ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■貿易・投資・金融面での措置を巡る動向

(主要国による最近の措置)
近年、グローバル化と情報通信技術の発展により、国境を越えたグローバルサプライチェーンや金融・情報通信ネットワークが世界中に構築されている。これに伴い、世界各国の相互依存関係が形成され、国際秩序の安定に寄与している。他方、強まった相互依存関係のネットワーク構造において、貿易・投資・金融面で、そのような相互依存関係を前提とした様々な措置がとられてきている。

米国では、トランプ前大統領が2018年3月、1974年通商法301条による中国に対する追加関税措置を発動することを決定した。1974年通商法301条では、不公正な貿易により通商協定における米国の権利が侵害される場合、WTO等の国際ルールに基づく紛争解決手続を経ず、米国のみの判断に基づき、相手国に対し関税引上げや輸入数量制限等の一方的な貿易制裁措置を課すことができる。中国の産品に対する追加関税措置発動の決定は、中国による知的財産や技術の移転に関して中国政府が介入しているとの調査結果を受けたもので、これ以降、米国と中国で貿易制裁措置の発動が続いたものの、2020年1月には米中経済貿易協定(第一段階)に合意した。新型コロナウイルス感染拡大の影響で世界経済が落ち込む中、中国としては合意内容の履行に努めたとしているが、米国は、中国が合意内容の6割程度しか米国産品を輸入していないと主張している。

その後、2021年1月に就任したバイデン政権は、中国人民解放軍と関連する中国企業等への投資を禁止する大統領令に署名するなど、基本的に中国に対する厳しい措置を維持している。米国では、歴史的に一方的措置の発動件数が多いが、その要因としては、貿易自由化による輸入急増が米国の国内産業に与える損害に対して迅速に対応するため、強い権限を与えてきたこと等が挙げられる。WTOを設立するマラケシュ協定附属書二(紛争解決に係る規則及び手続に関する了解)第二十三条(多角的体制の強化)は、WTO協定上の利益が害されたか否かの判断について紛争解決手続によることなく、一方的に是正を求めるための措置を発動することを明示的に禁止している。もっとも、2019年以降、紛争処理を担うWTO上級委員会が委員任期満了や退任により機能していない状態に陥っているため、WTO紛争解決機関において、機能していない上級委員会に上訴することによって、パネルによる判断が確定せず塩漬けとなるケースが複数累積している。このようなWTO紛争解決機関の機能不全が続けば、一方的措置を含むルール不整合な措置に対して十分に対応できなくなることが懸念される。

さらに、米国は、域外適用にも積極的な姿勢を見せている。通常、立法管轄権の範囲は、国内の法律の適用範囲は自国内のみにとどまり、国外には及ぶものではないという属地主義の考え方に基づいている。公正かつ自由な競争の実現のため、競争法においては従来から属地主義を拡張した効果理論の考え方による域外適用が指摘されていた。例えば、米国の1979年輸出管理法では、米国原産品の再輸出や米国原産品だけではなく米国産部品等が一定割合使用された海外産の製品も規制対象となっており、同法に代わり2018年に制定された米国輸出管理改革法においても同様に再輸出を含めて規制されている。1997年に制定された米国海外腐敗防止法は、外国の公務員への贈賄行為を規制する法律であるが、米国外で起きた贈賄行為であっても米国子会社が関係している場合や、米ドルによる送金で支払いされた場合等も米国が関連した行為とみなされ多数の摘発が行われている。このように、米国による域外適用の範囲は拡大し、適用頻度が活発化している。

(対抗措置にかかる法整備)
中国は、法律の下位の規則として、2020年9月「信頼できない実体リスト」、2020年12月「輸出管理法」、2021年1月「外国の法律と措置の不当な域外適用を阻止する弁法」等を相次いで施行した。2021年6月には、これまでの規則より上位に位置付けられ、国家が制定する法律である「反外国制裁法」が施行され、同法に基づき中国当局者等に対する米国の制裁措置に対応して、米国の個人、政府機関、企業に対する制裁措置が累次発表されてきた。欧州では、第三国からの経済的威圧を念頭に、2021年12月に対抗措置を可能とする規則案を公表した。EUの利益を保護するためにWTOの承認を経ずに独自に関税引上げや資金支援の停止等の対抗措置を可能とする内容で、第三国の一方的な威圧的措置を抑制することを主な目的としている。ここでは、第一段階としては対話を通じて措置の解消を目指し、対抗措置は最終手段とすることが想定されている。この規則案については、今後EU理事会と欧州議会にて審議が予定されている。

(日本の企業への影響)
こうした状況の下、日本の産業界からは懸念の声が示されている。2020年11月に一般財団法人安全保障貿易情報センター(CISTEC)、一般社団法人日本経済団体連合会、日本商工会議所等の業界団体は、連名で経済産業省に対して中国及び米国の域外適用に関する要望書を提出した。要望書では、米国、中国の輸出管理規制の強化の流れの中で、過剰な域外適用や報復措置等の抑制のために政府間の働きかけを求め、過剰な規制により、予見可能性や法的安定性が著しく欠けた状態になり、ビジネス活動の委縮につながるという懸念が表明されている。梶山経済産業大臣(当時)は、2020年11月17日の閣議後記者会見の中で、経済産業省としては産業界との対話を進めるとともに、各社に各国の規制状況を踏まえたリスクの把握等を求め、規制以上に過度に委縮しないように喚起した。また、政府が収集した詳細情報の積極的かつタイムリーな発信と、米中始め他国においてサプライチェーンの不当な分断がある場合には、経産省が前面に立って支援する旨を表明した。

日本機械輸出組合を事務局とする貿易・投資円滑化ビジネス協議会が2021年12月に公表した調査では、米国、中国での貿易上の問題点として、「中国輸出管理法の運用が不透明。規制の域外適用などが含まれるが、国際輸出管理レジーム合意に基づき、その原則に即しバランスのとれた制度・運用の必要性」があり、「輸出管理改革法(ECRA)や外国投資リスク審査近代法(FIRRMA)の規制等について、米中両国と取引のある日本企業も対象」となっており、「米国のEAR規制の対象顧客が日に日に増しており、市場が狭まっている」等という懸念の声が示されている。突然の域外適用は予見性が低く、企業の事業環境が不安定化し経済活動の委縮へとつながることから、不公正な影響を及ぼすような過剰な域外適用の動きには注視していく必要がある。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html