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平林良人「2000年版対応 ISO 9000品質マニュアルの作り方」アーカイブ 第6回
◆このシリーズでは平林良人の今までの著作(共著を含む)のアーカイブをお届けします。今回は「2000年版対応ISO9000品質マニュアルの作り方」です。
2.4 あまり使われない品質マニュアル
筆者は,第三者審査登録におけるマニュアル審査が本来の形からずれてきていると感じている。すなわち,現実は組織の品質マネジメントシステム(以下,QMSと略称を使う場合もある)構築のために品質マニュアルが存在するのではなく,第三者審査登録のために品質マニュアルが存在するケースが多く見受けられるようになってきた。確かに1冊の概要書としてまとめられた品質マニュアルには,次のようないくつかのメリットはある。
- ① 組織の品質マネジメントシステムを人に説明しやすい(顧客,取引先,地域社会,行政,従業員,新人など)。
- ② 第三者審査登録を推進しやすい。
しかし,外部に説明することに重点を置くあまり,記述が表面的になってしまい,形式的すぎる傾向が強くなってきている。品質マニュアルに記述されている事が,実際には実行されていないケースが多く見受けられるようになってきた。品質マニュアルに記述することは,あくまでもQMS確立,維持のための手段であるはずだが,いつのまにか記述することが目的になってしまっている。
もちろん,ISO 9000シリーズ規格だけに原因を求めるのはよくない。本質的には組織の推進方法に原因があったといわざるを得ない。文書化をより研究して,従来以上に組織のQMSに有効なものにすべきである。
あまり使われない品質マニュアルとその主な対処策を,表2.3にまとめる。
表2.3 あまり使われない品質マニュアルとその主な対処策
- ① 現実のQMSが整備されていないのに,あるべき理想の姿を文書にしている
- [対処策]
- 次のことを勘案して品質マニュアルヘの記述の仕方を工夫する。
- その業務を実施する対象人員数:
対象人員数が多いほど一般的に品質マニュアル(手順書)化する必要が増加する。 - その業務を実施する機会:
機会が少ないほど一般的に品質マニュアル(手順書)化する必要が増加する。たとえば,1年に1回の業務のほうが1カ月に1回の業務より品質マニュアル化する必要がある。 - 業務の煩雑さ:
業務の煩雑さが高いほど一般的に品質マニュアル(手順書)化する必要が増加する。 - 手順が守られなかった時のダメージの大きさ:
ダメージが大きいほど一般的に品質マニュアル(手順書)化する必要が増加する。 - いずれにしても,品質マニュアル(手順書)がなければQMS構築に問題が出そうなプロセスを特定することが必要である。
- ② 品質マニュアルを作成した人が実態をよく知らないスタッフだったので,社内の人には100%受け入れがたい
- [対処策]
- 品質マニュアルを作成する際には,実際に行われている手順をできるだけ尊重する。ラインから離れているスタッフが現場にそぐわないマニュアルを作成することが時々あるが,それは避けなければならない。しかし,ラインが自分勝手にやりやすい手順を決めている場合もあるので注意を要する。
- ③ コンサルタントのアドバイスに従って作成したが,組織にとって不要な記述がある
- [対処策]
- 品質マニュアルの中に,何をどのように記述すべきかは極めて重要である。QMSを構築するうえでキーとなるポイントは何かを決めなければならない。このキーとなるポイントを決めること,すなわちクリティカルポイントの特定が品質マニュアル作成の最も重要かつ必須のこととなる。この特定をいかに的確にするかで品質マニュアルの質が決まる。
- ④ 書かれた通りに実施しようとしても,理解しづらい記述になっている
- [対処策]
- 品質マニュアルに具体的な記述をする。組織内で実際に行われている業務について記述し,読み手が具体的に自身の業務を思い浮かべられるように記述する。
- 1)どのようにその業務を行うのか具体的に書く。
- 2)実際の手順が理解できるように,5W(1H)が含まれた記述にする。
- ・What:何を行うのか。 ・Who:誰が行うのか。
- ・When:いつ行うのか。 ・Why:どうして行うのか。
- ・Where:どこで行うのか。 ・How:どのように行うのか。
- ⑤ 用語,言い回しがむずかしく,使用する実務レベルに理解されない
- [対処策]
- 品質マニュアルは,組織の業務について作成するので用語を特定しやすい。しかし,日本語には本来ない英語を直訳したカタカナ用語については,定義をはっきりさせなければ読み手の理解を得ることができない。
- たとえば,次のような用語である。
- ・プロセス/マネジメント(システム)/システム/アウトソース/コミットメント/マネジメントレビュー/レビュー/インフラストラクチャー/リリース/トレーサビリティ
- ⑥ その他あまり使われない品質マニュアル
- 永年のQMSがあるのに,それを無視して品質マニュアルが作られている。
- 多くの人が品質マニュアル作成に参加したため,記述の詳細度にばらつきがある。
- 業務をこなすのに追われ,QMSに決められた通りに業務できない。
- 品質マニュアル制定指示が不徹底なので,QMSにどのような決め事が存在するのかが明確になっていない。
- 理想的に作ったので,品質マニュアルが膨大になり,すべてを読みこなせない。
- QMS導入により業務ルールが増え,社員が余計な仕事が増えたと思っている。
- 何のためのISO 9000なのかについて経営層の説得が十分でなく,部下はISO 9000導入に納得していない。
- 下請負者の協力を得る体制が不十分なので,QMSの定着が低い。
- 品質推進部門は「かけ声」ばかりで実態を把握していない。
- 忙しくて品質マニュアルを最新化する余裕がない。
2.5 規格要求事項から品質マニュアルへの展開
よい品質マニュアルを作成するには,ISO 9001:2000規格が何を要求しているのかを正しく知る必要がある。そのためには,以下の順序で規格の理解をしていくとよい。
- (1)ISO 9001:2000規格の中にはshall(~しなければならない)という組織への要求事項 が136項目出てくる。この要求事項一つひとつ(136項目)がそれぞれ何を意味しているかよく吟味することが大切である。要求事項一つひとつを吟味すると,要求する背景がわかり,組織の実施しなければならない対象もよくみえてくるからである。
- 特に「……することを確実にすること」という要求に対しては,どのようにして「確実にする」かの方法が記述されていることがポイントである。
- (2)次に,規格の要求事項に従って活動した結果,自分たちの組織はどのようなアウトプット(成果物)を出すことがよいのかを考える。そしてそのアウトプットを出すには,具体的に組織の中で,何を,どんな部署において,どのように実施するのがよいかを考えることである。
- 一つひとつの要求事項はそれぞれに固有の具体的アウトプットを期待している。しかし,一つひとつの要求事項は必ずしもすべてが独立しているわけではない。いくつかの要求事項はお互いにオーバーラップし相互作用している。しかも,その期待されるアウトプットを達成する方法は組織ごとに違う。組織にはその組織独自の事情があり,個々に最適な達成方法を構築,維持していくことを考えていかなければならない。
- (3)次に,規格の要求事項一つひとつ(136項目)を,文書化の観点から次のa)~c)の3種類に分けて考えてみる。
- a)手順書,文書を要求している条項
- 手順を要求している条項は次の通りである。品質マニュアルに手順そのものを記述するか,下位文書を引用する形にするか決める。
- 4.2.3 文書管理
- 4.2.4 記録の管理
- 8.2.2 内部監査
- 8.3 不適合製品の管理
- 8.5.2 是正処置
- 8.5.3 予防処置
- その他組織の必要とするもの。
- また,QMS構築のプロセスにおいて,文書を要求している条項は次の通りである。要求事項を実施した結果を文書化するためのフォーマットなどを決め,品質マニュアルに「誰が,いつ,どのような文書を作成するのか」を簡潔に記述する。
- 4.2.2 品質マニュアル
- 5.3 品質方針
- 5.4.1 品質目標
- その他組織の必要とするもの
- b)確実にすることを要求している条項
- 「トップマネジメントは……することを確実にする」ことが要求されているが,このISO原文は“Top management shall ensure that……”である。ensureという単語は「確実にする」と訳されているが,語源的にはassure「……することを保証する」に近い(ちなみに,ISO 9000:2000規格に定義されている以外の言葉は,今回 TC 176ではOxford Dictionary によることになった)。トップとしてthat以下を保証するために何を実施するのかが問われていると読める。
- 規格は文書を要求していないが,要求事項,すなわち「トップが……を確実にすること」の具体策を記述することがよい。「……すること;that以下」もポイントではあるが,「確実にする:shall ensure」がより重要なポイントである。
- 品質マニュアルで何を行うのかを記述することが期待されている条項は,表2.4の
- 表2.4 ISO 9001:2000規格で確実にすること要求している事項
- 4.1 一般要求事項(2箇所)
- 5.2 顧客重視
- 5.3 品質方針
- 5.4.1 品質目標
- 5.4.2 品質マネジメントシステムの計画
- 5.5.1 責任及び権限
- 5.5.3 内部コミュニケーション
- 6.2.2 力量,認識及び教育・訓練
- 7.2.2 製品に関連する要求事項のレビュー(2箇所)
- 7.4.1 購買プロセス
- 7.4.2 購買情報
- 8.2.2 内部監査(2箇所)
- 8.3 不適合製品の管理
- 16箇所である。
- くどいようであるが,品質マニュアルに単に「……することを確実にする」と記述するのではなく,何を実行して確実にするのかを記述することが重要である。
- c)特に文書を要求していない条項
- a),b)以外の条項は,規格としては文書を要求していない。しかし,組織が要求事項に従ったQMSを構築しようとすれば,文書が必要となる条項がいくつかある。その条項がいくつあるのか,どれが文書を必要とする条項かは組織が決めればよい。
- あったほうがよい文書の例として,次のものを掲げる
- [例]
- プロセスマップ
- 組織図
- 内部コミュニケーションの文書
- 製造スケジュール表
- サプライヤーリスト
- 品質計画書
- 品質マニュアルには要求事項をどのように実施するのか,文書を要求していない条項であっても,できるだけ記述するのがよい。この場合,上に述べたように,単に規格要求事項と全く同じ言葉をそのまま使用した品質マニュアルではあまり有用ではない。