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ISO審査員及びISO内部監査員に経産省の白書を参考にした製造業における有用な情報をお届けします。
■国際競争力向上
(国際標準の動向)
DX による競争力向上のためには、国際標準化への取組も重要である。これまでに述べた、5G 関連技術の国際標準化の動向と、国際標準化活動の世界的な動向は次の通りである。5G の国際的な標準仕様は、3GPP(3rd Generation Partnership Project)にて検討されている。初期の5G の国際的な標準仕様である「Release15」(2018年6月公表)では、高速大容量を主眼とした基本的な機能の標準化が行われた。その後、産業IoT 向けのユースケースを想定した要件定義を含めた「Release16」(2020 年6月公表)を経て、現在は、5G の最終的な標準規格の確立を目的とした「Release17」の公表に向けた検討(2022 年6月完了予定)が進められている。3GPP では、検討が開始される「Release18」にて、「5G-Advanced」と定義されたポスト5G 無線通信の要件定義の検討を行うとしている。2021 年1に承認された「Release18」の仕様検討項目では、カバレッジや省電力、車両内といった移動体での通信改善といったモバイルブロードバンドの強化、産業IoT 向け5G 規格「RedCap」の機能強化、位置決めや距離計測機能の強化といった、様々なユースケースにおいて5G の本格活用を可能にするための機能強化を予定しており、2024 年3月の策定完了を目指している。
次に、5G 以外の、国際標準化活動全般の動向では、欧州・米国・中国などを始めとする国・地域が、各々の強みを活かしながら、戦略的に国際標準化活動を行っている。例えば、近年の欧州諸国は、環境・人権分野で欧州的な価値観と関係の深い規格の提案・開発を積極的に行っている。そもそも、一国一票・多数決制を採用しているISO(International Organization for Standardization: 国際標準化機構) やIEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)では、EU 全体(27 か国)が共通の投票行動を取った場合に、有利になりやすい。加えて、世界的に有力な認証機関のほとんどが欧州に立地注9 しており、規格の開発のみならず、認証の面でも強みを有している。
標準化機関における合意を経て公的に制定される「デジュール標準」で強みのある欧州に対し、米国は、産業団体やコンソーシアムが主導して策定する「フォーラム標準」で大きな影響力を有しており、航空機やIT といった分野で強みを有している。そして近年、中国も国際標準化活動を活発化してきている。多くの国々と標準化協定を締結し二国間関係の強化を進めながら、ISO やIEC という国際機関の場におけるデジュール標準の提案・開発にも積極的に取り組んでいる。
このように、有力国・地域の標準化活動が活発となる中、この10 年間で、標準化の対象や内容も大きな変容を遂げている。従来は、規格といえば典型的にはねじの形状や電球の寸法といった、製品の互換性や品質を確保するものや、ライターや電池のように安心・安全を担保するものが中心であった。しかしながら、近年のデジタル化の進展や、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を始めとする社会の価値観の転換を受けて、開発される規格の内容が、分野・産業横断的なもの、サービスなどに及ぶものまで広がり、複雑化している。具体的には、スマートシティやAI のように複合的であり様々な産業に展開可能な分野や、自動運転やドローンサービスのようなモノとサービス両方を横断的に規定する必要がある分野、量子コンピューティングやポスト5G のようなデジタル技術の最先端分野、さらには、サーキュラーエコノミーやジェンダーといった、社会課題に関する分野における規格開発競争が活発化している。
我が国の製造・サービス事業者も、このようなトレンドを踏まえた上で、自社の技術の強みや、今後の社会像を念頭に置きつつ、世界的な国際標準開発競争に向き合っていく必要がある。
次に、日本企業の現状・課題及び、それを見える化する「市場形成力指標」の活用について述べる。日本企業は、これまで、自動運転やドローン、コールドチェーン物流サービスなどの様々な分野で国際規格開発を主導し、実現してきた実績がある。その一方で、2019 年版ものづくり白書においては、調査対象とした製造事業者4,390 社のうち約6割が「事業活動はルールに適合していかなければならない」と認識しており、日本企業は、依然として「ルールは(作るものではなく)従うもの」という認識が強い。これには、ルールメイキング活動に社内リソースを割くことについて、経営層の理解を得ることの困難さや、国際規格を事業に活用する意識が不十分といった背景がある。
「技術や品質が確保されればモノが売れる」過去とは異なり、ユーザーのニーズとの一致が重視されるようになった現在、我が国製造業が競争力を維持し続けるためには、技術開発と並行してユーザーインターフェイス(UI)の設定、すなわち標準化を始めとするルールメイキングを通じた市場創出に、経営戦略の一環として取り組んでいくことが必要である。例えば、CYBERDYNE(株)は、世界初の装着型サイボーグ「HAL」を事業化するために、研究開発初期の段階から、その安全性能を評価する規格の開発に着手した。これにより、「安全な装着型サイボーグ型ロボット」という新しい市場の創造に成功している。このように、研究開発の成果を着実に社会実装(市場形成)に結びつけるためには、研究開発の早期から標準化を見据えて取り組むことが必要である。また、ルールは作るものといったマインドへの変革がなされなければ、国際標準化活動に積極的に取り組んでいる主要国に先手を打たれる可能性がある。
2021 年に、経済産業省は、企業がルール形成(規制、規格、ガイドラインなど)に取り組み、新しい市場を創出する能力を「市場形成力」と定義し、その具体的な内容を指標としてまとめた「市場形成力指標Ver1.0」を公表した。さらに、ルール形成に取り組む企業の現状を把握するため、国内約1万社を対象に「社会課題解決型の企業活動に関する意識調査」を実施した。同調査では、「経営計画等においてルール形成により新たな市場を創造する構想を盛り込んでいる」という回答をした大企業は、全体の3割未満であった。また、ルール形成により新たな市場創出に取り組む企業の成長率を分析したところ、企業成長の実現度が高いことが明らかになった。同意識調査結果において、特に取組が進んでいる上位37 社について、2009 年度から2019 年度の売上高から、年平均成長率(CAGR)注10 を求めたところ、CAGR 平均は約4% であった。これは同期間の日本企業におけるCAGR 平均約0.8% を大きく上回っている。経済産業省は、この意識調査の結果を踏まえ、2022 年3月、「市場形成力指標Ver2.0(企業版/プロジェクト版)」及びルール形成による市場創出を実践する上での手引きである「市場形成ガイダンス」を公表した。今後、ルール形成による市場創出を実践する企業が、様々なステークホルダーからポジティブに評価されるように、「市場形成力指標」を活用した外部評価機能について、検討を進める。このような取組や、標準化に関する各種の制度の活用などを通じて、各企業において標準化を含むルール形成による市場創出への取組が進み、日本産業全体の国際競争力の強化につながることが期待される。
(製造業におけるIT投資やデジタル技術活用の現状)
我が国製造業における2010 年以降のIT 投資額の推移をみると、有形(情報通信機器)資産と無形(ソフトウェア)資産のいずれも横ばいとなっており、DX の重要性が広く認識されるようになる中でも投資額は増加していない。一方、経営者がIT 投資によって解決したい課題の内訳をみると、これまでは「今後の重点課題」であった「働き方改革(ニューノーマル、テレワーク)」や「社内コミュニケーション強化」が「取組中の課題」として回答される割合が増加し、新たに「ビジネスモデルの変革」を「今後の重点課題」と回答する割合が増えており、DX の推進に伴ってその目的が変化していることがうかがえる。
事例1
(データサイエンスの手法で現場力を活用する「生産DX」で生産効率化)
コニカミノルタ(株)は、複合機をはじめとする精密機械製造を行っている企業で、日本17 拠点、アジア(中国、マレーシア)6拠点、欧米2拠点の合計25 拠点をグローバルで展開している。このうち、開発部門との技術連携や生産技術開発が必要なものは国内生産を中心としている。また、アジアの各拠点では組立系の工程を中心に行いながら、自動化/ICT を導入し高効率な生産を担っている。これまで同社では、経験と技、QC(品質管理)やIE(生産工学)で改善してきた生産技術といった「現場力」を、他社との差別化につながる無形資産の1つと位置付けてきた。しかし近年では、技術者や熟練技能者の不足に加えて新型コロナウイルス感染症への対応なども課題となっていた。
そこで取リ入れたのがデータサイエンスの手法である。製造現場における生産性向上のため、これまで、自動化やICT(情報通信技術)を活用した見える化が進められてきたが、これらの取組にデータサイエンスの手法を組み合わせ、現場力と融合させることを「生産DX」と定義し導入している。分析ツールやAI関連技術などの活用によって製造現場にある設備や計測器から得られるデータを分析するだけでなく、製造現場で培われてきたコミュニケーション力やオペレーション実践力、気づき力といった現場力も活用することで、生産性向上につなげていく取組である。
同社のデータ活用の取組は、現場での具体的な課題を起点にしている。現場課題を現場実務者、データサイエンティスト、推進リーダーの「三位一体体制」でデータ分析で解ける問題に変換し、その問題解決を一緒に推進していく事で成果を上げる事が出来、「生産DX」の力が徐々についてきた。さらに、データ活用による課題解決のプロセスを標準化し、幅広い生産業務領域での課題を解決しており、これまでに60 以上の事例がある。
例えば、高難易度部品の射出成形における良品率向上の事例である。従来、射出成形での品質管理は、熟練技術者が時間をかけて試行錯誤の上調整を行っていた。そこで、製造過程のデータと製品の品質データを紐付けて数理モデル化を行い、リアルタイムで製造条件の最適化計算を行って、求める品質を担保するための具体的な調整を現場作業者へ指示できるようになった。この取組の結果、良品率が20% 以上向上し、廃棄ロスも年間約2,000 万円削減できた。今後は課題解決モデルのパッケージ化を進め、サプライヤーにも展開することで更なる原価コストの低減を図る。同時に、開発と生産の一体的なDX も推進していくことでQDC 向上を図っていくとしている。
事例2
(マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を実践する)
住友化学(株)では、AI や計測・制御技術・コンピュータ技術の進展により、従来の研究者の経験と勘による材料開発から、系統的に蓄積されたデータからの新たな知見の獲得や機械学習による物性予測・材料設計を行い、新規な材料の探索や効率的な材料開発につなげるマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の取組をしている。MI は、材料科学とデータ科学の融合分野であり、今後のデータ駆動型のマテリアル研究開発の基盤となる。
同社は、MI による予測、実験、計測・分析、材料データ整備のサイクルとそれらの課題を見極めた上で、データ駆動型のマテリアル研究開発を強化している。具体的には、①材料系ビッグデータ、②ユニークなMI、③誰でもMI という三つの戦略に基づき、MI の活用を推進している。
1点目の「材料系ビッグデータ」戦略は、ある開発テーマに合わせてデータを用意した場合に数十点程度のデータしか得られず、データ不足となるスモールデータ問題や、データフォーマットの不統一といった材料データの課題を解決し、MI に適用可能なビッグデータ基盤の構築を目指すものである。それに向けて、機械学習に適したフォーマットでのデータ管理を社内で進めるとともに、汎用的な物質の各種特性などの基礎的なものはパブリックデータを利用するなど、社内・社外のデータを活用したMI を実施している。また、目的の特性を満たさなかった結果(ネガティブデータ)もMI では大きな価値を持つことから、このような実験データも蓄積していく文化を作りあげている。
2点目の「ユニークなMI」戦略は、先端技術を積極的に活用し、少ないデータ数でMI の汎用性や予測精度の向上を図るとともに、他社ができないようなデータ獲得を目指すものである。それに向けて、データが少ない状況においても予測精度を高めるためのアルゴリズムの開発や、スーパーコンピュータや量子コンピュータを始め先端的な計算方法の活用や外部との連携によるオープンイノベーションも推進している。
3点目の「誰でもMI」戦略は、既存の優れたツールを活用することにより様々な価値創出を実現することに加え、中長期的な人材育成により、持続可能なMI の実施体制の構築を目指すものである。これに向けて、MI ツールの開発のほか、社員の誰でもワンストップで容易にアクセスが可能なMI プラットフォームを構築している。また、人材育成の強化に向けては、MI のレベルに合わせた段階的な人材育成講座を実施している。また、同社は、全体研修によるデータエンジニア人材の育成だけでなく、研修後のOJTなどによりでMI による課題解決を実践できるようきめ細かなフォローをする指導により、現場で自立できる人材を育成してきた。
以上の戦略策定やその実装に関しては、部門横断的にDX を推進するデジタル革新部に配置されたデータサイエンティストが主導し、全社的なデータ駆動型研究開発を推進しており、その結果、同社はデータ駆動型のマテリアル設計・開発で既に多くの成果を挙げている。例えば、高分子材料である耐熱性ポリマーの開発において、MI を導入することで、有力候補を絞り込み、10 ~ 20 件の実験回数で、100 万通りの中から効率的に最適解を導き出すことに成功した。これだけでなく、経験的開発ではたどり着かない発見につながる可能性も期待できる。さらに、新たな材料開発では、材料の化学的な合成条件だけではなく、シート化などの機械加工条件のプロセス開発も非常に重要となる。同社は、マテリアルの研究開発から量産化まで幅広くMI を活用していくため、従来の中心的なビジネスモデルである素材の開発・提供に限らず、材料データの提供や、顧客が求める材料特性の実現により新たな付加価値を生み出し新規ビジネスの可能性を探る、顧客との「垂直連携」を進めている。また、同業種との「水平連携」を目指し、国立研究開発法人物質・材料研究機構や大手化学メーカーと共に「化学マテリアルズオープンプラットフォーム」を構築している。本プラットフォームでは、材料の物性だけでなく、化学合成及び機械加工後の構造から得られるデータを活用することで、最小の実験回数で高い予測精度を得られる汎用的なAI 技術の開発も推進している。さらには、化学業界における人材育成講座の開設や、公共性が高い材料データベース拡充に向けた社外との連携にも積極的に取り組んでおり、我が国における素材産業の基盤整備と強化を目指している。
(出典)経済産業省 2022年版ものづくり白書
・https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2022/index.html
(つづく)Y.H