ISO審査員及びISO内部監査員に文部科学省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■イノベーション創出に向けた「知」の社会実装

ここでは、科学技術立国実現に向けた取組のうち、研究で得られた「知」を社会実装し、イノベーションを創出するための取組等を紹介します。我が国が抱える課題として、研究開発の成果が現実の課題の解決や社会実装に結びつかない場合があることが指摘されます。このため、例えば、府省連携による分野横断的な取組を、産学官連携で、基礎研究から実用化・事業化までを見据えて一気通貫で推進する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)などを推進しています。また、複雑化する社会課題に対応するため、人文・社会科学と自然科学を含むあらゆる「知」融合による「総合知」を活用した取組を推進しています。

(研究で得られた「知」を社会実装し、イノベーションを創出するための取組)
1.社会課題解決に向けた研究開発や社会実装の推進
(ムーンショット型研究開発制度の推進)
ムーンショット型研究開発制度は、超高齢化社会や地球温暖化問題など重要な社会課題に対し、人々を魅了する野心的な目標(ムーンショット目標)を国が設定し、挑戦的な研究開発を推進する国の大型研究プログラムです。全ての目標は「人々の幸福(Human Well-being)」の実現を目指し、掲げられています。将来の社会課題を解決するために、人々の幸福で豊かな暮らしの基盤となる以下の3つの領域から、具体的な9つの目標が決定されました(総合科学技術・イノベーション会議決定(目標1~6:令和2年1月23日、目標8,9:令和3年9月28日)及び健康・医療戦略推進本部決定(目標7:令和2年7月14日))。
①社会:急進的イノベーションで少子高齢化時代を切り拓く。
[課題:少子高齢化、労働人口減少等]
(目標1、2、3、7、9が該当)
②環境:地球環境を回復させながら都市文明を発展させる。
[課題:地球温暖化、海洋プラスチック、資源の枯渇、環境保全と食料生産の両立等]
(目標4、5、8が該当)
③経済:サイエンスとテクノロジーでフロンティアを開拓する。
[課題:Society 5.0実現のための計算需要増大、人類の活動領域拡大等]
(目標2、3、6、8、9が該当)

各目標を達成するために、その目標を俯瞰して統括するPD(プログラムディレクター)を設置し、その下で各研究開発プロジェクトに国内外トップの研究者が取り組むというポートフォリオを構築しています。各研究開発プロジェクトには、ステージゲートを設けて柔軟にポートフォリオの見直しを行うことで、将来における社会実装を見据えた派生的な研究成果のスピンアウトを積極的に奨励しています。また、研究開発の評価視点として、「産業界との連携・橋渡しの状況」が含まれており、社会実装に向けた民間資金の獲得等についても目指しています。本項目では、各目標のうち令和3年に決定した、目標8と目標9について事例を紹介します。本制度では、社会環境の変化等に応じて目標を追加することとしており、新型コロナウイルス感染症の影響による経済社会の変容を想定し、令和2年7月に新たなムーンショット目標の検討を決定しました。

新たなアイデアを持ち、そのアイデアを具体化するための調査研究を行うための若手研究者を中心とするチームを公募した結果、129件の応募の中から21の検討チームが採択をされ、4名のビジョナリーリーダーの指導・助言の下でこの21のチームにより約半年をかけて将来の社会経済の課題やあるべき姿(ビジョン)が取りまとめられました。この報告書を各報告書の外部専門家の協力の下、ビジョナリーリーダーが最終評価し、以下の2件の目標(目標8、目標9)が選定され、令和3年9月28日に開催された総合科学技術・イノベーション(CSTI)本会議において新たなムーンショット目標として正式に決定されました。

〇ムーンショット目標8:「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」
地球温暖化の進行等により、台風や豪雨などによる極端な風水害が激甚化し、全世界での気象災害等は過去50年間で5倍に増加しており、1970-2019年の死者は200万人超と推定されています。小規模な人工降雨などはこれまでにもありましたが、台風や豪雨などの災害につながるような大きなエネルギーを持つ気象の制御についての研究開発は進んでいませんでした。本目標では、2050年までに激甚化しつつある台風や豪雨の強度・タイミング・発生範囲などを変化させる制御によって、極端風水害による被害を大幅に軽減し、我が国及び国際社会に幅広く便益を得ることを目指しています。

〇ムーンショット目標9:「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現」
我が国の自殺者数はコロナ禍となった令和2年に増加に転じました。自殺・うつによる社会損失は年間2兆7,000億円という推計もあり、新型コロナウイルス感染症は自殺やうつ病など精神的要素に起因する社会問題を更に深刻化させています。本目標では、こころと深く結びつく要素(文化・伝統・芸術等を含む。)の抽出や測定、こころの変化の機序解明等を通して、こころの安らぎや活力を増大する要素技術を創出し、こころ豊かな状態を叶える技術を確立します。そして、人文・社会科学と技術の連携等により、コミュニケーションにおいて多様性の受容や感動・感情の共有を可能にし、多様性を重視しつつ、共感性・創造性を格段に高める技術の創出を目指しています。これらを達成することで、2050年までにこころの安らぎや活力を増大し、精神的に豊かで躍動的な社会を実現することを目標としています。

(戦略的イノベーション創造プログラム(SIP))
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、総合科学技術・イノベーション会議が、社会的に不可欠で日本の経済・産業競争力にとって重要な課題を決定し、府省連携による分野横断的な取組を、産学官連携で、基礎研究から実用化・事業化までを見据えて一気通貫で推進するプログラムです。SIP第1期(平成26年度~平成30年度)では、例えば、災害情報を関係機関で速やかに共有し、関係者がそれに基づいた活動を実施するための基盤的防災情報流通ネットワーク(SIP4D)や、自動運転システムによる安全な走行のために必要となる情報を自動運転車に配信するダイナミックマップなどの社会実装を実現してきました。SIP第2期(平成30年度~令和4年度)では、例えば、量子暗号・通信技術を用いて、第三者が絶対に解読できない形で重要データを通信・保管・二次利用する機能の実現を目指す取組や、正確な画像診断・病理診断補助など、AIを最大限活用して医療従事者の負担軽減を図ることでより丁寧な患者対応を目指すAIホスピタルなど、我が国が抱える社会的課題の解決や産業競争力の強化のための12課題に取り組んでいます。また、令和5年度から開始予定の次期SIPについては、我が国が目指す将来像(Society5.0)からバックキャストで検討し、令和3年12月に15の課題候補(ターゲット領域)を決定しています。令和4年度は、プログラムディレクター(PD)候補の下で関係省庁等が連携して、研究開発テーマのフィージビリティスタディ(FS)を実施し、社会実装につなげる計画や体制を整備することとしています。

(グリーンイノベーション基金)
「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(令和3年6月18日)は、「環境と経済の好循環」を作り出す産業政策として、温暖化への対応を成長の機会と捉え、2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会を実現するためのエネルギー需給の絵姿を示すとともに、予算、税、規制改革・標準化、国際連携など、民間企業の取組を後押しするための政策を示しました。このグリーン成長戦略に記載された14の重要分野のうち、特に政策効果が大きく、社会実装までを見据えて長期間の継続支援が必要な領域において、革新的技術の研究開発から社会実装までを継続して支援するべく、令和3年3月、新エネルギー・産業技術総合開発機構に2兆円の「グリーンイノベーション基金」を造成しました。本基金においては、研究開発の成果を着実に社会実装へつなげられるよう、社会実装に向けた取組内容やスケジュール等、経営者が長期的な経営課題として粘り強く取り組むことへのコミットメントについて、実施企業等に求めており、それらについて審議会においてモニタリングを行うこととしています。現在、審議会での議論等を通じて、洋上風力、水素、燃料アンモニア、カーボンリサイクル、蓄電池などのプロジェクトを組成し、新エネルギー・産業技術総合開発機構による実施者の公募を経て、順次事業を開始しているところです。これにより、民間企業の研究開発・設備投資を誘発するとともに、世界で3,500兆円規模の環境・社会・企業統治に関わるESG資金を国内事業に呼び込み、経済と環境の好循環を生み出すことを目指します。

2.事業化を目指した研究開発プロジェクトの推進と、企業の取組
(スタートアップ支援)
我が国の経済の力強い成長を実現させるためには、イノベーションの担い手であるスタートアップを徹底的に支援し、新たなビジネス、産業の創出を進めるとともに、高い付加価値を生み出す成功モデルを創出する必要があります。このため、2022年をスタートアップ創出元年として位置づけ、6月までに5か年計画を設定し、大規模なスタートアップの創出に取り組みます。具体的には、上場を果たしたスタートアップが、更に成長していけるよう、資金調達を行いやすくするための上場ルールに見直すなど、スタートアップ・エコシステムを大胆に強化するとともに、地域の中小企業と連携した大学発ベンチャーの創出などにも取り組み、戦後の創業期に次ぐ、日本の「第二創業期」を実現します。

(世界と伍するスタートアップ・エコシステム拠点都市の形成)
近年、GAFAに代表される巨大IT企業をはじめとして、世界中で、スタートアップが極めて短期間で大企業をしのぐほどに急成長し、産業構造のみならず、都市構造やライフスタイルまでをも変革する大きな潮流となっています。また、先進諸国は、革新的なスタートアップを創出すべく、スタートアップ・エコシステムの形成に戦略的に取り組んでいます。我が国においても、世界に羽ばたくスタートアップを創出するスタートアップ・エコシステムの形成とイノベーションによる社会課題解決の実現を目指して、令和元年6月に「Beyond Limits. Unlock Our Potential~世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略~」を策定し、令和2年にグローバル拠点都市4拠点(東京、名古屋・浜松、大阪・京都・神戸、福岡)、推進拠点都市4拠点(札幌、仙台、広島、北九州)を選定しました。拠点都市のスタートアップに対して、グローバル市場参入や海外投資家からの投資の呼び込みを促すため「グローバルスタートアップ・アクセラレーションプログラム」を実施する等、政府、政府関係機関、民間サポーターによる集中支援を実施することで、世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点の形成を推進しています。

(SBIR制度等による支援)
スタートアップ・中小企業等に対する研究開発補助金等の支出機会の増大を図り、その成果の事業化を支援するため、SBIR制度(Small Business Innovation Research)を推進しています。本制度は、「中小企業等経営強化法」(平成11年法律第18号)から「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」(平成20年法律第63号)へ根拠規定を移管し、イノベーション政策として、省庁横断の取組を強化しています。例えば、革新的な研究開発を行う研究開発型スタートアップ等への支出機会の増大を図るため、令和3年度の支出目標額を約537億円に定めました。また、公共調達を活用したスタートアップ・中小企業支援策の一つとして、国の省庁及び地方自治体が有する具体的な課題を基に設定されたテーマに対し、スタートアップ・中小企業等が挑戦し、新たな技術や着想を発掘・事業化につなげる取組として「内閣府オープンイノベーションチャレンジ」を実施し、認定した提案に対し、内閣府が準備する外部有識者による助言、国の省庁及び地方自治体との面談の機会を提供しています。

(アントレプレナーシップ教育の推進)
スタートアップの創出に当たっては、急激な社会環境の変化を受容し、新たな価値を生み出していく精神である、アントレプレナーシップ(起業家精神)を備えた人材の育成が必要です。我が国はアントレプレナーシップ醸成の裾野を全国に拡大するための取組の一環として、全国の大学生・大学院生を対象とし、オンラインを活用した「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」を、令和3年度より開始しています。また、科学技術振興機構を通じて、スタートアップ・エコシステム拠点都市において、大学と自治体・産業界との連携によってプラットフォームを構築し、希望する学生がアントレプレナーシップ教育を含む人材育成プログラムを受講することを可能とするための環境整備や、産学官連携による実践的なアントレプレナーシップ教育を含む人材育成プログラムの開発・運用を推進しています。例えば、京都大学が中心となって構築している「京阪神スタートアップアカデミア・コアリション」では、京都大学、大阪大学、神戸大学が中心となって他大学の学生も受講可能な教育プログラムを整備するほか、ユニークな起業アイデアを競う場としてのコンテストや高校生等への啓発活動も行っています。

(様々な成長フェーズに応じた支援)
優れた技術シーズを持つ研究開発型スタートアップの成長を促すため、新エネルギー・産業技術総合開発機構を通じて、起業家候補への支援や、起業後初期の研究開発への支援、事業会社との連携に対する支援等、スタートアップの成長フェーズに応じた様々な支援策を講じています。例えば、起業家候補への支援では、技術シーズを基に起業して事業を大きく拡大させたいと考えている起業意識のある研究者等を支援するため、そのビジネスプランに関するコンテストを通じて、ビジネスプランをより良いものとするための助言や投資家とのマッチングの機会を提供しています。さらに、令和3年度補正予算を活用し、地域に眠る技術シーズの活用や、カーボンニュートラルに資するエネルギー・環境分野など、これまで支援が行き届いていなかった分野の強化にも取り組んでいます。引き続き、スタートアップの成長やそれによるイノベーションの創出が自律的に繰り返される「スタートアップ・エコシステム」の形成を目指し、様々な施策を講じていきます。

(つづく)Y.H

(出典)
文部科学省 令和4年版科学技術・イノベーション白書 
科学技術・イノベーション白書