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はじめに
これを読まれているあなたは、これから社会に乗り出す、あるいは社会に出て荒波にもまれ始めた方でしょうか。
いよいよこれから社会で働く一員として、今は期待と不安で胸いっぱいだったり、事前に思っていたような働き方が実際に社会に飛び出してみるとなかなかできずに苦労を重ねている、そのような状況ではないかと拝察します。
社会人として仕事をしていくことは今までとは違う環境の中で自分をそこに順応させ、その上で、所属する組織のアウトプットを最大化するために毎日たゆまない努力を必要とします。短期決戦ではなくマラソンに例えられるような長期戦です。
社会では基本ルールが制定され、そのルールに則ってすべての人々が活動していくことによって秩序だった世界が実現することはお分かりでしょう。そのために法規制が存在しますが、法規制だけでなく、自分たちが拠り所とする組織経営の教科書とも言えるものが世の中にはいくつもあります。
そして本書が上司や採用担当から配られた皆さんの組織では、組織活動のベースとしてマネジメントシステムと呼ばれる仕組みが存在しています。社会人になってまず覚えることは同僚や先輩、そして上司の顔や名前そして自分の与えられた仕事ですが、その次には自社製品のこと、更には会社の組織構造及び仕事の流れについて理解し、さらに学びを深めていくことが大事です。
会社の組織構造はマネジメントシステムと呼ばれるもので構築され、そして日々の運営管理がなされています。そしてそのマネジメントシステムを構築、運用していく上で、参考としている指南書にISO規格があります。
ISO9001に代表される全世界で活用されているISO規格を御社でも採用し活用しているのです。
本書はそのISO9001の基本を易しく噛み砕くと共に、社会人として組織内でしっかりとした足跡を残すために大事なことは何かをお伝えしていきます。せっかく縁があって入社した今の会社です。自分が働く職場そして自分が行う仕事、そして自分が所属する会社が好きになる為にも、多少の努力、勉強は必要です。そのためにこのシリーズが一助になることを願ってお届けいたします。
株式会社テクノファ 代表取締役 青木恒享
第1章 社会人としての船出
小学校入学から数えて十数年に及ぶ学生生活を終え、これから社会人としての船出を迎える方は、期待と不安で胸いっぱいなことでしょう。そしてすでに社会人となり歩み始めた方は、おそらく無我夢中で過ごしたあっという間の日々があったのではないでしょうか。
学生時代と社会人なってからの日々ではとても大きな密度の違いを感じられる方々がほとんどであろうと思います。毎日へとへとになるまで働き、ようやく週末を迎えても、朝寝坊して、夜は友達と飲みに行くというパターンの休日の過ごし方であればお休みの日はあっという間に時間が過ぎ去ってしまい、また会社に行く日々に逆戻り。もっと自分の時間が欲しい、ゆっくり何かをしたい、と多くの方が思い悩むのが新入社員の一般的な姿ではなかろうかと思います。
日々のお務めご苦労様です。皆さんの先輩や上司も多くの方々がこのような思いを抱き、日々を過ごして今に至っているのです。何も今あなたが嘆いていたとしても、それはあなた特有の状況と悲嘆にくれる必要はありません。一方で、裏を返せば周りの方々もそのような過去を持っているために、今のあなたがもし嘆き悲しんでいたとしても、そのことに真剣に取り合ってくれる人はあまり多くないということになってしまいます。
そのことは何を示唆するのか、というと、ギアを入れ替えて次の人生に踏み出しましょう、ということなのです。本当の意味での社会人としての船出を切る必要があります。それはどういうことか。少々厳しい言い方かもしれませんが、自分の人生に責任を持つ、ということなのです。
1.1 船長は自分
学生時代に下宿をされていた方であれば違いますが、親元から学校に通っていた方は、掃除、洗濯、炊事等に時間を取られることなく、学校で授業を受ける時間以外はすべて自分の時間、と言ってもよいくらいに自由な時間が多かったはずです。ところが社会人になると、その状況が激変します。最低でも週に40時間は会社で仕事をし、残業を命じられれば、職種によっては週に80時間も仕事をしている、という激務をこなしている方も既に出ているでしょう。
仕事自体は上司からの指示命令に基づいて行うケースがほとんどでしょうが、その与えられた仕事をどのように仕上げていくかは基本、自分で考え、その成果については自分で責任を負わなければなりません。それが社会人として認められていく第一歩です。入社1年目はまだ上司から様々な指示を受けて、その通りに仕事をしていくことも求められるケースは殆どではないかと思います。独立して個人事業主になれば別ですが、組織の一員として働く以上は、そのような役割を担うことも非常に重要です。組織の中での自分の立ち位置を理解する、自分の役割を理解する、ということなのです。
「守破離」という言葉を聞いたことがありますか。
なかなか耳にする、目にする言葉ではないかと思いますが、覚えておくと非常にためになる言葉ですので、少し説明を加えましょう。
辞書を引くと、以下のように語釈が示されています(デジタル大辞泉より)
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剣道や茶道などで、修業における段階を示したもの。
「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。
「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。
「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。
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武道や茶道の世界と社会人としての仕事では当然違いはありますが、この心構えは社会人としてとても活用価値があるものです。そして新入社員の皆さんは、まさにこの守破離における「守」のステージを乗り切ることが求められていると共に期待されているのです。
ただし、仕事に関してかなり細かい部分についても上司から指示を受けたとしても、仕事を成し遂げるのはあなた自身であることを忘れてはいけません。一国一城の主とは少々違いますが、小さいながらも小舟の船頭さんとしての活動、そして心構えを持つことが期待されているのです。はじめのうちはうまく前に進まないかもしれません。波にのまれて転覆するかもしれません。ですが、船頭であるということを忘れずに、どうすればうまく漕ぐことができるようになるか。はじめは船を漕ぐだけで精一杯であったとしても、そのうち荷物を載せても漕ぐことができるようになるでしょう。更に熟達すれば人を乗せて漕ぐこともできるようになるでしょう。更に熟達すれば、短い穏やかな場所だけでなく、遠い場所あるいは往来の激しいような場所にまで乗り出してこい、という指示を受けるようになります。小さな舟であっても船長としての気概を常に持って日々の仕事を着実にこなしていくことによってあなたの実力はどんどん増していくと共に信用もついてきます。一歩一歩を焦ることなく着実にこなしていくことが何よりも大事なのです。
そしてその道を歩む決断を日々しているのはあなた自身であることを決して忘れないことです。
仕事は上司から指示されているのであって、自分では仕事を選べない、と思われる方も大勢いることはわかっています。確かに若いうちは上司から絶対命令のようにあれをしなさい、これをしなさい、という指示を受けることが多いわけですが、集団である組織として成果を上げるためには管理、指示を出す上位者は必須の存在です。万が一そのことが自分には馴染まず、また納得できないケースが多いとなると、大きな組織での仕事に本当に向いているかどうかを見つめ直す必要が出てくるかもしれません。
本当にじっくり考えて、どうしても嫌、となったらその会社を辞めて転職をすればよいのですが、仮にもこの仕事をこの会社でしたい、と希望を胸に飛び込んだ会社が今の会社なのではありませんか。就活で苦労して何とか縁のできた会社だったからそのような気持ではなかった、という方もいるかもしれません。
しかし社会人生活をこの会社で始めよう、と最終的に判断を下したのはあなた自身です。そのことは決して忘れないでください。
あなたが社長でない限り、組織の一員として会社の中での役割を果たすことが社会人としての責務です。ここは大事なところですので繰り返しますが、その役割を果たすために皆さんが持つ権利は多くはありません。公序良俗、法令違反に該当することを求められた際に拒否する権利は間違いなくありますが、それ以外は基本、会社や上司の成し遂げたいと考えることをサポートするのがあなたの仕事です。組織が全体目標を共有し、その目標達成のために各部署、各人に割り当てた活動項目について、皆さんが上司からその遂行を求められた際には果たす義務があると思ってください。
仮に嫌だ、辛い、と思ったとしても、会社に出て来た以上は、社会人としての職責を果たしましょう。嫌々仕事をしたふりをする、というものでは期待された職責を果たしたとは言えません。何よりも自分自身を欺いていることになるのです。
多くの先輩方も、実は何でこんな仕事をしなければならないのだ、という気持ちを若いころに持ったことは一度や二度ではないはずです。そのような気持ちを抱くことは致し方ありません。筆者自身も一度、二度のみならずそのような思いをもったことはあります。
ですが多くのことは年月が過ぎ去ってみた後で振り返ると、ほとんどのことが経験しておいてよかったな、というものに変わっているのが人生の不思議なところです。自己啓発書などを見ると、多くの本で、若いころの経験が役に立った、自分の今を形成する上で若いころの経験が血肉になった、という記述を目にします。是非だまされたと思って、「守」のステージでの実績を積み上げてください。
1.2 自分を知る
前項では「守破離」のお話と、自分自身が選択した結果、今のあなたがある、というお話をしました。
ここでは自分と向き合うことについてもう一段深掘りをしていきます。
「あなたの身長は何cmですか?」と聞けば、ほとんどの方が「●cmです」という答えを返してくれるでしょう。
なぜかと言えば、これは自分の外見について客観的なデータを皆さん自身が掴んでいるためです。
では、「あなたはどのような働き甲斐を日々の仕事の中で感じていますか?」と問われた場合はどうでしょうか。すぐさま答えがパッと出てくる、という人はなかなかいない、のが現実ではないでしょうか。なぜかと言えば、それは客観的な数値データで答えを言えばよい、というものではなく、そしてまた一人ひとりの答える内容が違うという点、さらに、そのようなことをとことんまで考えている人が今の日本では少なくなってしまっている、ということもその背景にあります。
身長や体重などの定量評価ができるものは基本迷うことがありません。ですが、考え方や気持ちなど定量評価できない物事は世の中にたくさんあります。自分のことを他者に語るときにも、定量評価できることだけを伝えても、相手の方との関係はなかなか深まらないはずです。相手の方との距離を縮めるためには、ビジネスにおいても男女間のお付き合い時でも、自分はどのような人間である、という定量評価の枠組みに留まらない情報の開示がとても大事になります。
ではその情報の開示(自己開示のこと)をどこまで、どのような内容で伝えることが今のあなたであればできますか。
これは簡単そうですが、実はとても難しい問いかけです。なぜかお分かりになりますか。実は自分のことは自分自身でもわかっていないのが人間だからです。例えば、おしゃべりなタイプなのか、おっとりしたタイプなのかとか、あまり物事に動じないタイプなのか、小さなことでも一喜一憂してしまうタイプなのか、などという観点であればまだ自己分析はしやすいかもしれません。ですが、プレッシャーのかかった場面でどのような反応を示しやすいのか、ということはなかなか自分ではわからないものです。また、「無くて七癖あって四十八癖」という諺にもある通り、自分自身では自分の癖がわかっていない、とよく言われるように、自分自身のことは自分で理解することは実は難しいものなのです。
そして誰であっても様々な人生経験を重ねていく上で変化を経験します。以前は全く興味関心もなかったことが最近とても気になる、というケースを既にあなたも経験しているのではないでしょうか。
自分自身と向き合うということの重要さは、年齢を重ねても一向に色褪せません。
自分を完璧に理解している人などいない、と思って自分自身と向き合う機会を設けて欲しいのです。それが社会人に求められる大事な能力です。
さらにもう一つ付け加えます。
自分を知るということがなぜ難しいかというと、そのようなことを考えたこともない、じっくり時間を取ったこともない、ということが大きな要因の一つですが、もう一つ大きな要因は、人は常に変化しているからなのです。基本的に人は毎日経験を積むことによって、日々成長していきます。そう、毎日です。但しその成長は、毎日ということで考えれば決して大きなものではありませんから実感できることがまずないのです。ですが仕事をしていれば、必ず何らかの刺激が外部からきます。それを処理し続けることで時々刻々人は成長していきます。それゆえ、自分を知る、ということは簡単ではないのです。
長々とした話になってしまいましたが、自分を知る、ということは、人生の中であるとき1回だけすればよい、というものでは全くないことを理解しておいてください。
日々の小さな成長も半年、一年経つとかなりの蓄積になり、自分でもわかるくらいの違いを感じるケースもあります。定期的に自分と向き合う習慣を持つことができれば最高です。
古来、日本人には「1年の計は元旦にあり」として、一つの区切りをお正月に設けています。今は元日もお仕事、という方が増えてしまったので、ゆっくり正月休みに自分自身に向き合う、ということがなかなかできなくなってしまっているかもしれませんが、このような節目を定期的に持って、自分自身と向き合うことを続けていきましょう。
1.3 自社を知る、そしてお客様を知る
前項では自分自身としっかり向き合うことの大事さ、そして難しさのお話をしました。
何事も完璧に仕上げようと思うと、気が重くなり時間も膨大に費やすことになってしまいます。適当なところで切り上げて、とは言いにくいですが、まあこのくらいまで突き詰めればよいかな、と自分で思えるところまで来たら先に進みましょう。
自分の理解の次に学ぶべき、理解を深めるべきことは、今自分が勤めている会社についてです。
「何をしている会社なの?」と友人から聞かれたとしたら、その業界、取扱製品には詳しくない人に対しても、「ああっ、そうなんだ」という反応をすぐさま得られるような分かり易い説明ができそうですか。
短い時間で相手の人に理解してもらうようなポイントを押さえた説明というものは、簡単に思えて実はハードルがあるものなのです。
それをクリアできても、相手の人から「どんな特徴のある製品なの?」と次の質問が来たらどうでしょう。さて、何をどう説明すればいいかな?と一瞬戸惑いませんか。様々な事業を行っている大会社であれば余計に、どの事業部門の話をすればよいのだろう、と逡巡してしまう可能性もありますね。
大事なことは、自信を持って自社のことを説明できるようになる、ということです。大会社で考えれば、入社して半年や1年では、全事業分野について、このような業務を行っています、という説明ができるようにはならないでしょう。ですが、自分の所属する部門、事業分野ではどのような製品(商品)を扱っているか、そして製品が出来上がるまではどのような流れになって複数の部署が絡んでいるのか、この説明はできるようになって欲しいのです。
もしこれから社会人になる方であれば、会社内に存在する部署名を覚えることから始めていかなければなりませんが、それぞれの部署は、仕事が流れていく過程の中でどのような役割を担っているのか、ということを理解しようという気持ちを持って自分の会社を学んでいくことがとても大事なことになります。
そして他の部署が場合によっては所在地も離れていたりすると、どのような人々がそこで仕事をしているのかもさっぱりわかりません。同じビルの同じフロアにいる人々であればまだ話をすることもできますし、毎日顔を合わせるわけですから、わからなければ質問をして教えてもらうこともできるでしょう。遠くに離れていると、そのようなことは全く不可能です。
自社で制作している会社案内やホームページで発信している情報から、自社の理解を深めていく、ということも有効な方法です。
そして自社のことを知る段階で、同時に理解を深めていって欲しいことがあります。それはお客様を知る、ということです。ここで言うお客様を知る、ということは、単に誰が自社の製品を購入してくれるか、という相手の名前(会社名)だけではありません。
どうしてそのお客様は自社の製品を購入してくれるのか、お客様が自分たちの会社の製品に求めていること、期待していることは何なのか、そういったことまで理解をしてこそ、お客様のことを知った、と言えます。
更に理想論として言えば、購入して下さったお客様が自社製品を活用して、どのようなことを行っているのか、ということまでの理解を深めていくことができれば新入社員としては大変すばらしい洞察力を持っている、という評価につながっていくでしょう。
自分を知る、自社を知る、そして自社のお客様を知る。頑張って学んで行ってください。
(次号へつづく)