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平林良人「2000年版対応 ISO 9000品質マニュアルの作り方」アーカイブ 第1回
◆このシリーズでは平林良人の今までの著作(共著を含む)のアーカイブをお届けします。今回は「2000年版対応ISO9000品質マニュアルの作り方」です。
第1章 品質マニュアルを含む文章
ISO 9001:2000規格は,「品質システム一品質保証モデル」から「品質マネジメントシステム―要求事項」へとその名称を変え,組織の品質に関する経営全般を扱うことになった。それにともなって,ISO 9001:2000規格は次の基本的特徴を持っている。
- ① すべての種類の産業が使用できるようになっている。
- ② すべての規模の組織が使用できるようになっている。
- ③ 8つの品質マネジメントの原則を基本にしている。
- ④ 製品の品質保証に加えて,継続的改善と顧客満足度の向上を目指している。
- ⑤ トップの役割を強化している。
- ⑥ プロセスを重視している。
- ⑦ 文書化の要求を軽減している。
- ⑧ ISO 14001規格との両立性を考慮している。
以上のような背景において,文書に対する規格の要求も変化してきている。
第1章では,2000年版規格の要求している品質マニュアルと1994年版規格に基づく品質マニュアルとを比較して,品質マニュアルを含む文書について,その本来的な目的と考え方について述べる。
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1.1 品質マニュアルへの要求事項
ISO 9001:2000規格における品質マニュアルの要求は4.2.2項に記述されている。
4.2.2 品質マニュアル
組織は,次の事項を含む品質マニュアルを作成し,維持すること。
- a) 品質マネジメントシステムの適用範囲.除外がある場合には,その詳細と正当とする理由(1.2参照)
- b) 品質マネジメントシステムについて確立された“文書化された手順”又はそれらを参照できる情報。
- c) 品質マネジメントシステムのプロセス間の相互関係に関する記述。
ISO 9001:1994規格における要求と比較すると,表1.1のようになる。
表1.1 ISO 9001:2000規格とISO 9001:1994規格における品質マニュアルの要求
【ISO 9001:1994規格における要求】
- ① この規格(ISO9001規格)の要求事項をカバーすること。
- ② 品質システムの手順を含めるか,又はその手順を引用し,品質システムで使用する文書の体系の概要を記述すること。
【ISO 9001:2000規格における要求】
- ① 品質マネジメントシステムの適用範囲.除外がある場合には,その詳細と正当とする理由。
- ② 品質マネジメントシステムについて確立された“文書化された手順”又はそれらを参照できる情報。
- ③ 品質マネジメントシステムのプロセス間の相互関係に関する記述。
ここで注目しなければならないことは,2000年版規格においては,1994年版規格にあった「ISO 9000シリーズ規格の要求事項をカバーする」という要求がなくなっていることである。加えて,「品質システムの手順を含めるか,又はその手順を引用する」という要求もなくなっている。代わりに「“文書化された手順”又はそれらを参照できる情報」と「品質マネジメントシステムのプロセス間の相互関係に関する記述」という要求が入っている(①「品質マネジメントシステムの適用範囲.除外がある場合には,その詳細と正当とする理由」も追加されているが,別扱い)
2000年版規格がいう「“文書化された手順”又はそれらを参照できる情報」というのは,規格が4~8項の条文中に定めた6つの手順書と,それに組織が加えたいと考える手順書のことを意味している(ISO 9001:2000規格4.2.1項参照)。
従来,ISO 9001:1994規格の中にある138個のshallの付いた要求事項は,すべて品質マニュアルの中にカバー,すなわち記述されなければならなかった。そのうえ,「4.1経営者の責任」から「4.20統計的手法」までについて,「品質システムの手順を含めるか,又はその手順を引用」しなければならなかった。文書化をシンプルにして,できるだけ軽く実用的なマニュアルを作成したいと思っても,上記要求事項には最低限従わなければならなかった。
ISO 9000の特徴は,①トップダウン,②文書化,③継続性であるといわれ,文書化はISO 9000の構築においては避けて通れないポイントであった。1994年版規格においては,「ISO 9000とは文書を作ることか」と揶揄されるくらいに第三者審査における文書審査の比重は重く,文書化が強調されすぎていた。
ISO 9000:2000規格の3.7.4項には,品質マニュアルの定義として「組織の品質マネジメントシステムを規定する文書」とある。ISO 9001:2000規格のタイトルは『品質マネジメントシステム―要求事項』であるから,品質マニュアルにはISO 9001:2000規格の要求事項を何らか規定しておくことが必要である。ここでいう要求事項とは,規格の中でshallという助動詞をともなって表現されている箇所をいう。
しかし,ここでshall要求事項すべてを記述しないと,品質マネジメントシステムを規定したことにならないのかどうか疑問が生じる。筆者はshall要求事項一つひとつを記述することなく,品質マネジメントシステムを規定することはできると考えている。ISO 9001:2000規格の中には全部で136個のshallがあるが(テクノファ調べ),136個のshallの中で「核となるもの」について規定していくことでよいのではないかと考えている。何を「核となるもの」とするかは,いろいろな考え方のあるところであろう。本書では,第3章「品質マニュアル記述のポイント」でこのことについて述べているので,参考にしていただきたい。
2000年版規格では品質マネジメントシステムを規定してさえあればよく,品質マニュアルヘの記述要求は弾力的なものとなった。組織の考え方によっては,規格のshall要求事項すべてに触れなくとも,最小限で済ますことができるようになった。品質マニュアルの中に記述する対象を最低限のものにしたいと考える組織は,コンパクトな品質マニュアルを作成することができる。当然のことではあるが,従来通り,規格のshall要求事項すべてに触れ,自社のシステム構築の全容を記述することは一向に構わない。
ここで注意すべき点は,「組織は,次の事項を含む品質マニュアルを……」といっている点である。すなわち,次の事項の品質マニュアル,とはいっていない(以上の下線は筆者の注)。規格の読者によっては,品質マニュアルはa)~c)のみが記述されていればよい,と理解する向きもあるかもしれないが,それは短絡的な解釈である。もちろん,理論的にはa)~c)に限りなく近いことのみが記述された品質マニュアルも存在し得る。しかしその場合においても品質マネジメントシステムは規定されていなければならない。
たとえば,10人位の小規模製造業の組織では,品質マニュアルの記述を極端に少なくしようとして,品質マネジメントシステムの記述を十数ページの品質マニュアルで済ませるかもしれない。10人位の規模の製造業務では,多くを文書にせずとも,現場指導,現場監視により全員に手順を守らせ,慣行として十分徹底することが可能だからである。品質マネジメントを規定するのは,文書以外の方法でもできるからである。
しかし,同じ10人位の小規模組織でも,たとえば金融業などのサービス業であったならば,かなりの量を品質マニュアルまたは他の文書に記述しなければ業務手順の徹底はできないかもしれない。また,同じ製造業でも200~300人規模の組織においては同様のことがいえるであろう。もっとも,品質マニュアルをページ数で議論することはナンセンスであろう。
1次文書と2次文書をいかに分けるかの編集の仕方によってページ数は大きく変わってくるからである。
組織は,自分の意志で品質マネジメントシステムのどのような要素を,どのくらいの詳しさで記述するのかを決めなければならない。しかし,誤解してはならないことは,組織はその品質マネジメントシステムを,規格の4.1項から8.5.3項までのすべての要求事項に適合させなければならないということである。決してどこかの要求事項を除いてよいというわけではない(除外事項は除く)。このこと(すべての要求事項に適合するということ)については,2000年版規格は1994年版規格と異なることはない。異なる点は,適合させる要求内容を品質マニュアルにどのように記述しなければならないか,という点についてである。
1.2 マニュアルとは
ISO 9000に関係した最初の頃,「品質マニュアル」と聞いて奇異に思った人も多いのではないだろうか。筆者も1989年頃英国に駐在していた当時,「品質マニュアル」と聞いてどんな文書なのか想像できなかったことを覚えている。当時の英国人の審査員から“policy statement regarding to the requirements”と教えてもらった。つまり,「規格の要求していることに対して,組織がどのように行うのかの基本的な考え方を記したもの」という意味であった。
基本的なこととは「誰が,何を」で,「どのように」は下位の文書にゆずってもよいし,品質マニュアルの中に記述してもよい,と教えられた。要は,組織の全員が規格の要求事項に対して具体的な進め方を理解できるものでなければ意味がない。規格の要求事項を丸写しにした品質マニュアルでは全く用をなさないのである。
マニュアルとは元々「手で」という意味であって,手作業に関係するものに対して用いられてきた。手順書,要領書,指示書などが代表的な使用例で,文書化された説明書である。われわれにもっとも身近なものとしてコンピュータの「マニュアル」がある。このマニュアルには,コンピュータを操作する場合の順序,方法が記載されており,操作がわからなかったりトラブルが生じたりした場合には,マニュアルを読めば誰でも操作できるように作成されている。
しかし現実には,マニュアルを読んでも直ちに知りたいことがわかるようになるとは限らない。最近は大分改善されてきたが,コンピュータのマニュアルは関係者の多大な努力にもかかわらず,分厚くて説明がわかりづらいとの批判が多かった。現在もこの点は,なかなか改善されてはいない。理由は,記述内容の中に操作の「順序」と「方法」が混在しているからである。順序と方法は“ニワトリと卵”のような関係で,どちらが先で後かが明確でない場合が多い。マニュアルの記述においては,この「順序」と「方法」をどのように決めていくのかを分析しなければならない。マニュアルの書き方,表現の仕方はこのように分析,工夫を要するものである。
しかし,マニュアルが存在することによって,それがたとえわかりづらいものであっても,多くの人がコンピュータを同じ操作で使用できるようになることに多大な貢献をしてきた。マニュアルはコンピュータの使用順序と使用方法の2つを伝えると同時に,コンピュータの使い方を「標準化」する役目を負っている。マニュアルを使用する目的の1つは,このような標準化にあるといってよい。
マニュアルは,標準化のツールとして順序と方法を規定する以外に,ノウハウ保存用のツールとしても用いられている。これをマニュアルと呼ぶかどうかは組織にもよる。