ISO審査員及びISO内部監査員に経産省の白書を参考にした製造業における有用な情報をお届けします。

■科学技術イノベーション

新型コロナウイルス感染症の拡大等の情勢変化を受け、科学技術イノベーション政策については、グローバル課題への対応と国内の社会構造の改革の両立への貢献が求められている。これまでの科学技術・イノベーション政策を振り返ると、デジタル化が十分進まず、ICT の力を活かしきれていないことや、論文に関する国際的な地位の低下傾向、厳しい研究環境の継続などが課題として挙げられる。2020 年の第201 回国会において科学技術基本法が改正され、法律名を「科学技術・イノベーション基本法」に改め、法の対象に「人文科学のみに係る科学技術」、「イノベーションの創出」を追加した。これは、複雑化する現代の諸課題に対峙するためには、人間の社会の在り方に対する深い洞察に基づいた総合的な科学技術・イノベーションの振興を図る必要があるためである。
また、上記改正を受け、2021 年3月に閣議決定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」に基づき、人文・社会科学の「知」と自然科学の「知」の融合による「総合知」やエビデンスを活用しつつ、バックキャストにより政策を立案し、イノベーションの創出により社会変革を進めていく必要がある。

(1)新たな計測分析技術・機器の研究開発
先端計測分析技術・機器は、世界最先端の独創的な研究開発成果の創出を支える共通的な基盤であり、科学技術の進展に不可欠なキーテクノロジーである。このため、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が実施する「未来社会創造事業(共通基盤領域)」(2018 年度~)において、革新的な知や製品を創出する共通基盤システム・装置を実現するための研究開発を推進している。

(2)最先端の大型研究施設の整備・活用の推進
①大型放射光施設(SPring-8)の整備・共用大型放射光施設(SPring-8)は光速近くまで加速した電子の進行方向を曲げたときに発生する極めて明るい光である「放射光」を用いて、物質の原子・分子レベルの構造や機能の解析が可能な世界最高性能の研究基盤施設である。本施設は1997 年から共用が開始されており、環境・エネルギーや創薬など、我が国の経済成長を牽引する様々な分野で革新的な研究開発に貢献している。SPring-8 で実施された産業利用に関する課題数は全課題数の2割を超えており、放射光を用いたX 線計測・分析技術は、特に材料評価において欠くことができないツールとして、企業のものづくりを支えている。2021 年度には生み出された累計論文数が19,000 報を超えるなど、産学官の広範な分野の研究者などによる利用及び成果の創出が着実に進んでいる。

②X線自由電子レーザー施設(SACLA)の整備・共用
X 線自由電子レーザー施設(SACLA)は、レーザーと放射光の特長を併せ持った究極の光を発振し、原子レベルの超微細構造や化学反応の超高速動態・変化を瞬時に計測・分析する世界最先端の研究基盤施設であり、結晶化が困難な膜タンパク質の解析、触媒反応の即時の観察、新機能材料の創成など広範な科学技術分野において、新しい研究領域の開拓や先導的・革新的成果の創出が期待されている。第3期科学技術基本計画(2006 年3月28 日閣議決定)における国家基幹技術として、2006 年度より国内の300 以上の企業の技術を結集して開発・整備を進め、2012 年3月に共用を開始、2017 年度からは3本のビームラインの同時共用の実現によって利用機会が拡大した。2021年度には、世界で初めて鉄系超伝導体において超高速の光誘起結晶構造変化を捉えることに成功し、光による超伝導体の結晶構造や機能制御の新しい操作方法を実証するなど、画期的な成果が着実に生まれてきている。

③スーパーコンピュータ「富岳」の整備・共用
最先端のスーパーコンピュータは、科学技術や産業の発展などで国の競争力を左右するものであり、各国が開発に力を入れている。文部科学省では、我が国が直面する社会的・科学的課題の解決に貢献するため、2014 年度より「京」の後継機である「富岳」(ふがく)の開発プロジェクトを開始。ものづくり・創薬・エネルギーなどの9分野におけるアプリケーションとシステムを協調的に開発し、2021 年3月に共用を開始した。現在、利用者の裾野拡大や産業界にも使いやすい利用環境の整備などの取組を進めており、我が国の産業競争力の強化などへの貢献が期待される。

④大強度陽子加速器施設(J-PARC)の整備・共用
大強度陽子加速器施設(J-PARC)は、世界最高レベルのビーム強度を持つ陽子加速器から生成される中性子、ミュオン、ニュートリノなどの多彩な二次粒子を利用して、素粒子物理から革新的な新材料や新薬の開発につながる研究など、幅広い分野における基礎研究から産業応用まで様々な研究開発に貢献する施設である。特に中性子は、放射光と比較して軽元素をよく観測できること、ミクロな磁場が観測できること、物質への透過力が大きいことなどの特徴を有するため、他の量子ビームとの相補的な利用が期待されている。
 物質・生命科学実験施設(特定中性子線施設)では、革新的な材料や新しい薬の開発につながる構造解析などが進められている。例えば、2021 年度には、燃料電池の性能に深く関わる触媒層に含まれる水の運動性を実験的に調べ、束縛水、ジャンプ拡散水、制限拡散水の3 種類の性質の異なる水が存在することを明らかにするなど、産業利用から基礎物理に係わる幅広い分野で研究開発が行われている。原子核・素粒子実験施設(ハドロン実験施設)やニュートリノ実験施設では、「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律(平成6 年法律第78 号)」の対象外の施設であるが、国内外の大学などの研究者の共同利用が進められている。特に、ニュートリノ実験施設では、2015 年にノーベル物理学賞を受賞したニュートリノ振動の研究に続き、その更なる詳細解明を目指して、T2K(Tokai to Kamioka)実験が行われている。

⑤ 官民地域パートナーシップによる次世代放射光施設の推進
次世代放射光施設は、軽元素を感度良く観察できる高輝度な軟X 線を用いて、従来の物質構造に加え、物質の機能に影響を与える電子状態の可視化が可能な次世代の研究基盤施設で、学術研究だけでなく触媒化学や生命科学、磁性・スピントロニクス材料、高分子材料などの産業利用も含めた広範な分野での利用が期待されている。文部科学省は、この次世代放射光施設について官民地域パートナーシップにより推進することとしており、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)を施設の整備・運用を進める国の主体と、さらに2018 年7月、(一財)光科学イノベーションセンターを代表とする、宮城県、仙台市、国立大学法人東北大学及び(一社)東北経済連合会の5者を地域・産業界のパートナーとして選定した。現在、2023 年度の完成を目指して、次世代放射光施設の整備が進められており、2020 年4月には基本建屋の建設を開始し、2021 年12 月からは加速器等の機器の搬入・据付を開始した。

⑥ 革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築
H P C I ( H i g h P e r f o r m a n c e C o m p u t i n gInfrastructure)は、スーパーコンピュータ「富岳」と、高速ネットワークでつながれた国内の大学及び研究機関のスーパーコンピュータやストレージから構成されており、多様な利用者のニーズに対応した計算環境を提供するものである。文部科学省は、HPCI の効果的かつ効率的な運営に努めつつ、その利用を促進することで、ものづくりを含む様々な分野における我が国の産業競争力の強化に貢献している。

(3)未来社会の実現に向けた先端研究の抜本的強化
①次世代の人工知能(AI)に関する研究開発
社会・経済の様々な場面においてAI の役割への関心が大きく高まっており、AI 技術に関する教育改革、研究開発、社会実装などの観点からの総合的な政策パッケージとして、2019 年6月に政府は「AI 戦略2019」を統合イノベーション戦略推進会議決定した。同戦略に基づく取組が関係府省の連携の下で一体的に進められており、研究開発については、AI 関連中核センター群(国立研究開発法人産業技術総合研究所(AIST)、国立研究開発法人理化学研究所(理研)、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT))を中核とし、大学・公的研究機関をつなぐ「人工知能研究開発ネットワーク」が2019 年12 月に設立された。このほか、同戦略では、AI に関する基盤的・融合的な研究開発の推進や、研究インフラの整備などを進めることとされている。各省における取組として、まず、総務省は、NICTと連携しながら、ビッグデータ処理に基づくAI 技術や、脳科学の知見に学ぶAI 技術の研究開発に取り組んでおり、NICT ユニバーサルコミュニケーション研究所において主にビッグデータ解析技術や多言語音声翻訳技術などの研究開発を、またNICT 脳情報通信融合研究センター(CiNet)では脳の仕組みを解明し、その仕組みを活用したネットワーク制御技術、脳機能計測技術などの研究開発を行っている。さらに、現在、情報通信審議会において、「自然言語処理技術」及び「脳情報通信技術」について重点的に議論し、次世代人工知能の社会実装の推進方策について検討を行っている。
次に、文部科学省は、「AIP(Advanced IntegratedIntelligence Platform Project):人工知能/ビッグデータ/ IoT /サイバーセキュリティ統合プロジェクト」として、理研革新知能統合研究センター(AIPセンター)において、①深層学習の原理解明や汎用的な機械学習の基盤技術の構築、②日本が強みを持つ分野の科学研究の加速や我が国の社会的課題の解決のためのAI 等の基盤技術の研究開発、③ AI 技術の普及に伴って生じる倫理的・法的・社会的問題(ELSI)に関する研究などを実施している。2021 年度からは、本戦略に基づき、現在の深層学習技術では不可能な難題解決のための次世代AI 基盤技術等の研究開発を推進している。さらに補正予算によりAIP センターのAI 研究用計算機RAIDEN(Riken AIP Deeplearning Environment) の改修・増強を進めており、これにより我が国全体でのAI・データ駆動型研究の高度化にも貢献する。このほか、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)において、AI などの分野における若手研究者の独創的な発想や、新たなイノベーションを切り開く挑戦的な研究課題に対する支援を一体的に推進している。経済産業省は、先進的なAI の開発・実用化と基礎研究の進展の好循環(エコシステム)を形成するため、2015 年5月1日にAIST に「人工知能研究センター」を設立した。人工知能研究センターでは、これまでAI の要素機能の研究開発で多数の成果を挙げ、使いやすい形のプログラムに実装したソフトウェアモジュールを構築・公開し、生産性の向上、健康、医療・介護、空間の移動などの分野で広範な応用技術を開拓してきた。2020 年度においては、これまでの研究開発や実用化を通じて明らかになってきた、実世界にAI を埋め込んでいくためにさらに必要な基盤技術に焦点をあて、人間と協調できるAI、実世界で信頼できるAI、容易に構築できるAI の3つの柱のもと、基礎研究を社会実装につなげるための研究開発を進めている。また、海外の研究機関・大学と協力関係を構築しており、国内外問わず活動を進めている。

②マテリアル革新力強化に向けた研究開発の推進
マテリアル分野は我が国が産学で高い競争力を有するとともに、広範で多様な研究領域・応用分野を支え、その横串的な性格から広範な社会的課題の解決に資する、未来社会における新たな価値創出のコアとなる基盤技術である。
当該分野の重要性に鑑み、政府は2021 年4月、2030 年の社会像・産業像を見据え、Society 5.0 の実現、SDGs の達成、資源・環境制約の克服、強靭な社会・産業の構築等に重要な役割を果たす「マテリアル・イノベーションを創出する力」、すなわち「マテリアル革新力」を強化するための戦略(「マテリアル革新力強化戦略」)を統合イノベーション戦略推進会議決定した。
同戦略では、産学官関係者の共通ビジョンの下、①革新的マテリアルの開発と迅速な社会実装、②マテリアルデータと製造技術を活用したデータ駆動型研究開発の促進、③国際競争力の持続的強化等を強力に推進することとしている。

文部科学省では、当該分野に係る基礎的・先導的な研究から実用化を展望した技術開発までを戦略的に推進している。具体的には、我が国の資源制約を克服し、産業競争力をさらに強化するため、材料の高性能化に用いられてきた希少元素(レアアース・レアメタルなど)の代替となる革新的な材料開発を推進する「元素戦略プロジェクト」や、産学に対して最先端設備の利用機会と高度な技術支援を提供するため、大学等による全国的な設備共用体制を構築する「ナノテクノロジープラットフォーム」、プロセス技術の確立が必要となる革新的材料を社会実装につなげるため、プロセス上の課題を解決するための学理・サイエンス基盤の構築を目指した「材料の社会実装に向けたプロセスサイエンス構築事業(Materealize)」を実施している。また、内閣府は、2018 年度から実施している「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期」の課題の1つに「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」を設定し、欲しい材料性能・特性から材料微視構造・プロセスをデザインする「逆問題」に対応した、データベース整備とデータ駆動アプローチ活用を支援するシステムの世界に先駆けた開発を進めている。さらに、「マテリアル革新力強化戦略」において、データを基軸とした研究開発プラットフォームの整備とマテリアルデータの利活用促進の重要性が掲げられていることも踏まえ、文部科学省では、2021 年度から、高品質なデータを創出することが可能な最先端設備の共用体制基盤を全国的に整備する「マテリアル先端リサーチインフラ」を開始した。国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)が整備するデータ中核拠点を介し、産学のマテリアルデータを戦略的に収集・蓄積・構造化し、全国マテリアルデータを利活用するためのプラットフォームの整備を進めている。加えて、データ活用による超高速で革新的な材料開発手法の開拓と、その全国への展開を目指す「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト」について、2021 年度にフィージビリティ・スタディを実施し、2022 年度からの本格研究に向けた検討を進めている。これらの取組により、研究データの創出、統合、利活用までを一気通貫した研究開発を推進している。

さらに、経済産業省は、中小・ベンチャー企業等をはじめとするマテリアル関係企業のデータ駆動型研究開発を推進するため、最先端の製造プロセス装置と評価・分析装置が連動し一気貫通のプロセスデータを自動収集する設備が整備された「マテリアル・プロセスイノベーション(MPI)プラットフォーム」の運用を、2022 年4月より開始することとしている。NIMS においては、新物質・新材料の創製に向けたブレークスルーを目指し物質・材料科学技術に関する基礎研究及び基盤的研究開発を行っている。また、環境・エネルギー・資源問題の解決や安心・安全な社会基盤の構築という人類共通の課題に対応した研究開発として、超耐熱合金やLED 照明用蛍光材料、次世代蓄電池材料、さらに地震から建物を守る制振ダンパーに用いる構造材料などの研究開発等を実施している。さらに、マテリアル分野のイノベーション創出を推進するため、基礎研究と産業界のニーズの融合による革新的材料創出の場や、世界中の研究者が集うグローバル拠点を構築し、これらの活動を最大化するための研究基盤の整備を行う事業として「革新的材料開発力強化プログラム~M3(M-Cube)」を実施しており、2021 年度からは、データ中核拠点として全国の産学の良質なマテリアルデータの戦略的な収集・蓄積・AI 解析までを含む利活用を可能とするシステム整備を進めている。

(出典)経済産業省 2022年版ものづくり白書
 ・https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2022/index.html

(つづく)Y.H