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ISO審査員が知っていると組織の背景を理解するに有益な情報をお伝えします。昨今の「人的資本開示の義務化」の動きについて説明していますが、この動きは人々の働き方に大きな変化を及ぼしますのでキャリアコンサルタントの方も知っておくと良いと思います。
昨今の事業環境の急速な変化、個人の価値観の多様化に対応するためには、組織は無論のこと個人も自身のリスキルを磨き直し、あるいは新しいスキルを獲得することが必要となります。このような情勢においては、組織が個人の能力、スキルを見据え、学び直しに取り組むことができるよう個人の自律的なキャリア構築を支援することが重要です。この際、個人は自らのキャリアを見据え、キャリアシフトの促進、専門性の向上を認識していかなければなりません。
今後、将来のタスクの内容や仕事の在り方の変化が見込まれる中、自らの専門性や強みの転用可能性を高めていくためには、特にITリテラシーの向上は必須になります。同時に、ITやAIでは代替されない人間らしさや、付加価値の創出につながる創造性やデザインなどのスキルもより一層重要となると言われています。
経営トップも、組織にリスキル・学び直しのカルチャーを構築することに取り組むとともに、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を始め、組織変革を実現していくためにも、自らも率先して学び直しを実践していくことが求められます。
以下、富士通の事例の続きです。
(自律的な学びと成長の支援)
① 人材育成方針の見直し
こうした改革の中で、一人一人の社員は具体的なジョブ(ポジション)を目指したいという気持ちが高まってくる。また、人材の多様化が進む中で、入社後の年数や階層別での一律的な教育はそぐわない場面が増えてくる。このため、一律の教育ではなく、個々のニーズに応じた教育体系を導入することとした。具体的には、複数の学習動画コンテンツサービスと契約し、社員はいつでもどこでも、優良な学習動画が見られるようにした。さらに、学びの動機付けを行うため、社内の多様な人材が自身の経験や思いをストーリー化して伝える番組や、学びの蓄積を分析して次に推奨される動画を提案する環境も整えた。
若手社員が多く利用することを想定していたが、実際には40~50 代の利用者で全体の6割を占める結果となった。② 1on1 ミーティングの推進
ジョブ型人事を導入する上で、マネージャーと社員の対話の質を上げることは極めて重要となる。特に、人材の流動性が高くなってくると、優秀な人材を確保するためには、社員にとって、それぞれの組織やポジションが自身を成長させる場となっているか、社員が自ら挑戦し、成長を実感できているかが極めて重要である。そのベースとなるのは上司と部下の対話であり、月一回以上の 1on1 ミーティングの実施を推進している。 1on1 ミーティングでは、何を話すかが重要であるため、本人のキャリアを踏まえた成長に向けた会話を行うよう、コーチングやフィードバックをはじめとした上司向けのトレーニングを行っている。(キャリアオーナーシップをサポートする取組)
〇富士通では人事制度改革以前も、社員が自身のキャリアを考えるための取組を実施してきた。もっとも、実際に自らチャレンジできる機会が少なく、会社主導での異動が多かったため、多くの社員が自身のキャリアに対して受け身になりがちな状況であった。このような状況から社員一人一人にキャリア意識を持たせるのは容易なことではない。〇そこで、富士通は、まず「パーパス・カービング」という活動から始めた。これは会社としてのパーパスとは別に、社員一人一人が自身のパーパスを作る取組である。過去から現在に至るまでの経験を振り返り、自分の中で何を大切にしてきたかといったことを言語化していく。個人のパーパスが、社員が今後どのような仕事 挑戦するか、そのためにどのように成長していくかを考える軸になるものと考えている。
〇その上で、全ての社員が、キャリアを組織に任せるのではなく、自らより良い生き方・働き方を考えて主体的にキャリアを形成するという考え方を持てるよう、以下に掲げる取組を実施している。様々な社内アンケートを通じて出てきた社員の声を制度化したものも含まれており、キャリアオーナーシップの理解・浸透から、挑戦・成長機会の提供、組織風土改革まで幅広い取組を実施している。
<キャリアオーナーシップの理解と浸透に向けた取組>
① キャリアカフェ
② キャリア相談 <学びの機会提供>
③ 教育ポータルサイト(“Fujitsu Learning Experience”)
④ DX 人材プログラム(“ex Practice”)
⑤ リスキリング・アップスキリング
<挑戦の機会提供>
⑥ ポスティング制度の拡大
⑦ 社内インターンシップ(“Job チャレ!”)
⑧ 社内副業(“Assign Me”)
<自律的な働き方・組織風土醸成>
⑨ 働き方の選択肢の拡大(“Work Life Shift”)
⑩ 1on1 ミーティング
⑪ マネジメント変革〇この中でも「キャリアカフェ」は、同世代の社員が集まり、仕事やキャリアをテーマとした会話を通じて自らキャリアを考え、行動するためのヒントときっかけを得る場として設計されている。年間8500名の社員が参加している。
〇また、キャリアオーナーシップの更なる浸透を図る目的で、「キャリアオーナーシップ診断」を実施している。16の質問に答えることで、自らのオーナーシップ度合いが「未来創造」、「関心分散」、「自己固執」、「現状停滞」の 4 類型に分類される。「未来創造」の社員と「現状停滞」の社員との間で、エンゲージメントスコアで一定の開きがあることも分かり、エンゲージメント向上は、上司のマネジメント力向上ばかりによって求めるべきではなく、キャリアオーナーシップを高めることによる効果も大きいことが再確認されている。キャリアオーナーシップ診断は、一年半で約 1 万 8000 人が利用している。
出典 https://www.cas.go.jp/ 内閣官房 JOB型人事指針
一方で、個人のスキルや専門性を高めることは、生産性を高める反面、離職を誘発するのではないか、という指摘もあります。しかし、先進企業での実践結果からはプラス(外部から有能人材が来る)、マイナス(懸念通り社内人材が転職してしまう)であるという報告がされています。特定の企業のみで通用する能力だけではなく、汎用性の高いスキルや専門性を身につける機会があることは社内外を問わず個人を惹きつける魅力となっています。
さらに、会社と個人が対等な関係を構築・維持する上で、個人が外部労働市場でも通用するスキルや専門性を身に付け、社外に選択肢を持つことは重要です。企業にとっても、一定程度の人材の流動性があることは、社外での活躍の幅を広げるとともに、多様な価値観を取り込み、中長期的な企業価値向上のために重要となるイノベーションにつなげていくという観点からも健全と言えます。
〇直属の上司以外にキャリアを相談したい社員のために、人事部内にキャリアコー ディネーターとキャリアカウンセラーを合計で30名配置した。初年度で、若手社員からシニア社員まで幅広い世代から約 1000 件の相談を受けている。
(オンライン動画プログラムの受講者は 3 年間で 3 倍に)
〇社員向けに外部のオンライン研修プログラムを提供しているところ、受講者は 3 年間で 3倍に伸び、3万6000人を超えている。社内エンゲージメント調査においても、「学習や成長の機会」の項目が上昇した。
〇外部労働市場で通用する資格の取得等についても、社内のリスキリングプログラムの実施を推進していく。もちろん、資格取得を推進すれば、個人の社外での市場価値も上がり、他企業からの引き合いが強くなる可能性もあるが、むしろ汎用性のある資格等へのリスキリングに積極的な企業に、優秀な人材が集まるようになってくるとの考えに基づき、推進していく方針である。
〇リスキリングの意義に関しては、受講する側だけでなく、経営層や事業責任者の意識も変わってきた。当初は「パフォーマンスの低下した社員が、再チャレンジのために行うもの」という認識だったが、徐々に「高いパフォーマンスを出している社員も含めて、新しいビジネス領域にとって必要な人材に育ってもらうための投資」という認識が広まってきている。その背景には、特に新しいビジネス領域では外部労働市場でも人材が不足していることが多く、人材獲得が容易ではない事情がある。「事業ポートフォリオを変えて企業が成長するために社員に対してリスキリングをしてもらう」という議論が、経営層の間でも広く行われるようになってきている。出典 https://www.cas.go.jp/ 内閣官房 JOB型人事指針
(つづく)平林良人