ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■無形資産と経済成長

ここでは、イノベーションがもたらす経済成長の道筋を示すものとして、企業が競争を優位に進めていく上で、無形資産への投資がいかに重要であるのかを見ていく。今後、市場規模の拡大が見込まれる先端産業は、技術的なイノベーションによって生み出された産業であり、特に情報技術分野において、市場で独占的な地位を築いているいわゆるプラットフォーム企業の競争優位が研究開発をはじめとした無形資産への投資によって形成されていることなどを鑑みても、その詳細を議論することは重要である。

今後の拡大が見込まれている先端技術産業での無形資産投資の重要性、プラットフォーム企業の利益動向に見られる無形資産投資の役割、イノベーションを促進するための金融制度の重要性、主要国における無形資産投資の比較、無形資産投資を促進する要因としてのオープン・イノベーションの重要性について議論していく。

(先端技術産業の市場規模拡大から示唆される無形資産投資の重要性)
企業などが行う投資は、概念的には主に二つに分類される。一つ目は有形資産投資であり、その名称が示唆するとおり機械設備や工場などの構築物といった実物的な生産設備への投資がそれに当たる。二つ目は無形資産投資であり、主に研究開発(Research & Development:R&D)への投資などがあり、計測や可視化をすることは困難であるものの生産活動に重要な影響を与える投資である。

米国の代表的な株価指数であるS&P500に採用されている企業の市場価値を要因分解すると、2015年時点で84%が無形資産であり、欧州のS&P Europe350に採用されている企業の市場価値は71%が無形資産としている一方で、我が国の日経225に採用されている企業を含め、アジア諸国では企業価値に占める無形資産の割合が比較的低い。新興技術企業に関連する市場の規模が急激に拡大することが見込まれる中で、企業がビジネス機会を見出していく上では、新たなアイデアに投資していく等といった無形資産投資を増加させていくことは重要である。

我が国を含めたアジア諸国の企業価値に占める無形資産の割合が比較的低いことは、同割合を高めていくことで企業としての存在感を打ち出していくことが重要な課題であることが示唆されている。国連貿易開発会議(UNCTAD)の報告書によると、先端技術産業として位置づけられる産業の市場規模は、2018年から2025年にかけて3,500億ドルから3兆2,000億ドルと9.1倍に拡大することが見込まれている。その中でも、同期間で、IoTは1,300億ドルから1兆5,000億ドル(11.5倍)、ロボットは320億ドルから4,990億ドル(15.6倍)、そして人工知能は160億ドルから1,910億ドル(11.9倍)と大幅な市場規模の拡大が見込まれており、現状での市場規模は比較的に限定的ではあるものの、ブロックチェーンは7億ドルから610億ドル(87.1倍)、そして5Gについては6億ドルから2,770億ドル(461倍)と急速な市場規模の拡大が見込まれている。企業にとっては、それら先端技術産業の最終財生産者としての役割や、もしくはそれらの産業に部材などを提供することでバリューチェーンの中に自らを組み込んでいくといった多様な競争戦略があり得るが、大きく成長する市場に参加していくことは必須であると考えられ、高い技術が求められる市場で生存していくためには上述の研究開発といった無形資産への投資は今後更に重要になると考えられる。

(プラットフォーム企業の市場支配力の源泉としての無形資産投資)
次に、上述のような先端技術産業を中心として多くの人々へサービスを提供しているいわゆるプラットフォーム企業の動向を見ていく。プラットフォーム企業について明確な定義はないものの、経済活動を行う際に、特定の企業が提供しているサービスを利用することが必要不可欠とされる場合は、そうした企業がプラットフォーム企業と呼ばれている場合が多い。例えば、小売店がオンライン販売を開始する際に、より多くの購買者の目に止まるように、オンラインで大規模な販売サイトを運営している企業のサービスを利用する場合に、そうした大規模なオンライン販売サイトを運営している企業がプラットフォーム企業に当たる。そのようなプラットフォーム企業が、どのようにして他企業にとってそのサービスが必要不可欠であるとの立場を形成することができるのか、すなわちどのようにして市場において支配的な立場を形成することができるのかということは重要な論点である。

それを踏まえて、下記において、OECDの報告書でプラットフォーム企業と見なされた企業の従業員一人当たり純利益を見ると、米国において主要なプラットフォーム企業とされるAmazonの従業員一人当たり純利益が特に低いことが示されている。これについて、米国の連邦取引委員会のリナ・カーン委員長は、コロンビア大学ロースクール在学時(同委員長就任前)に、Amazonにおいては巨額の売上が市場支配力を確立するための技術開発に利用されることが株主を中心としたステークホルダーの間でコンセンサスになっているため、従業員一人当たりの純利益といった経営指標が低迷していても問題になっていないなどと指摘している。同氏の指摘は、換言すれば、研究開発等の無形資産への投資は、市場支配力を獲得し、それを維持する上で重要な要因になるということを示唆している。

(イノベーションを後押しするための金融市場)
先端技術産業では、取り扱う技術が新たなものであることから一般的に普及していない場合があり、それゆえに評価すること自体が困難であり、企業にとっては銀行からの借入といった間接金融での資金調達や、企業に対する資本金等や、企業に対する資本金の拠出などを用いた従来型の直接金融による資金調達が困難であると考えられる。

近年、特に米国で活発であり、技術やアイデアなどの評価が難しい新興企業にとって重要な資金調達の手法の一つと指摘されているのが、特別目的買収会社(SPAC:Special Purpose Acquisition Company)を通した資金調達である。この手法では、事業を持たない企業が証券取引所に上場することで資金を調達し、その後の一定期間内で未上場企業を買収することを目指すものである。自力での資金調達が困難な新興企業にとって重要な仕組みとなっている。

新型コロナウイルスの感染が深刻化した2020年以降では、米国ではSPACの仕組みを用いた新規株式上場(Initial Public Offering:IPO)が大幅に増加しており、接触型の経済活動が抑制されるという社会の仕組みが変容せざるを得なかった中で、新たな技術やアイデアを持った企業の資金調達需要が高かったことが示唆されている。このように、新興企業のイノベーションを促すような金融インフラが整備されていることは、新たな製品やサービスを生み出していく機運を高めていく素地にもなり得ることから重要である。実際に、SPACの仕組みを用いて上場し、その際に発行する有価証券である「ユニット」の収益率が高い企業を見ると、再生エネルギー関連(Primoris、Archaea Energy)、天然資源の採掘(MP Materials、HighPeak Energy、Magnolia Energy)、高性能電池である全固体電池の開発(QuantumScape)、神経疾患の治療法開発(Cerevel Therapeutics)等があり、多様なアイデアや技術が金融市場で評価され、企業の資金調達が可能になっている。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html