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■先進国の金融政策正常化に伴う新興国経済への影響

(新興国の経済財政の健全性と資金フロー・通貨価値への影響)
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、2020年前半に、多くの国において、株価の急落、個人消費の減少、失業率の上昇等、経済・金融面での大きな落ち込みが見られた。米国では、経済を下支えするために、連邦準備制度理事会(FRB)により二度の緊急利下げや米国債及び住宅ローン担保証券を買い入れる量的緩和策が実施された。大規模な財政出動やワクチン接種の普及等の効果もあり、米国経済の回復が進んだことを受けて、2021年11月からは、米国金融政策の正常化に向けた取組が開始された。

英国やカナダなど他の先進国においても、金融政策の正常化に向けた動きが見られる。新興国と先進国との金利差が縮小すると、相対的に金利が上昇した先進国への資金移動が促され、新興国から資金が流出することで通貨安となる。こうして引き起こされた新興国の通貨安は、新興国発行の外貨建て債務の返済負担増や、輸入価格の上昇を通じてインフレの加速につながり、新興国経済に悪影響を及ぼすことが懸念される。さらに、ロシアによるウクライナへの侵略の影響で、資源価格の高騰が更に加速しており、インフレの悪化とそれに伴うコロナショックからの経済回復の停滞が危惧されている。ここでは、米国を始めとする先進国の金融政策正常化が資金フローの変化を通じて新興国経済に与える影響を考察する。

(1)米国の金融政策正常化
新型コロナウイルスの感染拡大による経済の落ち込みを受けて、FRBは、2020年3月の連邦公開市場委員会(FOMC)において、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利誘導目標の二度にわたる引下げを行い、実質的なゼロ金利政策を導入するとともに、米国債や住宅ローン担保証券の買入れによりFRBの保有資産を増大させることで市場への供給資金を拡大する量的緩和策の実施を決定した。その後、大規模な財政出動やワクチン接種の普及等により徐々に経済活動の回復が進み、2021年4月のFOMCで、景気の急激な回復が続くのであれば、将来の会合において資産購入の調整の検討を開始することが適切かもしれないと議論されたこともあり、金融政策正常化の動きに関心が集まった。

金融政策正常化に向けた量的緩和の縮小(テーパリング)の開始の条件となる最大雇用と物価安定に関して、物価上昇率は同年夏ごろから長期目標である2%を上回る高水準となった一方、感染力の強いデルタ株のまん延により雇用回復が遅れていた。雇用統計については市場予想を下回ったものの引き続き数値が改善したことから、2022年後半には雇用の最大化を達成できる見込みであるとして、同年11月にFRBは、テーパリングの開始を決定した。具体的には、毎月1,200億ドル(米国債800億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)400億ドル)の買入れペースを、150億ドルずつ(米国債100億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)50億ドル)減額し、2022年半ば(6月頃)に資産買入を終了することが決定された。同年12月のFOMCでは、長期間にわたる高水準のインフレと労働市場の急速な回復を踏まえ、2022年1月から買入れペースの減額幅をさらに拡大し、毎月300億ドルずつ(米国債200億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)100億ドル)とテーパリングの加速が決定されたことから、当初の予定より3か月早まり、2022年3月に量的緩和策が終了した。

2022年3月のFOMCでは、パンデミックに関連した需給の不均衡やエネルギー価格の高騰を背景に長期間にわたり広範囲で高インフレ状態が続いている状況と力強い経済回復を踏まえ、それまで実質ゼロとしていたFF金利の誘導目標を0.25~0.50%へ引き上げることが決定された。続く同年5月のFOMCでは、FF金利の誘導目標を0.75~1.00%へと2合連続で引き上げ、保有資産である米国債と住宅ローン担保証券の削減を6月1日から開始することが決定された。前回(2022年3月)のFOMCでは0.25%の利上げであったが、今回(同年5月)は0.5%と2000年5月以来の大幅利上げとなった。パウエルFRB議長は、今後数回の会合で0.5%ずつの利上げを検討すべきだと会見で発言しており、利上げを急ぐ姿勢が鮮明となった。政策金利の今後の動向について、3月の会合では、2022年末までに1.875%、2023年末までに2.750%の見通し(FOMC参加者が適切と考えるFF金利誘導目標の中央値)としていたが、今回5月の会合と同様の姿勢が継続する場合、次回6月の会合で示される予定の見通しは、上方シフトする可能性が指摘されている。

(2)過去のテーパリング時に発生した金融市場の混乱
2008年の世界金融危機時にも、経済を下支えするために金融緩和策が講じられていた。2013年5月にバーナンキFRB議長(当時)が議会証言での質疑応答の際に、金融緩和策を正常化するため、テーパリングに言及したことを発端に、金融市場はかんしゃくを起こしたように混乱を示した(テーパータントラム)。バーナンキ議長発言があった2013年5月22日は2.0%であった米国10年国債利回りは、その後、市場がテーパリングを織り込んでいく形で急上昇し、9月上旬には3%近くまで上昇した。テーパリングに続き、利上げ時期も早まると金融市場が見込んだことから、米国と新興国の金利差が縮小した。これによって、新興国から資金が流出し、急激な新興国通貨安が引き起こされた。
ベトナムは完全な変動相場制とは異なるため一律に比較できないものの、主要新興国は通貨安傾向となっており、特にインドネシアルピア、アルゼンチンペソ、トルコリラ、ブラジルレアルの下落の大きさが目立つ。

(3)米国以外の主要先進国の金融政策正常化の動き
米国だけではなく、他の先進国でも金融政策正常化の動きが広がっている。欧州では、欧州中央銀行(ECB)が2022年4月の会合で、景気刺激の観点から2014年6月以降0.00%としている政策金利(主要リファイナンス・オペ金利)を据え置く一方で、3月の会合にて決定した量的緩和政策の縮小を続けることを決定した。資産購入プログラム(APP)による債券買入の終了時期は明言せず、6月の会合で協議することを再確認し、量的緩和策を終了した後、徐々に政策金利を引き上げる方針が示された。

英国では、中央銀行であるイングランド銀行(BOE)が、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、2020年3月に政策金利を0.1%まで引き下げていたが、その後の加速するインフレへの対策として、2021年12月、2022年2月、同年3月、同年5月と4会合連続で政策金利を引き上げて1.00%とした。同年2月の会合では、量的引締めの着手についても全会一致で決定している。先進国主要中央銀行の中で、政策金利引上げに踏み切ったのはBOEが最も早かった。

カナダでは、カナダ銀行が2020年3月に政策金利を0.25%まで引き下げていたが、コロナ禍からの回復に加え、インフレ圧力が一段と高まっていたことから、2022年3月、同年4月と2会合連続で政策金利を引き上げ1.0%とし、同時に量的引締めの開始も決定した。

日本では、景気回復を目的として2016年1月からのマイナス金利となっているが、物価上昇率目標の2%実現に向け、引き続き現在の金融緩和方針を維持する姿勢を示している。長期金利の指標となる10年国債利回りの推移を見ると、金融正常化の動きや物価上昇率の高まりを受けて大きく上昇しており、米国、カナダでは3%に到達する勢いとなっている。ユーロ圏の長期金利指標となるドイツ10年国債では、マイナスとなっていた利回りが、2年ぶりにプラスとなり、2022年2月には日本を上回った。日本では、10年国債利回りの上昇幅は小さいものの、欧米の利回り上昇に押される形で上昇しており、2016年以来の高水準となっている。

(4)新興国の金融政策と資金流出入の動き
新興国では、資源や食料等が物価を押し上げてインフレが加速していたこともあり、コロナによる経済的打撃からの回復前に政策金利を引き上げる動きが見られた。アルゼンチンでは、前年比の消費者物価上昇率が2020年は42.0%、2021年は48.4%と非常に高い状況にある。こうした高インフレに歯止めをかけるため、2020年11月、2022年1月、2月、3月と政策金利が引き上げられており、44.5%と主要新興国の中では最も高い水準にある。トルコでは、2020年は12.3%、2021年は19.6%と2桁台のインフレ率が続いている。トルコ中銀は、2020年9月から2021年3月までの間に、政策金利の引上げを繰り返して19.0%まで引き上げたものの、投資環境改善を優先するエルドアン大統領の要求により、2021年9月から12月の間には政策金利を引き下げた。それでも、依然14.0%と他国より高い政策金利水準となっている。ブラジルでは、2020年は3.2%、2021年は8.3%と加速するインフレを抑制するため、10会合連続で政策金利を引き上げ、12.75%となっている。これらの国では、インフレ抑止を目的に度重なる政策金利の引上げを実施しており、景気回復の停滞や労働市場の落ち込みといった波及効果が懸念される。

アジアの新興国では、新型コロナウイルス感染拡大に伴い政策金利の引下げを実施して以降、低い金利水準を維持しており、2022年4月時点での政策金利はインドネシアで3.5%、フィリピンで2.0%、マレーシアで1.75%、タイで0.5%となっている。米国の利上げにより、新興国と米国との政策金利の差が縮小すると、米国と新興国の債券の金利差も縮小することから、投資の魅力が減少した新興国から米国へと資金が回帰しやすくなり、新興国では資金流出により通貨安につながる。そのようにして引き起こされた新興国の通貨安は、コロナ禍で増加した新興国の債務のうち外貨建て債務の返済負担を増加させる上、返済に関する投資家の懸念も増大させることで、更なる資金流出を引き起こす。さらに、通貨安に伴う輸入価格の上昇を通じて新興国のインフレを加速させる悪循環にもつながる。その一方で、通貨防衛とインフレ対策のために新興国が自国の政策金利を引き上げれば、それが景気悪化につながるというジレンマの構図となっている。

新興国における資金流出リスクについて、IMFは、2022年4月に公表した国際金融安定性報告書(Global Financial Stability Report、GFSR)の中で、ロシアによるウクライナ侵略等の地政学的な不確実性に加え、主要国の金融政策正常化の動き等により、リスクが高まっている一方で、エネルギー資源や農産品等の一次産品輸出国においては、先進国への輸出増加が見込まれること等から資本の流出リスクが小さくなっていることを指摘している。

(5)新興国経済の健全性とリスク
先進国の金融政策正常化による新興国経済への影響は、各国の経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)により異なる。ここでは、ファンダメンタルズを示す経済指標についてテーパータントラムが生じた2013年と2020年、2021年を比較し、主要新興国の健全性とリスクを考察する。

IMFが分類する発展途上国のうち、名目GDP水準が高い12か国の主要新興国(アルゼンチン、インド、インドネシア、タイ、トルコ、フィリピン、ブラジル、ベトナム、マレーシア、南アフリカ、メキシコ、ロシア)を対象として分析を行う。経済指標として、実質GDP成長率、消費者物価インフレ率、経常収支の名目GDP比、財政収支の名目GDP比、外貨準備高の名目GDP比、政府総債務残高の名目GDP比、対外債務の名目GDP比、短期対外債務の名目GDP比の8指標を用いて、2013年と2020年、2021年を比較した。

①実質GDP成長率実質
GDP成長率は、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大が世界経済全体に大打撃を与えたため、多くの国でマイナス又は2%程度の成長となり、全ての国で2013年より落ち込んだものの、2021年は回復に向かった。なお、トルコとベトナムは2020年もプラス成長を維持している。

②消費者物価インフレ率
消費者物価インフレ率は、2013年時点ではアルゼンチンで10.6%、トルコで7.5%と既に高水準となっていたが、2020年にはそれぞれ42.0%、12.3%とそこから大幅に上昇しており、2021年はそれぞれ48.4%、19.6%とインフレがさらに加速している。その他の多くは、2013年から2020年にかけて消費者物価上昇率は低下し、1桁台で推移している。

③経常収支
経常収支の名目GDP比は、2013年は赤字となったアルゼンチン、インド、タイ、南アフリカ、メキシコで、2020年には黒字転換し、インドネシアでは、赤字幅が縮小するなど、多くの国で改善が見られる。他方、特にトルコとブラジルでは、赤字幅は縮小したものの、依然として比較的大きな水準の赤字が継続している。

④財政収支
財政収支の名目GDP比は、2020年に各国で感染拡大への対応として大規模な財政出動が実施されたことから、2013年と比べて2020年にベトナム以外の国で財政赤字の拡大が見られ、特にブラジル、インドで-10%を超える高い水準となっており、南アフリカ(-9.7%)やアルゼンチン(-8.6%)もこれに続く水準にある。経常収支や財政収支の赤字幅が大きいことは、国内の過剰消費・過剰投資を示していることから、赤字幅の拡大によって投資家からリスクが高まったと判断された場合、新興国からの資金流出の可能性が高まる要因となりやすい。

⑤外貨準備高
外貨準備高の名目GDP比は、2013年に低い値を示したインドネシア、ベトナム、南アフリカでは2020年に改善した。特にベトナムでは大幅に増加しており、通貨危機等に備えて、外貨準備を積み増してきていることが分かる。アルゼンチンでは、2013年から2020年にわずかな改善が見られるものの、依然7.0%と極めて低い水準となっている。トルコでは、2013年に比べて2020年に低下し、2021年にわずかに改善したものの、12.9%と比較的低い水準となっている。

⑥ 政府総債務残高
政府総債務残高の名目GDP比は、2020年に各国ともにコロナ対策として大規模な財政出動を行ったことから、2013年から2020年にかけて全ての国で大幅に上昇した。2020年に大きい値を示している国としては、アルゼンチン(102.8%)、ブラジル(98.7%)、インド(90.1%)が際だっている。IMFの見通しでは、コロナ前と比較して、先進国よりも新興国の方が将来の経済成長が弱まることから、今後の政府の歳入増加に大きな期待はできない。それに加えて、政策金利の引上げに伴って将来の債務返済負担が増加することも見込まれるため、これらの国の今後の債務動向や債務返済能力については注視する必要がある。

⑦ 対外債務
対外債務の名目GDP比は、2013年に比べ2020年に多くの国で上昇しており、2020年に大きい値を示している国は、アルゼンチン(70.7%)、マレーシア(67.6%)、トルコ(60.4%)、南アフリカ(50.8%)となっている。対外債務が大きいと、通貨安に伴って自国通貨に換算したときの外貨建ての債務返済負担が増加することが懸念される。これらの国のうち、マレーシアは、短期債務の割合も大きいため留意が必要であるものの、対外債務返済への備えとなる外貨準備残高が他の主要新興国に比べて高い水準にある。その一方で、アルゼンチン、トルコ、南アフリカは、外貨準備の水準が低く、アルゼンチンとトルコは短期債務の割合も比較的高いことから、対外債務の返済へのリスクが高いといえる。実際、アルゼンチンでは、外貨準備高の減少により、2021年6月に10回目のデフォルト(債務不履行)の可能性が発生し、2022年3月にIMFと440億ドルの債務再編で合意し、デフォルトを回避した。また、これらの国については、経常収支面から見ても、トルコでは赤字、アルゼンチン、南アフリカでも低い水準となっていることから、モノやサービスの貿易や直接投資を通して外貨を獲得することは難しく、対外債務返済のリスクが高いといえる。

①~⑦より、対外債務の返済リスクが高い国はトルコ、南アフリカ、政府債務の返済リスクの高い国はブラジル、両方のリスクが高い国はアルゼンチンであり、それぞれの国の状況を以下で概説する。

トルコは、経常収支、財政収支ともに赤字で、外貨準備高が少なく、対外債務が大きいことから、対外債務の返済リスクが高い。トルコでは、非常に高い水準のインフレが継続しているにも関わらず、政策金利引下げを実施し、通貨安を招いていることから、外貨建て債務の返済負担の増加も懸念される。

ブラジルは、経常収支が赤字で、政府債務が非常に大きいにも関わらず、財政収支が大幅な赤字となっており、政府債務返済リスクが高い。2021年にインフレが加速しており、今後の景気回復が遅れるおそれもある。2022年10月には、大統領選が予定されており、左派政権に交代した場合、財政規律の緩みも懸念される。

南アフリカは、経常収支は改善しているものの、財政収支の赤字幅が大きく、対外債務規模も大きい。厳しい財政状況となっており、対外債務の返済リスクが懸念される。

アルゼンチンは、経常収支は改善しているものの、政府債務と対外債務ともに名目GDP比の水準が分析対象の新興国の中で最大の規模にある中、外貨準備高は最も少なく、財政収支も赤字で、インフレも非常に高水準と、ファンダメンタルズがぜい弱である。デフォルトの可能性に直面するなど、政府債務と対外債務の返済リスクは極めて大きく、今後の動向に注視が必要である。

なお、ロシアは、堅調なファンダメンタルズを維持してきたものの、2022年2月24日のロシアのウクライナ侵略開始以降、経済制裁の効果等もあり、足下のインフレ率が急激に上昇するなど、ファンダメンタルズが急速に悪化している。また、今回の米国の金融政策正常化の局面では、徐々にテーパリングの可能性について言及し、開始時期をあらかじめ市場に織り込ませるとともに、テーパリングを決定した後の記者会見において利上げは時期尚早との考えを示すなど、慎重に進められたこともあり、2013年のテーパータントラムのような大規模な資金流出圧力は抑制され、影響は限定的なものにとどまっている。

トルコでは、高インフレ状態が長期間継続しているにも関わらず、投資環境改善を優先とするエルドアン大統領が政策金利引下げを求めたことにより、トルコリラは大幅な通貨安となっている。加えて、トルコは対外債務対名目GDP比も大きいことから、今後の債務動向に注視が必要である。

ロシアでは、ウクライナへの侵略をきっかけに一時的にルーブルが急落したものの、通貨防衛のための政策金利引上げや資本流出規制によりルーブル安は回復を見せている。

アルゼンチンでは、今年に入り4回にわたり政策金利が引き上げられ、47.0%となっているものの、物価上昇にも通貨安にも歯止めがかからない状況が続いている。

ブラジルは、資源が豊富で鉄鉱石や大豆等の一次産品輸出国であり、インフレ抑制のため12.75%と高い政策金利を設定しているため、対象の新興国の中で最も通貨高傾向となっている。その他の新興国通貨は、通貨高となる国もあるものの、おおむね小幅な通貨安に留まっている。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html