ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■インド・東南アジア経済の動向

(経済の動向)
(1)実質GD成長率
新型コロナウイルス感染拡大の影響により2020年のインド、東南アジア(ここではインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ベトナムを指す。)の経済は大きく下押しされ、ベトナム以外はマイナス成長となった。2021年はその反動でプラス成長となっている。2021年の実質GDPについて2019年比で見ると、ベトナム、シンガポール、インドネシア、インドは2019年の水準を上回ったものの、タイ、マレーシア、フィリピンは回復が遅れ、同水準を下回った。2021年の四半期の動きを2019年同期比で見ると、変異株による感染の再拡大やワクチン接種の遅れもあり、インドでは第2四半期、東南アジアでは第3四半期にシンガポール以外の国々で下押しされた。季節調整値が公表されているシンガポール、フィリピン、タイ、マレーシアについて2019年の第4四半期を100として推移を見た場合、シンガポールは2021年第1四半期に100を超えており、その後も堅調に推移しているが、タイ、マレーシア、フィリピンは回復に時間がかかっており、直近の2021年第4四半期においても100を下回っている。

(2)輸出
各国の財輸出(原数値ベース)について、2019年各月の平均を100として2020年1月以降の推移を見ると、感染拡大とそれに伴う制限措置が取られた時期には落ち込みが見られるものの、中国や米国の経済回復等を背景におおむね堅調に、特に2021年後半以降はここで取り上げている全ての国で100を上回って推移している。

<世界のサプライチェーンへの影響>
東南アジア諸国は、エレクトロニクス関連製品や自動車部品等の生産により、世界の製造業のサプライチェーンにおいて重要な位置を占めている。米国、ドイツの集積回路の調達先、また日本の点火用配線セット(自動車部品)の調達先の国別内訳を見てみるとよくわかる。2021年夏にデルタ株による感染再拡大が起こった際には、マレーシアやベトナムで工場の操業が制限された。これらの国からの部素材調達が困難になったことで、例えば、各国の自動車生産に影響し、特に日本の落ち込みが大きかったほか、ASEAN域内の生産拠点においても調達に支障が生じたことから、現地製造企業から調達先の切替えによるコスト増や、切替え先の感染拡大による調達困難リスク等を懸念する声が聞かれた。

(3)消費者物価
2019年の各月の原指数平均を100として、2020年以降の各国の消費者物価指数の推移を見ると、特にインドの物価上昇ペースが速い。インドでは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う活動制限でサプライチェーンが寸断されたことによる供給制約や天候不良等により、2020年は食料価格が急速に上昇している。同年末から2021年春までは同価格の上昇ペースが鈍化したものの、その後は再び上昇ペースが加速した。また、2021年を通じて燃料価格が上昇しており、足下(2022年3月時点)、更に上昇ペースが加速している。2021年半ば以降、世界各国の経済活動に伴う需要の拡大や世界的なコンテナ不足に伴う輸送コストの上昇、国際的な資源高の影響を受け、インド以外の国々の物価上昇スピードも増している。今後は、ウクライナ情勢に伴う原油や小麦の価格上昇の影響を注視する必要がある。

(4)財政・金融政策
①財政政策
各国では、新型コロナウイルス感染拡大による経済社会への多大な影響に対処するため、各種の財政措置が講じられている。そうした措置として、貧困層や失業者向け支援や雇用対策、コロナ禍で特に打撃を受けた産業セクターへの支援といった下支え策のほか、医療物資や食料の安定的な確保等、経済のレジリエンスの強化策等が盛り込まれている。2010年からの各国の財政収支対GDP比の推移を見ると、シンガポールや国によってはいくつかの単年の動きを除いておおむね赤字で推移してきており、コロナ対策による財政出動で2020年は、各国とも財政状況が大幅に悪化した。経済活動の再開により財政状況の改善が期待されるものの、シンガポールを除いて2022年も財政赤字が続く見通しである。

②金融政策
新型コロナウイルス感染拡大による経済の落ち込みを金融面から下支えするため、各国中央銀行は政策金利を引き下げ、緩和的な政策スタンスを維持しているが、物価上昇圧力の強まりを受けて金融正常化を探る動きもある。シンガポールは、為替管理を通じた金融政策を行っているが、2021年10月、2022年1月及び4月に、名目実効為替レート(NEER)の政策バンドの傾きを上昇させる金融引締めの措置を取っている。また、インド準備銀行(RBI)は2022年4月6~8日の金融政策会合で政策金利を過去最低の4%に据え置いた一方、新たに常設預金ファシリティ(SDF:Standing Deposit Facility)を導入し、誘導性調整ファシリティ(LAF)のコリドー(金利コリドー)の下限を従来のリバース・レポレート(3.35%)からSDF(3.75%)に変更、コリドーの幅をコロナ前の50bpに戻した。なお、インド準備銀行は6月の定例会合を待たず、5月に利上げ(4.0%から4.4%)に踏み切った(利上げは3年9か月ぶり)。

(経済回復の特徴と課題)
(1)ウィズ・コロナへの政策シフトと今後のリスク要因
東南アジア諸国やインドでは、複数回の新型コロナウイルス感染拡大の波が起こっており、経済の動向も感染拡大(とそれに伴う活動制限)の状況に左右されてきたといえる。ワクチン接種の進展の程度にも大きく影響された。シンガポールは、比較的早い時期にワクチン接種が進んだこともあり経済回復も堅調に進んだが、ワクチン接種が遅れたタイやマレーシア、フィリピンでは経済回復のスピードも緩慢である。海外からの入国制限や消費の下押しで、内需の回復には時間が掛かっているが、世界経済の回復に伴う輸出の伸びもあり、2021年第4四半期には各国経済も回復基調を強めている。また、徐々にワクチン接種が進んだことで、各国では新型コロナウイルス感染症を「エンデミック(流行の定常化)」とみなし、ワクチン接種を進めながら経済活動を継続する「ウィズ・コロナ」へと政策をシフトさせている。2022年1~3月は、オミクロン株による感染が拡大したが、重症化率が低く医療体制がひっ迫する事態にはなっていないことから、ロックダウンなどの厳格な制限措置は採られていない。海外からの入国制限の緩和(ワクチン接種済みの入国者に対する隔離措置の免除等)も徐々に進められており、これまで低迷を余儀なくされた観光関連セクター等の回復やビジネス人材の往来の本格再開による貿易・投資活動の活発化等が期待される。こうした「ウィズ・コロナ」政策の下で、経済回復の動きが加速することが期待されるものの、ロシアによるウクライナ侵略に伴う地政学的緊張の高まりによる国際的な資源・コモディティ価格や輸送費等の上昇に伴うインフレの進行、米国の金融政策の正常化の影響(資本流出や通貨下落、金融の不安定化リスク等)に注意が必要である。また、「ゼロコロナ」政策を敷く中国において足下(2022年4月時点)、オミクロン株の感染拡大に伴うロックダウン等、制限措置の厳格化が見られ、経済の下押しが懸念される。中国経済の減速に伴う需要減や、中国における生産停止によるサプライチェーンへの影響等に注意が必要である。直近の国際機関(IMF)の実質GDP成長率の見通しについては表のとおりである。

(2)中長期的な成長に向けた取組
東南アジア諸国やインドにおいては、コロナショックからの回復のための予算措置が講じられ、各種政策パッケージが実施されているところであるが、経済の回復が進むにつれ、足下の問題への対応に加えて、これまで各国が直面してきた構造的な問題や中長期的課題への取組の重要性が改めて意識されると考えられる。例えば、根強く残る貧困や社会的弱者をめぐる課題、いわゆるインフォーマル経済に包含されてぜい弱な雇用環境にある人々や衛生・安全面で問題のある労働環境等のディーセントワークをめぐる課題、医療や水、電力といった基本的なインフラ不足の問題、サプライチェーンの寸断による供給途絶の問題、気候変動問題を始めとするサステナビリティをめぐる課題、また「中所得国の罠」として捉えられている経済発展と成長をめぐる課題等が挙げられる。各国はコロナ禍前より、中長期的な成長戦略を策定して取組を進めてきている。近年のテーマとしては、デジタル経済化や、デジタル技術を通じた第四次産業革命の推進、投資促進といった経済の高付加価値化・産業高度化を目指す取組、気候変動問題への対応などサステナビリティの実現を目指す取組が大きな軸となっている。

①経済の高付加価値化・産業高度化に向けた取組
経済の高付加価値化・産業高度化に向けた取組について、中所得国の滞留年数が長く高齢化が進みつつあるタイ、輸出における一次産品の比率が高いインドネシアに加えて、人口規模とデジタル経済の発展がもたらす成長のポテンシャルに期待が集まる一方、製造業の発展に課題があり貿易赤字を抱えるインドの3か国を例にとり、各国の取組と課題について概観する。

(タイ)
タイは東南アジアの中でも早くに産業化が進み、貿易や対内投資の拡大によって成長を遂げてきた。日本からの直接投資も活発に行われており、現地に立地して生産や販売を行っている日本企業の数もASEANの中で最多となっている(2020年10月1日時点で5,856社)。ASEANの中の一大製造拠点として発展してきたタイであるが、中所得段階に40年以上滞留しており、「中所得国の罠」のリスクに対応していく必要がある。今後も人口ボーナス期が続くと見込まれるアジアの後発国や、”China plus One”の有力な候補地として注目を集めているベトナムなどが労働集約部門の担い手として関心を集めている中、人口ボーナス期を過ぎたタイにとって、産業の高度化・高付加価値化が大きな課題となっている。特にベトナムがイノベーション面でもタイを追い上げてきていることも意識されていると考えられる。タイは、2036年の先進国入りを目指し、産業戦略上の重要分野、将来の成長分野として、次世代自動車やスマート電子機器といった製造部門のほか、高付加価値の観光・メディカルツーリズム、バイオテクノロジー、自動化・ロボット技術、ロジスティクス、デジタル経済などの分野に法人所得税減免の優遇措置を設け、タイ東部3県にまたがる経済特区(「東部経済回廊」)への投資促進により第四次産業革命を推進していく成長戦略”Thailand4.0158″を推進している。

新型コロナウィルス感染拡大によりプロジェクトには遅れも見られるが、入国制限の緩和や経済の回復に伴い再開、進展していくことが期待される。タイは、少子・高齢化が急速に進展しており、慢性的な人手不足という構造的な問題に直面しており、2020年を除き、近年の失業率は1%台で推移している。ASEAN域内の他の国々(シンガポールを除く)やインドに比べても、足下の高齢化率は既に高く、今後も急速に高齢化が進んでいく見通しである。マネジメント、エンジニア、ワーカー等、様々な職種で人材不足が指摘されており、コロナ禍により、外国人材の入国が制限されたことで、人手不足の問題にさらに拍車がかかっている。産業高度化を支える高度人材の育成も急がれる。また、タイは、後述のインドと似て、GDPに占める比率の低い農業に従事している就業者の比率が高い(2020年時点で31%)。特に農村においてベビーブーム世代の滞留が指摘されており159、高齢化も都市部より早いスピードで進展していくと考えられる。それに起因する様々な社会課題の解決に向けた取組も求められている。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html