ISO審査員及びISO内部監査員に文部科学省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■経済安全保障

科学技術・イノベーションが国家間の覇権争いの中核となる中、人工知能や量子など、安全保障にも影響し得る先端的な重要技術が出現し、主要国は、国及び国民の安全保障上の対策として、鍵となる技術の把握や情報収集、技術流出問題への対処、先端的な重要技術の研究開発等を強力に推進しています。安全保障と経済を横断する領域で、国家間の競争が激化しており、我が国の科学技術・イノベーション政策においても、経済安全保障を念頭に置いた対応が必要です。我が国が技術的優位性を高め、国際社会における不可欠性の確保につなげていくためには、国が強力に重要技術の研究開発を進め、育成していくことが必要であり、国及び国民の安全・安心の実現のため、科学技術の多義性を踏まえつつ、総合的な安全保障の基盤となる科学技術力を強化することが必要です。このため、政府としては、以下の取組を進めています。

(安全・安心に関する新たなシンクタンク機能)
国民生活、社会経済に対する脅威の動向の監視・観測・予測・分析、国内外の研究開発動向把握や、人文・社会科学の知見も踏まえた課題分析を行う取組を充実するため、安全・安心に関する新たなシンクタンク機能の体制を構築し、重点的に開発すべき重要技術等に関する政策に資する提言等を行うこととしています。令和3年度からシンクタンク機能に関する試行事業を実施し、令和5年度の本格的なシンクタンクの立ち上げを目指しています。

(経済安全保障重要技術育成プログラム)
経済安全保障の確保・維持の観点から、上記シンクタンク機能も活用しながら、人工知能や量子など、中・長期的に我が国が国際社会において確固たる地位を確保し続ける上で不可欠な要素となる先端的な重要技術について、民生利用や公的利用への幅広い活用に向けた強力な支援を行う経済安全保障重要技術育成プログラムを検討しています。具体的には、国のニーズ(研究開発のビジョン)を実現する研究開発プロジェクトを実施し、研究成果については民生利用のみならず、成果の活用が見込まれる関係府省庁において公的利用につなげていくことや、国主導による研究成果の社会実装や市場の誘導につなげていことを重視します。

(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)
安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進するため、基本方針を策定するとともに、安全保障の確保に関する経済施策として、所要の制度(重要物資の安定的な供給の確保、基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、先端的な重要技術の開発支援、特許出願の非公開)を創設する法律が、令和4年5月に成立しました。先端的な重要技術の開発支援に関する制度については、先端的な重要技術の研究開発の促進とその成果の適切な活用のため、資金支援、官民伴走支援のための協議会設置、調査研究業務の委託(1のシンクタンク機能)等を措置するものです。この協議会の枠組みを2の経済安全保障重要技術育成プログラム等において活用することで、これまで困難であった、政府等が保有する研究開発に有用な機微な情報の共有が可能となるなど、適切な情報管理を伴う官民の伴走支援の新しい仕組みが構築され、より効果的に研究開発を行うことが可能となります。

■総合知を活用した科学技術・イノベーション政策の在り方
~社会課題解決に向けた「総合知」が必要とされる背景と総合知の活用~

近年の科学技術の急速な進展は、我々の生活に多くの恩恵をもたらすとともに、人間や社会の在り方自体に大きな影響を与えています。科学技術の進展と人間や社会の在り方は密接不可分の関係となっており、開発された技術や研究の成果は、人間により近いものであるべきとの認識が広まりつつあります。また、複雑化する社会課題の解決を含め、科学技術・イノベーション政策の在り方を検討するためには、自然科学の「知」と人文・社会科学の「知」を総合的に活用することや、人間や社会の望ましい未来像、一人ひとりの多様な幸せ(well-being)の在り方を考えることが必要となっています。

1.なぜ、いま、「総合知」の検討が求められているのか
(総合知の位置付け)
令和3年4月から施行された「科学技術・イノベーション基本法」では、従来、対象としていなかった人文・社会科学(人間や社会の在り方を研究対象とするもので、例えば、哲学、社会学、法学などが該当)のみに係るものも法の対象とされ、あわせて、あらゆる分野の知見を総合的に活用して社会課題に対応していくという方針が示されました。これは、科学技術・イノベーション政策が、人文・社会科学と自然科学を含むあらゆる「知」の融合による「総合知」により、人間や社会の総合的理解と課題解決に資する政策となることの必要性とその方向性を指したものです。このため、第6期基本計画では、「総合知」に関して、基本的な考え方や、戦略的に推進する方策について令和3年度中に取りまとめることとされており、令和4年3月に「中間とりまとめ」を行いました。

(「総合知」が求められる社会的背景)
我が国は、気候変動などの地球規模課題への対応や、レジリエントで安全・安心な社会の構築、少子高齢化、都市の過密と地方の過疎、資源問題といった多岐にわたる社会課題を抱えており、科学技術・イノベーション政策に対し、社会や国民から高い期待が寄せられています。また、諸外国においては、コロナ禍における緊急対応のみならず、いわゆるグリーンリカバリーなどの未来産業の創出や、安全保障の視点からの研究開発と大規模投資といった、大きな社会変革が進んでいますが、我が国の研究力やイノベーション力、とりわけ先進技術を社会へ実装する力は十分とはいえず、科学技術やビジネス面での国際競争力が低下しています。さらに、若者世代の自己肯定感の低さなど次代を担う人材に関する課題も浮き彫りになっています。こうした課題に対応するため、我が国の科学技術・イノベーション政策は、グローバル課題解決への政策的貢献という視座と、国民の一人ひとりにいかなる恩恵をもたらすのかという国内向けの視座の両方が必要とされています。このため、自然科学のみならず人文・社会科学も含めた多様な「知」の創造と、「総合知」による現存の社会全体の再設計、さらには、これらを担う人材育成が避けては通れない状況となっています。

(海外における動向)
世界に目を向けても、複雑化する社会的課題の解決のため、自然科学分野と人文・社会科学分野との学際的連携の重要性が指摘されています。例えば、経済協力開発機構(OECD)では、2020年(令和2年)6月に「トランスディシプリナリー研究(学際共創研究)」の活用による社会的課題解決の取組についての報告書を取りまとめています。この中では、科学技術の進展により急速に社会が変化していく中、多様な関係者が共通の目標を達成するためには、様々な学問分野の研究者と地域住民や企業、行政等の研究者以外の関係者が一体となって学問分野や組織を超えた取組を行うことが重要であることを指摘しています。また、その際、自然科学と人文・社会科学とのより深い統合、科学と社会との密接な関係、研究者以外の関係者を研究プロセスの全ての段階に参加させること等の必要性を指摘しています。

(総合知の活用)
このように国内外において、様々な観点から「総合知」の活用が必要とされており、研究や技術開発が、様々な社会課題に対応し「持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」の構築を目的とするものになると考えられます。また、科学技術・イノベーションを進める上で、我が国の「強み」として活かせる点(例えば、共同、共有、共創など、我が国が育んできた考え方)も、加味することが必要です。我が国の「強み」を活かして優位性や競争力を高め、国民の安全と安心や一人ひとりのwell-beingの実現に向け、すべてに関わる知を総合的に活用することが必要です。そのような知の体系化の中で、我が国の研究や技術開発、さらに、その成果を基にしたイノベーションにおいて、我が国の「勝ち筋」を見出すことも可能となります。

(「総合知」の活用に係る環境整備)
「総合知」の活用に向けては、属する組織の「矩」を超え、専門領域の枠にとらわれず、多様な知を持ち寄ることが不可欠ですが、それだけでは不十分です。十分に時間をかけて課題(問い)を議論し、多様な「知」を有機的に活用することで、新たな価値や物の見方・捉え方を創造するといった知の活力を生むアプローチが重要です。この「知の活力」を生むこと(アプローチも含む)こそが「総合知」であるとも言え、こうした観点を踏まえ、「総合知」の活用を推進するための環境整備を考える必要があります。このため、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)有識者議員懇談会において、総合知の基本的考えとともに、総合知を活用する人材の育成、育成された人材の活用とキャリアパス(評価)、交流・連携・融合や育成を促進する「場」の構築についての戦略的な推進方策を議論し、「「総合知」の基本的考え方及び戦略的に推進する方策(中間とりまとめ)」が取りまとめられました。

「専門知」を疎かにしないことや、“表層”的な文理融合にしないこと、環境整備を段階的に進められるように方策を設計するとともに、時代の潮流に対応できるようにすることなどの留意点も記載されています。総合知の活用のための環境整備を進め、10年後には、我が国の科学技術やイノベーションに携わる人材は、誰もが意識せずに「総合知」を活用する社会になることを目指しています。

2.「知」の融合による社会課題解決の取組事例
本節では、認知症当事者や発達障害者への支援といった社会課題に対し、「総合知」を活用して取り組み、一人ひとりの多様な幸せ(wellbeing)の実現を目指す具体的な事例を3つ紹介します。

(身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術による社会課題解決への取組)
内閣府のムーンショット型研究開発事業の目標1「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」では、人々が自身の能力を最大限に発揮し、多様な人々の多彩な技能や経験を共有できるサイバネティック・アバター技術を開発しています。開発に当たっては、参画する各研究グループが多様な知を持ち寄り、また研究推進法人によるELSI等に関する支援体制を活用し、技能や経験を相互に利活用する場合の制度的・倫理的課題を考慮して、人と社会に調和した、身体的な技能や経験を流通する社会基盤を構築することを視野に入れています。災害や感染症等の緊急時に多様な人材で、素早く問題解決できる大規模遠隔互助社会や、障害を乗り越えて社会活動に参画していける遠隔互助社会、技能や経験を互いに提供し合って能力拡張する技能合体流通社会の実現を目指しています。2050年には、この流通が人と人との新たな身体的共創を生み出し、サイバネティック・アバターを通じて誰もが自在な活動や挑戦を行える社会を目指します。

(人文・社会科学分野の研究者が中心となって未来社会の構築に能動的に参画する取組)
「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」では、未来社会が直面するであろう諸問題(①将来の人口動態を見据えた社会・人間の在り方、②分断社会の超克、③新たな人類社会を形成する価値の創造)の下で、人文・社会科学分野の研究者が中心となって、自然科学分野の研究者はもとより、産業界や市民社会などの多様なステークホルダー(利害関係者)が知見を寄せ合って、研究課題及び研究チームを創り上げていくための環境を構築する取組を進めています。令和3年度は、現在、世界中で建設が進められているスマートシティについて、そもそも「スマートシティ」とは何なのか、それは持続可能な社会を実現する切り札なのか、IT技術者と人文社会学者の視点を交差させ、西洋的価値観に回収されないアジアの人間観・社会観をも参照しつつ討議を行いました。

(人文・社会科学、自然科学、ステークホルダーが参画して社会システム構築を目指す取組)
科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)では、SDGsを含む社会課題の解決や科学技術のELSIへ対応するため、人文・社会科学及び自然科学の様々な分野の研究者やステークホルダーが参画する研究開発を推進しています。一例として、SDGs達成への貢献を掲げ、「誰一人取り残さない防災」の理念の下、災害時に障害者や高齢者の個々の状態に応じた避難や避難先でのケア(合理的配慮の提供)を目指した研究開発を実施しています。社会学・防災工学・情報学等の研究者と自治体の防災部局や福祉部局、庁外の福祉事業者や社会福祉協議会、地域の自治会、当事者組織やNPOとの協働により、「災害時ケアプラン」を作成できる福祉専門職の育成プログラムとその地域での実働のための協議会を設置するなどの事業モデルを提案しました。令和元年台風第19号等からの課題を教訓とし、高齢者等の避難の実効性確保に向けた、更なる促進方策について検討した内閣府の「令和元年台風第19号等を踏まえた高齢者等の避難に関するサブワーキンググループ」(令和2年6月~12月)において本研究の一部が事例紹介されました。本サブワーキンググループの最終とりまとめ(報告書)の方向性を踏まえ、災害対策基本法等の一部改正(令和3年5月20日施行)が行われ、個別避難計画の作成が市町村の努力義務とされました。

(つづく)Y.H

(出典)
文部科学省 令和4年版科学技術・イノベーション白書 
科学技術・イノベーション白書