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■量子技術、マテリアル分野の研究開発

(分野別戦略)
AI、バイオテクノロジー、量子技術、マテリアルや、宇宙、海洋、環境エネルギー、健康・医療、食料・農林水産業等の府省横断的に推進すべき分野については、国家戦略に基づき、研究開発等を進めている。今回は分野別戦略のうち、量子技術、マテリアルの分野別戦略について紹介する。

(1)量子技術
量子科学技術(光・量子技術)は、例えば、近年爆発的に増加しているデータの超高速処理を可能とするなど、新たな価値創出の中核となる強みを有する基盤技術である。近年、量子科学技術に関する世界的に研究開発が激化しており、米欧中を中心に海外では、政府主導で研究開発戦略を策定し、研究開発投資額を増加させている。さらに、世界各国の大手IT企業も積極的な投資を進め、ベンチャー企業の設立・資金調達も進んでいる。こうした量子科学技術の先進性やあらゆる科学技術を支える基盤性と、国際的な動向に鑑み、政府は令和2年1月に「量子技術イノベーション戦略」を策定し、その実現に向けて、「量子技術イノベーション」を明確に位置付け、日本の強みを活かし、①重点的な研究開発、②国際協力、③研究開発拠点の形成、④知的財産・国際標準化戦略、⑤優れた人材の育成・確保を進めている。

他方、量子技術イノベーション戦略策定以降、コロナ禍によるDX進展、カーボンニュートラル、量子コンピュータの研究の急速な加速等、急激に変化する社会環境に対する量子技術の役割が増大していることを踏まえ、生産性革命など我が国産業の成長機会の創出やカーボンニュートラル等の社会課題のために量子技術を活用し、社会のトランスフォーメーションを実現していくため、令和4年4月に、量子未来社会ビジョンを策定した。今後は、当該ビジョンを踏まえ、産学官一体となり、量子コンピュータ、量子ソフトウェア、量子セキュリティ・ネットワーク、量子計測・センシング/量子マテリアルの各領域における産業振興や研究開発等に関する取組、イノベーション創出のための基盤的取組を強力に推進していく。

内閣府では、平成30年度から実施している「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期」課題において、①レーザー加工、②光・量子通信、③光電子情報処理と、これらを統合したネットワーク型製造システムの研究開発及び社会実装を推進している。中でも①におけるフォトニック結晶レーザー(PCSEL)の研究開発では、従来の1/3の体積という、クラス最小のLiDARシステムの開発に成功するとともに、超小型レーザー加工システムに向けた更なる高輝度・高性能化に取り組んでいる。また、令和2年6月、「官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)」に「量子技術領域」を設置し、官民の研究開発投資の拡大に資する研究開発を支援している。さらに、令和元年度にムーンショット型研究開発制度において、「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」するというムーンショット目標を設定し、挑戦的な研究開発を推進している。総務省及び情報通信研究機構は、計算機では解読不可能な量子暗号技術や単一光子から情報を取り出す量子信号処理に基づく量子通信技術の研究開発に取り組んでいる。

また、総務省では、地上系の量子暗号通信の更なる長距離化技術(長距離リンク技術及び中継技術)の研究開発を推進している。さらに、地上系で開発が進められている量子暗号技術を衛星通信に導入するため、宇宙空間という制約の多い環境下でも動作可能なシステムの構築、高速移動している人工衛星からの光を地上局で正確に受信できる技術及び超小型衛星にも搭載できる技術の研究開発に取り組んでいる。加えて、令和3年度より地上系及び衛星系ネットワークを統合したグローバル規模の量子暗号通信網構築に向けた研究開発を実施している。文部科学省では、平成30年度から実施している「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」において、①量子情報処理(主に量子シミュレータ・量子コンピュータ)、②量子計測・センシング、③次世代レーザーを対象とし、プロトタイプによる実証を目指す研究開発を行うFlagshipプロジェクトや基礎基盤研究及び人材育成プログラム開発を推進している。

量子科学技術研究開発機構では、量子計測・センシング等の量子科学技術を生命科学に応用し、生命科学の革新や新たなイノベーションの創生を目指す量子生命科学の基盤技術開発に取り組んでいる。また、世界トップクラスの量子科学技術研究開発プラットフォームの構築を目指し、重粒子線がん治療装置の小型化・高度化の研究、世界トップクラスの高強度レーザー(J-KAREN)やイオン照射研究施設(TIARA)などの量子ビーム施設を活用した先端的研究を実施している。経済産業省では、平成30年度より開始した「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発事業」において、社会に広範に存在している「組合せ最適化問題」に特化した量子コンピュータ(量子アニーリングマシン)の当該技術の開発領域を拡大し、量子アニーリングマシンのハードウェアからソフトウェア、アプリケーションに至るまで、一体的な開発を進めており、2019年度からは新たに、共通ソフトとハードをつなぐインターフェイス集積回路の開発を開始した。加えて、クラウドコンピューティングの進展などにより課題となっているデータセンターの消費電力抑制に向けて、「超低消費電力型光エレクトロニクスの実装に向けた技術開発事業」において、電子回路と光回路を組み合わせた光エレクトロニクス技術の開発に取り組んだ。

(世界初、ラックサイズで大規模光量子コンピュータを実現する基幹技術開発に成功)
~光ファイバ統合型量子光源を開発~
量子コンピュータを含む量子技術に関して、諸外国とのし烈な国家間競争を勝ち抜くため、内閣府では現在、「量子技術イノベーション戦略」の改定を進めており、オールジャパンの体制の下で量子分野の重要課題に関する研究開発を推進することとしている。量子コンピュータは、重ね合わせ状態と量子もつれ状態という量子力学特有の現象を利用した超並列計算処理が可能なことから、世界各国で研究開発が進められている。

ムーンショット型研究開発制度の目標では、「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」という野心的な目標を掲げ、プロジェクトの研究開発を進めている。そのうちの1つ、「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発」のプロジェクトでは、ラックサイズで大規模光量子コンピュータを実現するための基幹デバイスとなる光ファイバ接続型高性能スクィーズド光源モジュールを実現した。開発した光ファイバ結合型量子光源モジュールと光通信用光学部品を用いることで、6テラヘルツ以上の広帯域にわたって量子ノイズが75%以上圧搾された連続波のスクィーズド光の生成に、世界で初めて光ファイバ光学系で成功した。本成果は光通信デバイスを用いた安定的かつメンテナンスフリーな閉じた系において、現実的な装置規模での光量子コンピュータ開発を可能とし、実機開発を大きく前進させると期待されている。

(2)マテリアル
マテリアル分野は、我が国が産学で高い競争力を有するとともに、広範で多様な研究領域・応用分野を支え、その横串的な性格から、異分野融合・技術融合により不連続なイノベーションをもたらす鍵として広範な社会的課題の解決に資する、未来の社会における新たな価値創出のコアとなる基盤技術である。当該分野の重要性に鑑み、政府は令和3年4月、2030年の社会像・産業像を見据え、Society5.0の実現、SDGsの達成、資源・環境制約の克服、強靭な社会・産業の構築等に重要な役割を果たす「マテリアル・イノベーションを創出する力」、すなわち「マテリアル革新力」を強化するための戦略(「マテリアル革新力強化戦略」)を、統合イノベーション戦略推進会議において決定した。同戦略では、国内に多様な研究者や企業が数多く存在し、世界最高レベルの研究開発基盤を有する我が国の強みを生かし、産学官関係者の共通ビジョンの下、①革新的マテリアルの開発と迅速な社会実装、②マテリアルデータと製造技術を活用したデータ駆動型研究開発の促進、③国際競争力の持続的強化等を強力に推進することとしている。

文部科学省は、当該分野に係る基礎的・先導的な研究から実用化を展望した技術開発までを戦略的に推進するとともに、研究開発拠点の形成等への支援を実施している。具体的には、最先端の研究設備とその活用のノウハウを有する大学等の機関が緊密に連携し、全国的な共用体制を構築することで、産学の利用者に対して最先端設備の利用機会と高度な技術支援を提供する「ナノテクノロジープラットフォーム」や、大学等において産学官が連携した体制を構築し、革新的な機能を有するもののプロセス技術の確立が必要となる革新的材料を社会実装につなげるため、プロセス上の課題を解決するための学理・サイエンス基盤の構築を目指す「材料の社会実装に向けたプロセスサイエンス構築事業(Materealize)」を実施している。

また、「マテリアル革新力強化戦略」において、データを基軸とした研究開発プラットフォームの整備とマテリアルデータの利活用促進の必要性が掲げられていることも踏まえ、文部科学省では、令和3年度から、「ナノテクノロジープラットフォーム」の先端設備共用体制を基盤として、多様な研究設備を持つハブと特徴的な技術・装置を持つスポークから成るハブ&スポーク体制を新たに構築し、高品質なデータを創出することが可能な最先端設備の共用体制基盤を全国的に整備する「マテリアル先端リサーチインフラ」を開始した。本事業は、物質・材料研究機構が設備するデータ中核拠点を介し、産学のマテリアルデータを戦略的に収集・蓄積・構造化して全国で利活用するためのプラットフォームの整備を進めている。加えて、データ活用により超高速で革新的な材料研究手法の開拓と、その全国への展開を目指す「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト」について、令和3年度にフィージビリティ・スタディを実施し、令和4年度からの本格研究開始に向けた検討を進めるなど、研究データの創出、統合、利活用までを一気通貫した研究開発を推進している。

さらに、物質・材料研究機構は、新物質・新材料の創製に向けたブレークスルーを目指し、物質・材料科学技術に関する基礎研究及び基盤的研究開発を行っている。量子やバイオ等、政府の重点分野に貢献する革新的マテリアルの研究開発を推進するほか、マテリアル分野のイノベーション創出を強力に推進するため、基礎研究と産業界のニーズの融合による革新的材料創出の場や世界中の研究者が集うグローバル拠点を構築するとともに、これらの活動を最大化するための研究基盤の整備を行う事業として「革新的材料開発力強化プログラム~M3(M-cube)~」を実施している。

令和元年度からは、革新的新材料の創出加速等に向けた研究環境のスマートラボラトリ化のための取組を実施しており、さらに令和2年度からは、データ中核拠点として全国の先端共用設備から創出されたマテリアルデータの戦略的な収集・蓄積・AI解析までを含む利活用を可能とするシステム整備を進めている。内閣府は、SIP第1期「次世代海洋資源調査技術」の成果を踏まえ、平成30年度より、SIP第2期「革新的深海資源調査技術」として、世界に先駆け、我が国の排他的経済水域の2,000m以深にある海底に賦存するレアアース泥等の鉱物資源を効率的に調査し洋上に回収する技術の開発を進めている。令和3年度は南鳥島の調査海域のレアアースの概略資源量評価により産業化が期待される規模のレアアース資源の賦存を確認し、揚泥性能確認試験も実施するなど、将来のレアアース生産に向けた技術開発が着実に進展している。

文部科学省及び経済産業省は、次世代自動車や風力発電等に必要不可欠な原料であるレアアース・レアメタル等の希少元素の調達制約の克服や、省エネルギーを図るため、両省で連携しつつ、材料の研究開発を行っている。文部科学省は、我が国の資源制約を克服し、産業競争力の強化を図るため、元素の果たす機能を理論的に解明し応用することにより、レアアース・レアメタル等の希少元素を用いない全く新しい材料の創製を行う「元素戦略プロジェクト(研究拠点形成型)」を推進している。経済産業省は、「輸送機器の抜本的な軽量化に資する新構造材料等の技術開発事業」により、従来以上に強力かつ希少金属の使用を大幅に削減した磁性材料の開発等を行っている。また、「資源循環システム高度化促進事業」により、我が国の都市鉱山の有効利用を促進し、資源の安定供給及び省資源・省エネルギー化を実現するため、廃製品・廃部品の自動選別技術、高効率製錬技術及び動静脈情報連携システムの開発を行っている。さらに、「サプライチェーン強靱化に資する技術開発・実証」により、供給途絶リスクの高いレアアースのサプライチェーン強靱化に繋げるため、レアアースの使用を極力減らす、又は使用しない高性能磁石の開発や不純物等が多く利用が難しい低品位レアアースを利用するための技術開発等を行っている。

(つづく)Y.H

(出典)
文部科学省 令和4年版科学技術・イノベーション白書 
科学技術・イノベーション白書