ISO審査員が知っていると有益な情報をお伝えします。昨今の「人的資本開示の義務化」の動きの中で注目を浴びているキャリアコンサルタントの方も知っておくと良いと思います。
日本の国際競争力は2024年9月のIMDのランキングで38位とこれまでの最低となりました。ランキングの要素となる4項目20指標についてはいろいろ意見のあるところですが、ここ30年、1位から毎年順位が下がってきている現実は無視できません。こうした情勢の中で日本でも年功序列制度からの脱皮を図る組織がいくつもあらわれてきています。

「キャリアは会社から与えられるもの」から「一 人ひとりが自らのキャリアを選択する」時代となってきたのです。職務(ジョブ)ごとに要求されるスキルを明らかにすることで、従業員が自分の意思でリスキリンを行え、職務を選択できる制度に移行していくことが重要になっています。そうすることにより、内部労働市場と外部労働市場をシームレスにつなげ、社外からの経験者採用にも門戸を開き、従業員が自らの選択によって、社内・社外共に労働移動できるようにしていくことが、日本企業と日本経済の更なる成長のためにも急務になっています。

日本企業の競争力維持のため、ジョブ型人事の導入を進める方向がはっきりしてきました。従来の我が国の雇用制度は、新卒一括採用中心、異動は会社主導、企業から与えられた仕事を頑張るのが従業員であり、将来に向けたリスキリングがいきるかどうかは人事異動次第。従業員の意思による自律的なキャリア形成が行われにくいシステムでした。個々の職務に応じて必要となるスキルを設定し、スキルギャップの克服に向けて、従業員が上司と相談をしつつ、自ら職務やリスキリングの内容を選択していくジョブ型人事に移行する方向に動き出したのです。

従来の制度では、
ⅰ)最先端の知見を有する人材など専門性を有する人材が採用しにくい、
ⅱ)若手を適材適所の観点から抜てきしにくい、
ⅲ)日本以外の国ではジョブ型人事が一般的となっているため社内に人材をリテインすることが困難、
との危機感が日本企業から提示されていました。
他方で日本企業といっても、個々の企業の経営戦略や歴史など実態が千差万別であることに鑑み、自社のスタイルに合った導入方法を各社が検討できることが大切です。
内閣官房の研究会では「JOB型人事」を先行する企業の実践を紹介する形で指針として発表しています。

今回は富士通の例を紹介します。

富士通は、2019 年に新たな経営方針として「IT 企業から DX 企業への変革」を掲げ、全社的な経営改革を開始。ジョブ型人事の導入も、全社的な経営改革の一環として実施されている。
(最初の危機感) 〇2015 年頃から、25~35 歳の社員の外資系企業への転職が増加する一方で、そうした企業からの経験者採用は進まず、育成した人材の流出が大きな経営課題となっていた。報酬水準だけでなく、昇進スピードでも、外資系企業に見劣りしていた。この危機感は、人事部だけでなく、各部署のマネージャーレベルまで浸透していた。
〇社員のエンゲージメントを高め、社外人材にとっても魅力的な会社となるには、人 事制度の刷新も含めて人材マネジメントの在り方の全体的な見直しが必要と判断。経営トップの強いコミットメントの下、「今の社内の状況を踏まえて少しずつ変えていく」という方法ではなく、最初から「外部労働市場で競争できる人事制度」への変革を断行した。
(ジョブの定義は、事業戦略に基づいた組織デザインから)
〇従来の日本型人材マネジメントは、まず現有人材から始まる。現有人材に基づく組 織設計が行われるから、現有人材に基づく組織のパフォーマンスしか発揮できず、経営戦略・ビジョンとのギャップを生み出す結果となっていた。
〇富士通は、順序を逆にして、まず、市場、顧客、競合を踏まえた経営戦略やビジョ ンを先に設定し、これらを実現するための組織設計を行う。組織設計と現有人材とのギャップを明らかにすることで、人材のニーズを導き出す方針へと転換した。
〇社内での人材の流動化や、外部からの採用強化・流動化の高まりに伴って、リスキ リングの強化をしっかりと行えば、日本でもこうしたギャップの解消はできるはずだとの信念で人事制度改革を進めてきた。
(人材の流動性が鍵) 〇富士通が自らの改革により得た大きな気付きの一つは、人材の流動性が鍵であるということ。人材の流動性を高めることで、組織が社内外の人材に選ばれ続ける必要があるという危機感が醸成され、魅力ある職場づくりや情報発信、エンゲージメ ント向上のための取組が進む。組織を超えた多様な人材の活躍の場を広げ、登用することは、その組織の成長にもつながる。
(退職率は変わらない)
〇ジョブ型人事の導入に伴い、経験者採用やポスティング(社内公募制度)利用者の 大幅な増加、オンライン動画プログラムでのリスキリング受講者が3 倍となるなどの変化が生じている。
〇自律的なキャリア形成を促進する施策を実施すると、組織に遠心力が働いて退職者が増えるのではないかという懸念もあったが、実際には退職率は変わってい い。むしろ、転職を考えていた社員が、社内でも色々な挑戦ができることを知り、社内での別の職務への挑戦を選ぶといったことも生じている。

出典 https://www.cas.go.jp/ 内閣官房 JOB型人事指針

(つづく)平林良人