ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■デジタルによるグローバルバリューチェーンの可視化

災害や感染症、地政学リスク等による突然の供給途絶への対応、これまで見てきた多様な共通価値の実現など、グローバルバリューチェーン(GVC)マネジメントの課題は複雑化、高度化している。GVC上の新たな課題に対応するためには、旧来のマネジメントのあり方やレガシーシステムの大胆な見直しが必要である。デジタル技術・サービスの活用は、経営革新の重要な鍵である。GVCマネジメントに関して言えば、GVC全体を可視化し、問題の所在をリアルタイムで明らかにすることで迅速な経営判断を可能にするほか、取引先とそのGVCのサステナビリティに関する取組状況の情報をデータとして蓄積・分析することで、リスクの予見可能性を高めることなどが期待される。

具体的には、IoT情報の企業間連携によるサプライチェーンやバリューチェーンの最適化(各段階における時間的ロスの削減、生産進捗の確認、供給途絶ポイントの把握等)、衛星情報を活用した物流のトレーサビリティの向上、ビッグデータの分析による需要予測や在庫管理、SNS情報の活用による業務・ガバナンスの向上(災害や事件の迅速な把握、消費者ほかステークホルダーの声の把握・分析等)、デジタルツイン技術を用いた仮想空間(メタバース)での様々なシミュレーションによるバリューチェーン設計の効率化・高度化など、活用の場は多岐にわたる。

また、デジタル化を通じた貿易手続きコストの削減はGVCマネジメントにおいて重要な要素となる。通関手続き書類や港湾事務フローの電子化のほか、トレードワルツのようなブロックチェーン技術を用いた貿易手続電子化サービスのプラットフォームが立ち上げられ、膨大な貿易データを一元管理することでサプライチェーン管理に貢献しており、各国の公共部門と連携して手続きのシングルウインドウ化を図る動きなどが見られる。GVCの最適化とデジタル化は密接な関係があると言え、GVCマネジメントにおいてデジタルネットワークへの「接続性」や「データ」の重要性が一層、増していくと考えられる。

(日本企業の課題)
しかしながら、日本企業のデジタルによるGVCマネジメントの進展スピードは、全体的に緩慢である。通商白書2021でも取り上げた日本企業におけるデジタル技術を用いた生産プロセスの可視化の取組に関する調査結果によれば、デジタル技術を用いて海外工場も含めたサプライチェーンの可視化の取組を行っている企業は、回答企業の2.9%にとどまり、実施予定がない企業が74.7%に上った。欧米企業がデジタル技術によるサプライチェーンの強靱化やサステナビリティの確保といった段階に進んでいるのに比べて、多くの日本企業は未だ最初の段階(電話・メール・FAXのマニュアル作業の削減やペーパーレス化、サプライチェーンの各段階のデジタル化が中心)に止まっているとの指摘がある。

また、日本企業のIT活用に注力するテーマとしては、「会計の適正化や精度向上」、「間接業務全般の改善や効率化」、「調達・生産・効率にかかわる業務プロセスの改善や効率化」といった項目についての積極度が高く、「新たな事業領域の開拓や新しいビジネスモデルの開発」、「新たな営業・販売チャネルの導入やチャネル全体の再構築」といった新規分野の開拓、また「サプライチェーン全体の最適化」といった項目については積極度が相対的に低いとする調査結果がある。また、企業のIT予算の増額要因に関する日米企業の比較調査によれば、米国では「顧客行動や市場の分析強化」や「市場や顧客の変化への迅速な対応」を挙げる企業の比率が高いのに対し、日本では社内の「働き方改革の実践」や「業務効率化・コスト削減」を挙げる企業の比率が高く、戦略的な見地からのIT活用の事例は相対的に少ない。

共通価値やデータをめぐる各国の措置の透明性や、実践上のわかりやすさ、既存の枠組みとの調和等、企業の取組を推進していくためのグローバルな環境整備も求められる。データに関して言えば、各国の規制や措置の「透明性の確保」に関する課題(「個人情報」やデータの「越境移転」の定義や要件・規制対象の範囲が曖昧であること、規制や措置の急な変更への対応に苦慮していること等)、「技術と標準化」に関する課題(第三国への越境移転時にも移転元国と同等の保護・管理を行うことが企業の責任として課せられ対応に苦慮していること、セキュリティ関連情報の取り扱いについて地域・国独自の認証の取得を要求されることがあり、取得等にかかるコストが多大であること等)が挙げられている。

(データ連携基盤を通じたバリューチェーンマネジメント)
GVCマネジメントにも深く関わる統合的なデータ連携基盤(プラットフォーム)構築の取組は、欧州で先行して進められている。国際データスペース協会(International Data Space Association: IDSA)による国際データスペース(IDS)は、データ主権を担保した「データエコシステム構築」のため、データ交換の標準アーキテクチャー、ルール・ガイドライン、データ交換のための技術要素(コネクター)等を定義・提供し、データ連携のユースケース整備を進めている。2016年の設立以降、130の参加組織が存在し、既にビジネスレベルで企業・異業種間データ連携でのユースケースが蓄積され、サービスが生まれてきている。

ユースケースの例としては、独ボッシュ社によるインシデント時共同サプライチェーンデータ管理サービス、中国ハイアール社によるプラットフォームサービスCOSMOPlat、日本NTT社及び独SIEMENS社によるCO2削減と循環型経済実現を目的とした、データ主権の保護とサイバーセキュリティの確保に向けた実証事業等が挙げられる。また、IDSでは、欧州に留まらず、よりグローバルなオープンスタンダード化が目指されており、日本や中国を始めとした各国にハブを設立する動きも出ている。

ドイツとフランス両国の政府が2019年10月に発表したGAIA-Xは、認証や契約手続に基づいてデータへのアクセスを制御し、データ主権を保護しつつ、様々なクラウドサービスとの相互運用性を確保する技術的な仕組みである。例えば、機械が利用される現場やサプライチェーンの各段階に存在するオペレーター、機械メーカー、部品メーカー、サービスプロバイダーが、GAIA-Xプラットフォームにおいて機械の稼働情報を共有することにより、生じている課題に適時適切に対応することが可能となるほか、機械のライフサイクルの各時点で必要なソリューションのやりとりが可能となるといったメリットが想定されている。また、サステナブルなエネルギーの利用についても、ブロックチェーン技術を用いた、バリューチェーンを一気通貫する証明システムの構築等も想定されている。

このほか、ドイツの自動車メーカーが2021年3月に設立を発表した自動車関連企業間の安全なデータ共有のアライアンスであるCatena-X Automotive Network(以下Catena-X)もある。Catena-Xには、自動車メーカーだけでなく自動車のバリューチェーンに関与する企業(部素材メーカー、機械メーカー、通信・IT関連企業)や研究機関等が参加しており、Catena X のプラットフォーム上でデータを共有することにより、品質管理や物流、保守・保全、管理、サステナビリティの実現等をサプライチェーン、バリューチェーン全体で行うことが可能となる。これらのデータ連携基盤への中小企業の参加も重視されている。日本企業にとっても欧州のデータ連携基盤構築の動きは大きな関心事項である。

日本の産業界においては、例えば、脱炭素や資源循環のための製造データの企業間共有に向けた議論や取組、IDSAと国内のデータ連携推進団体との協業の動きも見られる。データ連携基盤に関する欧州のアプローチは、企業等の実世界での活動について取得されるリアルデータを複数の企業間で活用するモデルであり、製造現場において蓄積されてきたデータやノウハウ、ハード面の優位性といった日本企業の強みが生かされるべき領域でもある。そうした観点からも、特に日本のサプライチェーンやバリューチェーンに深く関わるアジア地域の企業と一体となったデータ共有・連携に向けた取組促進や、そのためのルール整備が急がれる。経済産業省では、アジアと一体になった成長の実現に向けて、日本が長くアジア各国と共有してきたサプライチェーンを高度化し、日本企業の競争力強化や環境・人権等の共通価値への対応等に繋げる観点から、アジアにおける企業間のデータ共有・連携を促進する取組を進めるべく検討を行っている。具体的には、欧州で進むデータ連携基盤(前述のIDSやCatena-X、GAIA-X)の取組を参考にしながら、アジア各国との経済関係強化のために打ち出した「アジア未来投資イニシアティブ(2022年1月公表)」においても表明しているように、今後5年で100件のデータをフル活用したサプライチェーンのユースケースを創出していく。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html