044-246-0910
ISO審査員及びISO内部監査員に経産省の白書を参考にした製造業における有用な情報をお届けします。
■人権とカーボンニュートラル
(人権尊重に向けた取組)
ビジネスと人権については、2021 年版ものづくり白書では、欧米諸国を中心に、企業に対して、サプライチェーン全体で人権尊重の取組を求める動きが進んでいることについて述べた。その後も、欧米諸国を中心に、企業活動における人権への負の影響を特定し、ドイツでは、2021 年6月、サプライチェーン法が成立した。同法では、一定規模以上の企業に人権DD の実施や、その結果に関する報告書の作成・公表等を義務付けており、2023 年1月から施行される予定となっている。
また、EU では、2021 年7月に、欧州委員会・欧州対外行動庁が、「EU 企業による活動・サプライチェーンにおける強制労働のリスク対処に関するデュー・ディリジェンス・ガイダンス」を発表し、企業に対し、強制労働のリスクに対処するために必要な取組を実践面から指南している。加えて、加盟国レベルで人権DD を義務化する動きはこれまでもみられたが、これをEU 域内全体に広げる議論が加速化しており、2022 年2月に、欧州委員会は、「企業持続可能性DD 指令案」を公表した。本指令案は、EU 域内の大企業(域内で事業を行う第三国の企業も含む)に対し、人権や環境のDD 実施等を義務付けるものである。今後、指令案は欧州議会等での議論を経て、採択されれば、各国は2年以内にこれを踏まえた国内法を制定することが求められることになる。
米国では、2021 年12 月、中国の新疆ウイグル自治区で一部なりとも生産等された製品や、米国政府がリストで示す事業者により生産された製品は、全て強制労働によるものと推定し米国への輸入を禁止する「ウイグル強制労働防止法」が成立した。同法では、輸入禁止を避けるには、サプライチェーンを通じて一部なりとも強制労働に依拠していないこと等を輸入者が証明する必要がある。2022 年1月から3月まで、法律を執行する上での細則やガイドライン(「執行戦略」)を定めるためのインプットを求めてパブリックコメントが募集された。2022 年6月に施行される予定である。
我が国政府においては、2020 年10 月に「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定し、その中で、規模、業種等にかかわらず、日本企業に対して、人権DD の導入促進を期待する旨を表明している。経済産業省と外務省は、2021 年11 月、同計画のフォローアップの一環として企業の取組状況を把握するため、日本企業のビジネスと人権への取組状況に関する、政府として初めて実施した調査の結果を公表した。調査の結果、回答した企業において、売上規模が大きい企業や、海外売上比率が大きい企業は人権に関する取組の実施率が高い傾向にあることが明らかになったが、全体としては、人権DD の実施率は約5割程度にとどまっているなど、日本企業の取組にはなお改善が必要であることが明らかになった。また、人権への取組の実施率が高い企業ほど、国際的な制度調和や他国の制度に関する支援を求めていることが明らかとなった。特に海外事業を展開する企業には、事業実施国の法令遵守だけでなく、国際的な基準に沿った事業活動が求められており、一層の取組を進めることが必要である。
このような国内外の動向も踏まえ、2022 年3月、経済産業省は、サプライチェーンにおける人権尊重のための業種横断的なガイドライン策定に向けて検討会を立ち上げた。2022 年夏までに策定する国内のガイドラインの整備と併せて、国際協調により、企業が公平な競争条件の下で積極的に人権尊重に取り組める環境、各国の措置の予見可能性が高まる環境の実現に向け取り組んでいくこととしている。
人権尊重やカーボンニュートラルの実現に向けた取組は世界的な潮流であり、製造事業者はこのような環境変化に適応して具体的な取組を実行し、競争力の維持・向上につなげていくことが重要である。
(カーボンニュートラル)
カーボンニュートラルの実現に向け、日本企業においてもサプライチェーン全体でCO2 削減に取り組む動きが進んでいる。
本田技研工業(株)は2011 年度からサプライヤーのCO2 排出量低減に関わるデータを一元的に管理するシステムの整備を進めてきた。2014 年度から本格運用を開始し、グローバル各地域のサプライヤーと共に、原単位で年1% のCO2 排出量の削減を行う目標を共有し、一体となった低減活動を推進している。2021 年4月に、「環境負荷ゼロ」の循環型社会の実現に向けて「2050 年までに、自社に関わる全ての製品と企業活動を通じて、カーボンニュートラルを目指す」と公表したことを踏まえて、2021 年11 月にはサプライヤーに対して、1.5℃シナリオを目安とするCO2 総量での長期計画策定を依頼した。今後はサプライヤー各社とコミュニケーションを取りながら、協働でカーボンニュートラル実現に向けて取り組んでいく。
セイコーエプソン(株)は、Scope3 の中でも特に影響の大きい「製品の使用段階」と「原材料の調達」の上位カテゴリー2つをSBT(Science-Based Targets)に組み込み、同社とサプライヤーが同じ目標で行動することでCO2 排出量の削減に取り組んでいる。具体的には、調達額80% 以上を占める国内外の主要サプライヤーに対して、自己評価アンケートを実施し、サプライヤーが同社向け部品に要した電力・ガスなどのCO2 排出要因、水資源の消費実績などを把握するとともに、生産工程における電力や水使用量を削減する生産ラインの改善、輸送時の環境負荷低減に向けた提案を行っている。評価内容はリスク分類を行い結果を共有するとともに、ハイリスクと評価されたサプライヤーに対しては、現場確認や監査の実施による改善支援を行っている。
三菱重工業(株)と日本アイ・ビー・エム(株)は、サプライチェーン上でのCO2 排出量や削減量の計測や見える化に向けた取組が進めている。カーボンニュートラルの実現CO2 を回収して貯留や転換利用するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)バリューチェーンのデジタルグリッドとしてCO2 流通に対して透明性と柔軟性を提供するプラットフォーム“CO2NNEXTM” 構築へ向けた実証実験に入っている。2050 年までにカーボンニュートラルの実現を目指す中で、CCUS への期待が国内外で高まっているが、“CO2NNEXTM” は回収したCO2 の総量、移送量、購買量、貯留量といったバリューチェーン全体のCO2 の流通量の可視化を可能にする。
(株)NTT データは、三菱重工業(株)のAI ソリューション“ENERGY CLOUD®” を活用し、温室効果ガス排出量を可視化したコンサルティングサービスを強化している。“ENERGY CLOUD®” は、製造プラントで取得されたリアルタイムの実測データから、運転状況のデジタルツインモデルを作成し、その製造プラントからの温室効果ガス排出量をリアルタイムで可視化できる。このサービスを活用することで、生産時期や生産ラインごとの排出量も把握可能となるほか、前後の工程を含めたサプライチェーン全体の温室効果ガス排出量の可視化が可能になる。
(株)三菱UFJ 銀行ではスタートアップ企業の(株)ゼロボードと協業し、CO2 排出量を算定し、見える化させるサービスを取引先企業に2022 年1月から提供開始した。サプライチェーン全体で温室効果ガスの削減に取り組むには、中堅・中小企業でも対策を進めていく必要があるが、コストや人材の制約を踏まえると、簡易なツールでCO2 排出削減量の見える化が可能となることが望ましい。このため、ゼロボードが開発・提供している“zero board” は、企業活動により排出されたCO2 量を算出し、温室効果ガス排出量を算定・報告する際の国際的な基準である「温室効果ガスプロトコル」におけるScope1からScope3 までを可視化できるクラウドサービスである。専門知識がなくても操作が可能であり、サプライチェーンの上流に位置する取引先企業からのデータ連携(CO2 トラッキング)も可能である。
国際的に立ち上げられた様々なイニシアティブを通じて、カーボンニュートラルの実現に向けた取組が進められている。例えば、SBT(Science Based Targets)である。SBT とは、2015 年に採択されたパリ協定が求める、世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準に抑え、また1.5℃に抑えることを目指すという目標水準と整合するように、各企業が設定する温室効果ガス排出削減目標のことであり、国際的な環境NGO であるCDP、WWF(World Wide Fund for Nature:世界自然保護基金)、WRI(World Resources Institute:世界資源研究所)、UNGC(United Nations Global Compact:国連グローバル・コンパクト)の4団体によって運営されている。SBT に参加する企業は年々増加しており、日本企業は2022 年3月8日時点で195 社(認定取得済み160 社、コミット(2年以内のSBT 設定を表明)表明済み35 社)となっている。中小企業にとっても、取引継続のために、カーボンニュートラルへの対応が重要となってきており、SBT に参加する中小企業は2022 年3月8日時点で49 社(うち製造業は12 社)となっており、2020 年度の13 社(うち製造業は3社)から着実に増えている。なお、ここでの中小企業とはSBT が「Small or Medium Enterprise」と分類している企業を指す。SBT に参加している製造業の中小企業の主な取組は以下で紹介する。
榊原工業(株)は、主に自動車部品に使用される鋳物の型の製造を手がけているが、電気自動車が今後主流となっていくことが見込まれる中で、エンジンなどの代表的な鋳物部品が無くなっていくことに危機感を覚え、大学の先生と共同で環境対応に取り組んできた。その取組の中でSBT を知ったことをきっかけに、2021 年にSBT 目標を設定して認定された。カーボンニュートラルに積極的に取り組む姿勢を中小企業から発信すべきであるという考えの下、本格的に社内活動を始めている。具体的には、目標達成に向けて、外部の環境専門コンサルタントや顧客・取引先・金融機関・同業者も巻き込みながら、「SBT 推進活動会議」を月1回開催している。今後はCO2 排出量の見える化と製品毎のCO2 排出量のラベル付けを行う予定であり、取引先を含めた、サプライチェーン全体のCO2 排出の見える化の実現を目指している。
(株)TBM は、石灰石を原料にプラスチックや紙の代替となる新素材「LIMEX」を開発・製造しているが、SBT のほか、Amazon とGlobal Optimism が共同で立ち上げた「The Climate Pledge」(気候変動対策に関する誓約)に署名しており、自社製造拠点で使用する全電力を実質100% 再生可能エネルギーへ転換した。また、CDP が日本企業のうち時価総額上位500 社に回答を要請している気候変動の質問書への自主回答を2017 年から実施しており、2021 年には「B」スコア(8段階評価のうち、上から3番目)を獲得するなど、その取組は国際的にも評価されている。
近年、国際社会において、人権問題への関心、カーボンニュートラルへの対応が高まっていることやなど、企業が対応すべき新しい社会課題が増していること述べてきた。このような課題には、組織や企業の壁を越え、バリューチェーン全体で取り組む必要がある。この際、バリューチェーン上の関係者の取組を見える化し、円滑に情報共有するため、大量のデータ収集・分析・共有などを行うDX の取組が必要である。これについては次のテーマで説明したい。
(出典)経済産業省 2022年版ものづくり白書
・https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2022/index.html
(つづく)Y.H