ISO審査員及びISO内部監査員に文部科学省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■デジタル化の役割

デジタル化による生活サービス提供機能の維持・向上により、暮らしを支えていくことが求められる。

①次世代型の交通システムへの転換
人口減少に伴い地域公共交通の衰退が懸念される中、地域公共交通のあり方を検討し取組みを強化するとともに、デジタル化を通じて新たな手段での解決を図り、利便性・持続可能性・生産性の高い地域公共交通ネットワークへの「リ・デザイン」(再構築)を推進していくことが重要である。デジタル化により、需要が供給に合わせる(乗客がバス停でバスを待つなど)のではなく、供給が需要に合わせる(車両が乗客の望む時間・場所に迎えに行くなど)ことが可能となる。例えば、AIオンデマンド交通については、需要に応じた効率的な配車により、従来の公共交通の路線網以外の出発地・目的地間の乗客輸送を含めた柔軟な移動が可能となり、利便性向上による利用者の増加や効率的な公共交通網の維持などが期待される。また、今後、自動運転技術の実装が公共交通の持続性を更に高めることも期待される。

②人口減少下でも持続可能で活力ある地域づくり(地域生活圏の形成)
人口減少、少子高齢化が加速する地方部において、人々が安心して暮らし続けていけるよう、地域の文化的・自然的一体性を踏まえつつ、生活・経済の実態に即し、市町村界にとらわれず、官民のパートナーシップにより、暮らしに必要なサービスが持続的に提供される地域生活圏を形成し、地域の魅力向上と地域課題の解決を図ることが求められる。このためには、デジタル技術が不可欠であり、デジタル技術を活用した生活サービスの効率化・自動化等による、リアル空間の生活の質の維持・向上を図り、生活者、利用者目線でサービスの利便性を向上させる取組みを加速化することが重要である。また、地域を共に創るという発想により、主体、事業、地域の境界を越えた連携・協調の仕組みをボトムアップで構築することが求められる。

③デジタル活用による新たなまちづくり
都市や地方など地域における様々な社会課題の解決等に向け、デジタル技術やデータの活用により、従来のまちづくりの仕組みそのものを変革する「まちづくりのデジタル・トランスフォーメーション」が可能となる。例えば、都市では、デジタル技術を活用し、混雑緩和に向けた都市空間再編や防災面でのエリアマネジメントの高度化に取り組むことや、地方における多様な暮らし方や働き方への支援を図ることなどが考えられる。こうした取組みを官民の幅広いプレイヤーが協働して進めていくことで、「持続可能な都市経営」、「Well-beingの向上」、「機動的で柔軟な都市」に重点をおいた新たな都市経営への転換を通じて、都市部でも地方部でもその特性や利点を活かした、「人間中心のまちづくり」の実現が期待される。

2 競争力の確保に向けた新たな付加価値・イノベーションの創出

(1)社会経済の課題
①経済成長の維持・向上
我が国経済は、成長を維持しているものの近年伸び悩んでおり、例えば、実質GDPの成長率については、他の主要先進国と比べ緩やかに推移している。デジタル化による付加価値の向上等により、イノベーションを促進し、経済成長の維持・向上を図ることが課題である。

②競争力の確保
経済成長の維持・向上には、デジタル化により新製品・サービスの創出等に取り組むなど、我が国産業の競争力を高めていくことが重要である。デジタル化の急速な進展により、新製品・サービスが提供されている中、個人のライフスタイルのみならず、産業分野においてもビジネスモデルの変革が誘発されている。総務省「令和3年版情報通信白書」によると、デジタル・トランスフォーメーションは、デジタル技術の活用による新たな商品・サービスの提供、新たなビジネスモデルの開発を通して、社会制度や組織文化なども変革していくような取組みを指す概念とされている。日本・米国・ドイツの企業を対象としたデジタル・トランスフォーメーションに取り組む目的についての調査によると、日本企業は「業務効率化・コスト削減」と答えた割合が高かったのに対し、「新製品・サービスの創出」、「新規事業の創出」などの目的については、米国やドイツと比較すると低かったとの指摘がある。

また、国土交通省「国民意識調査」において、国土交通分野のデジタル化による産業競争力や付加価値の向上への期待についてたずねたところ、特に若年層で、「新技術(3Dプリンタ等)を活用した施工方法による自由度が高く、デザイン性の高い空間の創出」、「研究機関との連携やスタートアップの育成によるイノベーションの創出」に期待していると答えた割合が約7割と高く、若い世代を中心に、次世代技術による産業競争力や付加価値の向上への期待が高いことがうかがえる。今後、我が国の産業競争力を確保すべく、デジタル化を単に業務効率化や省人化のための手段として活用するにとどまらず、デジタル化による組織、文化、働き方の変革に取り組み、新製品・サービスや新たなビジネスモデルを生み出し、新たな付加価値・イノベーションを創出していくことが重要である。

(2)デジタル化の役割
デジタル化による新たな付加価値・イノベーションの創出により、競争力の確保を図ることが求められる。

①新たな付加価値の創出
近年、AI、IoT、ロボット、センサなどのデジタル技術の開発・実装が世界的に進展し、生産や消費といった経済活動を含め経済社会のあり方が大きく変化しつつある中、デジタル化を通じ、新たな付加価値の創出を図っていくことが必要である。国土交通分野では、例えば、ドローンやセンサ等を活用したインフラ点検といった新たなサービスが考えられるとともに、3Dプリンタなど新技術を活用した施工方法により、自由度が高くデザイン性の高い空間の創出が可能となるなど、新たな付加価値につながることなどが期待される。

②イノベーションの創出
AI、IoT、ビッグデータなどのデジタル技術を取り込み、従来の枠組みにとらわれないイノベーションの創出を図っていくことが必要である。例えば、インフラ分野や不動産分野のデジタル・トランスフォーメーションなどビジネスモデルの変革に向けた取組みや、空飛ぶクルマなど次世代モビリティの開発・実装を通じて実現する新たなサービスなど、新たな価値の創造に結び付くイノベーションの創出が求められる。

(3Dプリンタの活用具体例)
・3Dプリンタを活用したグランピング施設の建築 ~太陽の森ディマシオ美術館

太陽の森ディマシオ美術館を運営する㈱ミタカは、廃校を活用した太陽の森ディマシオ美術館の来館者数を増加させるため、2022年10月に美術館の敷地内にグランピング施設「DI-MACCIO GLAMPING VILLAGE」をオープンした。このグランピング施設は、フランス人幻想画家ジェラール・ディマシオの絵画を展示する美術館のテーマである「アートと自然と宇宙との共生」を表現する施設とするため、3Dプリンタで凹凸のある壁、卵形の建物の壁、曲線で描かれた塀など、ディマシオ美術館の世界感をコアコンセプトとした空間となっている。

グランピング施設などの商業用宿泊施設を3Dプリンタを活用し鉄筋コンクリート造として建設したことは、国内で初の取組みであり、オープン後4か月間の宿泊者数は200名以上で宿泊者からも高い評価を得ている。3Dプリンタによる施工の魅力は、スピード施工による省人化・工期短縮であることと、3Dプリンタだからこそ実現可能な特殊な形状やテクスチャーを生み出し新しい建築の価値を創造できることである。今後、こうした3Dプリンタを活用したデザイン性の高い空間を利用者に提供する取組みが、体験価値の向上につながることが期待される。

(デジタル化によるイノベーション)
「建設テック」による建設業でのイノベーション創出の可能性
(Obayashi SVVL,Inc. COO/CFO 佐藤寛人氏へのインタビュー)

競争力確保に向けて、デジタル化による新たな付加価値・イノベーションの創出が欠かせない。シリコンバレーに現地法人(Obayashi SVVL)を設立し、スタートアップと共同で建設テックなどビジネスモデルの開発を進めている佐藤氏に、建設業を取り巻く環境の変化やイノベーション創出にあたっての課題についてお話を伺った。

●建設業を取り巻く環境の変化とデジタル化の遅れに対する危機感
2000年頃のインターネットブーム時代の到来により、生産性を大きく向上させた業界もある中、インターネット技術との親和性が低かった建設現場にはそれほど大きな変化が訪れなかった。しかし、近年急速に進展するロボットやAI等のデジタル技術は、リアルの「物」を現場で動かすテクノロジーであり、建設業にも大きな変革がもたらされ得る機会が訪れたものとみている。例えば、インターネットのみでは現場でアクションを起こせなかった一方で、AI・ロボットは物を見て判断し、工程表に基づいて物を運搬することができ、建設プロセスが変わり得るものである。この観点で、「建設テック」の可能性への期待感から、日本の建設業が変わり、作業員がより少ない身体的負担で現場作業に従事することができ、生産性が向上するといった世界を思い描いて、SVVLを設立し、シリコンバレーでの活動に2017年から取り組んできた。ここで「建設テック」とは、建設プロセスそのものをデジタル化することとして捉えており、対象とする範囲は、設計、見積、施工、プロジェクト管理のツールまでを想定している。「建設テック」へ期待を持つ一方で、建設業におけるデジタル化の遅れに対する危機感も、本取組みに注力する原動力となった。例えば、SVVL設立当時、シリコンバレーにおいても建設テックを扱うスタートアップはごくわずかで、建設テックのコミュニティ、エコシステムは見当たらず、建設業が他の産業と比べてデジタル化の潮流から取り残されているような焦燥感を感じた。

●建設現場の課題をオープンにする
建設業の特徴として、一旦、建設現場が開設されると現場は仮囲いで囲まれ、仮囲いの中で行われている「生の現場プロセス」を部外者が見る機会はほとんどない。この建設現場の閉鎖性により、スタートアップが自分達の技術を売り込む際に、建設市場がターゲットにされにくく、結果、建設テックが育ってこなかったのではないかと仮説を立てた。このため、建設現場の課題(痛み(pain))をオープンにし、シリコンバレーのスタートアップと課題を共有することで、最新のデジタル技術を適用した解決策(痛み止め(painkiller))を検討してもらうこととした。これらスタートアップに出資し、資金面でサポートするとともに、建設プロセスにおける生産性向上に資するデジタル技術を適用した製品・サービス開発・市場展開に力を注いでいる。

●シリコンバレーにおけるイノベーション創出の方法論
シリコンバレーの技術開発、製品・サービス開発のプロセスの特徴として、エンジニアの直観的アプローチ(洞察力(insight))に基づいて、試行錯誤を繰り返しながら開発を進めていく「シリコンバレー流のイノベーションへのアプローチ」の存在が挙げられる。例えば、ベンチャーキャピタルにおける出資判断の基準においても、新製品・新サービスのアイディアの実現可能性を実証していくプロセスが重視され、時にはそのプロセスにおける「失敗の経験」も当該スタートアップの「成長の糧」として好意的にみなされる。一方で、投資家からのスタートアップに対するプレッシャーは強く、1か月、3か月、半年といった短期間で製品・サービス開発のマイルストーンが設けられ、そのマイルストーンをクリアしないと次の資金調達が危ぶまれる仕組みとなっている。こうした「シリコンバレー流イノベーションへのアプローチ」は、一般的な企業内の意思決定のアプローチ(過去の経験や定量的データに裏付けられた合意形成のアプローチ)とは大きく異なる。スタートアップ創業者の直感や洞察による仮説(事業実施前に客観的なデータでその正しさを説明できない仮説)に基づき、試行錯誤による実証実験を伴う事業遂行により当該仮説の正しさを証明していくことでイノベーション創出を図る方法論であり、試行錯誤型のアプローチを理解し、そのプロセスに伴走する投資家の存在も、シリコンバレーを世界的に稀有な場所にしていると感じる。

●標準化が課題
SVVL設立当時、建設テックに関するスタートアップはシリコンバレーでも数少なかった。卓越した技術を持つスタートアップは他の産業分野のデジタル化で事業に取り組んでおり、建設市場向けの製品・サービスを開発するスタートアップは少なかったと考えている。この状況はこの数年で大きく変わったと思う。建設テック専門のベンチャーキャピタルやスタートアップが開発した試作品を意欲的に利用する建設会社が出現し、スタートアップ、投資家、ユーザーによる「建設テックエコシステム」が形成されてきたためである。

一方で、日米のスタートアップが置かれた市場環境を比較すると、その違いは大きいと感じる。米国では比較的ソフトウェアの業界標準化が進みやすいが、日本では業界標準のソフトウェアがなかなか現れてこない。この要因の一つには、建設エンジニア市場の人材流動性の違いが考えられる。例えば、米国のエンジニアの労働市場の流動性は高く、エンジニアが転職前に使用していたソフトウェアに必要なスキルは転職先企業に移転する傾向があり、業界内でソフトウェアの共有化に伴う業界標準が形成されてきたと思う。一方、日本では人材の流動性が低く、業界内でソフトウェアに必要なスキルが流通せず、個社のソフトウェアが独自に発展してきた。業界内でソフトウェアサービスの標準化が生まれにくい日本の環境は、今後、上述の建設市場向けの製品・サービスを開発するスタートアップ(サービスプロバイダー)からみても魅力の低い市場として映ることが懸念され、大きな課題であると思う。

●建設プロセスのデジタル化により建設業本来の魅力を取り戻す
今後、建設プロセスのデジタル化が進むことで、現場の生産性が飛躍的に向上するとともに、新たな価値・イノベーションが創出されるのではないかと考えている。建設業は、プロジェクトの過程とその成果においてロマンがあるし、社会的責任を伴うやりがいのある仕事である。しかしながら、現実的には労働者不足やその高齢化問題が喫緊の課題として挙げられ、解決策が求められている。デジタル技術を核にした建設テックの製品・サービスが今後、普及することにより、こうした課題が解決され、生産性を飛躍的に向上させることができれば、建設業の本来の魅力が取り戻せると期待して、今後も活動していきたいと考えている。

(つづく)Y.H

(出典)
国土交通省 令和5年版国土交通白書
令和5年版国土交通白書