ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■経営者への7つの問いかけと12の推奨行動

行動指針9:価値創造活動においては、小さく早く失敗し、挑戦の経験値を増やしながら、組織文化の変革に取り組む
【組織経験】
リスクを回避し、継続した活動を前提とする既存事業に対し、価値創造活動では、素早く、積極的にリスクを取りにいくことが求められる。そのため、リスクある事業に挑戦することを善とする文化を社内に醸成する必要がある。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・自社内に自分の経験を基に、価値創造活動に関してアドバイス出来る人材がいない・少ない。
・価値創造活動を募集する仕組をつくったが、手を挙げる社員が少なく、提案数が減っている。
<課題克服のための具体アクション>
・より多くの役員・社員に小さく早く失敗する考え方と進め方を学ぶ機会を提供する。
・小さく早く失敗し、挑戦出来る機会を与え、価値創造活動の経験者を増やし、組織文化として定着させる。

<企業の挑戦事例>
【沖電気工業株式会社】
イノベーションが日常的な活動となる社内文化改革を図るため、イノベーション・マネジメントシステム「Yume Pro」を導入。試行錯誤を高速回転させるイノベーション創出活動と社内文化改革を車の両輪で進める。

・2017年、イノベーション推進プロジェクトチーム(PT)を設置し、組織の現状と課題を分析。社長とPTの膝詰め論議を経て、ISO56002を先取りしたイノベーション・マネジメントシステム「Yume Pro」を立ち上げる。プロダクトアウトではなくSDGsに掲げられた社会課題から事業機会を発掘し、試行錯誤を高速回転する「Yume Proプロセス」でイノベーション創出に取り組む。
・イノベーション・チーム(2階)と既存事業部(1階)間で密接な連携が図れるよう、キーパーソンをイノベーション推進部に配置。PoC予算はイノベーション推進部が持ち、事業部に発注する形にすることで連携を図るなど、新たな事業を事業部に円滑に移行できる仕組みを導入。
・イノベーションの必要性を社内に浸透させ、イノベーション・チームに対する社内の支援体制を確立するため、社内文化改革を進める。社内にOKIイノベーション塾を立ち上げ、社内で1000人研修を開催。研修は、経営層・部門長・部長と上から展開することでグループ内に浸透を図る。非イノベーション部門も参加し、既存事業の革新とエセ正義の味方撲滅を目指す。
・社長の想いを現場に伝え、現場の課題を社長自身が認識できるようにするため、社長と部課長クラスの直接対話「イノベーション・ダイアログ」を実施し、膝詰めでコミュニケーションを図る。様々な取組を通じて、社内文化が徐々にだが着実に変わりつつある。

【株式会社日立ハイテクノロジーズイノベーション推進本部】
イノベーション教育プログラムを全社研修に取り入れ、長期的に組織文化変革に取り組みつつ、新事業に挑戦する機会と支援制度を整備

・日立ハイテクノロジーズは、2016年に全社イノベーションを推進するため、「イノベーション推進本部」を設置。トップのメッセージである「Challenge to Change」を掲げ、「新事業の創生」と「既存事業の革新支援」と「それらに必要な技術獲得」を推進する。
・意識向上と共通言語の普及を目的に、全社イノベーション研修を人事と合同で企画。イノベーションに取り組む意義をe-learningで全社員に継続的に受講させつつ、顧客課題起点イノベーションの考え方が現場に浸透するよう、部課長層選抜者に対する半年間の集中研修を実施。また、文化づくりと並行して新事業公募制度を刷新し、「Hitachi High-Tech INnovation Challenge program(INC)」を2018年にローンチ。社外の加速支援者を巻き込みながら新事業に挑戦する機会と支援の場を社内に提供している。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【4】組織の状況
【8】活動
ISO56002では、組織文化をイノベーション・マネジメントシステムの重要な要素として捉えている。特に、イノベーション活動においては、創造的な考え方や行動と、決まった行動を確実に行う考え方および行動が組織内に共存することが重要であることを明記して、イノベーション活動を奨励する組織文化の促進を推奨している。

行動指針10:スタートアップとの協創、社内起業家制度の導入等により、創業者精神を社内に育む

【組織文化】
社会課題ドリブンのアプローチやスピーディな活動を行うスタートアップの企業文化を学ぶことは、自社内に価値創造の機会探索といった活動をスピーディに行うことの出来る文化・能力を醸成出来る可能性がある。これを実現するには、大企業とスタートアップが互いにwin-winとなるような協創環境や手段を、自社の組織文化や価値創造の経験値に応じて適切に採ることが重要。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・創業者精神を持ち、自発的に行動する社内人材が少ない・育たない。
・スタートアップとの協創の際、大企業はスタートアップを下請けとして扱うマインド(権利帰属は大企業、瑕疵はスタートアップに持たせる等)が残っている。また、スタートアップも大企業との協創に関して「スタートアップは使われる側」と見ている。(再掲:行動指針7)

<課題克服のための具体アクション>
・社内起業家制度、スタートアップ等への出向等を通じて、創業者精神を育み、自発的に事業機会探索に取り組める能力を養い、社内で活躍の場を与える。
・スタートアップとの協創の際は、大企業はスタートアップが系列・下請けとは全く異なり、スケーラブルかつ急速な成長の戦略を持ち、イノベーションの推進に最適化された組織であるという特徴を十分理解した上で、関係構築・協創の検討を行う。(例:スタートアップとのNDAの締結や提携・委託等に関する契約形態・内容の検討等)(再掲:行動指針7)

<企業の挑戦事例>
【東京急行電鉄株式会社】
社内外への公募によって、社員やベンチャー企業のアイデアから案件を発掘し、自社のリソースを活用した試行錯誤を可能とする仕組みを設置

・イノベーション創出に重要なことは1人1人のマインドセット。新規事業の提案者が最後までやり遂げる仕組みが重要との考えから、2015年「社内起業家育成制度」を導入。採用後は、発案者自身がプロジェクトリーダーとして実行。通常業務と違い、自分で考え判断し、先に進めていくという事業化プロセスの経験ができる。応募数は約160件。東急線各駅の券売機で銀行預金を引き出せる「券売機でのキャッシュアウト・サービス」等、4つの企画がビジネス化。
・イノベーションは組み合わせることで生まれる。デジタルの進展で、社内で時間をかけて育てる余裕がない。スピードを上げるためには、オープンであることが大事。社内にないものは外部と連携することで顧客に満足できるサービスをスピーディに提供できるよう、2015年、「東急アクセラレートプログラム(TAP)」を開始。過去4年間で延べ510社の応募、うち6者との業務・資本提携を実現。2018年度からは通年応募に切り替え、取り組みの質・量・速度をさらに加速。

【富士通株式会社】
事業部門幹部がスタートアップと組む理由を自分ごと化できる仕組の構築

・富士通では、2015年、スタートアップとの共創プログラム(FUJITSU ACCELERATOR)を立ち上げた。4ヶ月という期限を設け、富士通グループの事業部門とスタートアップとのマッチング、協業アイデアの開発・検討、ファンドからの出資を行う。
・当初は、自社の目的・主体性が不明確なままスタートアップとのマッチングを行っていたため、協業に結びつかず、「支援者側」のスタンスから抜け出せなかった。2015年からは「スタートアップに選ばれる企業」に方向転換。スタートアップとの事業化に本気の事業部門のみが参加し、事業部門の事業責任者が募集テーマ設定を行い、ピッチコンテストの審査員として参画する体制を構築することで、事業化への確度を上げることに成功。2019年9月に完了した第7期では、23の富士通グループ内事業部門がプログラムに参加。AI、モビリティ、ヘルスケアの分野での協業検討が行われた。
・また、FUJITSU ACCELERATOR事務局メンバーが、参加事業部門の中長期計画を理解し、社内外との協業検討活動等をフルコミットで伴走。事業部門責任者と共に協業検討を進めることにより、FUJITSU ACCELERATOR第7期(2019年9月現在)までの実績として協業検討120件以上協業実績70件以上となっている。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【4】組織の状況
【8】活動
ISO56002では、組織の内外との協力関係をマネジメントするための方法論の確立をすることを推奨している。行き当たりばったりの協力関係ではなく、イノベーション戦略などに基づいた協力関係の構築とイノベーション活動が連動することを強く推奨している。

行動指針11:スタートアップや投資家に対して、価値創造活動を発信し、自組織の活動を支える生態系を構築する

変化が激しく不確実な市場では、競争優位を築くためにあらゆる資源を囲い込み、製品やサービスの生産効率を重視する従来型の方法では立ち遅れてしまう可能性がある。そのため、このような市場で競争優位を築くためには、スタートアップや投資家からの共感を獲得し、あらゆる資源がフレキシブルに組み合わさることで新たな価値創出をスピーディに実現できる外部パートナーとのネットワークを構築することが重要。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・スタートアップを探しまわっているが、うまく協業できそうな企業が一向に見つからない。
・投資家から短期収益への影響を指摘されることを懸念し、価値創造活動への経営資源の投資が不十分となり、活動が思うように進まない。

<課題克服のための具体アクション>
・スタートアップが活用する外部イベントやメディアを見極め、積極的に自社の価値創造活動を発信する。
・個々の価値創造プロジェクトのテーマや実施状況を公表することで、スタートアップが参画しやすい状態をつくる。
・自社の価値創造戦略と活動の内容について、投資家が理解できるような情報公開を行い、情熱をもった責任者自らが投資家へ説明する。

<企業の挑戦事例>
【ソニー株式会社】
社内アクセラレーションプログラムで培ったノウハウを、社外に開放

・2014年、CEO直轄組織として新規事業創出部を設立し、社内の新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」をスタート。社員が応募した新規事業のアイデアがオーディションを通過すると、短期集中育成プログラムで育成。事業化前のニーズ検証では独自に立ち上げたクラウドファンディングプラットフォーム「First Flight」を活用。5年間で約750件の新規案件を審査、34件を育成し、14の事業を創出し、社内起業の仕組みを構築
・その間、多くの社外からの問い合わせを受けソニー外でも同様の課題があることを認識。新しい価値を世に出したいという熱い想いをもった「人」に機会と支援を提供し、社会の発展を促進できないかと考え、これまでのノウハウやプロセスを整備。2018年度後半より、スタートアップの創出と事業運営を支援するプログラム「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」へリブランドし、アイデア創りから商品化、事業運営、販売、拡大まで一気通貫でスタートアップを支援するAll Inclusive型のサービスを社外に提供。
・社外へのサービス提供開始から1年未満で、京セラや東京大学など、社外への提供実績は19件を突破。スタートアップ創出やオープンイノベーションを一過的なブームに終わらせずに、永続的に継続できることを目的とした様々な施策やインフラ、サービスを構築し、外部との連携の基盤を構築。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【7】支援体制ISO56002では、組織の内外へのコミュニケーションを強化することにより支援体制を強化していくことを推奨している。特に、コミュニケーションによりイノベーションに関わる取り組みへの社外の人々の認知度を上げていくこと、積極的な参加を強めていくこと、ブランド価値を強化することなどの重要性を強調している。

~どのように、進化させるのか
行動指針12:経営者が価値創造活動を見える化(文書化)し、組織として反芻(はんすう)し、活動全体を進化させ続ける

効率的かつ持続的な価値創造活動を実現するには、個人が試行錯誤を通して得た知を組織の知として蓄積・活用できるよう見える化(文書化)することが重要。また、活動結果と内外環境変化に合わせて、活動全体を進化させ続けることも必須。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・価値創造活動が属人的な活動に留まり、組織的な活動につながらない。経営者と推進責任者の交代が、活動継続の最大の懸念事項。
・価値創造活動を加速する仕組みが次第に使われなくなる。複数部署で多様な活動が展開され、組織内で活動重複が起きている。

<課題克服のための具体アクション>
・経営層が、価値創造活動を組織の知として蓄積・活用できるよう、各活動を通じて得た知識やノウハウ、ネットワークを見える化し、活用を促す施策を展開する。
・価値創造活動に対して、測定可能な指標(KPI)を設定し、測定・分析、評価を行い、活動と評価結果を見える化(文書化)する。
・経営者が定期的に、活動評価結果と内外環境変化を踏まえて、社外取締役と共に活動全体を振り返り、ビジョン・方針の見直しと、より効率的な価値創造活動を実現する仕組みを再構築する。

<企業の挑戦事例>
【日本電気株式会社】
自社の新規事業開発における課題を解決する為、先行事例を参考に新たなスキームを構築

・新規事業領域では、パートナーと双方の強みを掛け合わせ、課題解決策を「共創」していく姿勢が重要。
・AI領域は市場の動きが早く、従来のように社内で時間をかけて製品化しても、1,2年も経てばキャッチアップされてしまう。これに対抗すべく、市場で戦える強い製品をまず社外で育て、その製品を核に本社が本来狙うべきコンサルティングなど新たな事業領域を開拓していくほうが確実と考え、2018年4月、カーブアウトにより「dotData, Inc.」の設立を発表。この結果、従前に比べ早期に事業が立ち上がり、短期間で多くの顧客を獲得できた上、今後の事業開発手法に新たなオプションを持つことができた。
・dotData社の設立事例を参考に、2018年7月、シリコンバレーにNECXを立上げた。研究所が開発した技術を製品化する前に市場に開放し、シリコンバレーのエコシステムを活用し、起業家や投資家などと一緒に新事業の立ち上げを目指している。尚、NEC本体として事業化できそうな案件はカーブアウトではなく、スピンインを目指している。また事業の立ち上げ後、既存事業部で引き取れない場合は、ビジネスイノベーションユニットで事業が安定するまで責任をもって育成する。
・新規事業の立ち上げの際、既存事業と同様の目標(売上、利益)を求められることが多いが、市場におけるスタートアップ企業の評価と同じく、事業が生み出す将来のキャッシュフローから事業価値を算出し評価することが重要と考え、新事業の評価指標としてCFOの承認を得た。新事業開発を進めると、社内規制の壁にぶつかることが多いが、経営トップや関係部門に粘り強く働きかけながら、1つ1つ、前例を塗り替えていくことが重要。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【9】パフォーマンス評価
【10】改善
ISO56002では、イノベーション活動に対してパフォーマンス指標を設定し、その結果を分析し、マネジメントによるレビューが行われ、常に改善を続けていくことが組織のイノベーション・マネジメメントシステムを進化させていくために必須であると定義している。

(つづく)Y.H

(出典)
経済産業省 イノベーション100委員会
日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針~イノベーション・マネジメントシステムのガイダンス規格(ISO56002)を踏まえた手引書~
日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針