ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■経営者への7つの問いかけと12の推奨行動

行動指針7:価値創造にむけ、社内事業開発と社外連携を通じて試行錯誤を加速する仕組を設ける
企業が持続的に成長していくためには、社内で価値創造活動が継続的に行われるようになる必要がある。一方で、自社のリソースだけで価値創造活動に取り組もうとしても、人材の不足やスピード感の欠如から、軌道に載らないケースもある。そのため、社内リソースと、スタートアップ・大学・国研・他企業等の社外リソースを適切に組み合わせ(オープンイノベーション)、価値創造活動を推進するべきである。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・既存事業部のP/Lを痛める案件や事業領域が複数部門にまたがる様な案件は、既存事業部へ移管できず、価値創造活動が中断してしまう。
・社外連携が目的化しており、連携数は増えるが、案件が塩漬けになることや、期待どおりの成果が得られない。
・スタートアップとの連携の際、大企業はスタートアップを下請けとして扱うマインド(権利帰属は大企業、瑕疵はスタートアップに持たせる等)が残っている。また、スタートアップも大企業との協創に関して「スタートアップは使われる側」と見ている。
・大学との連携の際、「名刺代わり」「おつきあい程度」の小規模な案件に終始するなど、自らのビジネスに積極的に活用することを考えず、大学を新たな価値創造のためのパートナーとして考えない。

<課題克服のための具体アクション>
・社内外のリソースを活用し、既存事業部に移管することが難しい案件を育てる手段を複数用意し、価値創造に向けた試行錯誤を継続させる。
・スタートアップ、大学、国研、他企業等との社外連携においては、自社の目指す姿と、自分たちが連携先に提供すること、期待することを明確にし、連携先に共有し、互いの将来の事業戦略をつくる。
・活動開始前に、連携先と、段階的に活動を評価・管理するプロセスを決めて、活動期間を設定し、推進する。
・大学等との連携は、「組織」対「組織」の本気の連携を含め積極的に活用する姿勢で、長期的な関係を構築する。その際、『産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン』を参照しつつ、成果へのコミットやスピード感、柔軟な契約等において変わりつつある大学の現状を十分理解する。
・スタートアップとの協創の際は、大企業はスタートアップが系列・下請けとは全く異なり、スケーラブルかつ急速な成長の戦略を持ち、イノベーションの推進に最適化された組織であるという特徴を十分理解した上で、関係構築・協創の検討を行う。(例:スタートアップとのNDAの締結や提携・委託等に関する契約形態・内容の検討等)

<企業の挑戦事例>
【JR東日本スタートアップ株式会社】
自社が持つ社会インフラと社外の先進技術を掛け合わせることで創出した新たな価値を試行錯誤な取組を通じて事業化に導く

・トップの危機感が強く、新たな時代の社会インフラを作り上げていくには、自社のリソースだけでは不十分で社外との連携が必要不可欠であると認識。2017年、スタートアップや優れた事業アイデアを持つ人との協業によるビジネス創造活動「アクセラレータープログラム」を開始。2018年、オープンイノベーションによる協創活動を加速するため、スタートアップに対する出資および協業推進を行う「JR東日本スタートアップ株式会社」を設立。(東日本旅客鉄道(株)100%出資の子会社)予算は50億の出資枠。5年で黒字化が目標。
・2017年度の「JR東日本スタートアッププログラム」の最優秀賞受賞企業であるサインポスト社と、駅の利便性向上に向けて協業を進めてきた。無人AI決済店舗の開発を加速させるため、2019年7月、ジョイント・ベンチャー「株式会社TOUCH TO GO」を設立。今後は、小売店舗の労働力不足、地域店舗の維持等の課題を解決する無人AI決済システムソリューションを展開していく。他にも、シームレスな移動社会の実現を目指しAIトラベルと、先端テクノロジーを現場実装するためピクシーダストテクノロジーズと資本業務提携等、社外との協業により新たな価値創出に取り組んでいる。

【ダイキン工業株式会社】
ビジョン・テーマ創出から大学と連携する「組織」対「組織」の共同研究に、トップから担当者までが一体となって取り組む

・事業売上の約9割を占める空調事業は、デジタル化により急激に競争環境が変化し、新たなパートナー、ライバルが登場しつつある。現状の強みを維持して社会に貢献しつつ、新分野創造型のイノベーションによる新たな顧客価値の創造を目指すことを、経営方針として位置づけた。
・これを実現するため、従来の具体的な技術課題の解決を目指した研究者同士の産学連携に加えて、ビジョン・テーマを創出・設定するところから大学と連携する「組織」対「組織」の課題設定型の産学連携に取り組みはじめた。目指すのは「大学は基礎、企業は社会実装」というような“分業”ではなく、企業も基礎研究に、大学も社会実装まで参画して協業する真の“協創”。
・協創において最も重要なことは人間同士の信頼関係であるという考えのもと、経営トップから「一人ひとりの技術者が、本当に自前主義を脱却せよ」、「技術幹部自身が、意思を持って大学にも入り込め」、「企業は(大学にも)必要な大型出資をするべき」等の明確なメッセージを発信し、トップから担当者までが一体となって大学との「協創イノベーション」に取り組む。
・トップ同士の信頼関係を基盤として、東京大学(約100億円)や大阪大学(約50億円)をはじめとした大学との大型の連携を開始したところ。
・阪大連携では、既にAI技術者教育が300名規模で進捗し、阪大からの3名のクロスアポイントメントの実現、AIを活用した空調ソリューション技術も製品化が進んでいる。また、次世代の環境規制に対応可能な新たなフッ素樹脂による低摩擦材料も開発された。
・東大連携では、200人規模の技術者が東大を訪問し、研究テーマの交流・議論を進めている。また、50名規模の東大の学生が、ダイキンの海外拠点で実施するグローバルインターンシップを実施した。さらに総長・幹部の海外拠点訪問、空気・環境・エネルギー分野でのビジョン構築の議論、10件以上の共同研究テーマ化、東大・北京大の連携センターの立ち上げなどが進んでいる。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【7】支援体制
【8】活動
ISO56002では、非線形(non-liner)なイノベーション活動の全体像を解説し、各ステージにおける鍵となる事項を定義すると同時に、これらが経営として適切にマネージメントされることの重要性が強調されている。また、その効果的な実現のために必要とされる活動内容の留意事項や支援体制の内容が定義されている。

~どのように、続けるのか。~
行動指針8:価値創造活動においては、自由な探索活動を奨励・黙認すると共に、リスクを取り、挑戦した人間を評価する仕組を装備する

【人材・働き方】
価値創造の成功確率を高めるためには、非線形な価値創造プロセスの活動量を増やし、その活動を絶やさないことが重要。また、価値創造活動量は、推進主体の情熱の度合いに密接に関係する。経営者は、推進主体が自社の価値創造戦略と紐付いて行う活動を邪魔せず、情熱を維持出来る環境を整備することが求められる。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・業務時間外にボランタリーベースで活動しているため、推進主体が価値創造活動を行う時間がない。
・社外プログラムやネットワーキングなどの活動一つ一つに細かな説明を求められる。
・価値創造活動を奨励しておきながら失敗を許さない風土がある。

<課題克服のための具体アクション>
・自社の組織文化に即した自由な探索活動を支援するルールをつくり、適用対象を決めて、活動内容を細かく管理しない。
・価値創造活動の成果は、既存事業の評価基準(売上、顧客数、ROI、市場シェアなど)ではすぐに成果が見えにくいことを理解し、価値創造戦略に基づいた成功の予兆を見える化できる指標(挑戦に係る活動量、失敗からの学びと活かし方など)を設け、評価する。
・勤務時間のうち一定割合(例えば20%)を本業以外に費やすことができるような働き方や、オープンイノベーション推進のための兼業や副業などの制度環境を整備する。
・本業に加えて、価値創造活動に挑戦することを慫慂するような人事評価制度を整備する。

<企業の挑戦事例>
【コニカミノルタ株式会社】
早く失敗する活動を評価し、失敗を恐れて案件が塩漬けになることを防ぐ

・会社が変わらなければ存続できなくなるという強い危機意識から、2014年、成長戦略の中核を担う社長直轄組織「ビジネスイノベーションセンター(BIC)」を世界5拠点に設立。BIC設立時は、全て外部人財で構成。BICで足りないリソースは全てスタートアップとの協業、産学連携で行う。
・既存事業部と新規事業部のKPIは明らかに違う。BICでは、失敗しても、失敗から学びを得たものがあれば1つの成果と考える。センター長は個別案件の進捗評価ではなく、案件全体の活動量を評価する。評価指標の1つに「ステージゲート通過数」を設定し、ゲートを戻ることも通過数としてカウントすることで、特定のステージで案件が塩漬けになることを防いでいる。
・本社でも事業開発を行えるようにするため、「KM-Way」(コニカミノルタのイノベーションマニュアル)を使った啓蒙活動、デザインシンキングの導入、BICと本社の人的交流(3年計画180人)等に取り組んでいる。本社でも、この6年間で82件のM&Aを行っており、変わりつつある。

【ネスレ日本株式会社】
イノベーションの定義を明確にし、社内への浸透を図る

・先進国の日本で持続的な成長を実現するためには、マーケティングとイノベーションが必須。全社員にマーケティングを実践させるためには、誰にでも理解できるマーケティングとイノベーションの説明が必要。マーケティングを「顧客の問題解決」、顧客が認識している問題を解決するのは「リノベーション」、顧客が気づいていない問題、あきらめている問題に答えを出すのが「イノベーション」だと定義した。
・「マーケティング=顧客の問題解決」のプロセスは、自分が関わる仕事の中で顧客が誰かを定義したうえで、その顧客を取り巻く新しい現実から生まれる問題を発見し、それに対する解決策を見つけて実行することで、付加価値を生み出すという流れである。また、21世紀のビジネスモデルの多くはインターネットによって実現されている。21世紀における顧客の問題解決にはインターネットの活用が必須である。
・日本では人口が減少しているものの1~2人世帯数が増え、個人消費の機会が増えていることに着目し、「1杯ずつ抽出可能な『ネスカフェ』システム」を開発、コーヒーを1杯分ずつ作ることが面倒であるという問題を解決している。また、共働き世帯の増加により、家庭外の消費が拡大していることから、オフィスに注目。オフィスで淹れたてのおいしい手軽な価格でコーヒーが飲めないという問題に対して、「ネスカフェアンバサダー」というEコマースの定期便サービスを提供し、新たな市場を一気につかんだ。
・全社でマーケティングの実践を根付かせるために2011年から「イノベーションアワード」を実施。社員一人一人が「顧客の問題解決」プロセスを実行し応募する。人事評価にも組み込み、2018年は約5,000件集まる。大賞の案件は、次年度の全社的な戦略に組み込み、実行される。

【パナソニック株式会社アプライアンス社 Game Changer Catapult】
価値創造活動を“課外活動”ではなく本業に組み込み、実施させ、評価する仕組を構築

・自社の将来に対する強い危機感から、2016年、未来の「カデン」をカタチにするための活動「Game Changer Catapult(GCカタパルト)」を開始。新規事業と企業内起業家を発掘するため、ビジネスコンテストを実施。年間50件程度の応募があり、参加者数も増加。参加者同士のコミュニティも形成されつつある。
・コンテストの応募選出チームは、勤務時間の25%を使って参加。生み出された事業アイデアは、社内で検討を重ね、展示会等の反応もアジャイルに反映。撤退基準を決めた上で事業フェーズに移行する。イグジット先として、既存事業部での取り込み、新規事業部門でのインキュベーション、テーマに関心のある他企業やVCにカーブアウトさせる等。
・GCカタパルトの専業メンバーは、活動数で評価。具体的には、ビジネスパートナーとのネットワーク数やプロトタイプの“予約注文”をどれだけ取り付けられたかということを評価している。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【7】支援体制
【8】活動
ISO56002では、非線形(non-liner)なイノベーション活動をマネジメントする上での留意点と、その支援体制を多面的に整えることの重要性を強調している。特に、人材の力量を伸ばしていく上での評価制度も含む目標設定の考え方について詳細な解説が行われている。

(つづく)Y.H

(出典)
経済産業省 イノベーション100委員会
日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針~イノベーション・マネジメントシステムのガイダンス規格(ISO56002)を踏まえた手引書~
日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針