ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■サプライチェーンの地理的集中リスク

サプライチェーンが地理的に集中することに伴うリスクは、国際産業連関表からも確認できる。自然災害リスクが大きい日本と、地政学的リスクが大きい中国を対象国として、主要6産業(食料品(10T12)、織物、衣類(13T15)、化学製品、医薬品(20T21)、ICT、電子機器(26)、電気機器(27)、自動車(28))について国際産業連関表を用いてグローバルサプライチェーンの地理的集中度について散布図を考えてみたい。ここでは、縦軸が対象国(日本、中国)の産業を経由する頻度(頻度の集中リスク)、横軸が付加価値源泉としての対象国のシェア(数量の集中リスク)となっている。各国のサプライチェーンは、日本に対して数量、頻度ともに低い値に分布が固まって示されている一方、中国については、正の相関関係を示す右上の方向に分散しており、国、産業によっては数量、頻度ともに高い値も示していることから、日本よりも中国に地理的にサプライチェーンが集中していることが分かる。

サプライチェーンの依存度を分析する場合、前の項目で見た輸入依存度の観点からは、直接的な貿易取引における量的リスクのみしか分からないが、国際産業連関表を用いることで、量的集中リスクに加えて、長く複雑に構築されたグローバルサプライチェーンの中で途中様々な国を経由する頻度の集中リスクの二つの側面からより実態に即した分析が可能となる。米国のICT、電子機器分野(米国26)を見ると、量的集中リスクは低い値を示す一方、頻度の集中リスクは高い値を示している。これは、米国のICT、電子機器分野は、中国での付加価値依存度は低いものの、頻度の集中の面からは部品加工の一部を中国で行う等、非常に高い頻度で中国の産業を経由していることを示している。数量的な付加価値集中の側面だけで見た場合、サプライチェーンのリスクを過小評価してしまう可能性があることから、グローバルサプライチェーンの経由国のサプライチェーン依存度も見ていくことが有意義である。

(サプライチェーン強靱化に向けた各国の取組)
サプライチェーンの混乱要因は、自然災害、地域紛争、パンデミック、政情不安等多様化している。2020年には、新型コロナウイルスの感染拡大により、マスクやワクチン等の医療関係物資に関して供給途絶が生じるなど、サプライチェーンのぜい弱性が世界各地で顕現化したことから、各国において、生産拠点の集中度が高く、サプライチェーンの途絶リスクが大きい重要品目や、国民が健康な生活を営む上で欠かせない品目について、リショアリング(海外移転した生産拠点の国内回帰)も含めた国内生産拠点の整備と海外生産拠点の多元化の両輪で、サプライチェーンの強靱化が進められている。

重要品目の中でも、特に半導体は、自動車、通信、医療機器等の様々な分野で活用され、5G、ビッグデータ、AI、IoT、ロボティクス等のデジタル社会を支える重要基盤であり、安全保障にも直結する重要な戦略物資・技術であることから、世界各国で大規模な資金を投入した生産基盤の強化が進められ、産業政策による競争が展開されている。

米国では、半導体産業の支援策として1件最大3,000億円規模の補助金や「多国間半導体セキュリティ基金」の設置を含む、国防授権法(National Defense Authorization Act 2021、NDAA2021)が可決された。米国内の半導体サプライチェーン強化を目指す「CHIPS法(Creating Helpful Incentives for the Production of Semiconductors(CHIPS)for America Act)」の規定に対し、半導体の生産や研究開発に520億ドルの大規模な予算を組み込む「米国イノベーション・競争法案」が上院で可決され、同内容を含む「アメリカ競争法」が下院で可決された。今後、上下両院の合同委員会にて調整された統一法案が可決された後、大統領署名を経て成立となる見込みである。

欧州では、2030年に向けたデジタル戦略が発表され、その中にデジタル移行(ロジック半導体、HPC・量子コンピュータ、量子通信インフラ等)への1,447億ユーロ(約18.8兆円)の投資や、2030年までに最先端半導体製造の世界シェアを現在の10%程度から20%以上とする目標等が盛り込まれた。さらに、欧州域内での最先端チップの製造も含めたエコシステムの構築を目指す「新・欧州半導体法案」の制定が2021年9月に宣言され、2022年2月に規則案が提出された。中国では、2014年と2019年に計約5兆円規模の「国家集積回路産業投資基金」が設置されている。これに加えて、各地方政府にも、計約5兆円を超える半導体産業向けの基金が存在し、合計10兆円超の資金が半導体関連技術に投じられていると見られる。

日本では、半導体も含めたサプライチェーン途絶リスクが大きい重要品目や国民が健康的な生活を営む上で不可欠な品目全体について、「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」として、令和2年度第1次補正予算で2,200億円、第3次補正予算で2,108億円、「海外サプライチェーン多元化支援事業」として、令和2年度第1次補正予算で235億円、第3次補正予算で116.7億円が確保された。さらに、令和3年度補正予算では、「先端半導体の国内生産拠点の確保」として6,170億円、「サプライチェーン上不可欠性の高い半導体の生産設備の脱炭素化・刷新事業」として470億円と、大規模な予算が確保され、不測の事態にも滞りなく経済活動、国民生活が継続できるような生産基盤の国内整備が進められている。同じく令和3年度補正予算において、「経済安全保障重要技術育成プログラム」として、経済安全保障の確保・強化のため、量子、AI等の先端分野における重要技術の研究開発から実証・実用化を迅速に促進する予算として、2,500億円規模の資金が確保された。

2022年5月に成立した経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)の中では、国民の生存に必要不可欠な又は広く国民生活若しくは経済活動が依拠している重要な物資等を特定重要物資に指定し、安定供給確保を図るための規定が盛り込まれている。特定重要物資として指定した物資については、当該物資の安定的な供給を確保するために必要な生産基盤の整備、供給源の多様化、生産技術の導入・開発・改良等の取組を通じて安定供給確保を図るため、特定重要物資ごとに施策の方向性及び支援対象となる取組の内容を定めた取組方針を当該物資の所管大臣が定めることとなる。その上で、取組方針を踏まえて、民間事業者が供給確保計画を作成し、所管大臣による認定を受けた場合、認定事業者は助成等の支援を受けることが可能となる。ロシアのウクライナ侵略により、ロシアからの輸入依存度が高いエネルギーや資源などの戦略物資についてサプライチェーンの供給リスクへの認識がこれまで以上に高まっていることを踏まえ、経済安全保障の観点から早期に重要な物資の国内での供給体制整備や供給源の多様化等の取組が求められる。

(サプライチェーン強靱化に向けた有志国との連携)
経済活動や国民生活への影響が大きい重要品目やぜい弱性が高い品目の生産拠点多元化のためには、価値観を共有する有志国との連携が重要である。質の高いサプライチェーンを確保するため、各国は、多国間での有志国連携の強化に取り組んでいる。

例えば、2021年4月には、インド太平洋地域におけるサプライチェーンの混乱に日豪印三か国で協力して対応するため、日豪印三か国の貿易大臣によってSCRI(サプライチェーン強靱化イニシアティブ)が立ち上げられた。2022年3月には第二回のSCRIについての日豪印貿易大臣会合が実施され、インド太平洋地域大のサプライチェーン原則を策定・促進すること、三か国協力がサプライチェーン強靱化に貢献しうる主要な産業分野を特定し、同分野への投資やビジネスを促進していくこと、サプライチェーン強靱化に向けてベストプラクティス及び共同プロジェクトの促進・推進のため、産業界及びアカデミアと協力していくことの重要性等が確認され、向こう約一年間日本が議長国としてSCRIを推進していくことが合意された。重要品目等の供給地の囲い込みや閉鎖的な経済体制に進むのではなく、このように有志国と協力しながら、開かれた供給体制を整備することが求められる。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html