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日本の貿易収支の黒字幅が依然として高い水準にある昨今,日本と欧米,あるいは東南アジア諸国とのあいだの経済関係はますます厳しさを増すことが予想される。日本には資源がなく,日本が貿易立国の政策をとりつづけるかぎりは,一国だけに利益を集中することなく,利益確保はほどほどにしても世界の国々とうまくやっていくことを考慮せざるをえない。
筆者は,ECを中心として発展してきたISO 9000シリーズ規格もまた,世界の国々とうまくやっていくための1つの要素であろうと考えている。ただし,本書でも論じているように,せっかく導入するならば“日本のなかでより改善し,発展したものにすべきである”と考えている。このISO 9000シリーズ規格の審査登録(認証)を得たからといって,必ずしもその企業が生産する製品品質が良くなるとはいえないからである。ISO 9000シリーズ規格の審査登録を得ずとも,製品品質が良好である例は枚挙にいとまがない。従前の日本企業はすべてその良い例といってよい。
したがって,いまだにこのシステムの導入に懐疑的な業界,企業もあるであろうが,世界の潮流のなかでは購入者側からの要求事項を盛り込んだ品質システムの確立が求められているのである。従来,品質システムに関する規格のなかったJISに1991年,JIS Z 9900シリーズとしてISO 9000シリーズ規格の日本版が制定されたのも,こうした環境下でのことであったと思われる。日本が好むと好まざるとにかかわらず,世界のなかで生きていくかぎりは,こうした潮流にさからうことは得策ではない。上手にその流れに乗っていくことが大切であろう。では,このISO 9000シリーズ規格をどのように日本の産業界に定着させていけばよいのだろうか。筆者の考え方を簡単にまとめておきたい。
日本では従来から,いわゆるTQC活動による品質向上活動が活発に行われてきた。それだけに産業界には“今さら新しい仕組みを導入する必要があるのか?””コストアップにならないか?”との思いが強いようだ。このデメリットをメリットに変換する施策が必要であろう。 これから必要になると筆者が考えている施策は次の4点である。
1) ISO 9000シリーズ規格の世界における位置付け,意義についての啓蒙活動。
2)認定機関による審査登録機関の認定と審査業務のレベルアップ。
3)審査員のレベルアップ。
4)各国との相互認証(審査登録)の推進。
各企業とも,ISO 9000シリーズ規格による品質システムの確立が何らかの付加価値をもたらしてくれるのであれば,積極的にこのシステムの定着に力を注ぐであろう。本書がそのための一助になることを祈ってやまない。
さて,ISO 9000の審査登録を受けるためにしなくてはならない事柄を順序を追って考えると,次のようになる。
① ISO 9000シリーズ規格の概要を知る。
② 審査登録を得る目的を明確にし,社内の意思統一をする。
③ 目的がはっきりしたら,それにそってスケジュール(案)を決める。
④ 審査登録機関またはコンサルタントとコンタクトする。
⑤ 品質マニュアルを作る。
⑥ 審査登録機関を決定する。
⑦ 予備審査(品質マニュアルの審査)を受ける。
⑧ 品質マニュアルにそって社内の体制を整備する。
⑨ 内部監査を実施し,品質マニュアルと実際の状態の相違を把握し,アクションプランを作る。
⑩ アクションプランを実行する。
⑪ アクション後,品質マニュアルを再チェックする。
⑫ 本審査を受審する。
⑬ フォローする。
⑭ 6カ月後の監視訪問まで,品質システムの実施~品質マニュアルの修正を繰り返す。
この一連の活動のなかでキーポイントになるのが品質マニュアルの編集である。ISO 9000シリーズ規格のそれぞれの規定は,それがさまざまな産業,たとえば林・鉱業からサービス業までをも網羅するが故に,ひどく一般的,総論的であり,個別の企業が採用するためには,より具体的な解釈を必要とする。品質マニュアルの編集とは,この具体的な解釈にそって,それぞれの企業の実態に合った独自のガイドラインを作ることである。ここで独自という意味は,品質マニュアルの内容がその企業の品質システムに合致していることであり,従来から培ってきた社内の独自のシステムを取り入れることである。品質システムは企業それぞれによって個別のものであり,決して標準的な品質システムがあるわけではない。品質マニュアルも企業それぞれに固有のものとなっていなくてはならないのである。
しかし独自のガイドラインといえども,その全体はISO 9000シリーズの規定によってガイドされている。品質マニュアルに盛り込まなければならない最低限の事項は自ずから決まっているのである。
本書では,この最低限盛り込まなければならない事項をISO 9000シリーズ規格の規定の解釈のもとに説明するとともに,あえて「品質マニュアルの標準的なサンプル」を示してみた。もちろん,このサンプルはあくまで標準的なものであって,歴史,文化,風土,伝統の異なる各企業においては,社内に最も有効なマニュアルを独自に編集していかなければならない。その独自な品質マニュアルの編集に,少しでもこの標準的なサンプルが役立てばというのが筆者の願いである。
ISO 9000シリーズ規格の解釈には種々の意見もあると思われる。ぜひ読者各位の御意見をお寄せいただければ幸いである。
なお,本文中に使用しているISO 9000規格の日本語訳は,JIS Z 9900シリーズによることとし,財団法人日本規格協会発行による次の文献から引用させていただいた。厚く御礼申し上げます。
『 JIS Z 9900品質管理及び品質保証の規格‐選択及び使用の指針』,1991。
『 JIS Z 9901品質システム‐設計・開発,製造,据付け及び付帯サービスにおける品質保証モデル』,1991。
『 JIS Z 9902品質システム‐製造及び据付けにおける品質保証モデル』,1991。
『 JIS Z 9903品質システム‐最終検査及び試験における品質保証モデル』,1991。
『 JIS Z 9904品質管理及び品質システム要素‐指針』,1991。
最後になったが,本書完成にあたり過分のお言葉をいただきました通産省資源エネルギー庁岡村繁寛室長に厚く御礼申し上げます。また本書の執筆をお薦めいただき,終始ご激励いただいたセイコーエプソン株式会社安川英昭社長,財団法人日本電気用品試験所田中好雄理事長, 同筒井展介常務理事,同斎藤晴通理事,日本電気計器検定所山崎修快企画室長にも厚く御礼申し上げます。
本書の出版にあたっては財団法人日本科学技術連盟野口順路専務理事,同第1事業部館山保彦課長,株式会社日科技連出版社新井勝治取締役社長室長,同出版部仁尾一義次長に一方ならぬご尽力をいただきました。記して謝意を表します。
1993年 夏
諏訪市小和田にて
平 林 良 人