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■地政学リスクの増大
足下、米中対立の激化、英国のEU離脱に加え、新型コロナウイルス感染収束までの長期化や、ロシアによるウクライナへの侵略といった大きな政治的ショックもあって、地政学リスクが非常に高まり、世界全体で不確実性がこれまでにない水準で高まっている。
(不確実性の高まり)
世界経済フォーラムが公表している『グローバルリスク報告書2022年版』の調査において、グローバルな潜在リスクが現実的な脅威となるまでの期間を短期(0-2年)、中期(2-5年)及び長期(5-10年)に分けてリスク別に示している。この調査によると、環境、社会、テクノロジー、地政学に関連するリスクが長期的に顕在化するものとして挙げられている。環境リスクのうち、気候変動対応への失敗や異常気象といった気候関連リスクは、全期間においてリスクとして挙げられる割合が高く、長期になるほど、生物多様性の喪失や天然資源危機、人為的な環境災害といった気候関連以外の環境リスクも上位に上がってくる。また、地政学的対立や地政学的資源戦争といった地政学的リスクは、中長期的に顕現化していくと見られている。このほか、デジタル化が進展する中で顕在化するリスクも各期間で挙げられており、サイバー・セキュリティ対策の失敗やデジタル格差は主として短期のリスク、テクノロジー進歩による悪影響は長期のリスクとして見られている。一方、2022年のリスクについて、政治リスクコンサルティング会社のユーラシアグループが年初に公表している『2022年10大リスク』を見ると、最も大きなリスクとして、「中国によるゼロコロナ政策の失敗」を挙げ、新型コロナウイルスの変異型を完全に封じ込めず、経済の混乱が世界に広がるリスクを指摘している。
次に大きなリスクとして、「テクノポーラーな世界」を挙げており、巨大ハイテク企業による経済・社会の支配が懸念されている。米欧中の各政府は規制強化に動くが、ハイテク企業の投資は止められないほか、AIの倫理的な問題については、政府と企業が合意できていないため、米中、米欧間の緊張を高めるリスクがあると指摘している。また、5番目のリスクとして「ロシア」を挙げ、2022年初段階でウクライナ情勢を巡るプーチン大統領の次の一手に注目し、米欧の譲歩がなければ、ウクライナにおいて何らかの形態の軍事作戦を行う可能性があるとしていた。2022年2月24日に実際に、ロシアによるウクライナへの侵略が行われ、指摘されていたリスクが顕現化している。
今般のロシアによるウクライナ侵略は、世界が連帯して築き上げてきた国際秩序の根幹を揺るがす行為であり、断じて許容できるものではない。G7諸国を始めとする国際社会は、迅速に資産凍結・金融制裁・貿易制裁などを含む包括的な経済制裁を講じている。こうした状況を受けて、権威主義的国家と自由民主主義的国家との間における世界経済の分断やブロック化、多極化の動きがこれまで以上に加速している。また、欧州や途上国を中心に世界中で、エネルギーや食料を特定国に依存するリスクが顕在化しており、エネルギー・食料の安定供給を含めた経済安全保障の重要性が再認識される事態となっている。今後は、地政学的リスクも踏まえた各国の戦略的な動きがより一層活発化する可能性もある。我が国としては、こうした不確実性の高まる世界の中でも、G7諸国を始め、法の支配や民主主義といった基本的価値を共有する国々と緊密に連携しながら、これまで世界経済の発展を支えてきた多角的貿易体制を基礎として、新興国や途上国も含めて同じ考えを持つ国々と一層の連帯を深めつつ、経済安全保障という新たな課題にも共同して取り組んでいくことが必要である。
このような地政学的リスクの高まりは、以下の代表的な4つの不確実指数にも反映されている。日米の「マクロ経済不確実性指数」を見ると、コロナショックによる不確実性の高まりが、日米ともに、それぞれ東日本大震災や世界金融危機など、相応に不確実性が高まった時期の水準を超えている。また、「経済政策不確実性指数」や「エコノミック・サプライズ指数」を見ても、新型コロナウイルス感染拡大により、世界全体で顕著に指数が上昇しており、近年で最も不確実性が高まったといえる。なお、我が国における「経済対策不確実性指数」の新型コロナウイルス感染拡大の反応を見ると、世界や米国より低い水準となっている。これは、我が国において死亡率や失業率が抑えられたため、政府による介入が比較的少なかったことが背景の一つと考えられる。このほか、「株式ボラティリティ指数(VIX指数)」においても、世界金融危機以来の指数の上昇を示すなど、我が国も含め、金融環境においても不確実性が高まっていることを反映している。さらに、地政学リスク指数(geopolitical risk index1)を見ると、ウクライナ侵略によって、指数が、米国同時多発テロやイラク戦争以来の高い数値を示しており、地政学リスクが高まっていることが分かる。
(経済安全保障の要請の高まり)
このように、不確実性が高まっている中、新型コロナウイルス感染拡大に伴うサプライチェーン途絶リスクの顕現化への対応など、経済安全保障の要請が強まっている。米中間では、AI・量子等の新興技術や、それを支える基盤技術での技術覇権争いが行われているほか、先端半導体製造などの重要技術の輸出管理強化や、各国が自国に技術を囲い込もうとする動きが活発化しており、米中対立の影響がグローバルに広がっているといえる。こうした動きを背景に、戦略産業の育成やグローバルサプライチェーンの見直しなど、各国で経済安全保障に関する取組が強化されている。米国では、競争力のある新産業育成と技術イノベーション政策(経済安全保障の「攻め」の側面)のほか、輸出管理強化や新興技術の輸出管理など(経済安全保障の「守り」の側面)を重視した政策に取り組んでいる。
我が国においても、経済安全保障担当大臣の新設や経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)が制定されるなど、経済安全保障への取組が強化されている。企業行動としては、新型コロナウイルス感染拡大によるグローバル経済の減速、生産拠点の多元化の要請もあり、グローバルサプライチェーンの一部に国内回帰の動きも見られる。今後も、企業にとって、地政学リスクや経済安全保障戦略の動向を注視するとともに、突然の状況変化やルール変更に迅速かつ柔軟に対応できるレジリンスを高めるためのサプライチェーン戦略を策定することの重要性が高まっており、リスクの大きさや持続する期間等を勘案しつつ、生産拠点や調達先の変更及び多様化、在庫の積み増し、リサイクル、備蓄等を柔軟に実施していくことが求められる。各国政府は、国内産業政策とあわせ、強靱・多様・安全なサプライチェーン構築を支援する動きを強めており、特に半導体については、国内生産能力強化・研究開発への投資等を進めるとともに、信頼できるパートナーと協力する動きが顕著となっている。
また、有志国連携の一つである日米豪印(通称クアッド)においても、重要技術を巡る連携について議題に上がっている。第1回日米豪印首脳会議において設立された、重要・新興技術作業部会では、重要・新興技術が共通の利益と価値観に従って管理・運用されることを目指し、「技術の設計・開発・ガバナンス及び利用に関する日米豪印原則」を策定したり、重要技術のサプライチェーン強靱化に向け、4か国の半導体及びその重要部品について議論を深めたりしている。また、日米首脳会談(2021年4月)においては、デジタル経済・新興技術に関して、①生命科学及びバイオテクノロジー、AI、量子科学、民生宇宙分野の研究及び技術開発における協力の深化、②5Gの安全性・開放性へのコミットメント、信頼に足る事業者の重要性、③重要技術を育成・保護しつつ、半導体を含む機微なサプライチェーンに関する連携を確認している。こうした中、中国においては、「科学技術の自立自強」を掲げ、「自主的・コントロール可能なサプライチェーンの能力強化」として、サプライチェーンの主要部分は国内にとどめておくなど、コア技術の国産化を推進している。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html