ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■高齢化とシルバーマーケットの形成

前回では労働力人口を取り上げたが、人口動態においてもう一つの主要な視点が高齢化率(65歳以上の人口比率)である。この年齢層では、主な所得源が給与から年金に移行し、また家電製品といった耐久財が既に所有済みである場合が多いことから、消費活動などの生活様式が労働力人口に属していた時期とは異なってくると考えられるためである。

先進国では既に高齢化率が上昇しており、発展途上国と低所得国でも今後の増加が見込まれ、国別で見ても水準に違いはあるものの高齢化率の上昇は世界的なすう勢であることが示されている。高齢化率の上昇が注目される背景にあるのは、同年齢層の購買力が高いと考えられることである。具体的に、金融資産保有全体に対する高齢世帯の保有割合を見ると、高齢化が特に顕著である日本においては一貫して同割合は増加し、2004年以降は5割を上回っており、高齢化の進展が日本よりも遅いとされる米国においても近年の調査で同割合は5割を上回っている。また、ドイツにおいても株式保有者の年齢構成を見ると、年齢層が上がるにつれて全体に占めるシェアが高まっている。すなわち、高齢化比率の上昇は、単純な人口構成上の存在感の高まりだけではなく、金融資産の保有を背景とした購買力の高さによって消費の盛り上がりが考えられることもあり、いわゆるシルバーマーケットの形成につながる。

内閣府のアンケート調査によれば、企業にとって、シルバーマーケットは拡大の潜在性がある重要な市場になることが示唆されている。同調査によると、インターネット上で金融取引を行うと回答した高齢者の割合は、我が国では他のサンプル国との対比では低くなっているものの、米国では同割合は5割に近く、キャッシュレスへの取組が盛んであるスウェーデンでは7割を超えている。更に、インターネットでショッピングや情報収集をすると回答した割合は、我が国でも上昇しており、他のサンプル国では5割を超えている。こうした結果は、スウェーデンや米国のようにキャッシュレス等の取引環境を整備すれば、我が国でも高齢者によるインターネットを介した取引の割合が高まり、シルバーマーケットが拡大していく潜在性を示しており、高齢化の度合いに応じ、高齢層向けビジネスを展開していくことの重要性が示唆されている。

(高度人材獲得の重要性)
ここまで、労働力人口や高齢人口といった主に一国の国内で進展する人口動態の要因を見てきた。一方、先に述べたように、国連経済社会局の人口推計の前提では、移民は一国の人口のすう勢に大きな影響は与えないとの前提が置かれているものの、それでも移民がもたらす経済への影響は注目されるべきであると考えられる。例えば、Rapoport(2018)は、移民が経済と社会に与える影響について文献調査を行った上で、移民は発展途上国が世界経済へと組み込まれていく過程を促進するものであるとされており、また、移民とディアスポラ人材が形成するネットワーク効果は高度な知識(Brain Gain)を生み出す重要な源泉であると結論している。

国内での労働力人口比率の低下や高齢化率の上昇に加えて、我が国のように長期的な人口の減少が顕著である国にとっては、Rapoport(2018)で議論されているような移民がもたらす定性的な好影響を取り入れていくことは重要である。特に、移民がネットワーク効果を通じて高度な知識を生み出す重要な源泉となるとの議論を踏まえても、我が国の経済成長と技術・イノベーションの優位性を維持及び向上させていくために、国外から高度人材を獲得することは重要な課題になる。母国から離れて活躍する高度人材を表す「ディアスポラ人材」という用語はあるものの、「高度人材」についての統一的な定義がある訳ではない。しかし、潜在的な高度人材の動向を示す指標の一つとして、先進国での留学生の割合を見ると、我が国では特に博士相当の留学生の割合が低い。

我が国での同割合は、他の先進国対比ではドイツよりは高いものの、概して3-4割程度を占めている他国に比較すると低位である。米国では2017年以降の同割合の低下が顕著であるが、2021年に発足したバイデン政権の移民に対する姿勢がトランプ政権の厳格なものから変容していくのかが注目される。また、高度人材の獲得に向けて我が国と諸外国においては外国人材に対する優遇制度が設定されており、明示的にではないもの、人材獲得に向けた競争環境が醸成されていることも注目される。我が国と諸外国の外国人材に対する優遇制度を見ると、学歴、職歴、語学力に基づいたポイント制に基づいて高度人材に対するビザを優遇する、高度人材とする職業を予め定義し永住権等の特典を与えるなど、多様な優遇制度が設定されており、各国が高度外国人材の獲得を重要な政策課題としていることが示唆されている。これらの高度外国人材に該当するビザの発給や入国の状況を見ると、我が国では2020年から高度外国人材の認定件数が横ばいとなっており、その他の諸国では、すう勢的に発給数・移住者数・居住者数が減少している国(カナダ、英国、豪州、韓国、シンガポール)、新型コロナウイルスの影響と見られる2020年の一時的な減少を除けばビザ発給がすう勢的に増えている国(米国、ドイツ、フランス)など、高度外国人材の入国・移住動向には差異が見られる。これらの入国者・移住者の動向は、必ずしも制度の成果だけを示すものではなく、その時々の移民に対する政策当局や国内世論の見方といった多様な要因が影響するため、単純に制度比較をできるものではない。

ただし、特に我が国のように労働力人口の減少が顕著な国においては、制度の効果を検証していく上で注目していくべき要素の一つであると考えられる。更に、企業等の組織において、既に上述のような優遇制度が適用されるビザを保有して就業している場合は、余程の強い理由がなければ同様の他国のビザを取得し直して移住するというケースは多くはないことが考えられる。このように、高度外国人材のストックは限られていることが考えられることや、特に先進国においては長期的に労働力人口比率の低下が見込まれることを鑑みても、高度人材の獲得競争といった環境が醸成されていく可能性がある。

(メガシティの形成)
中国やインドといった長期的には人口の減少が見込まれているものの、当面は人口が増加し、かつ堅調な経済成長が見込まれる国では、国内の都市が大規模化することが見込まれる。国際連合経済社会局の推計によると、人口が1千万人を超えるいわゆるメガシティの数は、特に発展途上国で増加することが見込まれている。特に、2035年時点では41都市と予測されるメガシティ数のうちで、18都市のメガシティが中国とインドに存在することが見込まれている。更に、メガシティまでの規模はないものの、人口が100万人以上の大都市も発展途上国での数の増加が見込まれている。

メガシティを含めた大規模な都市が形成される過程では、上下水道等のインフラ整備が重要な課題となってくるため、都市部にどれだけの人口が集中するのかという見通しが重要である。メガシティの形成が顕著な中国・インドと、その他の先進国について、それぞれの主要な都市に人口のどれだけの割合が居住しているのかをみてみる。それによると、我が国においては東京への人口集中が進展する一方で、その他の先進国(米国、フランス、英国)では現状からほぼ一定(パリ)もしくはやや低下(ニューヨーク、ロンドン)の推移が見込まれている。また、中国(北京)やインド(デリー)といった当面の人口増加が顕著な国においては、上述のとおり複数のメガシティの分散形成により、先進国程には一極集中とはならないことが示されている。冒頭のとおり、長期的な人口推計の結果は前提次第で異なってくるものの、世界的に見て当面は人口が増加していくということが共通しており、更に大規模な都市の数が増加することを踏まえると、生活を支えるためのインフラ整備が重要な課題となってくる。

人口増加が顕著である国として扱っている中で、国際連合人間居住計画(UN-Habitat)が調査する都市部での生活インフラに関して、データが入手できるインドとナイジェリアの状況をみてみる。入手できるデータにおいて両国に共通するのは、都市部人口の1割程度は住居から往復30分以内で飲料水を入手できず、飲料水の整備に比較して衛生サービスと居住空間の確保が更に遅れている点である。また、都市部で居住空間が確保されている家計の割合は、インドでは1990年代に比較すれば低下しており、ナイジェリアではすう勢的に横ばいの推移となっている。両国における当面の人口増加を踏まえると、住居の供給が重要な課題であることが示唆されている。そうしたインフラ整備需要に対応していく上では、資金面での対応も必要不可欠であり、特に公的部門と民間部門の協力体制が重要である。

具体的には、国際連合人間居住計画の推計によれば、2020-2030年の間に全世界で38兆ドルもの都市部インフラ整備需要が見込まれるものの、公的部門と民間部門を合計した潜在的なインフラ投資可能資金は98兆ドルにも及び、インフラ整備需要を十分に賄えるとの試算結果が示されている。ただし、公的年金基金、国富基金、公的基金を公的部門の合計とすれば、それだけではインフラ整備需要は賄えず、商業銀行を中心とした民間部門の関与が必須である。また、全世界の都市部インフラ整備需要は、大部分が新興国や発展途上国に集中していると考えられる。大規模都市の形成を持続可能な発展にしていくとの社会課題に取り組むためには、国際的な協力体制も不可欠である。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html