ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■格差・不平等への影響

前回は新興技術が雇用に与える影響について、自動化技術による雇用の規模への影響や、デジタルプラットフォームを通じた新たな雇用の機会という観点から見てきた。その中で、こうした技術による影響が産業や労働者のスキルによって異なることを示してきたが、その影響が一因となって一部の個人や企業に資産が集中し資産格差が拡大していること、また、新興技術を労働節約、労働代替を目的として急速に導入を進めたことにより、中程度スキルの職業需要の空洞化や賃金格差の拡大を招いていることなどが指摘されている。ここでは、こうしたデジタル技術の発展や社会への浸透を背景とした格差や不平等の実情を確認した上で、今後必要となる是正策について検討していく。

(個人の格差・不平等)
まず、世界における格差の実態を把握するため、2021年における所得格差と資産格差それぞれの階層別人口が所有する所得や資産を見ると、所得に比べて資産の方がより格差が大きいことが確認できる。世界全体の所得格差の傾向について、タイル指数による国家間格差と国内格差に分けて捉えると、国家間格差は1980年以降に縮小傾向にある一方で、国内格差の存在が相対的に高まっていることが確認できる。国内における所得の格差が相対的に高まっている状況について、国別の状況について見ていく。

日本、米国の所得上位10%の人口及び下位50%の人口が所有する所得の割合をみると、日本と米国のいずれにおいても、所得上位10%人口が占める所得の割合は増加し、所得下位50%人口が占める所得の割合が減少していることが確認できる。日本では1990年代から、米国では1980年代から、こうした傾向が続いている。また、米国の所得階層別の税率の推移を長期時系列で確認すると、低所得層の税負担が増え、富裕層の税負担が減少しながら20~30%へと収束する動きとなっている。一方で、2000年以降の動向を確認すると、最も税率が大きいのは「上位0.1%」であり、最も税率が低いのは「上位400人」となっており、「上位0.001%」についても、全体よりも低い税率負担となっていることが確認できる。先述したように、米国においては所得の上位10%の人口が所有する所得は1980年以降増加傾向にある一方で、税負担については減少傾向にある。このことを踏まえると、米国ではより格差が拡大する構造にあると言える。こうした状況を踏まえて、米国では富裕層、特に資産1億ドル超の超富裕層への増税策が議論されている。過度な所得格差は公共政策が富裕層の利益に優遇する方向に傾く懸念があることから、格差是正という直接的な目的に加えて、公共政策をゆがめる懸念の解消という観点からも、個人の所得格差の是正が望まれている。

(企業活動をめぐる格差・不平等)
企業活動においては、デジタルプラットフォームの経済活動による格差・不平等の是正を求める声が広がりつつある。デジタルプラットフォームは事業の構造上、ネットワーク効果が働きやすく、検索サービス、SNS、デジタル広告市場は独占、寡占状態となっており、このようなサービスは我々の生活において欠かせない存在となっている。インターネットの検索サービスにおいてはグーグルが91.6%と市場をほぼ独占しており、SNSについてはフェイスブック(現メタ・プラットフォームズ、ただしインスタグラムを含む)が79.6%を占めている。こうしたデジタルプラットフォームでは、ネットワーク効果を通じて、特定のサービスのシェアが増加することが利便性向上につながりうる。その一方で、独占市場や寡占市場といった不完全競争市場においては、こうしたマークアップによって価格が硬直しやすい上、新たな企業の市場参入意欲やイノベーションの停滞につながりうるとの指摘もある。

IMF(2019)によると、マークアップが10%ポイント高まると労働分配率が0.3%ポイント減少するとの分析結果がある。さらに、こうしたデジタルプラットフォーマーが得た収益に対して適切に課税されていないとの指摘があり、国際課税ルールの見直しが国際的議論の対象となっている。上記で示したように特定サービスの市場を独占・寡占しているデジタルプラットフォーマーであるGAFA(Google、Apple、Facebook(当時)、Amazonの4社)に関する法人税負担率を見ると14.7%と、世界平均(23.6%)や世界の情報通信業(20.4%)、米国企業(18.0%)と比べても低い水準にある。また、法人税については、外国企業が市場国に物理的拠点を有しない場合には、当該市場国は外国企業の事業所得には課税できないことから、これまでの国際課税ルールにおいては、多国籍企業は多くの国で事業を展開する場合であっても、物理的拠点を伴わない場合には市場国で適切に税負担をしないケースが多かった。そのため、企業間の競争条件の公正性の観点から是正を求める声が広がっていた。こうした状況を踏まえて、OECDを中心に、経済のデジタル化に伴う国際課税ルールの見直しとして2つの柱からなる解決策に関する議論を進めてきている。

第1の柱は、多国籍企業の経済活動に関して、市場国で生み出された価値を勘案し、物理的拠点の有無に関わらず、市場国に課税権の一部を配分する仕組みである。具体的には、世界全体の売上げが200億ユーロを超え、かつ、利益率が10%を超える多国籍企業を対象として、10%を超えた利益として定義される超過利益の25%に対する課税権を売上げに応じて市場国に配分することが想定されている。OECDによれば、これにより、毎年1,250億米ドル超の利益に対する課税権が市場国へ配分されることが見込まれる。第2の柱は、15%の世界的な法人税の最低税率(ミニマムタックス)の導入である。OECDによれば、この新しい最低税率が年間総収入金額7億5,000万ユーロを超える多国籍企業に適用されることにより、世界全体で年間約1,500億米ドルの追加税収が発生すると推定されている。2021年10月8日、これらの内容で合意に至り、2022年に制度化、2023年から実施を目指すこととなった。

(国内格差の要因分解と是正策)
冒頭において、世界における格差は国家間格差に比べて、国内格差の影響が相対的に強くなっていることを示したが、この国内格差については所得の均等分配と累積相対値の関係から算出されるジニ係数を用いて表すことができる。先進国と新興国の国々のジニ係数は、先進国では米国やドイツで増加傾向が見られるが、日本を含めた他の国では概ね横ばいとなっている。また、先進国ではいずれの国も概ね近い水準にある一方で、新興国については国ごとに水準が大きく異なっている。南アフリカやブラジルのジニ係数は、先進国と比べて高い水準にあるが、南アフリカで格差が拡大傾向にある一方で、ブラジルでは2000年代以降の最低賃金の引上げや政府による支援プログラムによって貧困層が減少し、中間層化が進んだことで格差が縮小している。中国では2010年頃以降からジニ係数は減少しているものの、中国国内では特に都市部と農村部の格差が深刻化しており、2021年には共同富裕をスローガンに掲げ、格差の是正に取り組んでいる。

次に、国内格差を計測したジニ係数の要因分解に関する分析事例を見ていく。IMF(2015)によるジニ係数の要因分解分析によると、先進国においてはスキルプレミアム、労働市場の柔軟性、グローバル化が主な要因であり、新興国においては、労働市場の柔軟性が主な要因との結果になっている。IMF(2015)では、今後の政策の方向性について、具体的な政策課題として、教育政策や労働政策、イノベーション政策を挙げている。先進国では、スキル水準を向上させることによって所得のばらつきを抑え、将来世代の所得見通しを改善させることができる可能性が示されている。また、労働政策に関しては、適切な最低賃金の設定、職探しやスキルマッチングを支援するような能動的労働政策の重要性が指摘されている。

労働市場における過度な規制は、雇用の創出と効率性を阻害する可能性がある一方で、規制が弱い場合においても、情報格差や労働条件をめぐる問題を招く懸念があることから、その両面を踏まえた制度設計の必要性が示されている。さらに、イノベーション政策に関しては、市場における適切な競争環境を確保し、技術普及を阻害する要因を減らし、多くの人々がイノベーションの恩恵を受けられるようにすることの重要性を示されている。

米国の労働市場においてはより良い給与や労働環境を求めて自主退職し、転職や起業が増加する傾向が見られるが、労働市場が柔軟であるからこそ、転職や起業といった選択肢を持つに至っているともいえよう。また、転職にあたってはより高スキルな人材が、スキルのミスマッチを減らすような労働機会の獲得を進めていることとなり、スキルプレミアムが先進国におけるジニ係数の要因となっている結果と整合する。また、グローバリゼーションの進展によって世界各国の高スキルな労働者がミスマッチ就労を減らすことによって、スキルプレミアムの拡大をさらに推し進めている可能性が考えられる。スキル間の格差をめぐっては、スキルごとに分類された職業別の総労働時間の伸び率から、日本や米国において二極化が進んでいる。このことを踏まえると、技術革新の進展によって、労働市場が二極化し、高スキル労働者は選択肢が増加し、さらに前述したようにスキルのミスマッチを減らし得ることから、スキルプレミアムの拡大につながっている可能性がある。

ここで、日本や米国における賃金格差の状況を確認すると、日本では、高スキル労働者の賃金は1990年代後半から大きく変化していない一方で、中スキル、低スキル労働者の賃金が減少することによって格差が拡大している。一方で、米国では、高スキル労働者の賃金が増加し、低スキル労働者の賃金が減少することによって格差が拡大していることが確認できる。こうした賃金格差の状況について労働分配の観点から見ると、OECDによると、先進国の労働分配率は減少もしくは横ばいの傾向となっている。労働分配が減少している点とスキル別賃金格差が広がっている点を併せて考えると、より低スキルな人材に対する労働分配が減少している実態がうかがえる。低スキル労働者は、労働市場が二極化することにより、中程度のスキルを身につけた場合であっても、中程度スキルの職業が労働市場全体から減少することにより、スキルに見合った職業に就くことは難しく、ミスマッチ就労が解消されないこととなる。労働代替技術による労働市場への影響については収益性や技術的困難性の両面からみて、中程度スキルの職業の従業者数を減らす影響力を持っており、今後もこの傾向は続いていく可能性が考えられることから、格差是正のための施策が必要と言える。

こうした実情に対する是正策について、労働や資本といったマクロの視点、労働者のスキルや研究開発領域といったミクロの視点の両面から検討する。前述したようにロボットやAIといった技術が労働代替を目的して急速に導入が進められたことにより、労働市場の二極化を招いたとの指摘がある。その背景には、人間による労働力が担うタスクとロボットやAIといった資本が担うタスクが競合する領域が広いことが考えられる。労働と資本が担うタスクが競合する領域においては、企業は生産性向上のために税負担や単価による直接的な比較によって分配率を決定する。

こうした状況を踏まえて、人的資本投資や研究開発投資の必要性が議論されている。人的資本投資は、前述の議論に照らすと、労働と資本が担う領域が重複しないように労働者が担うタスクをシフトすることに相当する。具体的には、事態の変化に合わせて義務教育や高等教育で新たに必要となる知識や経験を積むことや、生涯学び直しが可能となるようなリカレント教育の仕組みを構築すること、時代の変化や常識、背景情報の変化に適応するためのリスキリングやアンラーニングを促進することなどが考えられる。

もう一方の研究開発投資は、前述の議論に照らすと、労働と資本が担うタスクが重複する領域においても、資本の利用目的を直接的な労働代替とするのではなく、労働補完を目的とすることで、労働負担を軽減し、付加価値を向上させ、雇用機会を拡大するような投資を拡大することに相当する。Acemoglu, D.(2021)(“Remaking the post-COVID world”, Finance&Development, March 2021)では、こうした技術を「Human-Friendly」技術と示しており、その例として、製造業における画像認識技術やAR技術の活用、Web会議システムによる遠隔地間のコミュニケーションの促進など、労働の「支え」となるような形での活用を推奨している。他にも、言語の違いを補う機械翻訳技術、体力・筋力を補うパワーアシストスーツ、地理的な隔たりを補う遠隔操作技術、身体の障害を補う義肢や義手、義眼などが挙げられる。テクノロジーは格差拡大の直接的要因としての側面が指摘されてきているが、上述のようにテクノロジーの進歩によって、格差を是正し得る選択肢は多く考えられる。そのため、我々には今後、社会におけるイノベーションを促進し、格差・不平等を是正しながら、働き方、暮らし方、生き方における多様な選択肢を持てるよう、テクノロジーを発展させ、活用していくことが求められている。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html