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ISO審査員の皆様にとって、世界経済がどのように動いているかを把握することは非常に重要です。
本稿が、皆様が今後の世界経済の大きな流れについて理解を深める一助となれば幸いです。
今回の投稿では、前半でトランプ政権の基本理念である「MAGA」とは何かを解説し、後半では、トランプ政権が推進する産業政策について考察してまいります。
1.トランプの掲げるMAGA運動について
2025年1月20日に発足したトランプ政権は、バイデン前政権が進めていた諸政策を次々と覆す大統領令に署名しており、その数はすでに100件を超えています。そして雇用・労働問題に関する内容としては、①「多様性・平等性・包摂性(Diversity, Equity, and Inclusion、DEI)」推進方針の廃止、②AI規則の撤回、③不法移民対策の強化等多岐にわたっています。
また、トランプ大統領は「4月2日はアメリカの解放記念日になる」と宣言し、この日に相互関税を発動する方針を強調しました。これは、同盟国・非同盟国を問わず幅広く関税を適用するものであり、自動車、鉄鋼、半導体など、日本にとっても重要な産業分野への影響が懸念されています。
では、こうした政策の根底にはどのような思想があるのでしょうか。
トランプ政権は、「MAGA(Make America Great Again)」を掲げる運動を選挙スローガンとし、その理念に基づく政策を展開しています。
このMAGA運動(*1)は、経済ナショナリズムに基づくものであり、反グローバリズムの姿勢を明確に示しています。従来のグローバリズム(*2)は、国境の壁を低くし、人・モノ・カネの流れを自由にすることで経済活動を活性化させようとする考え方でした。一方で、トランプ政権の路線はその真逆を行くものであり、自国生産重視の姿勢を鮮明にしています。
*1)Make America Great Again(アメリカ合衆国を再び偉大な国にする)は、アメリカ合衆国の政治において用いられる選挙スローガン。1980年の大統領選挙においてロナルド・レーガンが使用したのが最初で、近年では、2016年の大統領選挙と2020年の大統領選挙、および2024年の大統領選挙においてドナルド・トランプが使用した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
*2)グローバリズムとは「地球全体を一つの共同体とみなして、世界の一体化(グローバリゼーション)を進める思想」
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
MAGA運動は、上述のように反グローバリズムと経済ナショナリズムを柱としています。具体的な政策としては、共和党が従来から主張してきた「小さな政府」路線に基づき、減税、規制緩和、そして高関税による保護貿易主義を推進しています。
これは、第二次世界大戦後、アメリカが主導してきた自由貿易・国際協調・開かれた経済・「世界の警察官」としての役割といった基本方針からの、大きな転換を意味します。
トランプ大統領は、レーガン政権下にあった「強いアメリカ」を手本にしているとされます。ただし、レーガン政権が掲げた「減税・規制緩和・自由貿易」のうち、今回トランプ政権では自由貿易を保護貿易に置き換えた点が大きな違いです。
かつてアメリカは貿易黒字国でした。レーガン政権下でも輸出産業は好調で、むしろ関税を下げるよう各国に働きかけていました。しかし現在の状況は大きく異なっています。
米国商務省が2024年3月21日に発表した2023年の貿易統計(国際収支ベース、季節調整済)によると:
• 輸出:前年比1.1%増の3兆518億ドル
• 輸入:3.5%減の3兆8,316億ドル
• 結果として、貿易赤字は7,798億ドルにのぼっています。
図: 財・サービス貿易収支の推移(国際収支ベース、季節調整済み)
(出典:JETRO レポート「2023年米国の貿易赤字は7,798億ドル、2009年に次ぐ縮小幅」)
アメリカが最後に貿易黒字を記録したのは1975年であり、以後は一貫して赤字が続いています。
このような状況を背景に、トランプ大統領は高関税による保護貿易を推進し、貿易赤字の改善を図ろうとしています。
1975年当時は、製造業・農業ともに強く、自国製品の競争力があったため、関税を低く設定しても輸出が好調でした。しかし、現在では逆の状況であり、高関税政策によって国内産業の保護を目指しています。
各国メディアの報道と市場の反応
2025年4月初旬、世界各国への高関税措置が実施されたことを受け、国内外のメディアも大きく取り上げています。
2025年4月1日付・日本経済新聞
「トランプ関税、世界でGDP110兆円消失 痛みは米国に」
「日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所は、全世界対象の相互関税と自動車関税、すでに発動済みの中国への20%の追加関税によって、世界経済にどのような影響が及ぶかを分析した。試算によると、2027年の世界のGDPを0.6%押し下げる」と報道しています。
2025年4月1日付・The New York Times
「Stocks plunged as new Trump tariffs loomed」
「アジア市場は急落し、日本の日経平均株価は調整局面に陥った。S&P500は2022年以来最悪の月を記録した。欧州株は下落した」と報道しています。
2025年4月7日付・米ブルームバーグ通信
「トランプ氏、関税で強硬姿勢維持-『市場のことは少し忘れてほしい』」
トランプ大統領は4月6日、「(株価を)下げたいわけではないが、何かを治すには『薬』が必要な時もある」「米国は外国からあまりにもひどく扱われてきた。愚かな政権がそれを許してきたからだ」と述べ、株価の下落は貿易赤字の解消のために必要なプロセスだとの認識を示しました。
以上のように、トランプ政権は保護主義的な経済政策を通じて、アメリカ国内の産業強化と貿易赤字の是正を目指しています。その一方で、短期的には株価下落や国際経済への悪影響などのリスクも伴うため、今後の動向には引き続き注視が必要です。
2.AI革命による黄金時代の到来
それでは、トランプ政権は産業をどのような政策によって発展させようとしているのでしょうか。
アメリカにおいて、これまで「強い産業」とされてきた分野の多くは、国防産業と密接な関係にあります。つまり、軍事目的で開発された先端技術が、民間分野にスピンオフ(転用)されることで産業の発展を支えてきたのです。
たとえば、インターネットの原型であるARPANETは、核戦争下でも機能する分散型通信網の開発を目的として生まれました。その後、民間利用が進み、現代のインターネットの礎となりました。
このように、軍事技術から民間へと転用された例は多岐にわたります。コンピュータ、IC(集積回路)、GPS、光ファイバー、携帯電話、デジタルカメラ、電子レンジ、ドローン、缶詰など、私たちの生活に深く関わる技術の多くが、国防由来なのです。
トランプ政権のAI推進政策
2025年1月23日、トランプ大統領は人工知能(AI)に対する規制緩和を指示する大統領令を発表しました。
JETROの報道(2025年1月27日)によると、この大統領令は以下のような内容を含んでいます:
「人類の繁栄、経済競争力、国家安全保障を促進するために、AI分野における米国のグローバルな優位性を維持・強化することが政策目標である。既存のAI政策がイノベーションの障壁になっているとし、これらを無効化し、米国がグローバルリーダーシップを維持するため断固たる行動を取る」
バイデン前政権が、AIの発展と同時にガバナンス(管理・監視)の強化に重きを置いていたのに対し、トランプ政権は規制緩和による急速な技術革新の促進に重きを置いています。
「ゴールデン・ドーム」構想とAI国防
同年1月31日、トランプ大統領は「ゴールデン・ドーム」計画を正式に大統領令として発表しました。
この構想は、イスラエルの防空システム「アイアンドーム」を発展させた全米規模の迎撃システムを目指すもので、以下のような脅威への対応を想定しています。具体的には、弾道ミサイルのほか、極超音速ミサイルや巡航ミサイル、ドローン、ロケット弾、砲弾といった様々な脅威に対応できる防空システムになることが予想されています。
この構想は、1983年にレーガン大統領が掲げた*3)戦略防衛構想(スターウォーズ計画)の現代版とも言えるものです。当時は構想に過ぎなかった宇宙規模の防空網を、最新のAI技術・ミサイル技術・衛星システムによって現実化しようとする、壮大な「AI国防構想」です。
*3)戦略防衛構想(SDI):1983年、アメリカ・レーガン大統領の宇宙に展開する対ソ防衛網構想。
1983年アメリカのレーガン大統領が打ち出した、アメリカ防衛構想で、戦略ミサイル防衛構想。SDIは Strategic Defense Initiative の略。別名スターウォーズ計画。具体的には、「ソ連のミサイルがアメリカに到達する前にそれを迎撃し、破壊する防衛網を作り、アメリカ人が安心して暮らせるようにする」ということであり、そのため宇宙に防衛網を広げるというものであった。このレーガン構想はソ連を硬化させ1980年代前半の「新冷戦」をもたらした。出典:歴史の窓
民間投資の活用とAI技術の拡大
トランプ政権によるAI規制緩和の流れを受けて、民間企業による投資も加速しています。
2025年3月27日、【シリコンバレー時事】の報道によれば、生成AI(人工知能)サービス「チャットGPT」を開発した米オープンAIが、総額400億ドル(約6兆円)の調達に近づいていると報じた。資金集めはソフトバンクグループ(SBG)が主導しており、調達後のオープンAIの企業価値は約2倍の3000億ドルになる見込み」である。調達後のOpenAIの企業価値は約3,000億ドルに達する見込みです。
このように、官民が連携しながらAI技術の発展を支えていく構図が明確になっています。
これまで述べてきたように、トランプ政権は外敵からの多様な攻撃に備えるため、国土全体を覆う防空網「ゴールデン・ドーム」の整備を急ピッチで進めています。そしてこの過程で生まれる高度なAI技術や関連の応用技術を、民間分野へスピンオフさせ、米国全体の産業発展につなげていこうとしているのです。
(つづく)吉末直樹