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ISO審査員及びISO内部監査員に文部科学省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。
今回は、科学技術・イノベーション白書のコラムを抜粋します。若手を中心とした多様な研究者による自由で挑戦的な研究を長期的に支援する「創発的研究支援事業」となぜ女性の理工系進学率が日本は低いのか、その中で活躍されている女性研究者を2名コメントを紹介します。
■挑戦する“創発研究者”たち
「創発的研究支援事業」は、若手を中心とした多様な研究者による自由で挑戦的な研究を、研究者が研究に専念できる環境を所属機関と連携して確保しつつ、長期的に支援する事業です。採択された“創発研究者”には、研究の第一線で活躍するプログラム・オフィサーのもと、研究者同士が互いに切磋琢磨し相互触発する「創発の場」等を通じ、活き活きと、自らの挑戦的な研究構想に取り組んでいただきます。ここでは、創発的研究支援事業の下で挑戦を続けている2名の“創発研究者”を紹介します。
畠山 淳博士
熊本大学 発生医学研究所 助教
研究課題名:霊長類の大脳発達における外的要因の役割とその応用
畠山博士は幼少期より、お母さんのおなかの中にいる赤ちゃんが、どうやってヒトとして生まれてくるのか、強く関心をもっていたそうです。これが畠山博士の「発生」への興味の原点で、後に大学で「脳」の発生についての研究に出会うこととなりました。畠山博士は、現在、ヒトの高度な知能の基盤となる脳の成り立ちに興味を持ち、霊長類脳の大型化と脳表面にある多数のシワの形成の仕組みの解明に取り組んでいます。霊長類研究は時間がかかりますが、創発研究者として、長期間、腰を据えた研究が可能となりました。近年、早産児や低出生体重児の出産が全体の約1割に上り、年々増加傾向にあります。医学の発達によって助かる命も増えましたが、早期に母胎から離されることが脳発達に影響を及ぼす場合もあります。ヒトの脳が出来上がるまでの発生過程を医学的に理解できれば、よりよく生きるための新生児医療に貢献することも期待されます。「人の脳の発生を理解したい」という長年の思いを叶かなえるべく、挑戦を続けている畠山博士のモチベーションは、研究対象への強い興味だそうです。畠山博士は、「好きなことを見つけたら、目標や夢に向かって努力し、巡ってきたチャンスをつかんでほしい」と学生にメッセージを述べられています。
伊藤 勇太 博士
東京大学 大学院情報学環 特任准教授
研究課題名:光線場変調による人の現実世界認識の拡張
伊藤博士は、幼い頃から数多くのSF作品を見る中で科学に関心を持ったそうです。修士課程に進学する前に放送されていた拡張現実感(AR)を題材にしたアニメに影響を受けたことが、ARを研究テーマにするきっかけとなりました。修士課程では、ARの研究で有名な先生が在籍するミュンヘン工科大学への交換留学を決意し、博士号もその先生の指導のもと、ドイツで取得しました。現在は戦略的創造研究推進事業「さきがけ」におけるAR研究の成果を、創発研究者として更に発展させる提案に取り組んでいます。AR映像を見られる技術の開発が世界で進んでいますが、まだまだスマートフォンのように普及した技術には至っていません。伊藤博士は、どこでも誰でも自在にARが体験できる世界を目指し、離れた場所から目元に映像を正確に投影する「ビーミングディスプレイ」、個人の視力に合わせて光を変調させることができるメガネ、バーチャルと物質空間に相互作用を生む新しいARインタラクション、といった基盤研究に挑戦しています。AR技術が更に進歩すれば、情報世界が現実世界にシームレスに統合された社会が生まれるかもしれません。また伊藤博士は研究者として、運とタイミングをつかむために種をまくことが大切だと考えています。自分が面白いと感じたらまず試してみること、それを評価してくれる人との出会いを大切にすることが、充実した研究人生につながると述べられています。
■なぜ日本では物理や数学を専攻する女性が少ないのか
日本は、世界の中でも理工系に進学する女性の割合が低くなっています。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の横山広美教授を中心とするJST-RISTEX科学技術イノベーション政策のための科学研究開発プログラム「多様なイノベーションを支える女子生徒数物系進学要因分析」プロジェクトでは、この要因を社会の女性規範等から解明するための研究を行っています。本研究にて、日本には、数学や物理学が男性向きというイメージが色濃く存在し、それは、卒業後の就職に対するイメージや、数学は男性の方ができるといった先入観(数学ステレオタイプ)に加え、男性・女性はこうあるべきという性役割についての社会風土が、女性の進路選択に影響を与えていることが分かりました。
(みんなの意識~女子は看護学?男子は機械工学?)
理工系を含む18分野について、一般男女を対象に性別による向き不向きのイメージを調べたところ、以下図のとおり、看護学、薬学、音楽、美術などは女性向き、機械工学、医学、数学、物理学などは男性向きというイメージが強いことが分かりました。
(数学、物理の能力は男性のもの)
日本では特に女性が少ない数学や物理学の分野に必要とされる能力について調べたところ、日本では、ジェンダーによる能力差があるとは考えられていないものの、これらの能力は男性的だと考えられており、イングランドと比較してもその傾向が強いことが分かりました。
(就職に関する情報提供、数学ステレオタイプの解消に加えて、平等社会の意識醸成の必要性)
今回の研究により、学問分野に女性向き・男性向きのイメージが色濃くあること、本人のみならず、親、社会風土と重層的に見えにくい意識のバイアス(偏り、思い込み)があることが確認されました。この結果は、女性の進路選択において、理系に進学した場合の就職に関する情報提供、数学ステレオタイプの解消のみならず、日本全体の意識醸成が重要であることを示唆しています。
■女子大学初となる工学部の開設
理工系、特に工学系の人材に占める女性の割合の低さは、世界的に大きな課題となっています。我が国の産業界では、ものづくりの現場が男性中心で、女性など多様な立場の人の目線に立った商品やアイデアが不足しているとの問題意識から、女性の工学系人材を求める声が高まっています。しかしながら、令和3年度の学校基本統計によれば、工学部学生の女性比率は15.7%にとどまり、依然として女性工学系人材が不足しています。男女バランスの良い環境が、研究開発の質を向上させることへの認識が高まり、「ジェンダード・イノベーション」という言葉も生まれ、インドやイスラエルのようなIT立国を目指す国々では女性エンジニアの育成に国を挙げて取り組んでいます。こうした中で、奈良女子大学は、令和4年度に、我が国の女子大学初となる工学部を開設しました。同学部のカリキュラムでは、工学を人と社会の視点から広く捉えるためにリベラルアーツ教育を重視しつつ、実践的な工学を探究するPBL演習を中核にしています。また、地元企業や研究所との連携により最新の技術や課題を学びながら、学生一人ひとりのキャリア形成に応じて科目を主体的に選択する履修制度も大きな特徴であり、これからの時代の変化に柔軟に対応できる人材を育てようとしています。さらに、我が国に2つしかない国立の女子大学の一つという特長を活かして、女性にとって魅力ある工学はどうあるべきか、女性エンジニアの成長を高める方策は何かを探りながら、工学系人材に占める女性の割合を高めるための政策提言につなげていくことも使命としています。
■輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)
日本の女性研究者の割合は諸外国と比較して17.5%(2021年)と低い現状となっています。その状況を打開しようと、女性研究者が活躍できる研究環境の整備が様々なところで進められています。科学技術振興機構では2019年度より「輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)」を創設しました。これは、女性研究者の活躍推進の一環として、持続的な社会と未来に貢献する優れた研究等を行っている女性研究者及びその活躍を推進している機関を表彰する制度です。本賞は、デザイナーの故芦田淳氏が設立した基金である芦田基金の協力によるもので、賞の名前の由来にもなっています。本コラムでは直近の受賞者2名の研究及び受賞理由を紹介するとともに、受賞者が研究者を志すきっかけ等を伺いました。
2021年度受賞 佐々田槙子 博士
東京大学 大学院数理科学研究科 数理科学専攻数理解析学講座 准教授
理化学研究所 革新知能統合研究センター(AIPセンター)
数理科学チーム 客員研究員
佐々田博士は、一見、統計物理や確率論と無関係に映る代数学や幾何学理論を用い、原子や分子などで構成されるミクロの世界の法則から、温度や密度などの変化といったマクロな振る舞いを説明するための、新しい理論の構築を行っています。他方で、研究以外の社会貢献においても、ホームページ「数理女子」の開設や確率論の動画公開、講演会などのアウトリーチ活動を積極的に行っており、また、国際数学連合のCWM(Committee for Women in Mathematics)のアンバサダーを務めるなど、数理科学の魅力を女性に伝えるべく尽力しています。
(佐々田博士への質問)
Q1.どういうきっかけで自然科学に興味を持つようになりましたか。
A1.幼少期から、論理パズルや面白い算数の問題が好きでした。わかった、という瞬間の爽快感に、特に魅力を感じていました。
Q2.研究者を志すようになったのは、いつ頃からですか。何かきっかけはありましたか。
A2.父が研究者だった影響は大きいと思います。自分が子供の頃、友人たちの父親と違って夕食の時間に帰宅していたので、よい職業なのかなと漠然と思っていました。真剣に研究者になりたいと考えたのは、修士学生の頃、当時読んでいた専門書の著者の方に直接お会いする機会があり、数学の研究の魅力について熱く語っていただいたことがきっかけだと思います。
Q3.研究者をやっていて面白いこと、大変なことは何ですか。
A3.なんとなく浮かんでいたアイディアについて、ずっと考え続けているうちに、だんだんはっきりとした輪郭が見えてきて、あるとき本質が急に見える瞬間が、とても楽しいです。一見無関係に見える様々な現象や概念の間に、美しい繋がりを見つけた時、とても面白いと感じます。大変なことは、興味のあることが多すぎて、時間が足りないことです。
Q4.現在取り組まれている研究内容を教えてください。
A4.小さな世界の動きを説明する法則から実際の世界の現象を導き出すための数学的な理論を、様々な視点を取り入れることで、より深く理解したいと研究をしています。
Q5.研究者としての将来の夢を教えてください。
A5.自分自身が心から面白い、と思える研究をずっと続けていくことです。
Q6.研究者を目指している子供や学生にメッセージをお願いします。
A6.研究や学問の喜びは、一握りの特別な人のものではありません。本気で胸が躍るテーマとの出会いが大切です。どこにそうした出会いがあるかはわからないので、いろいろなことに興味を持ち、また人との交流も大切にしてほしいと思います。
2020年度受賞 坂井 南美 博士
理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員
坂井博士は、天文学と化学を融合した新たな分野の開拓により「太陽系のような環境は宇宙でどれほど普遍的に存在するのか」という天文学の根源的な問題に切り込み、多様な太陽系外惑星系の起源や、惑星系形成の解明につながる革新的な成果を挙げています。また、研究以外の社会貢献においても、講演、展示などのアウトリーチ活動のほか、女性研究者リーダーシップ開発プログラムの講師を務めるなど、女性活躍推進への貢献、後進育成について努力を惜しまず活動しています。
(坂井博士への質問)
Q1.どういうきっかけで自然科学に興味を持つようになりましたか。
A1.小学生の頃の日々の自然体験がきっかけだと思います。具体的には、生き物の観察や木登り、枯葉での基地作りなど。
Q2.研究者を志すようになったのは、いつ頃からですか。何かきっかけはありましたか。
A2.研究者という職が視野に入ったのは高校生の頃ですが、志すようになったのは大学2年生の時です。天文分野の教授とお話できる機会があり、興味があると伝えたところ、「天文の何が知りたいのか?」と聞かれ、具体的に何も調べていなかったため答えられませんでした。深く反省し、本格的に調べ始めたことが大きなきっかけです。
Q3.研究者をやっていて面白いこと、大変なことは何ですか。
A3.面白いと思うことは、世界でまだ誰も知らない事実を自分だけが知っていることや、予想だにしなかった真実に時として直面することです。大変なことは、直接研究に関係すること以外の雑務が非常に多いことです。
Q4.現在取り組まれている研究内容を教えてください。
A4.星間空間で作られている有機分子の存在量を、観測から正しく求めるにはどうしたらよいのか?ということについて、探求しています。どのくらいの量の有機分子が、惑星系が誕生する際に元々存在していたのかという問題の解明に重要な課題です。
Q5.研究者としての将来の夢を教えてください。
A5.太陽系のように生命を育む惑星を持つ惑星系がこの宇宙で誕生するためには、どのような条件が必要なのか?という、私たちの起源と深く関係する問題の解決に1歩でも近づきたいと思っています。
Q6.研究者を目指している子供や学生にメッセージをお願いします。
A6.漠然とした憧れを持っているだけの方も多いと思います。私がそうでした。そこから一歩でよいので、踏み出してみてください。とても面白いことに気がついたり、自分が本当は何に興味があるのかがわかったり、夢が具体的に近づいてきます。
(つづく)Y.H
(出典)
文部科学省 令和4年版科学技術・イノベーション白書
科学技術・イノベーション白書