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■米国経済の動向
米国は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、大規模な財政措置による需要喚起に加えて、失業保険への加算給付や給与保護プログラムといった経済回復を重視した対策により、中国に次いでコロナショックによる景気低迷を脱し、急速な経済回復を見せてきた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、世界の中でも特に多くの雇用を失った労働市場において、失業率がコロナ禍前の水準に戻りつつある。一方、コロナ禍における高齢者層の早期引退を示唆する労働参加率は停滞しているほか、自主退職者の急増に合わせて、求人数が増加するなど、労働需給がひっ迫している。また、昨年に引き続き起業申請数が増加するなど、労働市場の構造変化を示唆する動きも見受けられる。
もっとも、米国経済が回復する一方で、サプライチェーンの混乱や人手不足、資源・エネルギー価格の高騰等に伴うインフレの高進は、米国経済における最優先課題となっている。さらに、ロシアによるウクライナ侵略によって、サプライチェーンの混乱やエネルギー・食料等の商品価格の高騰に拍車がかかっており、企業活動や家計へのインフレ圧力が高まっている。以下では、こうした米国における経済回復の動向や労働市場の状況、米国経済が抱えるインフレ圧力、財政・金融政策について見ていく。
(経済回復の動向)
(1)新型コロナウイルスの感染状況及びワクチン接種の状況(2022年4月30日時点)
米国は、2022年4月30日時点で、新型コロナウイルスの累計感染者数が世界最多となっており、累計感染者数は8,000万人を超えている。国・地域別人口に占める累計感染者数の割合を見ると、米国は2020年、2021年については他の国・地域と比べて大きい水準で推移してきた。オミクロン株の感染拡大を受けて、2022年1月10日には新規感染者数は約136万人、7日間平均でも一時80万人を越えたが、2022年1月をピークに新規感染者数は減少し、2022年4月30日時点で、1日当たりの新規感染者数(7日間平均)は約3万人となっている。一方、ユーロ圏では2022年3月に感染の再拡大が起きており、2022年4月30日時点で人口に占める感染者数の割合はユーロ圏が米国を上回っている。こうした新型コロナウイルスの感染状況が労働市場や家計、企業活動に与えた影響を踏まえながら米国経済の動向について見ていく。
(2)GDP・貿易収支
2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大によって、経済が第2四半期に一時急速に落ち込んだ後、財政出動に伴い第3四半期から一部回復が見られたものの、通年では前年比-3.5%とマイナス成長となった。一方、2021年の実質GDP成長率(季節調整済)は、2021年第2四半期にはコロナ禍前の2019年第4四半期の水準を越え、通年では5.7%とプラス成長になり、1984年以来37年ぶりの高い成長率を記録した。背景として、前年の落ち込みの反動のほか、変異株拡大の中でも底堅い消費需要によって、耐久財消費や機器への設備投資、輸入の成長が寄与したことなどが挙げられる。四半期別成長率を見ると、2021年第1四半期が前期比年率換算+6.3%、第2四半期が同+6.7%、第3四半期が同+2.3%、第4四半期が同+7.0%と年間を通じてプラス成長となった一方で、2022年第1四半期には同-1.4%となっている。
2021年の第3四半期は、前2四半期と比べて成長が減速している。背景としては、デルタ株の感染拡大や政府の経済対策の縮小を受け、GDPの7割を占める個人消費の勢いが大幅に減速したことに加え、物流の混乱などによる供給面の制約や、ハリケーンアイダがエネルギー業界を中心に多大な被害をもたらした影響が影響したと見られる。第4四半期には再度高い成長率となっており、成長率に寄与しているのは在庫投資であり、輸出は輸入の伸び率に概ね相殺されたほか、個人消費や設備投資、住宅投資は大きく伸びていない。2022年の第1四半期は、前期比年率でマイナスとなったものの、輸出の伸びが減少し、内需の増加に伴って輸入が増加したことによる純輸出の減少と前期に急増した在庫投資の反動減が主な要因であり、個人消費や設備投資など内需は堅調に推移しており、景気は拡大基調を維持している。
今後も堅調な個人消費や設備投資は成長を押し上げ得るが、ウクライナ侵略や中国での新型コロナウイルス再拡大を受けたロックダウンによって、サプライチェーンの混乱や、資源・エネルギー価格を中心としたインフレ高進が継続すると、消費マインドが抑制され、成長を押し下げる要因となり得る。
次に、コロナ禍における米国経済の回復状況について対外経済の観点から見ていく。財貿易に関する収支構造や財取引の国・地域について見ると、2021年には輸出額と輸入額のいずれも前年より増加しているものの、輸入額が輸出額よりも大きく伸びたことによって、貿易赤字が拡大している。財貿易赤字は、トランプ政権においては追加関税措置等により縮小していたものの、2021年に3年ぶりに拡大し、初めて1兆ドルを超え、過去最大を更新した。貿易赤字の上位相手国としては、中国が最大で米国の財貿易赤字の約1/3を占め、次いで、メキシコ、ベトナム、ドイツ、日本と続いており、上位5か国で全体の約2/3を占めている。対中貿易は、2018年から2020年にかけて財貿易の赤字幅が縮小していたものの、2021年には対中輸出が前年比21%増で過去最大の1,511億ドル、対中輸入が前年比16%増の5,064億ドルとなり、貿易収支は3,553億ドルの赤字となっている。
(3)労働市場の動向
米国経済は、デルタ株やオミクロン株といった変異株の感染拡大によって一時的に経済活動が急速に停滞した時期が見られたものの、その後は、経済回復を続けてきた。コロナショック時には他国と比べて特に多くの雇用を失った米国だが、失業率がコロナ禍前の水準に戻る一方で、第Ⅰ部第1章第2節第2項で示したように、2021年以降、人手不足の状況が続いており、財・サービスの供給制約要因の一つとなっている。以下では、こうした米国の労働市場の実態について分析していく。
①失業率
労働市場の実態を捉える上で、米国の失業率について見ていく。米国における失業率は6つの区分があり、それぞれ以下のとおり定義されている。一般的に失業率は、労働力人口に占める完全失業者の割合から算出される失業率(U-3)が用いられる。失業率(U-3)は、2020年4月には14.7%に達していたが、2022年4月時点で、失業率(U-3)は3.6%へと改善している。なお、米国において、完全失業者は、就業を希望しており、過去4週間以内に1度でも求職活動をしている又は就業可能な人と定められている。また、失業率(U-3)を算出する際の分母にあたる労働力人口は就業者数と失業者数の合計によって算出される。このため、仮に就業を希望していても、過去4週間以内に求職活動をしていない場合には失業者として含まれないほか、労働力人口にも含まれず失業率(U-3)は、この非労働力化を捕捉することができない。
一方で、より広義の失業率として、失業率(U-6)がある。失業率(U-6)は、就業を希望しており、過去1年以内に求職活動をしているが、過去4週間以内には求職活動を行っていない縁辺労働者と労働力人口の合計が、算出する際の分母と用いられているため、対象範囲が広い。また、分子には、完全失業者のみならず縁辺労働者や経済的理由によりフルタイム労働ではなくパートタイム労働を行っている人を含めていることから、失業率(U-3)と比べてより広義の失業率と言える(同表)。この失業率(U-6)で見ると、2020年4月には22.4%に達していたが、財政措置によって需要が喚起されたことにより、労働需要が回復し、2022年4月時点で、7.0%へと改善している。
②非雇用指数
リッチモンド連邦準備銀行は、前述した失業率(U-3)や失業率(U-6)について、労働市場の実態を適切かつ定量的に捕捉しきれていないと指摘している。これを踏まえて、リッチモンド連邦準備銀行は、非雇用指数(NEI:Non-Employment Index)を推計し、米国労働省の雇用統計が公表される2週間後に月次指数として公表している。非雇用指数は、失業率(U-3)や失業率(U-6)と異なり、生産年齢人口を母数とした上で、労働市場における未活用状態にある労働力を表現した指数となっている。具体的には、既存の失業者を短期失業者と長期労働者に分け、さらに、非労働力人口についても、就労希望の有無や、学生、退職者など、合わせて9つのサブカテゴリーへと分類している。この各サブカテゴリーに属する人々が再度就業する確率を過去の統計から推計し、それらを加重平均した期待値を算出する際の分子として用いている。また、非雇用指数は、失業率(U-6)と同様に経済的な理由によるパートタイム労働者を考慮した場合の指数についても併せて公表している。これらの失業率(U-3、U-6)や非雇用指数の推移を見ると、いずれも2020年4月にピークを迎えたものの、その後、失業率(U-6)は失業率(U-3)とともに急速に改善している。2021年後半には、パートタイム労働者を考慮した非雇用指数が失業率(U-6)を上回っており、失業率(U-6)の算出の分母に含まれていない非労働力人口の影響が徐々に大きくなっていることを示唆している。
③労働参加率
非労働力を考慮することの重要性は、生産年齢人口に占める労働力人口によって表される労働参加率からも確認できる。米国の労働参加率はコロナショック後、上昇傾向にあるものの、コロナ禍前の水準には戻っておらず、2022年初めの段階においても2019年平均に対して約1%のギャップが存在しており、労働市場において労働力人口が少ない状態にある。また、年齢階層別の労働参加率を見ると、若年層(16~24歳)は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、最も減少幅が大きかった年齢層であったが、その後、他の層よりもいち早く2019年平均の水準へと回復していることが確認できる。プライムエイジ(25~54歳)は、若年層と同時期に労働参加率が減少したものの、若年層よりも減少幅が小さかったほか、既に回復基調となっており、コロナ前の水準に迫る状況となっている。高齢層(55歳以上)については、若年層やプライムエイジと比べて、コロナショックに伴う減少幅がさらに小さく、一時回復の兆しを見せたものの、再び減少に転じており、コロナ禍を契機とした退職が構造的変化となっている可能性を示唆している。
④求人率と失業率の推移
次にこうした非労働力人口が増加している背景について、労働市場における求人と失業の関係から見ていく。リッチモンド連邦準備銀行では、コロナ禍において求人率と失業率の反比例関係を示すベバリッジ曲線が、コロナ禍前には見られなかった特異な動きをしている点を指摘している。通常、ベバリッジ曲線は反時計回りに循環する動きをして、右上にシフトすると失業率と求人率のいずれも高い状態となり、雇用のミスマッチが大きくなっていることを示す。2020年3月から4月にかけて、新型コロナウイルスの感染拡大によって失業率が急上昇したことで、大きく右側へとシフトしていることが確認できる。その後、ベバリッジ曲線は、求人率の増加と失業率の減少が同時に進んでいく一般的な動きとなるが、失業率が6%前後となった2021年初段階で、それまでの失業率と求人率の反比例関係とは異なり、求人率のみが大きく上昇する動きとなっている。さらに、その後2021年後半になり、求人率がほぼ一定の状態で失業率のみが減少する動きとなっている。
リッチモンド連邦準備銀行は、こうした状況について、理由がまだ明らかとなっていないとした上で、一般論として、雇用のミスマッチの背景として、マッチングの質の低下の可能性について言及している。近年は、雇用マッチングのデジタル化が進展しており、求人側はプラットフォームを通じて求人を行うコストを削減し、求職者側についても手軽に多くの求人情報にアクセスすることや応募することが可能となった。他方、より多くの応募書類から雇用者を決定する必要があることにより採用コストが増大し、マッチングの質低下につながっている可能性があると指摘されている。リッチモンド連邦準備銀行は、こうした特徴を踏まえて、今後、失業率を元の水準に戻すためには、企業側がより多くの求人を出す必要性について言及している。
先述したベバリッジ曲線において、失業率(U-3)を失業率(U-6)やパートタイム労働者を考慮した非雇用指数に置き換えてみると、それぞれベバリッジ曲線が失業率(U-3)による曲線よりも右側にシフトしていることが確認できる。また、非雇用指数については2021年後半からの動向によって、右側へのシフトの度合いが失業率(U-6)よりも強いことが確認できる。ベバリッジ曲線のシフトの動向をみると、今後、求人数の増加のみによっては元の水準には戻らないような構造的変化が労働市場において起こっている可能性も示唆される。
⑤求人数と自主退職者
次に、こうした動向の背景を探るべく雇用のマッチングの状況について、求人数や離職者数の観点から確認する。米国労働省によると、2019年の求人数は年平均で716万人であったが、2021年6月には1,000万人を超えている。また、コロナ禍前の2019年にはほぼ一定数で推移していた自主退職者がコロナ禍で増加する動きが見られ、2021年11月には自主退職者が過去最多の450万人に達しており、大退職時代(The Great Resignation)の到来といわれている。離職者と自主退職者の動向を見ると、2020年後半から離職者に占める自主退職者の割合が増加していることが確認できる。また、この自主退職者の割合がコロナ禍前の平均を上回った時期は、求人数が急増する時期に対応しており、同様に前述したベバリッジ曲線の特異なシフトの時期に対応している。こうした自主退職者の急増について、コロナ禍における労働への意識の変化と捉える見方がある。
一方で、サンフランシスコ連邦準備銀行は、戦後の労働市場を分析し、景気後退後の急激な経済回復において、これまでも自主退職者の急増は見られており、コロナ禍における特異な動きではないと指摘している。戦後の米国経済における雇用者数の変化と併せて離職率を長期時系列で確認すると、景気後退や回復に合わせて雇用者数は大きく増減する一方で、離職率については大きく変動していないことが確認できる。景気後退期においては一時的な解雇が急増するが、その後、企業側は財・サービス需要の回復を満たすための人員を補充するために求人を増加させる。こうした求人には、失業者のみならず、他の労働者がより良い労働環境を求めて応募したり、現在の職場に対して賃金や福利厚生、勤務形態等について再交渉を行ったりする。こうした点を踏まえて、同分析では、現下の状況は大退職(Great Resignation)ではなく、大再交渉(Great Renegotiation)として解釈している。
⑥参入・退出企業数の動向
前述したように、2021年における自主退職者の増加がコロナ禍における特異な動きではないとの分析を踏まえつつ、短期的な動向に着目して、自主退職者の増加の背景について考えていく。自主退職の背景としては、転職、リタイア、起業、子育て世代の一時的離職など複数の要因が考え得るが、ここでは、通商白書2021でも触れた起業の動向について見ていく。コロナ禍における米国の起業は2020年にコロナショック後増加したが、2021年も、コロナ禍前より多い水準で推移している。米国労働省が公表している従業員の雇用を前提とした起業申請件数を見ると、コロナショックに伴い申請件数は一時減少したものの、その後反動とみられる増加の後、ピークアウトした。もっとも、2021年入り後、再び申請件数が急増する動きが見られている。これは、同時期にPPP(給与保護プログラム)の第2弾が開始された時期にあたり、政策効果によって起業の申請件数が増加している可能性が示唆される。
John C. Haltiwanger(2021)によると、2020年後半に急増した起業の申請件数は業種によってばらつきがあるが、最も急増した業種は無店舗型小売業であり、次いで、専門・科学・技術サービス、トラック輸送、宿泊・飲食サービスなどが挙げられる。新型コロナウイルスの感染拡大によって既存の小売業や宿泊・飲食サービス業が大きく減少したことを踏まえると、新たに起業申請された業種別の動向と整合的であると考えられる。コロナ禍で起業の申請件数が増加する一方で、倒産件数については減少傾向にある。米国破産協会が公表する米国企業の破産件数を確認すると、コロナ禍前には2017年から2019年の3年間で平均して1か月あたり約6.3万件あったが、新型コロナウイルス感染拡大当初に大きく減少し、その後も減少基調にある。背景として、PPP(給与保護プログラム)による従業員への給与支払い補填といった公的支援や金融緩和によるものと考えられる。Leland D. Crane(2021)によると、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って一部セクターでは事業の撤退が増加したものの、多くのセクターではコロナ禍前よりも少なく、新型コロナウイルス拡大当初に予測されていた事業撤退の規模を下回る可能性が高いとしている。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html