ISO審査員及びISO内部監査員の皆様にキャリア開発に関する各種有用な情報をお届けします。
ISO9004:2018は「組織の品質」を扱っていますが、箇条9.2には「キャリアプラン」という用語がでてきます。

■キャリアプラン:自己理解/他者理解に関係する理論

自己理解/他者理解に関係する理論に「自己決定理論(Self Determination Theory:以下 SDT)」があります。人間が行動することの動機づけに関する汎用性のある理論ですが、「行動を起こすこと」および「行動を維持すること」または「パフォーマンスの質」を説明する場合に使うとよい理論です。人が行動する場合、自身が主体的に考えること、例えば就職活動や仕事を行う上で自らから積極的に行動することが重要であるのは言うまでもありません。しかし、自分から主体的に行動に移すことはしばしば難しいことです。「思っていても行動に移せない」ことはよくあることで、これは人間として不自然なことではありません。自己理解には、自分にはこのような誰にでもありえる「人間の心理」が存在することを理解しておくと良いでしょう。職場における面談においては、自己決定性は重要なことです。

理論の内容
(1)動機づけに関する理論
行動のエネルギーである動機づけ(意欲・やる気・モチベーション)は、行動を起こし、またそれを維持するために必要なものである。「行動の生起と維持」というテーマは人が仕事を探したり、続けたりするときにも重要であるため、キャリア心理学の領域でも、近年重要視されている理論のひとつである。
(2)統制的動機づけと自律的動機づけ
動機の自己決定性は、動機の質を左右する。就職活動を例にしてみよう。もし、就職しようという気持ちや働きたいという意欲が全くない場合には動機づけがない状態、つまり無気力状態であるといえる。この場合、仕事を得るために必要な行動は基本的にまず起こらない。したがって、何かしらの成果を期待することは難しい。つぎに、外的調整の段階がある。この場合、嫌々ながらも行動が生起しているため、全くの無気力状態ではない。しかし、このように外部からの強制力によって行動が生起している場合、自己決定性は非常に低いと考えられる。では、「就職できないと恥ずかしいからしている」という場合はどうだろう。この場合は、少し自分を起点にしていることがわかる。就職することの価値を多少なりとも感じているため、行動を起こそうとしているようである。たとえば、社会的引きこもり状態にあった若者がこの段階まで至ったとすると、それは非常に好ましいことであるといえるだろう。しかし、まだ「~しなければ・・・」という義務感が伴っている状態であり、外的価値を自分に取り入れようとしている段階であると考えられる。これを SDT では取り入れ的調整と呼んでいる。まだ周囲の丁寧なサポートが必要な段階であり、これもやはり自己決定性が低いものに分類される。これらは自分以外の何かからコントロールされて行動を開始しているとみなせるため、統制的動機づけと分類される。一方、「自立した生活を送ることは自分にとって大事だから」という理由で就職活動をしている場合もあるだろう。この場合は、「就職は自分にとって大事なことだ」と自分にとって就職が価値のあるものだという認識が伴うため、より積極的に行動でき、また成果も期待できる。この段階を同一化的調整と呼ぶ。さらに、「自分の能力を高めたいから」や「働くことで自分も幸せを感じるから」という理由で就職活動をする場合には、そうすることが自分自身の価値観としてより深く根づいているとみなすことができる(これを統合という)。これは統合的調整と呼ばれている。なお、統合的調整よりもさらに自己決定性が高い段階として内的調整がある。
(3)動機の自己決定性と心身の健康動機の自己決定性
良質なエネルギーであるかどうかを左右するだけではなく、活動中の気分や健康度にまで影響を与える。外的調整や取入れ的調整ばかりをエネルギーとして活動している場合、小さな失敗でも傷つきやすく、心身の不調につながりやすい。就職活動は、ときに長期にわたり動機づけを維持する必要があるため、心身の健康度を適度に保つためには自律的動機づけを持てるように支援することが重要となる。

出典:資料シリーズNo.165『職業相談場面におけるキャリア理論及びカウンセリング理論の活用・普及に関する文献調査』|労働政策研究・研修機構(JILPT)

面談において、動機づけがより自己決定的で自律的なものなることを動機の内在化といいます。そのポイントは、関係性の欲求充足(相手から十分に受容・理解され、大切にされ、認めてもらえているという実感)、自律性の欲求充足(自らの行動を自分の裁量によって決められており、そうす ることを支持してもらえているという実感)、有能性の欲求充足(いろいろなことに対して自分は十分にできるという実感)の3点にあります。たとえば、取り入れ的調整の段階から同一化的調整の段階に進むためには、自分の外側にある価値を「たしかにそれは大切なことで、自分にとって必要なことだ」と納得感を持って受け入れ実感する必要があります。その際、自分を拒否しているように感じられる相手からですと、どんなに説得されたとしても納得感は生まれないでしょう。つまり、被面談者の関係性の欲求が満たされていることが受け入れすることの鍵になります。どんなにそれが必要なことだと頭で理解していたとしても、誰かに「やらされている」と感じるような状況では実感することは難しいことです。この点で自律性の欲求充足は重要であり、実際に課題を達成する力が備わっていない場合、あるいは能力はあっても自信がない場合内在化は起こりません。実際に課題のハードル設定が高すぎるか、あるいは失敗を恐れるあまり支援を受ける側がその課題を「高い」と不安に感じてしまっている状況では、内在化は難しくなります。「少しがんばればできそうだ」という適度な課題に対して、周囲の理解や支え、さらに支援を受ける側本人の主体性を尊重するという土台がある状況のなかで、動機の内在化が起こります。「いま頑張ろうとしていて、実際にこうして相談にいらしていることはとても大事なことだと思います」など、行動を起こしている事実に積極的に注目することがまず重要となり、相手に一定の裁量権が与えられるように関わることが重要です。面談者は、被面談者が今後立ち向かう課題に対して、いくつかの選択肢から自分で課題を選ぶことのできる機会が与えられるように支援するということが大切です。大学の就職課で「採用票から興味関心のあるものを探してくる」ことを要求する場面では、「次回までに採用票を何社分くらい見つけましょうか?」と質問することがよいでしょう。「最低3社の採用票を探すくらいにしますか?それとも5社くらいできそうですか?」と提案型もよいと思います。この場合、「採用票を探す /探さないという水準」においては相手に選択権がない場合(面談者側が統制している)よりは、「どれくらい 見つけてくるか」という被面談者自身が選択の余地を持つほうが動機の内在化は起こりやすいのです。このように、面談を含む支援においては、相手に選択権を持たせるようにすることで、自律的動機づけを生まれやすくすることができます。

(つづく)Y.H