ISO審査員及びISO内部監査員に経産省の白書を参考にした製造業における有用な情報をお届けします。

■5G、IT、AIによる効率向上

製造現場において5G の本格活用が進むことで、工場では工程管理がより複雑となり、量子計算を用いた最適化が必要となる。その際に必要な技術のひとつが量子アニーリングを始めとした量子計算技術である。5G に限らずLTE、Wi-Fi といった多様な通信方式を組み合わせて構築するネットワークであるヘテロジニアスネットワークの技術も重要となってくる。製造業の現場では高水準のセキュリティ確保が必要な秘匿性の高いデータが多く、また、高速制御が求められる処理が存在することなど、クラウドに適さない処理が多数存在する。こうした課題に対してエッジAI を活用すれば、クラウド上にデータを上げることなく、セキュアな形で必要な処理が行えるようになる。これまでAI を活用する際には、その学習に必要なデータの質量が不足するという「スモールデータ問題」が生じていたが、これを解決するための技術開発も積極的に行われている。

従来のコンピュータの計算速度では事実上計算できない問題に対して、量子コンピュータの活用が期待されており、我が国を含む各国で進む官民一体での取組を紹介する。量子力学特有の現象である量子の重ね合わせや量子のもつれを利用した量子コンピュータは、計算処理速度を劇的に高速化できるため、従来のコンピュータでは膨大な計算時間を要し、事実上計算できない問題に対しても高速に計算することができる。特に、金融及び交通分野などにおける組み合わせ最適化、創薬及び素材開発などにおける量子化学計算、量子人工知能、暗号解読などにおける素因数分解などの計算での活用が期待されている。ボストンコンサルティンググループが2021 年7月に公表した“What Happens When ‘If’ Turns to ‘When’ in Quantum Computing?” によれば、量子コンピュータの産業利用により創出される市場価値は、2050 年までに100 兆円規模に達することが予測されている。新たな量子コンピュータ産業の創出には、ハードウェア、ソフトウェア及びサービスの各プレイヤーの連携が不可欠であり、2018 年9月に米国で設立された” QED-C” を始めとして、様々な国及び地域において大企業を中心とした産業コンソーシアムが設立され、技術開発や国際標準化などの議論が進められている。我が国においては、2021 年9月、民間企業を主体とした「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」が設立され、量子技術の産業活用に関する調査・研究・提案、量子関連人材に関する調査・企画・提案、制度・ルールについての調査・検討などの活動が行われている。また、量子コンピュータ関連のスタートアップ企業へのベンチャーキャピタルによる世界の投資額が2020 年に2,000 億円を超えるなど、投資が活発化している。加えて、世界的な動向として、ハードウェア関係のみならず、サービスやアプリケーションレイヤーに関わるスタートアップが設立されている。我が国においても(株)Jij や(株)Qunasys といったスタートアップが国内外のユーザー企業と連携し、量子技術を活用した新たなサービスアプリケーションを開発する事例がみられつつある。

このような状況の中、米国、中国、EU 政府は量子技術の安全保障上の重要性に鑑みて、複数年間を対象に数千億円規模の支援パッケージを展開し、研究開発を後押ししている。我が国では、2018 年から、経済産業省の「高効率・高速処理を可能とするAI チップ・次世代コンピューティングの技術開発」において、我が国で原理が提唱された量子アニーリングマシン、文部科学省の「光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)」において、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)と呼ばれる一定程度の量子誤りのある小中規模の量子コンピュータ、2019 年からは、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」において、将来の理想的な誤り耐性型汎用量子コンピュータ実現に向けた研究開発などが推進されている。また、近年では経済安全保障の観点からも、基礎研究から社会実装まで産学官連携により一気通貫で実施する重要性が増しており、政府全体で量子技術の取組を推進している。国立研究開発法人産業技術総合研究所等においては、現在、アニーリング方式の量子コンピュータの開発を始めとした産学連携体制を構築している。ここでは、超電導量子回路試作施設(Qufab)や低温評価設備、シリコン量子デバイス製造施設(COLOMODE)、ダイヤモンド量子製造機能などについて世界有数の技術レベルや施設を有している利点を活用し、民間企業や大学などを対象として、アプリケーション開発、量子デバイス部品開発や試作など、産業化を総合的に支援することが期待される。このため、量子技術の社会実装を促進するため、テストベッドを兼ねたグローバル産業支援拠点を新たに整備する予定である。また、2022 年度内には、国立研究開発法人理化学研究所、大阪大学等において開発しているゲート方式の量子コンピュータのテストベッドを整備する予定である。今後、中長期的に成長が見込まれる量子技術分野において我が国が競争力を高めていくには、大企業、スタートアップ、政府が一体となって事業化を視野に入れた研究開発を進めるとともに、量子コンピュータを古典コンピュータやAI などと融合した計算資源として活用し、ユーザ企業による新たな製品やサービスを創出し、社会実装していくことが重要であり、産官学での一層の取組が不可欠である。

通信事業者による商用サービスに対して、ユーザー企業が主体となって特定エリアで5G ネットワークを整備するのがローカル5G である。自社内や工場内など限られたエリアで、利用環境や目的に応じて柔軟に利用できるメリットがあり、生産現場などでのデータ活用を推進するための基盤として期待されている。以下で具体的な取組事例について紹介する。富士通(株)では、ネットワーク機器の製造拠点である小山工場にて、現場作業の自動化や遠隔支援など業務のDX を実現するローカル5G を2021 年3月より運用している。建屋内や建屋間の部品等の運搬作業では、電波の到達距離が長い4.7GHz 帯を利用し、無人搬送車とのリアルタイムな通信で高精度な位置測定と走行制御を行い、これまで人が担っていた運搬作業を自動化すべく検証を進めている。遠隔支援については、大容量のデータ通信に適した28GHz 帯を利用して、作業者の組立作業を多数の高精細4K カメラで撮影、映像データを高速伝送している。この映像データから作業者の手、部品ケース、部品を認識し、手順に基づき作業しているかをAI が判定しており、その結果を作業者へリアルタイムにフィードバックすることで、検査の省力化や品質の向上を図っている。さらに、多品種少量生産が進んだ生産現場では短い時間で作業員の習熟度を上げることが課題となっており、MR(Mixed RealITy:複合現実)デバイスを活用した現場作業のトレーニングや遠隔支援も行っている。住友商事(株)は、鋼板加工を行うグループ会社のサミットスチール(株)大阪工場にて、スマートファクトリー×ローカル5G に関する実証実験を2021 年1月から約3カ月間行った(総務省「令和2年度地域課題解決型ローカル5G 等の実現に向けた開発実証」事業)。同工場における「スリッターライン」と呼ばれる、鋼板コイルをほどき、縦に切れ目を入れ、幅を変える加工ラインにて、表面の傷の目視検査の自動化と遠隔からの品質確認に関する検証を実施。従来は、加工中のコイルを現場の作業員が目視検査し、傷を発見した場合は写真を撮り、本社営業部がその写真を基に製品の出荷可否を判断していた。この実証実験では、連続高速撮影が可能な8K ラインスキャンカメラでコイルを撮影したデータをローカル5G で伝送し、AI が傷の有無や傷の位置を判定した。AI による傷検知は、目視より高速度でのコイル加工の検査に対応でき、また、現場の作業者が4K のカメラを使い高精細映像を本社営業部に伝送することで、遠隔からも細かい傷まで確認することができるようになり、生産性向上につながった。
これらのようにローカル5G の活用が進んでいるが、導入コストや運用ノウハウの不足といった課題も存在する。コスト面については、基地局等の導入コストの低減に向けた取組が進んでおり、例えば富士通(株)では、ローカル5G の初期導入費用を従来の約3分の1に削減することが可能な、スタンドアロン型のローカル5G システムの提供を2021 年12 月に開始した。また、運用ノウハウの不足に対しては、ユーザー企業によるローカル5G の免許取得が不要で、基地局の設備や保守・運用を携帯電話会社が担うプライベート5G サービスが検討されている。ソフトバンク(株)は、こうしたサービスの提供を2022年度中に開始する予定である。

日本のマザー工場と世界50 カ国の拠点との間で常に最新情報を共有することで、業務効率の飛躍的向上及び営業力強化を実現しているのがエスペック(株)である。身近な製品である自動車やスマートフォンなどを始め、あらゆる工業製品の開発においては環境試験が行われている。環境試験には、温度や湿度、圧力など様々な環境因子を人工的に再現する環境試験器が使われており、同社はこの環境試験器の世界トップメーカーで、国内シェアは6割以上、海外シェアは3割以上を有している。同社の強みは、温度、湿度、圧力といった様々な環境因子を人工的に制御する技術力の高さで、工業製品の用途開発ごとに必要とされる多種多様な試験環境を確実に再現することができる。先端技術を用いた工業製品ほど緻密な環境試験が必要とされるため、決められた条件を確実に再現できる同社の「環境創造技術」は、国内外における先端技術の開発にとって必要不可欠な技術となっている。現在、同社のグループ会社は国内外に20 社あり、海外売上比率は5割近くにまで拡大している。売上の業種別内訳では、エレクトロニクスが約4割、自動車が約2割となっており、その他、化学、医薬品、食品など幅広い分野で事業を展開している。航空宇宙分野では小惑星探査機「はやぶさ」に搭載する電子部品の信頼性検査の支援も手掛けている。高度化、多様化する製品づくりの中核的役割を担う同社のマザー工場は、1974 年に操業を始めた京都府にある福知山工場である。海外には、中国の上海・広東、米国のミシガン州・コロラド州、韓国の5カ所に生産拠点を設け、高品質の製品をグローバルに提供できるよう生産能力の拡充を図っている。さらに、海外には多数の販売拠点や代理店を持ち、グローバルでの販売・サービス網を充実させることで、顧客がどこで同社の製品を買い求めても安心して使ってもらえる体制を構築している。このようなグローバル展開を行う上で、国内のマザー工場とその販売を担う海外拠点とのデータ連携は極めて重要な意味を持つ。それは、マザー工場では、海外販売拠点や海外代理店における引き合いを含む、販売情報をもとに生産計画を立てており、海外販売拠点や海外代理店では、商談を進める上でマザー工場の生産稼働状況や納期情報、物流情報を把握する必要があるためである。しかし、従来は、例えばマザー工場の納期情報は国内の基幹システムに保存されていたため、別会社である海外の販売拠点や海外代理店からはアクセスすることができなかった。
そこで、2014 年6月、同社はクラウド上に情報共有プラットフォームとしての共有サイトをつくり、そこに販売データ、納期データ、物流データなど必要な情報をアップロードすることで、グループ会社の情報共有を図ろうとした。しかし、担当者が毎日手作業で必要なデータを抽出・加工したり、データ更新のためのアップロードをしなければならず、データが大量にある場合はアップロードに1時間以上も費やすこともあったため、データ連携の十分な円滑化にはつながらなかった。また、担当者が忙しくなるとアップロードが遅れがちになり、納期情報なども常に更新されているとは限らなくなっていた。結果としてメールによる情報のやりとりも並走することとなり、海外販売拠点ではどれが最新の納期情報なのか、いつサイト上の納期情報が更新されるのかが分からず、商談に支障が生じていた。そこで、同社では、データの抽出・アップロードの作業を毎日自動でできるツールをベンダーと協力して開発し、マザー工場と海外拠点や海外代理店との間で確実に最新情報が共有できるようになった。また、担当者もデータのアップロード作業から解放された。さらに、国内の営業本部も海外販売拠点や海外代理店の最新の営業情報を把握することが可能となり、受注管理のみならず、営業面にも活用できている。近年はIoT や5G、電気自動車といったデジタル化の領域では国際的に開発投資が進んでおり、また、カーボンニュートラルの観点から、エネルギー効率を高めるための制御部品の開発なども進み、このような開発に活用される環境試験器の需要が伸びている。さらに新型コロナワクチンの移送や保管には、ワクチンの種類に応じた適切な温度管理が必要であり、同社の高度な温度制御技術を活かした定温輸送保冷庫はワクチンのコールドチェーンで重要な役割を果たしている。今後は工業製品の環境試験に加えて、バイオ医薬品のような繊細な温度管理が必要とされる医薬品が確実に患者の手元にまで届くよう、コールドチェーンソリューションを強化し、医薬品分野の事業領域の拡大も目指している。

(出典)経済産業省 2022年版ものづくり白書
 ・https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2022/index.html

(つづく)Y.H