044-246-0910
ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。
■機微・新興技術の発展と経済安全保障の推進
米中対立やロシアのウクライナ侵略等の地政学的リスクの顕在化によって安全保障リスクが高まる中、以前述べたサプライチェーン依存の低減を始めとする重要物資の確保の取組に加えて、安全保障上の重要技術の保全・育成といった取組を通じた、経済構造の自律性向上と、技術優位性の確保、ひいては不可欠性の獲得を目指す統合的な取組が重要性を増している。
機微技術、特に軍事にも民生にも利用可能なデュアルユース技術は、民生サプライチェーンの存在と軍事転用の可能性から、その流出は、安全保障上の脅威の一つとなっている。特に、AI・量子・バイオ等の技術については、開発の初期段階にあっても将来の軍事技術体系を変える可能性がある。こうした新興技術や、それを支える基盤技術については、その進展の著しさや保有主体の多様化により昨今その流出形態が多様化・複雑化しており、アカデミアやベンチャー企業を含む中小事業者における管理や、管理の機動性はその重要性を一層増している。このような経済安全保障上の懸念から、機微技術・新興技術及びこれら技術を用いて製造された製品に対して、輸出管理や対内投資管理規制を強化する動きが世界各国で拡大している。
(主要国・地域の輸出管理制度)
機微技術・新興技術は、将来の国家の競争力を左右する重要な技術であることから、国際平和を脅かすおそれのある国家やテロリスト等への流出を防ぎ、経済安全保障を確保するため、各国において輸出管理制度の強化を含めた様々な対策が進められている。
ここでは米国、欧州、中国、日本の輸出管理制度について、経済安全保障の側面から概観する。
米国では、2018年8月に成立した輸出管理改革法(Export Control Reform Act、以下ECRA)によって、軍民両用のデュアルユース貨物等の輸出管理が実施されている。ECRAは、国防総省に予算権限を与える2019年会計年度国防授権法(NDAA2019)の一部として成立しており、ECRAの中で「新興技術」(emerging technologies)や「基盤的技術」(foundational technologies)を追加することとしている。さらに、ECRAの下位規則である輸出管理規則(Export Administration Regulations、以下EAR)には、対象となる規制品目リスト(Commerce Control List、CCL)やエンティティリスト(Entity List)等が含まれており、米国原産品等の輸出・再輸出等が規制されている。ECRAでは、商務省に対して「新興技術」と「基盤的技術」を指定するように定めているが、2018年に出されたパブリックコメントにおいて新興技術14分野54が例示された後は明確なリスト化の動きはなかったところ、2020年1月に、「地理空間画像分析の自動化ソフトウェア(AI関連)」が新興技術として新たにCCLに追加され、2021年には、「ブレイン・コンピュータ・インターフェイス(BCI)」の追加についてのパブリックコメントが実施された。エンティティリストは、国家安全保障・外交政策上の利益を害する活動をした者(企業、研究機関、団体、個人等を含む)を掲載しており、リスト掲載者に対して輸出する場合、事前に米国商務省に申請し許可を得ることが必要となる。
欧州では、規則において輸出管理体制を定めており、規制対象は規則の付属書リストに掲載されている。2021年9月に施行された改正規則No2021/821(Export Control Regulation)では、安全保障上のリスクや新興技術に対応するため、民生・軍事両用のデュアルユース貨物、ソフトウェア等の輸出規制が強化された。規制対象リストは、情報セキュリティリスクの拡大と、テクノロジーの急速な発展等に対応するために定期的に見直しがされており、人権配慮の観点からも規制対象リストへの追加掲載が検討されている。また、欧州と米国は、技術、経済、貿易問題等に対し協力して対処するための場として、米国EU貿易技術評議会(TTC)を設置しており、2021年9月に開催された第一回会合において、重要技術・新興技術分野や輸出管理における協力を含めた共同声明を発表している。
中国では、2020年12月から輸出管理法が施行されている。デュアルユース貨物や軍用品、核等やその関連技術についてリスト規制をするとともに、リスト規制外であっても輸出者等が国益等を害することを認識している場合には規制対象となるキャッチオール規制も明記されている。また、米国と同様に、みなし輸出・再輸出規制を講じることが予定されている。輸出禁止・制限技術リストには、「国家の安全と利益」を目的として、AIやソフトウェアセキュリティ関連が掲載されているものの、規制対象品目の範囲が極めて不明確であり、当局の裁量が大きいことに懸念の声が上がっている。
日本では、外国為替及び外国貿易法において輸出管理の枠組みが定められている。具体的には、リスト規制とキャッチオール規制の二つの規制があり、これらの規制に該当する貨物の輸出や技術の提供は、事前申請の上、経済産業大臣の許可が必要となる。リスト規制は、国際輸出管理レジームにおいて輸出管理の対象とすることに合意された内容が反映されており、先端材料を含む軍事転用のおそれの高い機微な品目等が対象となっている。キャッチオール規制は、リスト規制に非該当であっても、用途や需要者が大量破壊兵器等や通常兵器の開発等に用いられるおそれがある場合や、経済産業大臣から許可申請をすべき旨の通知を受けた場合に、その貨物の輸出又は技術の提供が対象となる。このうち、大量破壊兵器等の開発等に用いられるおそれがある需要者か否かを判断するための資料として、経済産業省は外国ユーザーリストを公表しており、輸出先又は技術提供先が外国ユーザーリストに該当する場合には慎重な審査と、必要に応じて事前申請の上で、経済産業大臣の許可が必要となる。また、企業だけではなく、大学や研究機関での人的交流や共同研究等による安全保障上の機微な技術の流出対策を強化する観点から、2022年5月から、居住者であっても非居住者から強い影響を受けている場合には、当該居住者に規制対象技術の提供をする場合には当該技術提供が規制対象となる(いわゆる、みなし輸出管理の運用明確化)等、輸出管理の見直しを行っている。
(主要国・地域の対内直接投資管理制度)
機微技術・新興技術の流出は、輸出管理だけでは防ぐことはできない。近年では機微技術・新興技術獲得を目的とした企業の買収・合併等の対内直接投資が増加していることから、各国において対内直接投資管理制度の強化が進められている。米国では、外国人による対内直接投資等を審査する権限を有した省庁横断的組織として対米外国投資委員会(CFIUS)が、米国の経済安全保障に及ぼす影響を判断している。前述した2018年8月成立の2019年会計年度国防授権法(NDAA2019)の一部として盛り込まれた外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018、以下FIRRMA)により、CFIUSの審査権限が強化された。具体的には、新興技術や重要インフラに関する対内直接投資について、外国政府の影響下にある投資家による投資のうち、企業経営に影響を与えるものは、新たに事前審査が義務化された。CFIUSの年次報告書では、重要技術の研究、開発、生産に携わる米国企業に対する対内直接投資の国別の件数が報告されている。重要技術は、輸出管理規則(EAR)や規制品目リスト(CCL)で規制されているものや、武器、原子力、特定毒物に関する技術と定義されている。
重要技術保有企業に対する買収の全申請件数は、2018年は76件、2019年は92件、2020年122件となっており、新型コロナウイルスの感染拡大期にも関わらず、重要技術の保有企業に対する買収件数は増加している。2020年の買収件数を国別で見ると、日本の件数が最も多く、カナダ、ドイツ、英国と続く。日本は、2018年からの3年間で最も買収件数が多く、中国は、2018年に日本、カナダに続き3番目の投資国(8件)であったが、2019年は3件と大幅に減少した。買収件数が少ないため一概にはいえないが、CFIUSの審査権限の強化による影響がうかがえる。
欧州では、2019年4月にEUで初となる「対内直接投資の審査に関する規則No2019/452(the screening of foreign direct investments into the Union)」が発効し、2020年10月に全面適用された。この規則では、規制対象、審査基準、加盟国と欧州委員会との連携方針等が示されているものの、共通審査制度の導入は、加盟国に対して強制せず、各国の判断に委ねられている。全面適用が開始された2020年10月から2021年6月末までの実績に関する報告書が2021年月11月に公表されており、11加盟国から265件の直接投資審査の通知があった。通知件数のうち90%超は、オーストリア、フランス、ドイツ、イタリア、スペインの五か国が占めており、このうち36件(通知件数の14%)が加盟国に影響がある等と判断されて第二段階に進んだ。第二段階に進んだ案件を分野別で見ると、製造が50%を占めており、情報通信技術(ICT)(17%)、金融(8%)と続く。2020年10月から全面適用されたため、その推移を見ることはできないが、投資元国別では、米国(45%)、英国(9%)に続き、中国が第3位で約8%と存在感を示している。
中国では、2020年12月、国家発展改革委員会と商務部が、外商投資法及び国家安全法に基づき、外資企業が中国に投資する際の安全審査に関する「外商投資安全審査弁法」を公布した。具体的には、「軍事関係、国家の安全にかかわる重要な農産物、重要なエネルギーと資源、重大な装備製造、重要なインフラ、重要な運輸サービス、重要な文化製品とサービス、重要な情報技術とインターネット製品・サービス、重要な金融サービス、鍵となる技術及びその他の重要な分野」と規定されている。規制対象に機微技術・新興技術が含まれていることから、これらの技術の流出防止が意図されている。対象となった場合、国家発展改革委員会への事前の申請が義務となっており、審査が実施された上で、国家の安全に影響を及ぼすおそれがない場合に中国への対内直接投資が許可される。また、外資系企業参入に関するネガティブリストが毎年更新されており、外資企業の投資を制限・禁止する分野が示されている。2022年1月から施行されたリストでは、12分野31項目が規制対象となっており、2021年と比べると、完成車の製造等の市場が開放されたものの、引き続き原子力発電所の建設・経営等が規制されている。
日本では、外国為替及び外国貿易法(外為法)により対内直接投資が規制されている。主要国の規制強化の流れを受けて、日本でも機微技術・新興技術の流出のおそれがある対内直接投資に対して適切に規制が見直されてきた。2017年の改正では、無届けで対内直接投資を行った外国投資家に対して株式売却の行政命令を行うことができる事後措置命令の導入等や、国の安全を損なうおそれが大きい業種について、外国投資家による他の外国投資家からの非上場株式の取得を事前届出対象に追加する等の見直しを実施した。2019年の改正では、事前届の対象となる上場会社の株式取得の閾値を引き下げる(10%→1%)とともに、行為時事前届出制度と事前届出免除制度を新たに導入し、外国投資家が一定の基準を遵守することを前提に、株式取得時の事前届出を免除し、事後報告のみによる投資を可能とした。
財務省が2021年7月に公表した「対内直接投資等に関する事前届出件数等について」によると、2019年の改正により、2020年度は取得時事前届出の件数は減少し、新たに導入された行為時事前届出の731件を加え、全体の件数は2,171件と前年比で約11%増となった。分野別では、2018年度までは武器等、インフラ関連、その他がそれぞれ3割程度を占めていたが、2020年度は、前年度に新たに加わったサイバーセキュリティ関連業種(情報処理サービス業、ソフトウェア業、集積回路製造業、半導体メモリメディア製造業等)が66%を占めている。外為法に基づく株式取得中止勧告が出された案件としては、2008年に英国の投資ファンドであるザ・チルドレンズ・インベストメント・マスターファンド(TCIファンド)による電源開発株式会社の株式取得の例がある。この案件では、電気事業は電気の安定供給の維持、日本の原子力政策への影響、公の秩序維持を妨げるおそれ等があるとして、外為法に基づいて初めての勧告がなされた。これまでに勧告はこの1件のみであるものの、直接投資規制の中止勧告の体制が整えられていることは抑止力にもつながるため、いつでも発動しうる備えをしておくことは重要である。経済安全保障の観点から、規制強化の動きが拡大しているが、経済安全保障の懸念を超えて、経済活動に対して不公正な影響を及ぼすことがないよう、各国政府による規制の整備には留意が必要である。
(経済安全保障推進のための総合的な取組)
米国を始めとする主要国では、大学や研究機関での人的交流や共同研究等による機微技術・新興技術の流出の懸念の顕在化に対して対策が講じられてきている。例えば、米国では2019年に、ある大学教授が、複数の中国の研究機関との契約について当局に報告しなかったことから起訴されたほか、別の大学教授が、中国政府が優秀な研究者を招へいする「千人計画」への参加の事実を隠して虚偽申請を行い、不正に補助金を受領したとして起訴されるなど、相次いで起訴事例が発生している。これを受けて、米国国立科学財団(NSF)は、申請書類及び手続を変更し、透明性・情報開示の重要性を明確化している。日本でも、こうした研究の国際化やオープン化に伴う新しいリスクに対応するとともに、他国との交流や協力関係も重視しながら、国際的に信頼性のある研究環境を構築するために、研究機関等に透明性と説明責任を求める「研究インテグリティ」の確保に向けた方針が2021年4月に公表された。
具体的には、①研究者自身による研究活動等の適切な情報開示、②大学・研究機関の人事・リスク管理のためのマネジメント強化、③研究資金配分機関等において情報の提出を求めることが対応方針として示されており、研究機関等における経済安全保障の確保が強化され、機微技術・新興技術の流出防止を推進している。さらに、2022年5月には、経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)が可決、成立した。この法律は、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進することを目的としており、安全保障に関する経済施策として、①重要物資の安定的な供給の確保のためのサプライチェーン強靱化、②基幹インフラ役務の安定的な提供確保、③先端的な重要技術の開発支援、④特許出願の非公開化の四つを定めている。この法律によって、新たに先端的な重要技術の研究開発を促進させるとともに、情報提供や資金支援、官民伴走支援のための協議会設置、調査研究業務の委託等を措置する。また、安全保障上極めて機微な発明が含まれる特許出願については、公開や流出を防止するとともに、安全保障を損なわずに特許法上の権利を得られるようにするために、保全指定をして出願公開等の手続を留保する仕組みや外国出願制限等を規定している。前述した輸出管理や直接投資管理だけでなく、この法律による措置に加え、先端的な重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用により、経済安全保障がより一層推進されることが期待される。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html