ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■スタートアップによる新しい経済機会の創出

(スタートアップをめぐる動向)
(1)急拡大したベンチャーキャピタル投資
スタートアップは、その急激な成長によってマクロ経済の成長をけん引し、将来の雇用、所得、財政を支える新たな駆動力となり得る。ベンチャーキャピタルは、数あるスタートアップの中から大きな成長ポテンシャルを有する主体を発掘するとともに、初期段階から急激な成長を支えるためのリスクマネー供給の中核的役割を担っている。

2021年は、世界のベンチャーキャピタル投資が飛躍的に拡大した1年であった。2021年の投資額は、2020年の3,467億ドルから6,710億ドルへとほぼ倍増している。2021年の大型資金調達案件を見ると、件数では、米国および中国企業が多いものの、案件別に見ると、インドネシアのロジスティクス・E-コマース関連企業、インドのエドテック(教育テック)関連企業といった中国以外のアジア新興諸国企業や、ブラジルのフィンテック関連企業が数十億ドル規模の調達を行っている。デジタルを通じたサービス(教育やヘルスケア、金融サービス等の“テック”分野)やソフトウェア、コンシューマ向けサービス(E-コマースやデリバリー)に加え、グリーン・循環経済、航空宇宙等の新しい分野への関心の高まりがうかがえる。

(2)資金供給主体、資金調達手段の多様化
ベンチャー投資の最近の動きとして注目されるのは、伝統的なベンチャーキャピタル以外の投資家(プライベートエクイティ(PE)、ミューチュアルファンド、ソブリンウエルスファンド(以下SWF)、ヘッジファンド等)の参入が拡大している点である。上原(2021)(“Why nontraditional investors are expected to continue their push into venture”)によれば、米国のユニコーン企業への投資主体を投資件数(投資企業数)の多い順に整理すると、2021年の首位はヘッジファンドであった(2020年と2021年の33位までの投資会社数133を比べると、2020年は非伝統的投資主体が8社であったのに比し、2021年は14社と大幅に増加している)。また、各国のSWFや公的年金ファンド(PPF)が、コロナ禍の回復途上にあって2021年に投資を拡大させており、運用の重心をテクノロジーやコンシューマ、ヘルスケアといった成長分野にシフトさせてきている。このほか、再生可能エネルギーへの投資等、サステナビリティ関連の投資にも関心が寄せられているほか、サウジアラビア公共投資基金(PIF)による米配車サービスUberへの出資やシンガポールTemasekによる米民泊シェアリングサービスAirbnbへの出資等、これまでにもSWFによるスタートアップ投資の事例が知られている。スタートアップ側の資金調達手段も多様化してきている。

ベンチャー投資における投資回収段階であるエグジットにおいて、IPO(新規株式公開)のほかに、諸外国では特別買収目的会社(SPAC:Special Purpose Acquisition Company)を通じて上場するケースが見られるようになっている。SPACとは、それ自体は特定の事業を持たず、未公開企業の買収のみを目的として組成される会社で、上場後、未公開企業を買収し、当該企業の事業を営む上場企業として存続する。スタートアップ側にとってはSPACに買収されることで複雑な手続きを伴うIPOを行うよりも速やかに上場を果たすことが可能となる。このほか、明確な定義はないものの一般に企業等が電子的にトークン(証票)を発行して資金調達を行うICO(Initial Coin Offering)や新規成長企業等が必要な資金をインターネット経由で多くの人から少額ずつ集めるクラウドファンディング等の新しい資金調達方法もとられるようになっている。

(3)巨大化するスタートアップ~ユニコーン企業の動向~
活発なベンチャー投資が行われる中、いわゆるユニコーン企業(企業価値又は時価総額が10億ドル以上となる未上場ベンチャー企業)の数も足下(2022年2月時点)1,000社を越え、2020年比で約2倍と、1年余りで急速に増加している。内訳は、多い国から米国512社、中国167社、インド62社、英国40社となっている。時価総額でみると、世界計(3.3兆ドル)のうち、米国が52.7%と過半を占め、中国の17.1%、インドの5.5%と続く。国別の業種構成をみると、米国ではフィンテック(23.6%)、インターネットソフトウェア・サービス(22.7%)、中国ではAI(30.1%)、E-コマース・D to C(18.3%)、インドではフィンテック(23.1%)、エドテック(16.9%)の比率が高くなっている。

ユニコーン企業が立地する都市に着目すると、米国西海岸のサンフランシスコを筆頭にニューヨークやボストンなどの米国の主要都市、北京、上海、パリ、ロンドン等で多くなっている。スタートアップのエコシステムが急速に発展してきているインドのベンガルールの存在も注目される。スタートアップからエグジットの段階に成長している企業も複数出てきており、中には創業地ではない国の証券取引所で上場する例も見られる。2021年12月にはシンガポールのGrab社の米国NASDAQ市場への上場(SPACとの合併による)や、Sea(シンガポール、オンラインゲーム等コンシューマ向けインターネットサービス、2017年10月にニューヨーク証券取引所に上場)、Bukalapak(インドネシア、E-コマース、2021年8月にインドネシア証券取引所に上場)、インドのOne97Communications(決済サービスPaytmを運営、2021年11月にムンバイ証券取引所に上場)のほか、2022年4月には、GoTo(インドネシア配車サービスのGojekと同国E-コマースのTokopediaが2021年5月に合併)がインドネシア証券取引所に上場した。

(4)出遅れる日本のスタートアップ
大きく成長する世界のスタートアップに比べ、日本企業の出遅れが目立つ。日本のユニコーン企業の数や評価額は、米国のみならず中国やインドに及ばない。日本のユニコーン企業数は2022年2月時点で6社、世界全体の時価総額に占める比率は0.3%)。また、単純比較は難しいが、諸外国と比べても日本における開業率は低位で推移している。日本のスタートアップをめぐる課題を、人材、事業、資金の切り口で整理してみる。

人材をめぐる課題としては、リスク回避的な志向(「起業マインド」の低さ)や、スタートアップへの人材移動の不足が指摘されている。事業面の課題としては、研究成果の事業化を支える資金や経営人材・伴走者の不足、基礎研究から事業化に至るプロセスで越えるべき関門を突破するためのリスクマネーの不足や量産化のための設備・ノウハウの不足、また、市場とのミスマッチ(国内に閉じていてグローバル展開できない、国内市場が革新的な製品やサービスに対して未成熟等)がある。また、資金面の課題としては、ファンドの規模そのものが小さいことや、海外からのリスクマネー供給が限定的である等の理由から資金の絶対量が不足していること、エグジットの選択肢や機会が限られていることによる流動性不足の問題等が指摘されている。スタートアップは成長のドライバーであり、上記の諸課題を解決していくことにより日本のスタートアップエコシステムを好循環に導く必要がある。特に「市場の創出」や研究開発成果の「事業化・社会実装」に当たって、アジア新興諸国等の海外市場への展開、現地スタートアップ等との連携・協業が有望と考えられる。この点については3.で検討したい。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html