向にある。

2020年に新型コロナウイルスの感染拡大により、世界経済が大きな打撃を受けて落ち込む中、中国経済がいち早く回復したこともあり、2020年の中国の対外直接投資額は前年とほぼ同水準に維持された。これにより、1990年代中盤以降引揚げ超過時を除き首位を保っていた米国を抜いて、中国は世界第1位となった。投資相手先を見ると、香港やケイマン諸島、バージン諸島といった税負担の軽い地域が上位を占めており、これらの地域から他国に再投資していると見られる。続いて、米国、欧州、アジア、日本に対する中国の対外直接投資動向を見ていく。

中国による米国向けの対外直接投資額は、2020年にストックベースで800億ドルとなっており、2010年からの10年間で約15倍に増加している。2018年には、米国が対内直接投資を審査する対米外国投資委員会(The Committee on Foreign Investment in the United States、CFIUS)の審査権限を強化したことなども影響して、中国の対米直接投資額は、2019年のフローで前年比-49%と一時的に減少したものの、2020年はコロナ禍にも関わらず同+58%と、一転増加に転じている。ストックの増加幅は、2019年から縮小しているものの、引き続き増加基調にある。中国による米国向けの対外直接投資を業種別で見ると、不動産やリース・商業サービス等で減少したものの、情報通信・ソフトウェア・情報技術サービス業等は堅調に増加を続けており、直接投資の観点からは、米中対立による影響は限定的であったと見られる。中国による欧州向けの対外直接投資額は、2020年にストックで1,224億ドルとなっており、2010年から10年間で約8倍に増加している。足下では依然、増加傾向にあるものの、EUや加盟国における対内直接投資審査制度の整備や強化の動き等を背景に、2018年頃から増加の勢いが弱まっている。

中国によるEU向けの対外直接投資を業種別で見ると、2020年は金融業、リース・商業サービス製造業、製造業で大きく減少したものの、情報通信分野では増加基調となっている。中国によるアジア向けの対外直接投資額は、2020年にストックで1.6兆ドルと、中国の一帯一路構想の推進などを背景に安定して増加しており、2010年からの10年間で約6倍となった。投資相手国・地域を見ると、前述したとおり、香港向けが約半分を占め、シンガポールも上位であるが、その他のアジアの国ではインドネシア、マカオ、マレーシア、ラオス等の増加が大きい。なお、中国による日本向けの対外直接投資額は、2020年にストックで42億ドルとなり、2010年からの10年間で約4倍程度増加しているものの、米国や欧州など、他の国・地域に比べると小幅な増加にとどまっている。

(3)米国の対中国直接投資の動向
一方、米国の対外直接投資動向を見ると、対世界直接投資残高は2018年及び2019年は大幅な引揚げ超により一時的に減少したものの、増加基調にある。米国の2020年の対外直接投資残高6.2兆ドルのうち、地域別の構成は、対欧州が3.6兆ドル(全体の59%)、対アジアが9,696億ドル(全体の16%)となっているのに対して、対中国は1,239億ドル(全体の2%)とその割合は小さい。

米国による中国向けの対外直接投資額の推移を見ると、2011年及び2012年は引揚げ超となったものの、2013年以降増加を続けており、世界全体に対する対外直接投資額が激減した2018年及び2019年においても中国向けは増加している。米国による中国向けの対外直接投資残高を業種別で推移を見ると、情報分野が2019年、2020年と僅かに減少傾向にあり、コンピュータ・電子部品分野や輸送機器分野では2019年に小幅減少したものの2020年には増加に転じている。一方、卸売業、化学分野等では堅調に増加しており、対外直接投資の面からは米中対立による影響は確認できない。

(4)主要国・地域の対中貿易と対中依存の動向
中国は、部品・汎用品の製造や組立工程において、低いコストで労働集約的作業を行うことができる生産拠点として集中度が高まり、世界の工場としての役割を果たしてきた。もっとも、生産拠点が集中していると、災害や緊急事態が発生した場合に、サプライチェーンが途絶し、生産工程全体へと影響が拡大する懸念がある。ここからは、米国、欧州及び日本がサプライチェーンにおける中国への依存度を高めていく過程を貿易額の推移から見ていく。

米国の対中貿易については、1979年に米国と中国との国交が樹立して以降、両国間の貿易額は年々増加し、2009年には米国にとって中国が最大の輸入相手国となり、2021年の輸入総額に占める中国のシェアは18%となった。輸出では、カナダ(輸出総額の18%)、メキシコ(輸出総額の16%)に次ぐ輸出相手国であるものの、対中輸入額が対中輸出額を大きく上回っており、米国の対中貿易赤字額は高い水準で推移している。その背景として、中国企業の海外進出や鉄鋼等の過剰生産問題等により中国の対米輸出が増加した一方、閉鎖的な中国市場や商習慣、知的財産権の侵害、技術移転の強要等により米国の対中輸出が停滞したと米国側から指摘されている。トランプ前大統領の対中強行姿勢により、2018年以降米中対立が本格化し、2021年に就任したバイデン大統領も、中国との経済・科学技術における対立基調を維持しているものの、2021年は財を中心とする米国の個人消費の回復により電子機器やプラスチック製品の輸入が増加するとともに、天然ガスの輸出が増加したことを背景に米国の対中輸出入額は過去最大となった。

EUの対中貿易も増加基調にある。中国は2005年に米国を抜いて最大の輸入相手国となった。2021年のEUの輸入総額のうち中国の占める割合は22%となっており、2002年から19年間で対中輸入額は7.4倍に増加した。輸出については、輸入より規模は小さいものの、中国は2010年にスイスを抜いて、米国(輸出総額の17%)に次ぐEUの輸出相手国となっている。2021年のEUの輸出総額のうち中国の占める割合は10%で、2002年から19年間で対中輸出額は8.5倍に増加した。EUの輸出入ともに中国のシェアが高まっているものの、EUでは価値観を共有しない中国による経済面での影響力の高まりに対して警戒感が増大している。

日本の対中貿易も増加基調となっている。中国は日本にとって最大の輸入相手国の地位を維持しており、2021年の日本の輸入総額のうち中国の占める割合は24%となっている。2002年からの19年間で、対中輸入額は3.0倍に増加している。輸出については、米国の割合が低下した一方、中国の割合が上昇したことから、中国が2009年に米国を抜いて首位となった。その後、中国と米国で首位と第2位の逆転を繰り返し、2020年と2021年は、中国が首位となっている。2021年の日本の輸出総額のうち中国の占める割合は22%で、2002年から19年間で対中輸出額は4.1倍に増加している。

次に、サプライチェーンにおける中国に対する依存度を測る観点から、日本、米国、EUの部品輸入額において中国が占める割合の推移を見ると、三か国・地域ともに2000年代は中国からの部品輸入額の割合が急激に上昇していたものの、米国では2010年代からほぼ同水準で推移した後に、2018年の21%をピークとして2020年には15%まで低下した。ここ数年において、米国の部品輸入では、中国依存度が抑えられてきている。一方、EUの部品輸入では、中国からの部品輸入額の割合が2011年の27%まで上昇したものの、その後小幅に低下し、再び上昇基調に転じており、2020年には28%を占めている。日本の部品輸入では、2015年までEUと米国を上回る高い割合で上昇しており、その後も高い水準を維持し、2021年に37%となっている。欧州では、2021年5月に欧州委員会から公表された「新産業戦略2020アップデート版」の中で中国依存の低減を掲げており、日本でもサプライチェーンの強靱化を推進していることから、今後の中国をめぐるサプライチェーンの動向に変化が生じる可能性がある。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html