平林良人「品質マニュアルの作り方1994年対応版」アーカイブ 第3回

このシリーズでは平林良人の今までの著作(共著を含む)のアーカイブをお届けします。今回は「品質マニュアルの作り方1994年対応版」全200ページです。
先に1987年版対応の「品質マニュアルの作り方」をお届けしましたが、今回はISO規格の改訂に伴い、全面的に1994年版規格に合わせた内容に更新したアーカイブです。

1.5 品質マニュアルが具備すべき要件

品質マニュアルの具備すべき要件にはどんなものがあるのだろうか。以下,6項目に分けて簡単に説明する。

1.5.1 完全性,網羅的
品質マニュアルは,その企業の品質システムが準拠する規格(ISO9000シリーズ)の要求にそったものでなければならない。つまりISO 9000シリーズ規格の各条項のすべての要求事項を満足させる必要がある。言い換えれば,品質マニュアルには,これら該当規格のすべての条項のすべての要求事項を盛り込む必要があるということである。
ここで特に注意したいことは,各条項を網羅するときに,4.1.1とか4.1.2.1などの小条項の内容にまで十分な検討を加え,品質マニュアルに盛り込むということである。むしろ,この小条項のなかにこそ具体的な要求事項が数多く含まれている。
またISO 9000シリーズ規格の特徴として,Where appropriateとかAs appropriateとか,Where specified in the contractとかの,いわゆる仮定した状況下での要求事項がある。ちなみに,ISO 9001の4.1項~4.20項のなかでの出現頻度を数えてみると次のようになる。

Where appropriate 適切な場所になど 3ヵ所
As appropriate 適宜(必要に応じて)など 4ヵ所
When applicable 該当する場所 2ヵ所
Where specified in the contract 契約に規定されている場所など 7ヵ所

文中に出てくるappropriate(適切な)という語は上記以外に10カ所以上に及ぶ。これらの“適切な場合”とか“必要に応じで”とか“該当する場合”とかの表現のある場所では,特にその意味するところを具体的に検討し,品質マニュアルから落とさないように,その完全性を確保することが大切である。
さらに品質マニュアルは,ISO 9000シリーズ規格の全条項を“該当する場合”には網羅しなくてはならないし,同時に社内の既存システムも網羅していなくてはならない。特に日本においては,各企業でTQC活動に力をいれてきただけに,すでにいろいろな仕組みができている。それらの仕組みはできるだけそのまま取り入れる必要がある。品質マニュアルはISO 9000シリーズ規格にそって編集するが,そのなかに従来からのTQC活動の仕組みも入っているように編集すべきである。
では,TQC活動とISO9000シリーズ規格をどのように関係づけていったらよいのであろうか。筆者は,この関係づけをいかに上手にやるかに,世界の標準規格であるISO9000を,日本の従来の品質向上活動と融和させ,より完成度の高い規格にしていくためのキーポイントがあると考えている。たとえば,条項4.14“是正処置及び予防処置”や4.20“統計的手法”のなかに日本的TQCの特徴である“改善提案活動”や“QCサークル活動”などを取り入れていくのもうまいやり方であろう。
したがって品質マニュアルの作成にあたっては,従来から展開されてきた既存の品質システムを上手に取り入れていくことが,より効果的にISO9000を活用していくことにつながっていくのである。
ISO 9000シリーズ規格の審査登録において,このTQCとの融合がその審査結果に影響を与えることはないが,ISO 9000シリーズ規格の運用を形骸化させないためにも,筆者は,TQCシステムと融合された品質マニュアルの編集をお勧めしたい。

1.5.2 一貫性,システム的
品質マニュアルは,その最初のページ(表紙)から最後のページまでが一貫しており,システム的に編集されていなければならない。
(1)一貫性とは

  • ここでいう一貫性には,
  • ① 体裁上からの一貫性と,
  • ② 内容上からの一貫性,

の2つの意味がある。品質マニュアルを利用する人々が,一読して頭の整理ができ,意味が理解できるように編集されていなければならない。
1)体裁上からの一貫性
注意事項としては次のようなことが挙げられる。

  • ① 品質マニュアルの構成要素ごとに整理番号をつける。たとえば次のようにする。
    • 0.表紙
    • 1.目次
    • 2.品質マニュアルの配布先と管理について
    • 3.一般(会社の紹介または背景などについて)
    • 4.ISO 9000シリーズ規格の品質システム構成事項
      • 4.1 経営者の責任
      • 4.2 品質システム
      • 4.3 契約内容の確認
      • 4.4 設計管理
      • 4.6 購買
      • 4.7 顧客支給品の管理
      • 4.8 製品の識別及びトレーサビリティ
      • 4.9 工程管理
      • 4.10 検査・試験
      • 4.11 検査,測定及び試験装置の管理
      • 4.12 検査・試験の状態
      • 4.13 不適合品の管理
      • 4.14 是正処置及び予防処置
      • 4.15 取扱い,保管,包装,保存及び引渡し
      • 4.19 付帯サービス
    • 全部門共通(全部門串刺し)
    • 4.1 経営者の責任
    • 4.2 品質システム
    • 4.5 文書及びデータの管理
    • 4.16 品質記録の管理
    • 4.17 内部品質監査
    • 4.18 教育・訓練
    • 4.20 統計的手法
  • ② 使用する用紙は(A4判が普通である)品質マニュアル全体を通じて共通とし,本書第3章で述べる要点をすべて盛り込んだものでなければならない。
  •   発行日(Issue date),版数(Issue No.)など。
  • ③ 品質マニュアルで引用する他の文書類(たとえば部門手順書,指示書,図面など)との関係を明確にしておくとともに,これに引用文書類の一覧を付録として載せておくと便利である。なお,これら社内文書類の呼称番号についても社内文書として確立しておくことが望ましい。番号が一貫したシステム的な呼称を持つことが,品質マニュアルの読者に一貫性のイメージを与えるからである。

2)内容上からの一貫性
品質マニュアルがISO 9000シリーズ規格にそって編集されているかぎり,最低限の一貫性は確保することができる。しかし先にも述べたように条項のなかには全部門に関係するものと特定部門のみに関係するものがある。お互いに縦と横の関係があり,それぞれが補完的な影響を与え合っているので,互いに矛盾しないように気をつけなければならない。表1.3に全部門共通事項とその他の条項の関係を示した。

図1.1 社内書類のストラクチャー

  • 第1次文書:方針、品質マニュアル
  • 第2次文書:全社規程、標準書、部門規程、部門マニュアル
  • 第3次文書:品質文書、記録
  • 第4次文書:各種図面,データ,ファイル類  

注〕品質マニュアル:社内文書ストラクチャーで一番上位に位置する品質文書。

  • 標準書:品質マニュアルの下位に位置し,会社組織すべてにわたって全社的な規定をする文書。
  • 部門マニュアル:ある個別のテーマについて,その部門の業務の進め方を順序を追って記述したもの。業務を進めるにあたっての判断基準を示したものである。手順書,指示書などもここに分類される。
  • 図面,データ,ファイル類:一番下位に位置する文書類で,業務を進めるにあたって直接的に必要となる文書類である。時間の経過とともに,ボリュームが増加していく文書類でもある。

2)システム的とは
品質マニュアル作成にあたりシステム的に検討を要するのが企業内で使用されている文書類の相互位置関係である。企業内には,品質マニュアルを初めとする数多くの標準書,手順書,指示書類が存在する。製品あるいはサービスの品質を確立し,維持していくという観点から,設計図面(組立図,部品図)および各種データ類も文書システムのなかに位置づけていかなければならない。
そういう意味で品質に関する文書類のストラクチャーを,品質マニュアルを原点として,図1.1のように位置づけしておくと,品質マニュアルの編集時に,標準書類と呼ばれる各種文書類の相互関係がはっきりして理解しやすくなる。品質マニュアルの記述にあたっても,統一した考え方で各文書類の位置づけを述べることができるようになり,読者から見て,一貫したシステマティックな文書構造が目前に想像できることになる。