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ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。
■アジアとの「共創」がもたらす新たな経済機会
(アジアにおけるデジタル化の進展)
若年人口が多く将来にわたって人口ボーナスを享受すると期待される東南アジアの国々やインドといったアジア新興諸国の市場規模とデジタル技術が結びついた場合の成長のポテンシャルには、内外から大きな期待が寄せられている。アジアのデジタル化は急速に進んでおり、例えば、インドにおけるインターネット利用者数は2016年末の3.9億人から2021年9月時点で8.3億人と5年でほぼ2倍以上になっている。東南アジアでは2019年の3.6億人から2020年に4億人、2021年に4.4億人となり、このうちE-コマースなどのデジタル消費を行っている人は新型コロナウイルス感染拡大前の2.9億人から2021年は3.5億人に増加している。
(コロナ後も続く不可逆的なデジタル化の流れ)
新型コロナウイルス感染拡大に伴う制限措置により、リモートワークやオンライン授業など、生活のデジタル化が加速している。こうした動きは不可逆的なものとして定着していくと見られる。例えば、東南アジアのデジタル動向を人々の意識調査から分析した“e-Conomy SEA2021173”によれば、2020年にデジタルサービスの利用を始めた人の約90%以上が2021年も継続してサービスを利用している。
デジタルサービス利用者に当該サービスを利用する理由を尋ねると単に「便利だから」というだけでなく「自身の生活ルーティンの一部になっているから」と答える人が約40~60%に上っており、人々の生活にデジタル消費が深く浸透してきていることが分かる。また、デジタル消費を行うようになった人の60%弱は都市部ではない地域に住んでおり(2021年上半期時点)、デジタル技術が新しい消費マーケットを開拓していること、地方に新しい消費習慣が生まれてきていることがうかがえ、ビジネス部門においてもデジタルの利活用が進んできている。今後5年間でデジタルツールの利用を継続・増加する事業者はおおむね70%以上となっている。東南アジアのインターネット経済規模は2021年の1,740億ドルから7,000億~1兆ドルに到達する見通しである。
(デジタル技術を活用した社会課題への解決に対する関心)
こうしたデジタル市場の広がりとともに、先述のようにアジア新興諸国ではスタートアップやデジタルプラットフォームが次々と生まれている。近年、世界においてテック・プラットフォーム企業の規制が強化される中、インド、ASEAN等のアジア新興諸国では、相対的にベンチャーフレンドリーな環境が確保されているともいえる。アジア各国政府も、デジタルを軸とした成長戦略を推し進めようとしている。足下のコロナ禍からの経済回復だけでなく、いわゆる「中所得国の罠」に陥らないための「知識」や「情報」による経済の高付加価値化が意識されている。また、根強い貧困の存在、医療・教育の不足・偏在といった伝統的開発課題、地方部や中小企業の成長機会獲得の要請、都市部の渋滞や住環境の悪化、質の高いインフラ需要の高まり等、様々な社会課題の解決につながるデジタル・イノベーションに深い関心が寄せられている。
(アジアDXへの参画の意義)
こうした状況にあるアジア新興諸国と日本はどのように向き合っていくべきか。日本とアジア新興諸国の関係は、かつてのように先進国である日本から技術やノウハウを移転するという一方向のものではすでにない。多様な発展を遂げているアジア新興諸国を安価な労働力の供給源としてのみ位置づけることも適切ではない。アジアのスタートアップの先進的な取組や成長力に見られるように、むしろ日本が学ぶべき点、取り入れるべき点が多くなっている。
足下(2010年代後半以降)のデジタル化の時代において、日本は新興諸国の「共創」パートナーとしての位置づけを模索すべきである。高齢化・人口減少による国内市場の縮小や社会における担い手不足、資源の制約、インフラの老朽化、災害の多発といった日本の課題群についてはこれまでも繰り返し指摘されてきた。デジタル化やデータの利活用が遅れ、新規分野の起業・投資も低調である。そうした中、デジタル技術を活用した「課題解決」と「価値創造」を目指すDX(デジタルトランスフォーメーション)への関心が高まっている。アジア新興諸国にとっては、まさにこのDXが成長の起爆剤となっており、DXモデルの社会実装の経験などは日本に先んじているといえる。
日本企業も、投資等を通じたアジアDXへの参画や日本のスタートアップのアジアでの展開・協業等による新しい経済機会を積極的に探っていくべきである。日本が経済社会の新しい局面であるSociety5.0へと踏み出すという観点からも、アジアDXとの連携がもたらすイノベーション(新興諸国における現地ニーズをきめ細やかに掘り下げることで生まれる現地発の製品や技術、ビジネスモデルを先進諸国に還流させるリバースイノベーション、外部との連携を通じて新しいアイディアを生み出していくオープンイノベーション等)の効果が期待される。また、インドやASEANの企業と日本企業が連携し、アフリカ等の第三国・地域でDXを展開していくことも、新しい経済機会を創出するものとして期待される。
(アジアDXと日本企業)
アジアのDXへの日本企業の参画事例も増え始めている。例えば、ASEANにおいてサプライヤー等のデータを活用したサプライチェーンの生産・在庫計画の最適化等の支援、自動運転プラットフォームに関する寄附講座の実施、医療データの統合・活用による遠隔診療や医療資源の有効活用事業への出資等の事例や、様々な実証事業(ASEAN、インドにおいて衛星技術を用いた農地情報のデジタル基盤構築および農家の生産性向上に貢献、ASEANにおいてAIやモバイル技術を用いた医療従事者間コミュニケーションや遠隔手術支援に貢献、インドにおいて産業用ドローン販売提供による労働力の省力化を支援、ASEANにおいて衛星技術やAIを用いて海外サプライチェーンの可視化とトレーサビリティを確保等)の事例がある。
プラットフォームビジネスにおいても、アジアのプラットフォーム企業と連携したり、メガプラットフォームとは異なる領域で独自のビジネスモデルを展開したりといった事例がある。例えば、デジタル化が進展する中、もの(自動車)の製造・販売だけでなく「シェア」、「デジタル化(接続性、自動化、電動化)」にも対応したビジネスモデル構築に舵を切りアジアの配車サービスとの協業を深めている事例や、現地のパートナーと連携して農家や金融機関、農業資材企業等をつなぐプラットフォームを東南アジアや南アジアで展開している事例等がある。現地のスタートアップやプラットフォームへの出資を通じた参画も多数行われている。貿易実務の電子化プラットフォームによりアジア地域を含む国際的な貿易円滑化を図る取組みもある。また、新興国政府の生体認証システムに対し指紋認証・顔認証技術の提供を行うなど、新興国政府のデジタル政策をインフラ面で支える事例も見られる。インドではスタートアップやイノベーションのエコシステムが発展してきており、現地の有望なスタートアップとの接触機会を積極的に求める日本企業も出てきている(優秀なIT人材の採用に向けてハッカソンを開催する事例等)
(DX支援の取組)
日本政府は、日本企業の企業文化を変革するきっかけとして、日本企業と新興国企業との連携による新事業創出を「アジアDXプロジェクト」として推進している。経済産業省および関係機関が連携して先進事例となるいくつかのパイオニア的企業をピックアップし、「同僚・同士効果(Peer Effect)」を起こすリーディングモデルの創出を目指している。
経済産業省と日本貿易振興機構(JETRO)は、オンラインを活用したマッチングやウェブセミナーなどの開催、アジア新興国企業と日本企業間での実証事業支援等、事業フェーズに応じた様々な支援を行っている。例えば、オンラインプラットフォーム「ジャパンイノベーションブリッジ(J-Bridge)」を通じて基本的な情報収集、有望な協業・連携先の発見、面談支援やマッチングイベントの実施を通じて協業案件の創出等が行われている。先進事例に関する情報発信も積極的に行われており、先進事例を紹介するウェブセミナー(2021年3月のADX Pioneers、同年5月の日ASEANビジネスウィークにおけるデジタル、グリーン分野での協業に関する情報発信等)が開催されている。日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)やJETROを通じたASEAN・インドの企業と日本企業との協業実証プロジェクトの支援(経費補助)も行われており、ASEANについては2020年に23件、2021年に17件、インドについては2020年に10件、2021年に8件が採択されている。
支援企業からは、政府関係機関と連携することで、現地における自社の信頼性が高まり、現地との共創を円滑に進めることができたとの声も寄せられている。アジア新興諸国のDX連携については欧米諸国や韓国なども自国企業に対する支援策を展開している。事業のフィージビリティ調査、企業幹部どうしの対話の場の提供、現地企業とのマッチング支援等を行っているほか、ASEAN地域にスタートアップセンターを設置する例も見られる。先進諸国のイノベーション戦略における新興国との連携の動きにも目を向けていきたい。
(取組が求められる課題)
アジア新興諸国との「共創」を通じた新しい経済機会を模索する上で、内外双方における課題への取組が求められている。対外的には、従前から問題となっている様々な貿易・投資ルール上の課題を始め、コロナ禍で顕在化した各国の保護主義的な行動、サプライチェーンのぜい弱性、人権や環境等の共通価値をめぐる規制やデータ流通・利用に関する規制の導入・強化がもたらす影響、サイバーセキュリティに関するリスク増大など、多くの新しい課題が現出している。多国間の国際ルール形成の場や各国との経済連携・通商交渉、様々な対話のチャネル等を通じてアジア地域を始めとする海外の事業環境整備を進める必要がある。本節で検討したデジタル・イノベーションに関するものとして、越境データの取扱いをめぐるデジタル保護主義やデジタル覇権主義のような動きへの対応が求められる。プライバシー保護やサイバーセキュリティの確保等、信頼性のある自由なデータ流通(DFFT:Data Free Flow with Trust)の実現に向けた具体的な仕組みや制度を策定していく必要がある。一方で、日本がアジアから「共創」のパートナーとして選ばれるよう、日本経済自体の「グローバル化」、「デジタル化」、また「スタートアップ」をめぐる諸課題にも取り組んでいく必要がある。
「グローバル化」については、日本独自の雇用環境や外国人材の活用・雇用の難しさ、グローバル人材の不足、中堅・中小企業の海外展開の遅れ、低水準にとどまる対内直接投資、諸外国と比べた英語力の低さ、グローバルレベルの教育環境の不足等が指摘されている。「デジタル化」については、世界とつながるオープンイノベーションのエコシステムや国際アライアンスを築けず自前主義に陥ったことの弊害、国内のデジタル投資の遅れ、デジタル人材の不足等が指摘されており、コロナ禍における行政の対応においても国と地方のシステムの不整合やオンライン手続きの不具合など、日本のデジタル化をめぐる多くの課題と教訓が明らかになった。「スタートアップ」については、前回みたとおりであるが、アジアとの連携を深めていくための内外の環境整備が急がれる。
(アジア未来投資イニシアティブ)
2022年1月、経済産業省は、ASEANとともに未来志向の新たな投資を積極的に推進するための「アジア未来投資イニシアティブ(AJIF:ASIA-Japan Investing for the Future Initiative)」を発表した。アジアのエネルギー・トランジションの加速を目指す取組として2021年5月に発表した「アジア・エネルギートランジション・イニシアティブ(AETI:Asia Energy Transition Initiative)」とともに日ASEAN経済関係を次のステージへ押し上げていくことを目指す取組である。(1)グローバル・サプライチェーンのハブとしての地域の魅力向上、(2)持続可能性を高め社会課題の解決につながるイノベーションの創出、(3)エネルギー・トランジションの加速という3つの未来像に向け、サプライチェーン、連結性、デジタル・イノベーション、人材、グリーン・脱炭素の5分野で協力を進めるため、予算措置のほか様々な支援策を講じていく。アジアDX支援の強化のほか、アジア高度人材の日本企業・日系企業への就職機会提供支援(今後5年間で5万人)、等、アジア人材に選ばれる日本を目指す取組も進めていく。また、アジア有志国とのデータ連携を通じたサプライチェーンのアップグレード等にも取り組んでいく。
(「暗黙知」への視点)
“デジタル”、“スタートアップ”、“プラットフォーム”の切り口でグローバル経済、アジア経済を見ると、足下の日本企業の存在感は大きいとはいえない。意思決定に時間が掛かる、様々なレガシーの存在やシステムの成熟ゆえにかえってデジタル時代のイノベーションになじみにくいなどの指摘もよく聞かれる。日本国内のスタートアップエコシステムも好循環を実現しているとはいい難い。乗り越えるべき課題は多いといえるが、一方で、日本企業が築いてきたもの、日本の強みといえるものに光を当てていくことも必要ではないか。日本(企業)が持つ強みとして「暗黙知」の存在がある。暗黙知は、言語を超えた「直観」、実践の中で習得される「勘」や「コツ」などといったもので、デジタルやAIが追求する「形式知」とは異なる知の概念である。
暗黙知は「言語化」が難しく「その人に属する」ゆえに共有(模倣や移転)が難しい。そうした暗黙知の蓄積と巧みなすり合わせの力によって「現場」で高い対応力を発揮するというやり方は、日本企業の競争力の源泉でもあった。アジア新興国に対する日本の経済協力事案の中で、インフラ整備等のハード面だけでなく、推奨作業手順や安全管理手法といった日本的経営から生まれたソフト面に関わる暗黙知的ノウハウを相手国パートナーとの協働を通じて移転していたことに注目し、こうした総合的な管理能力は日本企業が強みを発揮する領域である。日系企業が製造業における優れた生産管理能力を活かし、先進工業国・課題先進国としての日本の経験を強みとしてアジアDXと協業することの意義を指摘したい。暗黙知は「ほかに真似のできない」、「それゆえ選ばれる」日本品質を追求するものであると同時に、アジア新興国の多様なステークホルダーとの接続性を確保するものであるべきだ。暗黙知をつながらないまま、見えないままに放置すれば、実践の中で培ってきた日本の強みを発揮することも難しくなる。日本の製品やサービス、マネジメントがアジアで選ばれるためにも、各現場に散在し「閉じている」暗黙知を可視化し有機的につないでいくことが必要である。現場で蓄積されるデータの利活用等、デジタル技術の貢献も期待される。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html