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■我が国の科学技術・イノベーション政策

ここでは、近年の科学技術・イノベーション政策を概観し、今後の科学技術・イノベーション政策の方向性について考察します。

(科学技術・イノベーション基本法と科学技術・イノベーション基本計画)
1.科学技術・イノベーション基本法
我が国は、平成7年に、科学技術政策の基本的枠組みを定める科学技術基本法を制定しました。欧米追従型の政策から、世界のフロントランナーの一員として、自ら未開の科学技術分野に挑戦していくとの認識の下、科学技術の振興を最重要政策課題の一つとして位置付け、積極的にその振興を図るためのものです。同法は、令和2年6月に、制定以来初の実質改正が行われ、「イノベーションの創出」が柱の一つに据えられるとともに、これまで法の対象とされていなかった人文・社会科学(法では「人文科学」と記載)のみに係るものが対象に加えられ、法の名称も科学技術・イノベーション基本法となりました。

2.科学技術・イノベーション基本計画
我が国は、科学技術・イノベーション基本法に基づき、科学技術・イノベーション基本計画(第5期までは科学技術基本計画)を5年ごとに策定しています。各計画の主なポイントです。
〇第1期(平成8年度~12年度)
・政府研究開発投資の拡大
・ポストドクター1万人計画
〇第2期(平成13年度~17年度)、第3期(平成18年度~22年度)
・重要性の高い研究分野への重点化(重点推進4分野:ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料)
・競争的資金の倍増と間接経費(30%)の導入(第2期)
〇第4期(平成23年度~27年度)
・イノベーション政策の重視・重要性の高い研究分野への重点化から、社会的課題達成を重視する方向への転換
〇第5期(平成28年度~令和2年度)
・我が国が目指すべき未来社会としてSociety5.0を提唱
〇第6期(令和3年度~令和7年度)
・Society5.0の実現と、総合知による社会変革、知・人への投資

3.政府研究開発投資
基本計画では、5年間の政府研究開発投資の目標額を設定しており、第1期は約17兆円、第2期は約24兆円、第3期・第4期は約25兆円、第5期は約26兆円であり、第1期と第5期については、目標額を上回りました。現在の第6期では、「諸外国がポストコロナ時代を見据えて大規模な研究開発投資を計画する中、我が国として、諸外国との熾烈な国家間競争を勝ち抜くため、大胆な規模の政府研究開発投資を確保する」ことが目標として掲げられ、約30兆円という目標を立てています。

(主要施策の振り返り)
1.独立行政法人化・国立研究開発法人制度の創設と国立大学法人化
独立行政法人は、公共上必要な業務のうち、国が直接実施する必要はないが、民間にゆだねると実施されないおそれのあるものなどを、効果的かつ効率的に行わせるために設立される法人です。平成13年以降、国の主要な研究開発機関について、独立行政法人化が進みました。一方、研究開発を含め、多様な業務を担う各種の独立行政法人に、共通、一律の規律を課すことによる弊害が見受けられたため、平成26年に制度改正が行われ、法人の事務・事業の特性に応じて、中期目標管理法人、国立研究開発法人、行政執行法人に分類されました。国立研究開発法人については、我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため研究開発の最大限の成果を確保することが目的とされ、国が設定する目標に、研究開発の成果の最大化に関する事項を定めることや、目標期間を長期化することなどが規定されました。また、これらの法人のうち、「特定国立研究開発法人による研究開発等の促進に関する特別措置法」(平成28年法律第43号)によって、世界最高水準の研究開発の成果の創出が相当程度見込まれる法人を「特定国立研究開発法人」として位置付け、3法人(物質・材料研究機構、理化学研究所、産業技術総合研究所)が指定されました。国立大学については、独立行政法人制度の枠組みを利用しながらも、大学の自主性・自律性に配慮した制度である国立大学法人制度に基づき、平成16年に、法人化されました。同制度は、各大学が、優れた教育や特色ある研究に工夫を凝らすことを可能とし、より個性豊かな魅力のある大学になることを狙いとするものです。

2.デュアルサポートシステムの推進
大学等における教育研究活動は、基盤的経費によって長期的視野に基づく教育研究基盤を確保するとともに、競争的資金等によって教育研究活動の革新や高度化・拠点化を図る、デュアルサポートシステムによって推進されています。第2期基本計画(平成13年度~17年度)において、競争的資金の倍増が目指され、同計画期間中に、国立大学が法人化されました。法人化以降、基盤的経費は減少傾向にありましたが平成27年度以降は横ばいです。また、競争的資金は、一時期を除き概ね増加する傾向で、例えば、後述の科学研究費助成事業の規模は拡充し、採択率も向上しています。こうした支援が日本人のノーベル賞受賞に貢献するといった成果も出ています。また大学部門の政府負担研究開発費については、論文数が多い大学のシェアが高まっている傾向がうかがえます。例えば、論文数シェアが大きいトップ4大学が占める割合を見ると、2001年度から2017年度で5ポイント上昇しています。一方で、大学部門の注目度の高い論文数は、トップ層を含め、低下傾向となっています。デュアルサポートシステムは、こうした分析や国内外の動向を踏まえつつ、研究成果の最大化を図っていくことが必要です。また、第2期基本計画では、競争的資金について、間接経費の導入が規定されました。間接経費は、直接経費に対する一定比率を、競争的資金を獲得した研究者が属する研究機関に手当てし、競争的資金のより効果的・効率的な活用を図るものであり、当該研究者の研究開発環境の改善や、研究機関全体の機能の向上を図ることを狙いとしています。間接経費の対象については、令和4年度から、競争的資金に該当する事業と、それ以外の公募型の研究費である事業を区分することなく「競争的研究費」として一本化されました。運営費交付金や間接経費といった使途の自由度が高い経費については、任期なしポストを含め若手研究者が腰を据えて研究に取り組める環境の確保など、研究機関による戦略的な活用が期待されます。

3.科学研究費助成事業
研究には、主として、研究者の内在的動機に基づく学術研究と、政策的な要請に基づく戦略研究がありますが、学術研究を対象とする代表的な競争的研究費としては、科学研究費助成事業(以下「科研費」という。)があります。科研費は、研究者の自由な発想に基づく学術研究を幅広く支えることにより、科学の発展に大きな役割を果たしています。多くの日本人ノーベル賞受賞者も科研費を活用しています。科研費については、基金化の導入や審査システムの改革、若手支援プランの充実をはじめ、これまで様々な改革が行われてきました。令和3年度には、「国際先導研究」が新設され、トップレベル研究者が率いる優れた研究チームの国際共同研究の強力な推進が図られています。科研費の予算額については、平成16年度(1,830億円)と令和4年度(2,377億円)を比較すると約3割増えており、また、採択率(新規)についても、平成16年度(22.5%)と令和3年度(27.9%)を比較すると5.4ポイント増えています。第6期基本計画においては、「若手研究者支援、新興・融合研究や国際化の一層の推進、審査区分の見直しなど制度改善を不断に進めつつ、新規採択率30%を目指し、確保・充実を図る」ことが規定されています。

4.戦略的創造研究推進事業
戦略研究を目的とした代表的な競争的研究費として、戦略的創造研究推進事業(新技術シーズ創出)(以下「戦略創造」という。)があげられます。戦略創造は、国が定めた戦略目標の下、イノベーションの源泉となる基礎研究を戦略的に推進するものであり、これまで卓越した成果をあげてきています。例えば、世界三大科学誌とされる「Cell」、「Nature」、「Science」誌に国内から投稿される論文のうち、例年、2割程度は本事業によるものです。本事業では、例年、5~8程度の戦略目標を設定していますが、設定に当たっては、新たな科学技術の領域を切り拓き、独創的な成果が期待できるか、将来大きな社会的・経済的インパクトを生み出すことが想定されるかといった点を考慮しています。戦略創造の予算額については、過去5年では420億円程度で推移しており、令和4年度では428億円となっています。第6期基本計画においては、新たに、「若手への重点支援と優れた研究者への切れ目ない支援を推進するとともに、人文・社会科学を含めた幅広い分野の研究者の結集と融合により、ポストコロナ時代を見据えた基礎研究を推進する。また、新興・融合領域への挑戦、海外挑戦の促進、国際共同研究の強化へ向け充実・改善を行う」ことが盛り込まれています。

5.世界トップレベル研究拠点プログラム
2000年代より、様々な政策目的の下で、拠点形成を目指す事業が展開されていますが、研究拠点の形成を目指す代表的な事業として、世界トップレベル研究拠点プログラム(以下「WPI」という。)があげられます。WPIは、令和2年に新たに策定した①世界を先導する卓越研究と国際的地位の確立、②国際的な研究環境と組織改革、③次代を先導する価値創造、というミッションの下、公募段階で研究領域は定めず、大学等の構想について、「国際頭脳循環のハブ」となる拠点を形成するため集中的に支援することとしています。これまでにWPIによって形成された拠点については、例えば、質の高い論文の創出が、世界トップクラスの研究大学に比肩するレベルに成長するなど、優れた成果を上げています。また、民間財団や企業から大型の研究資金や寄付を受け、拠点の自立化に向けた財源の多様化に道筋をつけている拠点もあります。今後は、計画的・継続的に拠点形成を進めることで、我が国全体で研究拠点を形成するための改革が恒常的に起こる仕組みの構築を目指します。

6.今後の課題
科学技術立国の実現に向け、デュアルサポートシステムの最適化や、使途の自由度が高い経費の研究機関による戦略的活用の促進、科研費・戦略創造・WPIといった事業の制度改善等により、研究成果を最大化していくことが重要です。この際、研究力を測る主要な指標である論文数について、大学を対象とした要因分析では、教員の研究時間割合の低下、教員数の伸び悩み、博士課程在籍者数などが影響を与えると分析されており、こうした点への十分な留意が必要です。また、特に、若手研究者については、任期なしポストが減少、任期付きポストの割合が増加するとともに、大学本務教員に占める割合も低下し、雇用が不安定化しています。このため、任期なしポストを含め、若手研究者が腰を据えて研究に取り組める環境の確保が喫緊の課題です。さらに、こうしたキャリアパスへの不安や在学中の経済的見通しが立たないことを主な要因として、修士課程から博士後期課程等への進学者数・進学率が減少傾向にあります。博士後期課程学生のキャリアパスの整備や処遇向上についても喫緊の課題です。政府としては、若手研究者や博士後期課程学生への支援の取組等を進めています。

(つづく)Y.H

(出典)
文部科学省 令和4年版科学技術・イノベーション白書 
科学技術・イノベーション白書