ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■グローバルバリューチェーンの実態と課題

(世界の貿易投資構造の変化)
(1)財貿易
ここでは長期的な世界の貿易投資構造の変化を考察し、併せて直近の動向も確認する。財貿易は長期的に拡大が続いているが、貿易構造は貿易財の内容、貿易相手国ともに構造変化が見てとれる。輸出の伸び率は、世界金融危機までGDPを上回って大きく成長しており、その背景には、国際的生産分業とそれを支える中間財貿易の拡大があった。対外直接投資の結果、生産拠点の海外移転が進み、国際生産分業の進展とともに、取引される財の内容が最終財から中間財へシフトしてきた。輸出では、グローバルバリューチェーンに沿って中間財が国境を越えるたびに重複して計上され、中間財を含まない純粋な付加価値の合計であるGDPを上回って拡大したことが指摘されている。

世界金融危機以降は、輸出の伸びがGDPを下回るような動きも見られるようになってきている。こうした動きは、スロートレードと言われる現象で、中間財の現地生産が拡大して、中間財貿易の拡大に一服感が出てきたことが要因として指摘されている。近年の動きを見ると、2020年はコロナの影響で輸出、GDPともに大きく落ちこんだが、2021年は反動で大きく伸び、輸出額は過去最高を記録している。今後は、ロシアによるウクライナ侵略により世界経済の不確実性が高まっているものの、WTOやIMFは、2022年以降も輸出、GDPともに拡大を続けていくと予測している。また、貿易相手国についても、遠隔地との地域間貿易から近距離の地域内貿易へ重点がシフトしていることが指摘できる。

一般的に貿易は、輸送費の関係から近距離間の取引が好まれる傾向があるが、経済連携協定を通じて関税など貿易コストを引き下げる動きとあいまって、近距離である域内諸国との貿易取引がより拡大し、域内貿易比率が上昇している。これを見ると、EUでは、加盟国の変化による断続は見られるものの、概ね1980年代は域内貿易比率が上昇し、その後も60%を超える高い水準で推移している。北米では、2000年頃まで域内貿易比率が上昇し、2008年頃まで低下した後、40%前後で安定的に推移している。アジアでは、域内の自由化を進めるASEAN10か国(ASEAN10)に日本、中国及び韓国を加えた13か国(ASEAN+3)や、ASEAN+3と豪州及びニュージーランドの地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の参加国にインドを加えた16か国(ASEAN+6)の間で、現在に至るまで域内比率の上昇が続いている。このように、貿易における中間財のシェアが上昇し、近距離の相手国との域内貿易がより拡大する傾向が見られる。

(2)サービス貿易
次に世界のサービス貿易を概観する。サービス貿易も世界金融危機などによる一時的な後退は見られたが、長期的に拡大基調で推移しており、UNCTADのデータベースで把握できる2005年からコロナショック直前の2019年までの14年間で約2倍の規模に拡大した。ただし、近年、2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で旅行サービスを中心に大きく減少した。四半期別の伸び率の推移を見ると、2020年は旅行サービスが大きくマイナスに落ち込んだほか、輸送サービスもマイナスとなった。2021年は前年の反動もあり、第2四半期に伸びがプラスに転じ、次第に回復しつつあるものの、2019年までの水準からは程遠い状況となっている。長期的なサービス輸出の構成の変化を2005年と2019年で比べてみれば、「輸送」、「旅行」のシェアが縮小する一方で、IT化の進展により「通信・コンピューター・情報サービス」が大きく拡大している。また、研究開発サービス、法務、会計・経営コンサルティング等の専門サービス、建築、工学等の技術サービスなど多様な業務サービスを含む「その他業務サービス」もシェアを大きく拡大した。情報通信技術の発達は、国際的な生産分業やそれに基づくグローバルバリューチェーンの深化と深く関わっていることが指摘されており、サービス貿易における「通信・コンピューター・情報サービス」の拡大はグローバルバリューチェーンの深化を反映している。

ボールドウィン(2016)は、技術の発達が移動コストを低下させ、国境を越えた分業をもたらしてきたと指摘している。まず、蒸気船や鉄道の発明によって物資の移動コストが低下し、生産活動が産業単位で海外に移転することが可能となった(第1のアンバンドリング)。次に情報通信技術の発達によってアイデア(技術・データ等)の移動コストが低下して、生産技術や経営ノウハウを新興国に持ち込み、複雑な活動を遠隔地から調整することが可能となった(第2のアンバンドリング)。このことが生産工程のタスク単位での国際分業を進展させ、グローバルバリューチェーンの深化を促した。さらに情報通信技術が発展すると、それまでは直接顔をあわせる必要があったサービスが国境を越えて提供できるようになり、個人単位でタスクが分割されるようになると指摘している(第3のアンバンドリング)。

サービス貿易の主要輸出国を見ると、首位は米国で、2位以下に、英国、ドイツ、中国、アイルランド等が続く。なお、米国は、財貿易では赤字国であるが、サービス貿易では黒字国となっている。これらの国の主要輸出項目を見ると、「その他業務サービス」が大きい点はほぼ共通しているが、国ごとの特徴も見られる。例えば、米国は「旅行」、「金融」、「知的財産権等使用料」が大きく、コロナ前まで旅行者を集めていたことや金融サービス、知的財産を世界に供給していることがうかがわれる。英国は、「その他業務サービス」に次いで、金額ベースでやや低下気味ながら「金融」が大きく、ドイツは「輸送」が大きい。中国は「旅行」が2010年代半ばから緩やかに低下する一方で、「通信」が急拡大しており、「輸送」も伸びている。アイルランドは「通信」が突出して拡大しており、法務・会計・コンサルタントなどの「その他業務サービス」、「金融」が続いている。

(3)対外直接投資
世界の対外直接投資は残高ベースで長期的に拡大してきている。米国を筆頭に主要先進国の対外直接投資が拡大するとともに、2010年代に入ってからは中国も対外直接投資を拡大した。投資相手国としては、UNCTAD統計の区分によれば、先進国向けが約7割と大きな割合を占めるが、中国など新興国向けも拡大している。特に中国の対内直接投資残高は、世界金融危機後、突出して拡大している。これは、直接投資を通じて、中国を始めとする新興国に生産拠点が設置され、低賃金労働を生かした国際的な生産分業が拡大されてきたことを反映している。そのような生産拠点間の中間財貿易がグローバルバリューチェーンへとつながる。

(中国の対内・対外直接投資)
ここで対内直接投資が急増している中国の投資元を見てみる。2020年は中国へのアクセスが良く、自由な経済活動が可能な香港が全体の約7割を占め、ケイマン諸島、バージン諸島、シンガポール、オランダなどの税負担の軽い金融センターも多い。それ以外は、アジア域内の韓国、日本、台湾、地域外では米国、ドイツの投資が多い。金融センターを経由しているため、実際の投資元は明らかではないものの、中国には主要国からの対内直接投資を通じて生産拠点が立地していることが分かる。中国には主要国からの対内直接投資が多いが、中国自身も2000年代に入って、「走出去」政策の下、対外直接投資を拡大している。そして2010年代半ばに残高ベースで対外直接投資は対内直投を追い抜くこととなる。その中国の投資先は、対内直接投資と同じように、税負担が軽く対外直接投資等の規制の少ない香港が全体の過半を占め、ケイマン諸島、バージン諸島、シンガポール、オランダなどの金融センターが多い。ここで中国とASEANの関係も見ておく。金融センターをはさむため、中国の実際の投資先の実態は明らかではないものの、統計上、2010年代後半、中国の対外直接投資に占めるASEANのシェアは拡大している。ASEAN諸国へ中国の対外直接投資が進み、中国の経済的なプレゼンスが高まっている。また、一帯一路沿線国のシェアも上昇している。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html