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ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。
■投資協定について
(世界の投資協定を巡る状況)
1980年代以降、世界の海外直接投資は急速に拡大しており、世界経済の成長をけん引する大きな役割を果たしている。海外直接投資の拡大を踏まえ、世界各国は、投資受入先国における差別的扱いや収用(国有化も含む)などのリスクから自国の投資家とその投資財産を保護するため、投資協定を締結してきた。投資ルールは、貿易におけるWTO協定のような多国間協定がなく、二国間若しくは地域協定が中心となっている。世界の投資協定数は大きく増加しており、2020年末時点で2,900件を超えている。国別では、ドイツ、中国、スイス、トルコ、英国、フランス、エジプトといった国々が100件以上の投資協定を締結している。
(投資協定の主な規定内容)
従来の投資協定は、投資受入国における投資財産の収用や法律の恣意的な運用等のカントリー・リスクから投資家を守り、投資家を保護することを主目的として締結されてきた。こうした内容の協定は「保護型」の投資協定と呼ばれ、投資財産設立後の内国民待遇や最恵国待遇、収用の原則禁止および合法とされる収用の要件と補償額の算定方法、自由な送金、締約国間の紛争処理手続、投資受入国と投資家との間の紛争処理等を主要な内容とする。1990年代に入ると、そのような投資財産保護に加えて、投資設立段階の内国民待遇や最恵国待遇、パフォーマンス要求の禁止、外資規制強化の禁止や漸進的な自由化の努力義務、透明性確保(法令の公表、相手国からの照会への回答義務等)等を盛り込んだ「自由化型」の投資協定が出てきた。
(エネルギー憲章条約の主な規定内容)
投資協定と同じように、国際仲裁への付託を可能とする条約としてエネルギー憲章条約がある。1998年に発効したエネルギー憲章条約は、エネルギー分野における投資の保護及び自由化に関し、一般的な二国間の投資協定と類似の内容(締約国が外国投資家の投資財産に対して内国民待遇(NT)又は最恵国待遇(MFN)のうち有利なものを付与すること、一定の要件を満たさない収用の禁止、送金の自由、紛争解決手続等)について規定している。発効から20年以上経過している本条約については、改正等が必要な条項を検討する条約の近代化の議論が2017年から開始、2019年に近代化に係る交渉の開始が決定した。その後、2020年から本格的な交渉が行われている。エネルギー憲章条約の締約国は、2021年12月現在で東欧やEU諸国等50か国及び2国際機関である。なお、ロシア、豪州、ベラルーシ、ノルウェーは署名したものの未批准であり、また、オブザーバー参加にとどまる国及び国際機関等(米国、カナダ、中国、韓国、WTO、OECD、IEA、ASEANなど)も存在する。
(我が国の投資協定を巡る最近の状況)
2020年10月時点で海外に拠点を構える日系企業の数は80,373拠点を数えるに至り、また、我が国の対外直接投資は2021年に162,547億円(速報値)となっている。我が国から海外への投資が一層進んでいると同時に、新興国を中心に世界の市場も急速な勢いで拡大を続けており、日本企業や日系企業は、熾烈な海外市場の獲得競争に晒されている。我が国の経済成長をより強固で安定的なものにしていくためには、貿易投資立国としての発展を目指し、世界のビジネス環境をより一層整備していく必要がある。かかる観点から、投資家やその投資財産の保護、規制の透明性向上、機会の拡大等について規定する投資協定及び投資章を含む経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)(以下、投資協定)は、投資支援のツールとしての重要性を一層増しており、日本政府は、他の経済政策と並び、既存協定の改正を含む投資協定の締結を一層加速し、投資環境の整備を進めている。
2016年5月に策定された「投資協定の締結促進等投資環境整備に向けたアクションプラン」(アクションプラン)では、2020年までに、100の国・地域を対象に投資協定を署名・発効すること、投資市場への新規参入段階から無差別待遇を要求する「自由化型」の協定を念頭に、高いレベルの質を確保すること等を指針として掲げ、積極的かつ集中的に投資協定の締結に取り組んできた。2021年3月には、「投資協定の締結促進等投資環境整備に向けたアクションプラン(成果の検証と今後の方針)」を策定し、アクションプラン以降の取組みを検証した。アクションプランの策定以降、我が国は、2022年4月現在までに、新たに20の投資協定(45の国・地域)が発効済み又は署名済みとなった。特に、二国間投資協定のみならず、CPTPP、AJCEP、RCEPなど、多国間の投資協定交渉にも積極的に取組み、締結・発効に至っている。加えて、多くの投資協定において、自由化型、我が国産業界が重視する公正衡平待遇、投資家と国家の間の紛争解決規定(ISDS)等が盛り込まれている。
さらに、今後の方針としては、アクションプランにおいて100の国・地域という目標値が設定されたことをふまえつつ、今後の投資先としての潜在力の開拓や他国の投資家と比較して劣後しないビジネス環境の整備等に向け、引き続き戦略的観点及び質の確保の観点を考慮した取り組みを進めることとし、特に、中南米及びアフリカを中心的な検討先とすることを明記した。加えて、投資協定の実効性の観点から、経済関係団体等との連携、在外公館・JETRO等を通じた、積極的な情報発信に努めることとしている。なお、2022年4月現在で54本の投資協定が署名され、うち52本が発効済みとなっている。また、交渉中の協定を含めれば94の国・地域をカバーすることとなった。今後も、産業界のニーズや相手国の事情に応じながら、新規協定の締結及び既存協定の改正に向けた交渉を一層積極的に進めていく必要がある。
(今後の課題)
多くの投資協定では、「投資家対国家(投資受入国)」の紛争解決手続(ISDS)を設けている。これは、投資受入国が協定の規定に反する行為を行ったことにより投資家が損害を被った場合、投資家が投資受入国との紛争をICSID条約に基づく仲裁規則やUNCITRAL仲裁規則に基づく国際仲裁に付託することを認めるものである。近年、このISDSを投資協定に含めることを好まない国が増加している。これらの国は、ISDSに投資家寄りの制度的なバイアスが存在すると主張し、国家主権や柔軟な政策幅を確保する必要があることを根拠として挙げている。
例えば、ブラジルは、ISDSは憲法に反するとして、これまでISDSを含む投資協定を締結していないほか、南アフリカ、ベネズエラ、ボリビア、エクアドル、インドネシア等は、ISDSを含む投資協定を破棄する動きを見せている。なお、ベネズエラ、ボリビアはICSID条約を脱退している。また、ISDSを投資協定に含めること自体は否定しないものの、インドやナイジェリア等は、ISDSに国内裁判所への訴えを要件とすることを自国の新たなモデル投資協定に規定する等、ISDSのリスク等を踏まえて協定の規定を見直す国もある。このような状況の中、UNCITRALでは2017年からISDS改革について議論が行われる等多国間の枠組での検討も進められている。このような傾向はISDSが投資家救済の観点から一定の成果をあげたことの裏返しでもあるが、将来におけるISDS活用の余地が狭められることに繋がる懸念もあることから、国際的な動向を注視しつつ、必要な対応を検討していく必要がある。
(つづく)Y.H
(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html