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ISO審査員が知っていると組織の背景を理解するに有益な情報をお伝えします。昨今の「人的資本開示の義務化」の動きについて説明していますが、この動きは人々の働き方に大きな変化を及ぼしますのでキャリアコンサルタントの方も知っておくと良いと思います。
人事制度を改革することは一朝一夕ではできません。10年くらいかけて現在の制度とのギャップを埋めていく作業が必要です。現在の処遇(年俸など)と新しいし制度での処遇が大きく変わる社員が多く出てきますので、漸次的な移行処置を行う必要があります。
人事制度改革には次のようなステップが必要です。
1.企業理念、企業の存在意義(パーパス)の明確化
持続的な企業価値の向上が重視される中、自社が何のために存在しているのか、社会における存在意義を問い直し、改めて定義・明確することが必要となります。こうした企業理念や存在意義の明確化は、自社の競争優位性を明確化することにつながり、経営戦略のコアを特定する上でも重要です。
また、様々な国籍や多様なバックグランドをもつ従業員や、Z世代の従業員など、働く上で、何のために働くのか、社会にどのようなインパクトを与えることができるのか、といった点を重視する個人の増加にも対応することが可能となります。
2.経営戦略における達成すべき目標の明確化
経営戦略と人材戦略の連動を考えるにあたり、経営戦略上の目標が明確でなければ、人材戦略の目標も曖昧となってしまい、具体のアクションにつながらない戦略となってしまうおそれがあります。
3.経営戦略上重要な人材課題の特定
経営トップは、経営戦略の目標を達成する上で、重要となる人材課題を特定すべきです。
経営戦略上重要な人材課題は、各社の経営戦略に応じて異なるものであり、自社の経営戦略や価値創造に向き合って設定すべきです。
重要な人材課題の例としては、例えば、事業戦略上デジタル化が急務の企業ではデジタル人材の獲得が課題になります。事業ドメインを転換しようとしている企業では、従業員のリスキル、スキルシフト及び全社の人材再配置等が課題になります。
4. 目指すべき将来の姿(To be)の設定
経営陣は、重要な人材課題ごとに将来の姿(To be)を設定します。多くの場合、目指すべき将来の姿が定性的なものとなりますが、経営戦略と人材戦略の連携を定量的に設定することが望ましいと思います。
5. 現在の姿(As is)の把握、“As is‐To beギャップ”の把握
重要な人材課題ごとに現在の姿(As is)と将来の姿(To be)のギャップを定量化します。ギャップごとに、どのような時間軸で、どのようにギャップを埋めていくのかの計画を作ります。
6.ギャップを埋め、企業価値の向上につながる人材戦略の策定・実行
課題ごとに定量化した“As is‐To beギャップ”を埋め、企業価値の向上につながる人材戦略を策定・実行します。
人材戦略を策定・実行する際には、経営戦略のゴールからバックキャストすることが重要です。現在の人事施策の積み上げにならないよう注意しなければなりませんが、(As is)の処遇(年俸)を(To be)の処遇に変えるアプローチ(経過処置など)には最大の注意を注ぐ必要があります。
ここから富士通の事例の続きです。
導入プロセス (一気呵成のフルモデルチェンジ)
〇人事制度の骨格は、等級制度、報酬制度及び評価制度の 3 つの制度により構成されるが、これらは相互につながっており、かつ会社が目指している人材マネジメントの在り方と一貫している必要がある。それぞれの制度を段階的に改定した場合、移行期間中は必ず制度間で一貫しない部分が生じ、制度の意図通り運用されず形骸化していくリスクがある。こうしたリスクを避けるため、全てを同時に導入する方針を採った。
〇一方で、すべての制度を一気に変更する場合、段階的に導入する場合に比べて、制度の対象となる社員や、各組織の組織長、マネージャーの理解・浸透に関する取組も丁寧に実施する必要がある。
〇社員への説明にあたっても、まずは施策の全体像や目的を、研修や社内のイントラサイト、メールなど様々なチャネルを通じて繰り返し伝え、それぞれの施策がどうつながっているかを説明している。また、完璧な制度はないという前提で、導入後の状況を踏まえて、必要な改善を行いながら運用していくという点も強調した。
〇社員に説明を行った際、「ジョブ型」という言葉から、「簡単に解雇ができるようになってしまうのか」、「職務記述書に書かれていない仕事はやらなくて良いという意識が生まれるのではないか」といった誤解や懸念の声が社員から多く寄せられた。そうした誤解を解消すべく、会社として目指す「ジョブ型」の趣旨や目的を丁寧にかつわかりやすく伝えることには苦心した。(制度導入に伴う経過措置は 3 年間)
〇ジョブ型人事導入後の全従業員の給与の総額は、導入前と同等以上となっているが、個人としては、増額となった社員もいる一方で減額となった社員もいる。このため、減額となった社員に対しては、導入後 3 年間は減額幅を一定程度に抑える経過措置を設けた。また、ポスティングでの挑戦機会が豊富にあることから、上位等級のポジションに挑戦して、従来以上の給与を得ることも可能であることも伝え、 再チャレンジを促している。(労使コミュニケーション)
〇富士通では従来、会社の経営状況、事業環境や今後の戦略について、労使で共通の認識を持つことができるよう、労働組合とコミュニケーションを行ってきた。非管理職(組合員)に適用される人事制度についても、労使で議論して制度を作り上げてきた経緯がある。
〇ジョブ型人事の導入においては、会社として目指す変革の方向性を共有した上で、それを実現するための手段がジョブ型人事であるとの共通認識の下、具体的な制度の内容について協議を行った上で決定した。また、先行して拡大したポスティングが、多くの社員に活用され始めていたことで、社員のキャリア実現に向き合う会社の姿勢について理解が得られやすい環境を整えることができたと考えている。
〇また、労働組合においても、組合員との複数回のミーティングを通じて、会社からの提案内容に対する組合員の生の声を集め、これを踏まえて協議を実施している。 実際に、組合員の意見を反映して制度設計を変更した部分もあり、協議を通じて社員の理解や納得度を高めることにつながったと考えている。
〇社員の理解や納得を得る観点では、「会社が何を目指しているのか」、「どうありたいのか」を、社員の共感を得られるように伝え、その上で、それを実現するための手段がジョブ型人事であるとの説明を特に大事にしている。「確かにそれなら腹落ちできる」という、社員の納得が重要であるとの考えである。「グローバル企業であるからグローバルスタンダードに合わせる」といった説明だけでは、社員の納得は得られない。また、社員自身にとっても、自身の成長やエンプロイアビリティ(労 働市場で評価される能力)向上につながる点を強調した。出典 https://www.cas.go.jp/ 内閣官房 JOB型人事指針
(つづく)平林良人